第47話:追憶/運命の日
心域潜行。
対象選定。
記憶、再生。
***
――――その瞬間、■は目覚めた。
瞼を開き、視界が生じる。
■は付近の情報を知覚した。
周囲は生命で満たされている。
木が在り、草が在り、動物が在った。
それらは■を認識していない。
森の中、己がなぜここにいるのかを考えた。
だが、何もわからなかった。
■は己の名以外、何も思い出せなかった。
誕生直後も同然の状態だ。
なぜここにいるのか、己は何者なのか。
何もわからぬまま時が過ぎる。
何をすべきか。何をしたいのか。
それさえもわからなかった。
思索をする中、■に近づく気配を察知した。
依然、他の生命は■を認識出来ていない。
だのに、その存在は此方を目指して進んでいる。
現れたのはヒトの少女だった。
此方を見るなり、呆けている。
その時、■は初めて己と似た形の生物を見た。
あるいは■と同族なのかもしれないと考えた。
だが、それは■と比べてあまりにも脆く弱い。
そも、体を象る要素が違った。
少女の体は物質であり、■の体は事象である。
姿が似ているだけで異なる、不思議な生物だ。
■は少女を観察する事にした。
少女は■に何もしない。
■も少女に何もしない。
ただの静寂が流れゆく。
やがて。
意を決したのか、少女が話しかけてきた。
「はじめまして。ボクの名前は――」
少女は自分の名を伝えてきた。
その意図は判らなかったが、■は自身に他者の言語を解読する力があると把握出来た。
「あなたのお名前は、なんというのですか?」
少女は■の名を尋ねてきた。
■は己の名だけは記憶していた。
少女の話した言葉に倣って、名を伝えた。
■の名を聞いて。少女は確信したように呟いた。
「…………かみさま」
それから少女は長らく何も話さず■を見続けた。
そして。空が暗くなり、ようやく口を開く。
「……明日もここにいらっしゃいますか?」
その時、■は初めて未来という概念を理解した。
思案し、今のところ移動する意志は無いと伝えた。
それを聞いた少女は深く頭を下げ、去って行った。
翌日から、少女は■の元を訪れるようになった。
少女は時折話しかけてきたため、それに応じた。
■は少女がいようがいまいが、考え続けていた。
何をすべきか。何をしたいか。
ずっとわからないままだった。
ある日、少女はこう言った。
「あの、かみさま。ボクにそのしゃべりかたは、ちょっと……」
少女の言語を模倣して応答していた■に、彼女は異なる話し方を求めた。
己を含め、ヒトに対してそのような言葉を使わないでほしいという。
■はなぜかと問うた。
「……かみさまに敬語で話しかけられると、心臓がとまりそうなので」
心臓とは動物の血液を循環させるための臓器だ。
通常、生まれてからほぼ常時動いていないと死亡する。
つまり、少女は己が命の危機ゆえに願っているらしい。
■は死という概念を漫然と理解していた。
生命にとってそれは忌避すべき事だった。
聞き入れない理由は無かったので、どうすればよいか尋ねた。
すると少女は自分の言葉の形を少し変えて伝えてきた。
■はそれを理解した。以来、今に至るまでその言葉を使っている。
畏まる少女はこう付け加えた。
「それと……かみさまのお名前は、他の人には話さないほうがいいと思います」
■はなぜかと問うた。
「……きっと、かみさまを利用しようとする悪い人が現れます。そうでなくても、人がたくさん集まって大変なことになってしまいます」
この忠告の意図は暫く経ってから判った。
■の名はヒトには騙れないものだった。
僭称すれば宙の秩序がその者を罰する。
子供でも知っている禁忌。
最初に名を問われたのは、その確認のためだったのだと合点した。
その日の少女はいつになく喋り、問いかけてきた。
「かみさまはどうしてここにいるんですか?」
■は初めて返答に窮した。
己自身、それがずっとわからなかったのだから。
だが、それを少女に隠す理由は無い。
■は目覚めてからずっとそれを考えていて、未だにわからないと告げた。
■の言葉を聞き、少女が何を思ったかはわからない。
少女はしばらく考え込んでから、こう言った。
「かみさまに行くところがないなら……ボクのお家にきませんか?」
■に拒む理由は無かった。
少女に導かれ、森を出た。
それから。
友となった。
共に過ごした。
一緒に旅をした。
時が過ぎるほど色が増えていった。
その思い出を、眠る度に映し出す。
何度も、何度も、何度も、何度も。
使命の訪れは近い。
成長の痛みに軋む。
苦悶は日々強まる。
だからこそ。
決して褪せないように。
失くさないように。
運命の日、宙に希望を。
既に、希望は得ている。
次はこの宙に還す番だ。
***
『フィー。どこに行ったの?』
友が呼ぶ声を聞いて、フィーネ=ノヴァ・コスモスは瞼を開く。
彼女は“星を渡る舟”の船体外部、すなわち宇宙空間でうたたねをしていた。
本来であれば音の振動が伝わらないという問題以前に有機生命体が生身で活動可能な空間ではないが、全てが当てはまらないフィーネは問題にしない。アニエスの声にしても、初めから船内にいないだろうと予測していた彼女が魔法で話しかけていた。
最初の呼びかけに返答が無かったため、アニエスが具体的な用件を述べる。
『そろそろ次に向かう星の座標を決めたいんだけど』
「今いくよー」
返事をしたフィーネは次の旅先に想いを馳せる。
どんな星なのか。
何が起きるか。
何があるか。
確固たる目的は無い。
永遠に続けられるものでもない。
それでも。二人の旅は、まだ続く。
そして二人は次の星、次の物語へ。
『序章』、『遺り物の星』、『星を渡る舟』はちょうど文字数も十万文字ちょっとの240ページ分くらい(文庫本の書式想定)とラノベの一冊目っぽい空気感となりました。『遺り物の星』の分量が事故である以上、ただの偶然ですが。小説に限らず物語はこういう偶然があるのは面白いなと思います。
唐突な余談ですがアニエスとフィーネの名前の表記について。アニエスの名前はフランス語読みと英語読みで、フィーネのフルネームはイタリア語とギリシャ語が混ざっています。
実在の言語における綴りに直すと《Agnes Sunlight》と《Fine-Nova Cosmos》というところ。
また、本編は筆者が日本語しか書けないので日本語で書かれていますが、設定上は全く違う現実に存在しない言語で会話しています。諺など諸表現も同様で、本代末が意訳している……という体裁でお読みください。
次の物語は『巨大な星』。
肩の力を抜いて書いている話で、更新は次週から(の予定)。
それでは、今後とも二人の旅をよろしくお願いします。




