第19話:お風呂入りたい
明日の早朝から島の頂上へ向かう約束を取りつけ、レジェとは別れた。
帰り道が同じ方向だったリデルと族長の二人も片付けがあるという事で、アニエスとフィーネは異星の町の夜道を二人きりで歩く。
大きな町ではなく、建物の配置も非常に明快であるため特に道に迷う事も無い。
「静かだねー」
「もう寝る時間なんでしょう。交代で火の番をしている人以外は夜更かししないみたいだし」
「魔法が無いと火を起こすのも大変そうだね。木を燃やしてるのかな?」
「そこまで木材が豊富にも思えないけど……頂上に魔法の遺物があるわけだし、何かしらの燃料があるんじゃないかしら」
この星は、昼夜の寒暖差が小さい。昼間も温暖な気候だったが、夜間も薄着で過ごして体調を崩すような事は無さそうだ。
心地よい夜気に当たりながら、二人は借りている家へと戻る。
魔法を使えば夜の暗さも特に問題無いとはいえ、二人も今日はこれ以上の調査をするつもりは無い。
「疲れた……」
「一日お疲れさま、アニエス」
「本当にね……一日で“星の記憶”を写して、星の調査もして……その後……」
「陸を探して飛び回って?」
「そう。アレのせいでだいぶ疲れた」
「さっきは許すって言ってたのにー」
話しながら、二人は寝床の確認をする。
部屋の隅には羊毛を加工した敷物が二つ並べられていた。
島の住民達は自前の毛皮があるため、普段はブランケットの類は使わないらしい。
それについては持参品でまかなおうとフィーネが就寝準備を整える中。
ぽつりとアニエスが漏らした。
「……お風呂入りたい」
それは、かつて魔女と呼ばれた異能の魔法使いらしからぬ発言だった。
フィーネは昼間にも似たような事があったなと思いつつ、別の気になった事を口にする。
「そういえばリデルちゃんたちはどうしてるんだろうね。別に変な匂いとかしなかったけど」
「何日かに一回、湖に水を汲みに行く当番になった時についでに泳ぐみたいよ」
「へー。それで臭くならないんだ?」
「果物しか食べてないからじゃないの。なんでも食べるくせにいい匂いしかしない生き物もいるんだから、いちいち驚かないわよ」
本当に疲れているのか、投げやりな言葉を返すアニエス。
フィーネも特に気にせず聞き流し、話を続ける。
「今からそこ行ってみる?」
「そうね。この星なら別に海でもいいんだけど……せっかくなら町の人と同じ方がいい。この町から湖まではどのくらいの距離だった?」
「歩いていくにはちょっと遠いかな。魔法を使った方がいいよ」
質問の意図を汲んだフィーネが適切な答えを返す。
そして、期待を含んだ表情で一言付け足した。
「飛ぼうか?」
「飛ばなくていい。座標だけ教えて」
「つまんないなー」
言われた通り、湖の位置を正確にアニエスに伝えるフィーネ。
アニエスはその情報を基に魔法を稼働させる式を組み立てる。
「――術式、展開」
その声と共に円の中に文様が刻まれた光の陣が生じた。
魔法の効果は『指定した二つの空間同士の入れ替え』。空間転移と呼ばれる高度な魔法だ。
アニエスは視界内などごく短距離の転移であれば思い浮かべるだけで魔法を発動させられたが、それ以上に離れた場所へ跳ぶ際には安定性を高めるためにこうして前準備を行う。
「フィーはどうする?」
「ボクも行くよ。近くで湖を見てみたいし」
「わかった」
陣を少し広げて、二人同時に転移出来るように調整する。これで魔法の構築は終わった。
アニエスとフィーネが勝手知ったる様子で陣へと入ると同時、淡い光が強まる。
それと同時、二人の少女の姿は別の場所へと消え去った。




