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第48話:全てが大きい星

 巨木が連なる広大な森、その上空に(そら)を廻る二人の旅人がいた。


「いやっふぅううううううううううううう!!」

「いやぁあああああああああああああああ!!」


 光の翼を纏った金色の少女と、その腕に抱えられた蒼色の少女が凄まじい速度で飛翔する。


 輝く魔法の翼で空を飛ぶ少女の名はフィーネ=ノヴァ・コスモス。結われた金色の長い髪と同色の瞳を持ち、人間離れした美しさを湛えている。服装は活発な印象だが旅人らしからぬショートパンツと襟付きのシャツ姿。現在彼女は友人を抱えて通常の人類では死亡しかねない超高速フライトに熱を上げていた。


 抱えられる被害者たる少女の名はアニエス・サンライト。蒼色の髪と瞳を持ち、容姿の端麗さで言うならばフィーネにそう劣ったものではない。膝丈のワンピースに大きな三角帽子が特徴的な格好だが今は姿勢の関係でひしゃげている。現在彼女は普段と比べて表情の悲痛さが十倍増しの状態で、二度と交換条件に高速飛行に付き合うなどと提示しないと深く後悔している最中だった。


 二人の少女は親友同士であり、故郷から遥か離れた星々をあてどなく旅している。


 今はその旅の道中であり、この“巨大な星”には訪れたばかりだった。


「んー、いい気分ー。やっぱりこれくらいの速さで飛ぶのが気持ちいいなー」


 フィーネは上機嫌に飛びながら『そろそろ下ろして!』と必死に思念の言葉を送って来る友人を無視して地上を観察する。


 彼女の目に映るのはヒトの手が入らずあるがままに育ち続ける生命群であり、今のところ人類が活動した痕跡は発見出来ていない。この後で詳細に調べてみるつもりでいるが、どうやらこの星にはヒトという生命が発生していないらしい。


 フィーネの体感では十分間、アニエスの主観では一時間、二人が基準としている実際の時間としてはニ十分ほどが経って。遊覧と言うには些か乱暴に過ぎる飛行を終え、フィーネは木々の隙間を縫って地上へと降り立ちアニエスを解放した。


「あー、楽しかった」

「………………」


 アニエスは満足げな友人に不服そうな視線を送る。頼み事のために迂闊な提案をしたのはアニエスだったが、十六歳にもなって半泣き気味に中止を求めたのだから友として応じてくれても良かったのではという不満が内心にあった。


 ともあれアニエスも息を整え、周辺状況の把握に努める。


 視界には大きな木々を始めとした植物とそれらに住まう動物がいるだけだ。アニエスが物珍しさを感じる点としては、辺りのどこを見てもあらゆる生命のサイズが大きい事だった。


 アニエスやフィーネがこれまでに見た事があるような草食性の動物ですら彼女らが知る十倍近い大きさで辺りを闊歩しており、そうしたこの星における小動物が食すに不足しないほどに木の実の類も大きい。


 飛行中に軽く下界を眺めていたフィーネもアニエスと同じ感想を持っていた。


「この星はなんでも大きいみたいだね」

「そうね……星自体も大きいようだけど」


 星々を巡る旅をしているアニエスとフィーネだが、基本的に向かう星の情報はほぼ把握していない。


 これは行き先の大雑把な条件のみを定め機械的に選んでいるためで、二人が旅先とする最低限の要素は『生命の痕跡がある』という一点のみだった。


 そのため、星によっては到着するなりヒトでは生存が厳しい環境に放り込まれる危険もあるのだが、当然ながらその点についてはあらかじめ魔法によって対策を施している。


 二人の旅の手段である“星を渡る舟(プラネテス)”より降下し大空から見渡したこの星は巨大と表現する他ないものだった。直後に約束の高速飛行が始まったためアニエスはじっくりと観察する事は出来なかったが、重力の違いからして故郷の星と比べて十倍か数十倍の大きさはあるだろう。常に重力緩和の魔法を用いなければ活動に支障を来しかねない。


