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第29話:魔法使いの遺物

 建物の入り口には特に細工が無く、先ほどのような襲撃者も現れなかった。


 先頭のフィーネが屋敷の扉を開けると、長い時を経て外気が取り込まれ辺りに塵埃が舞う。


 玄関に相当する広い空間にはかつて身分の高い者が愛用したであろう調度品の名残だけが残されていた。


「さすがに埃っぽいね」


「誰かが住んで、手入れをしている気配は無いわね」


 アニエスが杖で地面を叩くと蒼い光の円が生じ、その内に紋様が浮かぶ。


 門を通過する前にフィーネが敷地内の魔力状況を調査していたが、アニエス自身は建物の構造を把握していない。それを改めて知るための魔法だ。


 手持無沙汰となったレジェが先ほどの戦いについて軽口を叩く。


「しっかしなぁ。俺たちの先祖が何度も殺された怪物をこうもあっさり片付けられるとはな」


「あのゴーレム自体は高性能だったわ。魔法を使えないあなた達の一族がどうにもできなかったのは仕方がないと思う」


「完全自動で長い年月動けるようにしてあったみたいだしね。あれを作った人が今もいたらここに入るのにも苦労したと思うよ。二人を守りながら辺りを壊さないように調べるのは大変だし、やる前から諦めたかも」


「……ただ、お前らから見れば、さっきの連中も別に大したことないもんだったんだろ?」


「それはまあ、うん。正面から戦ってボクが負ける気はしなかったし、アニエスもよっぽど調子が悪くなければ一人でも平気だったかな」


「……魔法って、すごいんですね」


 数分ほど経過してアニエスの探知魔法が終了した。


 目新しい発見は無かったのか、彼女の表情に変化は無い。


 それを見て、フィーネが問う。


「一通り回ってみる?」


「そうね……得られるものがあるかもしれないし」


 屋敷は大きく分けて二層の構造となっていた。


 住居としての役割を持った建物の主要部分と、備蓄のために設けられたと思しき地下室。


 いずれも大昔の生活の痕跡が幾らか残っている程度であり、全てが朽ちて久しい。


 建物そのものには魔法による劣化に対する保護がかかっていたものの、それ以外の物品については消耗品として扱われていたようだ。


「大きなおうちって感じですね……」


「初めて見るもんもあるけどよ……こんなんが魔法使いのねぐらなのか?」


 それが建物の中を一通り回ったリデルとレジェの率直な感想だった。


 二人の言う通り、建物内をあらかた回っても目立った魔法の痕跡は見つかっていない。


 だが、昨日島の全域に魔力の探知を行ったフィーネはこの場所を魔法使いの拠点と認識していた。


 アニエスはこの結果を最初から予期していたであろう友人に視線を送る。


「アトリエへの入口がどこかは調べてある?」


「ううん。そこまで知っちゃうと面白くないかなって」


「……フィーの主義に口を出す気は無いけど。できれば調べておいてほしかったわね」


「そこはアニエスが頑張ってよ。こういうのを見つけるのはアニエスだって得意でしょ」


 友人の言葉にため息をついて、アニエスは再び杖の先に蒼い魔力を灯して地面に立てる。


 先ほどとは異なる紋様が浮かび、今度は屋敷の外に向かって波紋を走らせた。


 それを見てレジェとリデルが二人揃って興味深そうにする。


「今度はなんの魔法だ?」


「調べものよ。ここは魔法使いのアトリエのはずなのに、屋敷には研究設備の類が一切無い。よくある事だけど、生活圏から少し離れた場所に機能を分けて設置しているみたい」


「アニエスさんはなにを調べているんでしょう?」


「さっきはこのお屋敷の形を調べて、今は魔法の形を調べている感じかなー。この辺りには昔の魔法があるんだけど、ほとんど動いていないからちょっとわかりにくいんだ」


 頂上一帯には魔法を制御するための術式が残されているものの、魔法を稼働させるための魔力はほとんど流れていない。


 また、魔法使いの拠点は概して魔法の構造を悟られないように備えている事が多い。


 アニエスが現在使用している魔法は、それらの悪条件を突破して精密な探知を行うためのものだ。


 この魔法は性質上使用者の座標を逆に探られる危険があるものの、そもそも堂々と拠点に侵入している時点で現在位置は隠すまでもないと判断しての事だった。


「こちらね」


 探知を終えたアニエスは三人を先導し、建物の外へと出た。


 庭には変わらず先ほど破壊された六体ものゴーレムの残骸が並ぶ。


「動いたりしないですよね……?」


「……バラバラなのがちと気味わりぃな」


「大丈夫、全部ちゃんと壊れてるよ。それで、アニエスは何が気になったの?」


「このゴーレムの設置意図」


 アニエスは杖でゴーレムの残骸を小突いた。


「屋敷を破壊したくないから外に設置しているという事情もあるんだろうけど、それにしても屋敷の方には他に何の防備も無かった。資源や魔法使い本人の状態が万全でないから、最低限の備えとしてアトリエへの入り口を優先して守らせていたんでしょう」


