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第30話:島の真相

 遺された魔法には、壮年の男と思しき何者かの思念の記録が込められていた。


 それらは“原初(げんしょ)言葉(ことのは)”によって変換され、各々に通じる音声のように再生される。


「なに、この声……?」


「気持ちわりぃ、頭に響いてきやがる……!」


「否応なしに聞かされそうだね。アニエス、平気?」


「……ええ、大丈夫」


 魔法が起動した直後、アニエスは表情に不快さを滲ませていた。


 とはいえ深刻な影響を受けたわけではないらしく、彼女は離脱を提案しない。


「それより、起動した魔法に注意して」


 再生された思念は四人の反応に構わず、己の遺言を続ける。


 《頂上の魔法使い》と呼ばれた者が遺したのは、己の生におけるある時点からの記録だった。



          ***



 ――私は、アルハザド公国が大公モナーク=ベルクである。


 大災害を逃れた我らが同胞、あるいはその子孫に向けて、この魔法を遺す。


 この記録に触れる者がどのような境遇に置かれた者なのか、私には判らない。


 しかし、私が用意した守護者を突破しこの碑を起動したのであれば、少なくとも()()()()ではないはずだ。


 ゆえに、今は怒りに駆られる身だが、貴公には敬意を以て事実を伝える。


 まず、現状の経緯について述べよう。貴公が私と同じ時代に生きたのであれば知っての通りだが、この星は大災害に見舞われた。


 この星は、未曽有の洪水によって陸地のほぼ全てが水没したのだ。


 その原因は、我々人類にある。


 私と同じ時代を生きた者ならば、現在の状況には驚愕する他ないだろう。なにせ、あれだけ求めていた水がそこら中に溢れているのだから。実に皮肉なものだ。


 歴史を記した記録媒体はその全てが沈んだ。事情を知らぬ者に向けて説明すると、かつてこの星からは水が失われつつあった。湖は干上がり、川は途絶え、海の水量すら日に日に減ってゆく。そんな時代があったのだ。


 本来であれば水が蒸発したのならば大気に満ち、雲となって再び大地を潤す慈雨となる。


 だが、かつて愚かしきケイオス神教の信奉者がその摂理を捩じ曲げた。結果、この星の環境は激変し、加速的に水が失われてゆく。


 当時国を治めていた身としてはここまででも頭の痛い話だった。コスモス神教の勢力と共にケイオス教徒は殲滅したものの、全ては後の祭りだ。


 その後、我が国は星の容体を徹底的に調査した。すぐに文明の存続に必要な水は二十年と持たずに枯れるとわかった。絶望的な状況だった。


 我々では宇宙への旅立ちが不可能だ。かつてはその夢に向けた研鑽が行われはしたが、その悉くが世界の秩序によって阻まれた。我々はこの星と運命を共にしろという事なのだろう。


 世界情勢は絶望に包まれ、水の奪い合いが始まった。度重なる戦争により多くの魔法が用いられ、環境はさらに破壊され尽くしてゆく。


 そんな中、我がアルハザド公国は莫大な犠牲を出しつつも戦争の勝者となって星の再建に乗り出した。


 まずは何としてでも水を取り戻さなければならない。確実な手立てとは言えないものの、戦争の時点で我が国の魔法使い達の叡智により希望は見出されていた。


 その希望とは、星の中枢を目指す事だ。


 星の中枢とはすなわち莫大な魔力の塊であり、天体を支える大いなる魔法そのもの。


 核の情報を書き換え、地表の環境を操作する事は理論上不可能ではない。代償として星の寿命を大きく縮める事にはなるだろうが、このままでは星そのものも枯れ果てるという状況だ。


 我々は時間が許す限りの万全を期して、星の中枢へと手を伸ばした。



 ――だが。世界を救うはずの魔法は失敗した。



 魔法そのものは万全の状態で稼働していたのだ。


 星の中枢から地表へと徐々に水が注がれ、時間をかけて再び世界に海という概念が生まれ、あらゆる生命が存続出来るはずだった。


 それを、あろうことか。



【何人も、星の秩序を乱してはならぬ】



 そのような妄言を宣ったコスモス神教の者共が、儀式を破壊した。


 世界の秩序が拒んだのは我々が宇宙へと進出する事であり、星の環境を変える事ではない。


 まして秩序がそのように働くのも理由があっての事だ。秩序も混沌も一つの星になど頓着していない。愚かしいにも程がある。


 その結果が、此度の大災厄となった。


 予定と大きく異なる莫大な水が発生し、地表全てを洗い流していった。植物も、動物も、人類も、文明も。全てが奔流に呑まれて消えた。


 ……いや。全てが、というのは語弊があった。多くが、と訂正すべきだろう。私はこの碑を遺している時点で生存しているし、それを見る貴公もまた生きている。


 私が命を拾った理由は単なる幸運だ。


 私は国を統べる一族の魔法使いとして儀式が順調に進んでいる事を確認し、一時的に星の中枢から離れていたために偶然巻き込まれないで済んだのだ。


 ()()()()()()()()()は、星の中枢から陸上の大半が押し流される程度だった。異変に気づいた私は可能な限り民を回収し、我が一族が保有するこの地へと転移した。


