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第32話:星の記憶

「……もう一度、星の中枢を探った方がよさそうね」


「そうだね。昨日はメモリーのコピーを優先したし。でもアニエス、体力と魔力は大丈夫?」


「魔力はそこまで使っていないし、今夜ちゃんと眠れば平気」


 休息の準備を整えつつ、アニエスはつい昨日行った“星の記憶(アストラル・メモリー)”の複写作業を思い返す。



          ***



 アニエスとフィーネはこの星へやってきてすぐ星の中枢へと至り、“星の記憶(アストラル・メモリー)”を複製している。


 そこへ至る過程において物理的な障害はあれど原住民との衝突が何も無かった事もあり、作業自体はつつがなく完了したためだ。


 しかし、その出来事の前に大空を魔法で降りる中、ささやかな問題が発覚した。


「あれ? 海の上に出ちゃったよ?」


「おかしいわね……舟の転移場所は一番大きな大陸の上空を指定したのだけど」


 星に辿り着いた二人がまず驚いたのは、星を渡る舟から地上へ降りようにも肝心の陸地が見当たらない事だった。やむを得ずアニエスは魔法で海面に足場を作って対処する。


 そこで、アニエスはフィーネにヒトやそれに相当する種族が住んでいる場所を探すよう調査を頼んだ。彼女単独であればこの星を周回するのに数分もかからないためだ。


「了解。さくっと回ってくるね」


 そんな軽い調子で、傍から見れば信じ難い速度で飛び立っていった友人を待つ間、する事が無いアニエスは何となく海を眺めていた。


 水は光を透すほど澄んでおり、とても美しい。さすがに海底は覗けないが、かなり深いところまで素の視覚で見通せる。


「……?」


 そこで、彼女はこの星の海に違和感を覚えた。


(潮の匂いがしない? まさか――)


 すぐさまアニエスは魔法で周囲の水の成分を読み解く。


 その結果判ったのは、辺りにある水全てが、彼女の常識においては湖や川に流れているべき()()であるという事だった。


 それがなぜなのかを考え始めたところ、光の翼を背にしたフィーネが戻ってきた。


「ただいま、アニエス」


「おかえり。どうだった?」


「んー、それがちょっと困った感じになったかな」


 フィーネは、アニエスから頼まれていた調査の報告を簡潔に行う。


「星を何周かしてみたんだけど、大陸が一つも見つからなかった。水上に街っぽいものは無かったし、軽く探知してみた感じ海底に人が住んでるわけでもないね。あと海がすごく深いよ」


 要するに、現在二人の視界に広がる海以外に新たな発見は無かったのだ。


 海の上に出てしまった理由も舟に設定した転移先の条件を『大陸上空』としていたため、条件に合う場所が見つからなかったという事だろう。


「……舟に戻ったら例外処理を増やさないとね」


「別にいいんじゃない? 陸が無いなら無いで仕方がないよ」


 二人の旅は最低限『生命体の痕跡がある星』を前提として目的地を選定しているのだが、その査定は機械的なものであり、本人達が実際に星の詳細を知るのはこうして現地に到着してからとなる。


 よって、現状は想定外の困った事態だった。


「まさか宙に出て二回連続で人里が見つからない星に行き当たるなんてね」


「ねー。どうしようか。全部見て回れたわけじゃないし、もうちょっと飛んでこようか?」


「そうね……でも、先にメモリーを写しに行きましょう」


 “星の記憶(アストラル・メモリー)”とは。


 それぞれの星の中枢にある核たる存在に記された魔法現象であり、その名の通り一つの天体における全ての出来事を記憶したものだ。有機生命体における脳髄とはやや異なるが、役割としては共通している要素があった。

 

 この世界の星は、それそのものが巨大な生命かのように存在している。魔法使いの中には天体、星系、銀河、その先にある宇宙を指し、“原初(げんしょ)生命(せいめい)”と呼称する者もいるほどだ。


「ざっと見た感じ孔は無さそうだったけど、この辺から飛び込んで大丈夫?」


「ええ。どうせどこも海なら難易度は変わらないだろうし。準備するから少し待っていて」


 星の中枢への道のりはそう気軽なものではない。当然ながら物理的に星の中央部分であるため、通常は徒歩で向かえるような場所ではないのだ。


 しかし、星々の中には幾つかの例外も存在する。まずは、様々な条件が重なって星の表層環境が変動し、中枢に届く孔が開いてしまった場合。これは天体を生命と見なした場合は疾患とも言える状態であり、寿命を間近に控えた星によくある現象だ。


 そしてもう一つは、人為的に孔を穿たれて道筋が整えられている場合。その理由はその星に暮らしてきた当事者のみが知る事ではあるが、魔法が一定以上の発展を遂げた天体であれば、大いなる魔法である星の中枢を目指すのは発想としてそう珍しい事ではない。


 いずれにせよ、この星には核へと至る孔が無い。アニエスとフィーネが星の中枢を目指す場合、それに依らない手法を用いる必要がある。


 中枢への移動に備え、アニエスは魔法で可能な限り自身の耐久力を高めた。フィーネがより強力な保護を施すので肉体は確実に守られるが、不用意に近づいては意識を保てなくなってしまうからだ。


「――ふぅ」


「ん、大丈夫そうだね。それじゃあ、ちゃんとくっついてて」


 この星の中枢を目指す以前。アニエスとフィーネは既に二か所の天体の核へと触れている。


 一度目は宙へと旅立つ前に過ごした故郷の星で、かの大地の魔法使い達は中枢へと届く道を自らの手で作り出しており、二人はそれを利用しただけだ。


 二度目はこの星の直前に立ち寄った“透明の星”で、その際は中枢へと続く孔があったため二人はそこを通るだけで済んだ。


 つまり、自ら道を切り開くのは今回が初めての事だった。


 移動のため、アニエスがフィーネの後ろから抱きつくような恰好になる。


「心の用意はいい?」

「もうちょっと……」

「わかった。待てないからもう飛ぶね」

「ちょっと!?」


 二人が事前に検討し実際に用いた方法は至って単純であり、それでいて他の者にはなかなか真似出来ないものだった。仮に同じ理論を思いついたとしても、実行条件を想定した時点で机上の空論であると提唱者本人が一笑に付す事だろう。


「“星装・(アルマメント)光翼(・アーラ)”」


 フィーネが光る魔法の翼を展開する。彼女の体からはアニエスごと覆う光の膜のようなものが生じており、翼もアニエスの体を避けて駆動していた。


 中枢までの区間は星の核から生じる魔力により、通常の転移魔法は乱されてしまうため使えない。それをフィーネの魔法の出力で強引に突破し、転移先の座標で起きる核からの影響も光の鎧で防護する。


 いずれの工程も人間の魔法使いには到底不可能だ。まして才ある身とはいえ、未だ発展途上のアニエスが一人では馬鹿げた話と夢想する事しか出来ない。


「行くよ、アニエス」


「……うん。お願い、フィー」


 遺された島を見つけ出す前。二人の少女はかくも力づくな手段で星の中枢へと至り、そこに在る記憶を写し取った。


 だからこそアニエスは、人類の力と知恵のみで同じ場所へと至ったというこの星の魔法使い達に純粋な敬意を抱いたのだ。


 たとえ、その過程と末路にどれほどの悪虐と悲劇があったとしても、成果そのものが否定されるべきではないからと。

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