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第41話:夕陽と共に

 夕陽が水平線に沈もうとしている。


 かつてはこの星で最も高い山の頂であった場所に、アニエスとフィーネはいた。


 この星の“星の記憶(アストラル・メモリー)”を手にし、事前に定めた十日という日々を過ごした。


 この星にも見るべきものはまだまだあっただろうが、二人の時間は無限ではない。


 次の星へ向けて、旅立つ時だった。


「アニエス、そろそろ行かないの?」


 光り輝く魔力の翼を広げ宙に浮くフィーネがそう声をかける。


 それに対し、地面に座るアニエスは。


「もう少しだけ」


 立ち上がろうとはせずに十日間過ごした町を眺めていた。


 フィーネは肩をすくめ、魔法の翼を解いて傍らに立つ。


 『過度な思い入れを持たないよう、一つの星にはあまり長居しないようにする』。そんな方針を提案したのは誰だったか。


 とはいえそれは秩序(ルール)ではない。なので、フィーネも文句を言いはしなかった。


 そのまま、何をするでもなく時間が流れる。

 互いに苦ではない、二人だけの沈黙が続いた後。


 落陽に染まる空を見上げ、蒼い髪の少女がぽつりと漏らした。


「今さら善人面するなって思う?」


 誰かの運命に干渉したくないと、そう言ったのに。理由はどうであれ大きく介入した。


 輝く髪の少女は親友からの問いかけに率直に答える。


「いつ良い人ぶったの? アニエスは自分の目標のためにやりたいと思ったことをやっただけでしょ? 少しでも多くの可能性を見たいって言ってたじゃない」


 島の住民達への肩入れを、フィーネはそう評した。


「ボクだって自分のしたいようにしてるだけだし。誰だってそうだよ、そんなの」


「そう……そうかもね」


 二人は再び黙し、辺りに風の音が過ぎる。

 高所であるため、吹く風も強い。


 この場所からは湖と四つの町、島の全貌が見渡せる。間もなく夜になるからか、町には小さな篝火が点々と増えてゆく。


 それらを見ているのか、見ていないのか。

 どこか上の空の様子で、アニエスが言葉を発した。


「私は、世界をどこまで知れるのかな」


 魔法使いとして、ヒトという生命として。己の限界はどこにあるのか。


 その疑問に、傍のフィーネが応える。


「アニエスがその気になって頑張れば、きっと全てを知れると思うよ」


 他の魔法使いが聞けば一笑に付すフィーネの放言に、アニエスは彼女の方を向く事無く苦言を呈した。


「何を根拠に」


「アニエスはすごい人だから」


「フィーに言われてもお世辞にしか聞こえない」


「ボクはお世辞なんて言わないよ?」


 フィーネは嘘をつかない。


 彼女がアニエスの事を『すごい人』と認識しているのは真実なのだろう。


 しかし、それは彼女の主観においてであり、実際に互いの能力を比べてしまえば笑い話にもならない。


 それを誰よりも深く認識しているアニエスは表情を一層暗くする。


「……その気になれば、今すぐにでもこの世界の全てを知れるクセに」


「そうしたら今のボクじゃなくなっちゃうから。それじゃつまらないし、きっとボクが生まれてきた意味がなくなっちゃう。やろうとしても止められると思うよ」


 だから仮定として意味が無い。フィーネはそう述べた。


 アニエス自身も今フィーネが言ったように、彼女が全知を望まない事は理解している。


 その使命を考えれば、全知に至る能力があってもそれが望まれていないだろう事も。


 だが。


「…………わからないだけ。なんでフィーは、私を……」


 なぜ。ただの人間を己の友と認めているのか。

 これほどまでに隔絶しているのに、どうして。


 アニエスの問いは形を成す前に解けて崩れる。

 フィーネは、問われていない事には答えない。


 再び、二人の言葉は途切れる。


「フィーは……」


 何かを言いかけたアニエスはすぐに言葉を切った。


 先を尋ねる事を忌避する、そんな感情が滲む。


 それでも続きを待つフィーネに対し、アニエスは怯えるように言葉を綴った。


「フィーは……いつまで私と一緒に旅をしてくれるの?」


 それは、この旅を始めてからずっとアニエスの心に在り続ける疑問だった。


 質問された当のフィーネは、珍しく心外そうな態度を見せる。


「なにそれ。それだとボクがイヤイヤついてきてるみたいじゃない?」


「でも、あの時もう一度旅を始めようって言わなかったらすぐに行っちゃったでしょ」


 アニエスの言葉にフィーネは少しの間考え込んで、納得したように頷いた。


「それはそうかもしれないね」


 アニエスとフィーネは、ほんの数か月前に一度旅を終えた。島の住民達に話した故郷の大陸を巡り歩いた旅は、目的を果たして終わっているのだ。


 しかし、旅の後、二人の居場所は曖昧だった。


 アニエスは自身が誰かの傍にいるためにその相手まで疎まれる事を拒んだ。


 フィーネは自身があの大地に残る事で人々の運命が歪む可能性を望まなかった。


 二人がもう一度旅を始めた理由は消極的なものだ。『ここにいたい』という場所が無かったから。そして、まだもう少しだけフィーネに自由な時間が残されていたから。


 フィーネは常にこの旅が終わった後の事を意識している。彼女にとっては今のこの旅はモラトリアムでしかない。


 果たすべき使命が訪れれば、その日にでも旅を中断してしまう。アニエスは直感でそう感じ取っていた。


 だからこそ。聞きたくはなくとも尋ねてしまう。


「……お願い。答えて」


「うーん、そうだなぁ。やらなくちゃいけないことが始まらなければっていう前提でいい?」


 予期していた前置きに、アニエスは弱々しく頷いた。


 フィーネは改めて、もしも刻限が訪れなかった時の旅の終わりに想いを馳せる。


 そして、浮かんだ答えを友に伝えた。



「―――うん、そうだね。アニエスが一人でも大丈夫そうになるまで、かな」



 出てきた答えはとても曖昧なものだった。


 アニエスが望む答えとは食い違っているとも言える。彼女はそれを問い質す。


「なら……時間があって私がいつまでも一人じゃ駄目そうだったら、ずっと一緒にいてくれるの?」


「あはは、かもね? でも、きっとそうはならないよ」


「なんでそう言い切れるの?」


 アニエスの心からの疑問に、フィーネは何も迷う事無く答えた。


「だって、アニエスはボクが知っている人の中で一番すごいから」


「…………」


 アニエスとフィーネの旅は何時か終わる。


 今の旅の終わりが二人の歩む道の分かれ道となる、二人はそう考えていた。


 しかし、それでもアニエスは今共に歩む事を望んだ。フィーネもまたそうだった。


 二人は親友である。しかし、考え方の全てが同じなわけではない。


 今もまた、小さく噛み合わなかった。

 それでも、共に旅をする事は出来る。


 アニエスはゆっくりと立ち上がった。

 名残惜しそうに頂上から見える景色を記憶に留め、そして。


「行こう、フィー」

「了解。帰りは飛ばしてもいい?」

「……だめ。さすがに今度にして」

「ちぇー」


 そんなやり取りを最後に。

 二人の少女は、夕陽と共に星から去って行った。

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