 のちに私が観測した限り、残された陸地はこのベルク山脈のようにごく一部の高所に限られる。


 優れた魔法使いであれば機転を利かせ生き残る事も不可能ではなかったと思うが、この記録を作成した時点で外部からの来訪者はいない。


 数日間の間洪水は続き、かつては世界有数の高所だった山脈は小さな島に成り下がる。ここも沈むか否かと気を揉んでいたが、絶滅だけは回避された。



 ――大災害の直後。私と妻と子はこの山頂へと住処を移した。


 もともとこの山は我が一族の領地であり、大昔は予備の工房を設置していた。魔力資源はそれなりに豊富だ。我々はこの地を拠点とし、再起を図る。


 しかし、我が一族以外で生き残った民は残念ながら全てが下級の魔力しか持たぬ者達だった。


 そもそも先の戦争で大半の魔法使いが死んだ以上は仕方のない事だが、この先の未来を見据えるならばこの現状についても改善せねばならない。



 ――大災害から一か月。文明を再建するに当たっては労働力が必須だ。


 だが、かつての民達は私の指示に協力的ではなかった。それどころか、私の統治に反意を示す輩まで現れるようになってゆく。


 『もう世界は終わった。せめて余生は緩やかに過ごしたい』との事だ。


 そのような選択を許容するために拾った命ではない。彼らの使途について、私は思案を重ねた。


 そもそも彼らは仮に私の指示に十全に従ったとしても、能力が無い。指導通りに魔法を扱えるようになったとしても、あの程度の魔力ではたかが知れる。


 性能が不足しているのであれば、改良するしかない。


 元より検討はしていたが、私は生き残った()()()()()()()()()()事にした。



 ――大災害から半年。民の魔人化計画の首尾は上々だった。


 成功した検体の能力は飛躍的に向上したし、何よりも我が一族の者の命に刃向かう事が無くなった。これでようやく世界再興の第一歩となると私は安堵した。


 魔人化に際しては我々に縁深い獣の因子を複数組み込んだ。身体能力の向上、命令への従順さなど、今まさに必要な能力が揃っている。


 我が国の象徴たる角馬の因子は拒絶反応が強過ぎて組み込めなかった点がやや残念だったが、かの魔獣の気質を思うとむしろ余計な要素になり得たかもしれないので断念した。


 間もなく訪れる食料問題への対応処置も無事に完了し、全てが順調だった。



 ――大災害から四年。回収した民全ての魔人化が完了した。


 通常の魔人であれば高まった魔法適性を活かした采配をすべきだが、元の能力が低過ぎて成長期を過ぎた検体に魔法を指導するのは時間と資源の無駄だ。


 世代を重ね、因子がより馴染んでから検討すればよいだろうと判断した。


 最優先事項は文明の基礎を復活させる事だ。


 食料問題についても魔人への改造時に内蔵機能を変更し、増幅した魔力を生命維持に多く割り振るように調整した。


 ()()()()()()()()寿()()()()()()()()()、魔法を使えない者を延命する理由は無いので都合がよかった。


 他に、この時点で魔人同士の交配も問題無く行えるように改造は成功している。以後は魔人同士を掛け合わせて繁殖させ、新生する我が国の労働力として利用するつもりだった。


 そしてこれは将来的に用いるつもりでいたのだが、純粋なヒト種の遺伝子を保存するため、生殖機能を維持した状態での魔人化解除も実現出来た。


 現時点でヒトと改造魔人との間で子供を作れる保証が無いため、我が一族の血統をヒトのまま残すための措置でもある。


 ……とはいえ、この機能を実際に使う事があるかは判らない。理由については、後述する。



 ――大災害から十年。ほんの二日前の事だ。魔人達が私の手から逃げ出した。


 あろうことか、我が息子と娘が唆されて脱走に手を貸し、私を間違っていると弾劾し、命まで狙ってきた。


 少し前に、妻が遺書すら残さずに自害した事が関係しているのかもしれない。


 反逆を企てた二人にはすぐさま制裁を下した。


 おそらく、二人の命は私が奪った。


 私もまた呪いを受けて深手を負った。一朝一夕で用意したとは思えぬ見事な魔法だった。さすがは我が子らと讃えるべきか。


 二人の死を『おそらく』と表現したのは、あの子らに致命傷を与えはしたが、のこのこと戦いの場へ戻って来た魔人に連れられて逃げられたためだ。それに構う余裕は無かった。


 私が放った魔法の治療を本人達が行うのは不可能だろう。


 さりとて二人を連れた魔人達は元が無能である。生存など望めない。我が血族は私を遺して絶えた事になる。



 ……つまりは。


 あんな役立たず共のせいで、人類は本当の臨終を迎えようとしている。


 断じて、それを看過する事は出来ない。


 世界の、人類の再起を阻もうとした畜生共を、許すわけにはいかない。


 私に残された時間は少ない。死に瀕した体でこの魔法を遺している。


 既に守護者の命令は書き換えた。『()()()()()()()()()()()』と。


 弱った私では島中に散った奴らを捕える事が出来ない。


 だが、奴等もこの館に近づく事はできない。


 ……私の話は以上だ。どうか、貴公が()()()()()使()()である事を願う。



          ***



 ――――記録の再生が終端に至ったその時。

 朽ちかけの工房に遺された魔法が起動した。

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