「戦いのためってよりは警備として見張らせてた感じがするね」


 話しながら、アニエスは広い庭を歩く。


 辺りには多数の庭石が並べられており、彼女はそれらを一つ一つ注意しながら観察している。


「……あった。これだわ」


 アニエスが見出した外れの方に設置された大きな石には、小さく角の生えた獣の刻印が掘られていた。


「これ、ユニコーンかな?」


「そうみたいね。ゴーレムのデザインに意匠があったし、紋章にも彫られているという事は象徴的な魔獣だったのかも。レジェ、島に何か昔話は伝わっている?」


「角馬の伝承か? 別に大層なもんはねえぞ。さっきも話した好かれた女には幸運があるとか、連中に気に入られた娘は背に乗せてもらえるとか、そんなんばっかりだ」


 レジェの返答にアニエスは微妙な表情を浮かべつつも、紋章が刻まれた石を調べる。


「当然だけど鍵がかかっているわね。無理に壊したらアトリエも自壊するかも」


「カギ……ですか。レジェの昔話でしか聞いたことがなかったです」


「島ではそんなもんいらねえからな。たしか、扉とか閉じときたいものに使うもんだよな?」


「うん。この場合は誰かが勝手にアトリエに入らないように封鎖している感じかな」


「今まさに私達が勝手に入ろうとしているわけだから、備えとしては正解ね」


 アニエスは魔法の構造を分析し、開錠を試みる。


「どう? 解けそう?」


「劣化しているし、これくらいは」


 工房への入り口にかけられている魔法は既に大きく綻んでいた。


 アニエスがそれをあっさりと解除すると、重い音と共に石がずれ、地下へと続く階段が現れる。


 それが伸びる先には灯など無く深い暗闇が広がっていた。


「……この先に魔法使いのアトリエというものがあるんですか?」


「ええ。拠点の本体はこちらだから二人も気をしっかり持ってね」


 フィーネとアニエスがそれぞれ金と蒼の光を灯し、四人は階段を下る。


 頂上の屋敷と比べてお世辞にも広いとは言えない造りを一列に進むと、深く大きな穴に魔法で作動する昇降機が設置されていた。


 残念ながら稼働しておらず、肝心の足場が下に行ったきり戻ってすらいない。


「危ないからボクが運ぶよ。三人とも、手を出して」


 フィーネは光の翼を畳んだ状態で身に纏い、三人を抱えながらゆっくりと降下してゆく。


 階段を上り下りする程度の遅さで降る中、不意にリデルが耳をはねさせた。


「水の音……? 気のせいかな……?」


 彼女がそう呟いてしばらく。


 地下へと延びる穴が終わり、フィーネは昇降機の足場に着地する。


 頂上と海面の中間辺りの標高だが先にはまだ道が続いており、四人が進むと清涼な水が流れる水路が現れた。


「なんでこんなところに水があるんだ……?」


「湖の水を地下に引いて実験に使っていたようね。けど、地上と同じで魔法はほとんど消えかけだわ。もう少し年数が経てば水を汲む仕組みも停止しそう」


「ああ、水底の道はここにも通じてたんだね。よかった、こっちに出る方に入らなくて」


「……? お二人は湖に行かれたんですか? あれ、でも海の方からいらしてたような……」


「私達が湖に行ったのは昨日の夜よ。島に来た魔法とはまた違うんだけど、遠い場所に一瞬で移動出来る魔法があるの」


「なるほど……この卵みてーのにもそれが入ってんのか」


 一行は水路が隣接する地下の道を歩く。


 それまでの舗装すらされていない道と違いこの辺りは手が入っており、老朽化もほとんど見られない。


 その回廊を進んだ先。


 頂上の庭園と同じか、それ以上の広さの空間へと辿り着いた。


「なに、これ……」


 そこは天井から床に至るまで魔法の加工が施された異質な場所だった。


 辺りには古びた魔法器の数々が並べられている、まさしく魔法使いの実験場と呼ぶにふさわしい光景だ。


 リデルはその物々しさにただ圧倒されている。


 アニエスは辺りを見回して過去の知識からこの場が何のためにあるかを察し、警戒の色を濃くした。


 同様の見解でも特にいつもと変わらぬフィーネが、アニエスにだけ所感を伝える。


(研究室って感じだね。部屋自体は死んでないけど、魔法器の方は全部機能停止してる)


(……何を研究していたのやら。あまりいい気配はしないわね)


 一方、伝承者であるレジェは、それよりも中央に鎮座しているある物を注視している。


「……似てるな」


 少年がそう述べたのは、大きな石碑だった。


 表面には文章が刻まれており、アニエスが観察した限り魔法の式を表すものであり部屋全体に施されている工房としての機能と連結していた。


 現在この空間で作動し得る唯一の魔法、その核でもあるのだろう。


 その構造に注意を払いつつも、レジェに確認を取る。


「あなたの家に伝わるという石板に?」


「ああ……だが、俺の家にあるのはこんなにデカくねえ。それと、あそこにあるやつの内容は俺には読めん。一体何が書かれてるんだ?」


「書いてあるのはこの部屋の魔法を動かすための式だね。昔話とかそういう記録じゃないし、レジェくんの家のとは意図が違うんじゃないかな」


「触れると発動するタイプの魔法ね。何が起こってもいいように気を引き締めて」


 少しの間を置き、魔法への防備を整えたアニエスが杖越しに石碑に触れる。


 すると、彼女の魔力がこの部屋の術式に作用し、古い魔法が起動した。



【――私は、アルハザド公国が大公モナーク=ベルクである。大災害を逃れた我らが同胞、あるいはその子孫に向けて、この魔法を遺す】



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