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第40話:島での思い出

「終わったぁ……」


 星を去る予定の日の昼過ぎ。アニエスが疲れ切った様子でそう呟き、床に倒れ込んだ。


 フィーネが確認すると、アニエスが用意すると決めた物が確かに完成されていた。


 床に積み重なった大量の書物に似た物体と、それを収納しておくための匣だ。


「お疲れさま、アニエス」


 そう声をかけ、フィーネはアニエスが作った物の最終的な検分を行う。


「うん。どれもちゃんと機能しているね」


 アニエスはフィーネが数日前に出した概算よりも早く作業を終えた。


 つまり、彼女はこの一週間の途中から作業の速度を上げてやり切ったという事になる。


 予想通りの友人の行動に愉快げなフィーネに対し、アニエスは疲れ切った顔を上げて憂慮を滲ませた。


「……本当は設計図も用意したかったんだけどね」


「そこまでしなくても。読めば辿り着き方はわかるんだからこれで大丈夫だよ」


「うん……」


 アニエスは大きく息を吐く。

 ここしばらく休まる事が無かったため、ようやく人心地つける状況に安堵している。


 そこで、彼女はふと何かに気づいた。


「そうだ……名前、書かないと……」


 そう言って、アニエスは弱々しい動きで立ち上がる。


 書物のようなものの最後の(ページ)の末尾に署名をした後、フィーネの方を見た。


「なに?」


「……フィーも名前を書いて。調査とかで協力してくれたわけだし」


「ああ、そういうこと。オッケー、隣に書いとくね」


 フィーネはアニエスの名の横に《フィーネ》とだけ付け足した。


 それを見たアニエスは首を横に振る。


「そうじゃなくて。最後まで」


 友人の言葉に、フィーネは意外そうな表情を浮かべた。


「いいの? いつもは嫌がるのに」


「今回は、いい。二人がこれを読むのは私達がいなくなった後だし、意味がわかるのはもっと先の話だから」


「いじわるだなぁ、アニエスは」


 少し呆れた様子を見せながら、フィーネは自分の名を全て記した。


 二人の記名が済み、アニエスは改めて完成したそれらを眺める。少しの間感慨深げにしてから、明らかに匣に収まり切らない量の品々を次々と魔法で収納してゆき部屋の隅に置いた。


 これで、アニエスがこの星でやると決めた事は全て果たされた。


 それを見届けたフィーネが、ぱん、と大きく手を叩く。


「それじゃ、急いで支度しようか。きっとみんな待ってるよ」


「……わかってる。さっきから思念が届いてるから」


「もうお昼だもんね。よし、ボクの魔法でぱぱっとやっちゃおう!」


 いつもとは逆にフィーネに手伝われつつ、アニエスは身支度を整える。


 普段の彼女の風体に取り澄ましたところで外に出ると、族長の家の前にリデルが立っていた。彼女は客人の二人を待っていたらしい。


 リデルはアニエスとフィーネが二人揃って家を出てきた事に胸を撫で下ろしていた。


「よかった……お二人とも、参加してくださるんですね」


「ごめんなさいね。最後の日まで慌ただしくて」


 アニエスは先ほどまで虫の息だったとは思えないほど、しっかりとした受け答えをしていた。


 その姿に積み重なった疲労は感じられず、訪れた時と同じくどこか近寄りがたい空気を纏う。


 実際のところは、やせ我慢に近い。


 作業中に利用していた覚醒作用のある魔法を再び用いて無理をしているだけなので、この後しばらくはまとまった休息を取る必要がある。


 無論フィーネはその事情を知っているが、せっかく友人が張った意地を汲んで茶化さないでいた。


 挨拶もそこそこに、三人は歩き出す。先ほどフィーネが予想したように既に送別会の準備は出来ており、集会所では住民達が二人の主役を待ち侘びているとの事だ。


「十日間……あっという間でした」


 集会所への道すがら、リデルがそう呟いた。フィーネが同意する。


「そうだね。ボクはあちこち見れて面白かったよ。アニエスはどうだった?」


「色々と興味深い事を知れて私も楽しかったわ。……途中から私はずっと部屋に籠っていて島の人には申し訳なかったけれど」


「いえいえ、そんなこと。ご事情があったんでしょうから」


 訪れた当初と同じく、どこまでも人好し過ぎる対応をするリデル。アニエスには異能を通じてそれが嘘偽りの無い本心であるとわかるだけに、余計にいたたまれない。


 間もなく集会所につくという頃合いになり。リデルが微かに寂しげな表情を浮かべ、二人にこう問うてきた。


「お二人とも、その……またいつか、この島にいらっしゃいませんか?」


 期待を含んだ質問に、アニエスは答えられなかった。


 代わりに、フィーネが応じる。


「ボクたちもずっと旅ができるとは限らないんだ。だからいろんな場所に行くつもりでね。少なくとも一年とか二年とかでまた来ることはないと思うよ」


「そうですか……」


 その回答に、リデルは耳を垂れ下げさせ、落胆した様子を見せる。


 そんな少女の頭を笑いながら撫でつつ、フィーネはこう付け加えた。


「けど、もしもリデルちゃんが大人になる頃にもまだボクたちが旅をしているようだったら。その時は、きっとまた来るよ。みんなの様子も気になるしね」


「ぜひっ!」


 集会所には以前よりも多くの住民達が集まっていた。


 異邦からの旅人を最後に一目でも見ようと思った者が多いらしく、他の三つの町からもこぞって参加している。彼ら彼女らは口々にアニエスとフィーネへの別れの言葉を述べていった。