 アニエスの回復を待って、フィーネは今回の滞在について確認を取る。


「この星は何日くらい探検する?」


 フィーネの疑問に、アニエスは口元に指を当てて短く思考してから答えた。


「とりあえず数日間は。明日辺りに星の中枢へ行って人類がいるかどうか調べたいわね」


「了解、今日は久しぶりにキャンプだね。じゃあ、この星にヒトがいなかったら?」


「その場合は気になるところを一通り見て帰ればいいでしょう。私は面白そうな素材があるか軽く見ればそれでいいからフィーが決めていいわ」


 大雑把な予定を決め、二人は周囲を自分の足で歩く事にした。


 ちょうど、その時。



【―――ウォオオオオオオオオオオオオオオオォォォ……―――】



 落雷よりも大きな音が木々の上を通り抜けていった。


 獣の咆哮だ。地上にいるアニエスとフィーネの耳にも入り、二人は顔を見合わせる。


「遠吠えみたいだね。すごい大きな音だったけど、どんな魔獣かな?」


「さあ……遠過ぎてわからないわね」


 その雄叫びはアニエスとフィーネが普段魔力を認識出来る範囲の外から届いた音だった。


 アニエスが持つ『思念を読み取る』異能は自身の魔力感知よりも遠くまで探れるが、それにもかからない。二人は離れた獣の事は気にせず、星の探索を続行しようとした。


 しかし、歩き出したアニエスがすぐに足を止める。


「……?」

「どうしたの?」


 アニエスは目を瞑り、何かを探る。

 そうして知覚した何かに警戒の表情を浮かべた。


「……フィー。念のため、戦闘の準備をしておいて」

「? いいけど。何が来るの?」

「すぐにわかる」


 その言葉通り、一分と経たずフィーネは状況を理解する事となる。


「――さっきの遠吠えの主かな。かなり強そうだね」


 フィーネの魔力感知にも大きな魔力がかかった。アニエスの思念感知の方が幾らか範囲が広いため、今回は彼女が先に気づいたという事になる。


 フィーネが述べた所感をアニエスは同意した上で自身が感じた思念で補足する。


「こっちにまっすぐ向かってきてる。しかも、私達を完全に敵視しながら」


「ここらが縄張りだったんだ? じゃあさっきのは」


「ええ。今からおまえ達を殺しに行くぞって宣言ね」


 いかなる手段か、咆哮の獣は確実にアニエスとフィーネの元へと迫っている。その速度は先ほどフィーネが飛行していた時を上回っており、時折魔力の反応が高く跳躍しているようだったため空への離脱も難しいと二人は判断した。どこまで逃げればよいかわからない以上、一度相手の出方を窺うという方針だ。


 そして。

 大きな足音を響かせ、木々を掻い潜り、威容を誇るものが姿を見せる。


「ああ、これはよくないね」


 フィーネは現れた獣を直視するなり、そう率直な感想を述べた。


 アニエスとフィーネの前に現れたのは紅い毛皮を持つ大きな狼だった。その体躯は二人の知る通常の狼と比べてあまりにも巨大であり、四つ足で立っているにもかかわらず体高が少女二人の身長を足してさらに数倍にしてようやく届くかどうかだ。


 巨狼はただ図体ばかり大きいわけではなく、極めて強い魔力を秘めていた。


 魔法の心得がある者ならば一目で判る特徴として、魔力を身に纏う戦気という技術を自然と会得し実現させているのだ。これは魔力によって身体能力を大きく高める魔法であり、会得するには一定量以上の魔力に加えそれを制御する能力も求められる。


 戦気に包まれた巨狼は今にも襲いかかれる完全な臨戦態勢だった。実際に相対しやや及び腰になったアニエスは、異能で気づいた時点で予感していた事をフィーネに尋ねた。


「一応聞くけど……この狼、魔力はどれくらい?」


 友人からの確認にフィーネは包み隠さず答える。


「調子がいい時のアニエスの五倍ちょっとかな。本気で攻撃しても怒らせるだけだからやめた方がいいよ」


 案の定だったフィーネの答えに、アニエスは落胆はせずとも驚嘆を覚える。


「相当長生きなんでしょうね……ここまで強い魔獣は初めて見たわ……」


「ね。この前ボクがアニエスに騙されて戦ったタコは元魔法使いだったしなぁ」


 フィーネがアニエスを庇うように一歩前へと進む。巨狼が不快気に唸った。


「殺すの?」

「ううん。まだ攻撃されてないし」


 巨狼が敵対者の行動を見て即座に眼前の少女を引き裂くべく爪と牙を剥く。


 瞬きする間も無く、その爪牙はフィーネへと届くだろう。


 だが、それが到達するよりもフィーネの行動の方が早かった。



地に座せ(おすわり)



 そう発せられた言葉は、巨狼の体を当事者の意志にそぐわぬ行動を強制させた。前肢を振り上げた動作は急停止し、巨狼は四つ足を畳んで地面に座る。凄まじい膂力で行われた動きは地面を軽く抉って土煙を立たせた。


 フィーネは一瞬思考した末、もう一言続けた。



平伏せよ(ふせ)



 巨狼は座った姿勢からそのまま四つ足を投げ出して地に顔を伏せる。飼い犬が主人の命令を受けて芸をしているかのような構図だが、当の巨狼は激しく困惑していた。


 一連のやり取りを見てアニエスは心強いと思う反面、被害者に対する同情と微妙な劣等感を抱く。アニエスでは成す術も無く喰い殺される獣が相手であっても、フィーネと相対しては戦いにすらならないのだ。


 友の心情については知らず、フィーネはアニエスに後事の意見を求める。


「どうしようか、この子」


「……その前に。犬にやらせる伏せは頭を地面につけさせないから」


「本当だ。ボクの命令(いいかた)が悪かったのかな?」


 そう言って巨狼の姿勢を調整しようと試行錯誤するフィーネに、アニエスは深く嘆息した。

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