 一日目の夜に振る舞われたものと似た食事が運ばれ、それらを味わってひと段落した頃。リデルとレジェが二人をみなに見える位置へと呼びつけた。


「アニエスさん、フィーネさん。どうぞこちらをお持ちください」


「役に立つかは知らんが……お前らには珍しいもんなんだろ?」


 二人がアニエスとフィーネに贈ろうとしたのは頂上に向かった際に見せてもらったユニコーンの角を加工した短剣と、加工する前のユニコーンの角そのものだった。


 この島においては住民達の生活を支える道具であり、それほど大量に採れるものでも無いため貴重品のはずだ。


 アニエスが受け取るのを躊躇していると、リデルが言葉を続ける。


「お二人はわたしたちだけでは見れないものを見せてくださいました。それに、外のお話も……伝承にしかなかったことがこの世界にはあるんだってわかって嬉しかったです」


「そういうことだ。ジジイもあの通り礼がショボ過ぎるんじゃねえかって縮んでるくらいだ。……まあ、実際これより役に立ちそうなもんなんて無いんだけどよ。悪いな」


 最後に、リデルが妙に格式張った口調でアニエスに念押しする。


「わたしたちのことをお二人の旅の一部として覚えておいていただきたいんです。どうか、受け取ってはいただけないでしょうか?」


 口調に反し、リデルは笑顔を浮かべている。横のレジェも彼にしては素直な表情だ。族長や周囲にいる他の住民達については、述べるまでもない朗らかさ。


 それらを見回して、フィーネがアニエスを小突く。


「だってさ、アニエス。ほらほら」


「……承知しました、次期族長殿。謹んで頂戴します」


 この贈り物について、アニエスは集会所に到着する前から人々の思念で察知出来ていた。それでも実際に人々の言葉に触れるのとでは面映ゆさが違う。


 観念し苦笑いするアニエスは、リデルとレジェからこの地を旅した証を受け取った。


 送別会が終わり、アニエスとフィーネは集会所から出る。既に日は傾き沈み始めていた。


 二人が海から島を出るという話を聞くと、その場にいた住民の全員が当たり前のように見送りについてくる事になった。


 アニエスもフィーネもこれまでの旅において、これほど多くの人々に別れを惜しまれた経験は無い。


 大所帯でなだらかな傾斜がある草原を下る。

 植物の背は低く、樹木の類は生えていない。


 遠目には頭に一角を持った馬のような魔獣の群れが一行を眺めている。今回は男性も多く同行しているので、わざわざ近づいてはこないのだろう。


 不意に辺りに強い風が吹き、アニエスは帽子を押さえた。


(本当に、過ごしやすい星)


 そんな風にこの星に対する所感を自身の胸の内に留めつつ、アニエスは後ろを振り返る。


 ついてくる住民達は静かだ。客人がどうやって島を出るのか、その方法が気になっているようで、先頭を進むアニエスとフィーネの後ろを歩く。


 その好奇心に応えられない事に微かにやましさを覚えつつ、アニエスは足を止めた。


「見送りはここまでで十分です。みなさんの帰りが遅くなってしまいますから」


 立ち止まるアニエスはそう告げた。


 海までついてゆき、旅立つ姿を見る気でいた住民達は驚くが、事情と意図を察したリデルとレジェが窘める。


「まあ待て。こいつらがそう決めたんだ。口を出すのは野暮ってもんだろ」


「レジェの言う通りです。お二人の旅にも決まりがあるんですから」


 アニエスはその気遣いに感謝し、帽子を脱いで一礼する。


「あなた達の生活を知れてとても光栄でした。私達はこの島を発ちますが……遥か遠いところを旅している時でも、みなさんが新しい未来を切り開く事を願っています」


 その言葉がどういう意味を持っているのか、彼ら彼女らには伝わらない。


 誰かが口を開きかけた時、それを制するようにアニエスがフィーネに目配せした。


「それでは、お元気で」

「それじゃあねー」


 指を鳴らす音が響いた瞬間、周囲に閃光が満ち、島の住民達は目を覆う。


 そして、光が収まり再び前を向いた時。

 二人の少女の姿は、そこには無かった。

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