第12話 ディーネーム
「結構待った? ごめん、京輔」
「そんなことはない。俺も丁度来たところだ」
クラス会議以降の授業も滞りなく終えて迎えた放課後。部活という理由で一度、京輔と春奏は別れている。しかし、ある約束のためにこうしてまた顔を合わせていた。
「じゃあ、行きましょうか。星七に」
「ああ。準備も出来てるし、行こうか」
二人はブレザーを着用しているが、二人のいる場所は学校ではなく、ましてや現実世界でもない。
「準備? もしかして装備を変えたの?」
「いや、スキルの方だ」
トライデルタのスタート地点・封鎖街。そこに二人は赴いていた。
「へえ……。どういうのをインストールしたの?」
「あまり使ったことはないが、戦闘用のものを揃えてみた」
待ち合わせに利用した場所は大型電光掲示板の下であり、集会所から多少離れている。そのため、二人はステータスを確認しながら歩く事にした。
「まあ、防御は私に任せなさい」
「それについては特に心配してないから頼りにしてるぞ。春奏」
「ええ、頑張るわ!」
偽創領域である自然公園を素通りして数分。目的地の集会所には何事もなく到着した。
「今日も人が多いわね……」
「そうだな。昨日より大分混んでる」
集会所一階フロア。二人は入ってすぐに似通った感想を漏らす。周りには他のプレイヤー達が往来しているのだが、その数は昨日の比ではない。一階だけでこんなに大勢いるのか、と圧倒されるには申し分ない人数が集まっていた。
「あの人は、……いないか」
辺りを見回し一言。京輔はある人物を探したが、いたとしても見つけるのは困難だな、と早々に諦めた。
「えっ、知り合い?」
「知り合いってほどではないが、少し気になる人がいるんだ」
代行者を名乗るプレイヤー。京輔と零音の前に現れた只者ではないスーツ姿の男。集会所で出会ったその人物・クラミツの事を京輔は思い浮かべていた。
「……ねぇ、それって女の人?」
「いや、そういうことじゃない」
すぐさま訂正する京輔。何を勘違いしたのか、春奏は訝しむような眼差しで京輔を問い詰めた。
「じゃあ、誰? どんな人?」
「それは……っ」
話しても良いものか、と京輔は迷う。クラミツからはこれといって口止めされていない。しかし、なんとなくだが、公言するのは控えるべきではないか、という思いが強かった。
「き、昨日Lv.の高そうな人に会ってな。またいるかもしれないと思ったんだ」
当たり障りのない返答。結局、ぼかしながら話すという手段でこの場をやり過ごす事にした。
「えっ、京輔、会ったの? “ドライバー”に」
「……ちょっと待ってくれ。ドライバーってなんだ?」
「違うの? んー、じゃあ、“惨面鏡”?」
「それも知らない人だな」
「あっ、ごめんなさい。惨面鏡は女性だったわね」
「いいから待てって」
色々と脱線していく二人の会話。京輔は代行者の事を上手く誤魔化せて安堵したが、代わりに春奏が曲解してしまい、このような事態に陥ってしまった。
「で、何故その“ディーネーム”二つが出てきたんだ?」
高い戦闘力及び技術力をトライデルタ内で示したプレイヤーに付けられる通り名。プレイヤーネームの他に公式で呼称されるそれを“ディーネーム”と言う。
「私は聞いただけなんだけど、昨日、二ヶ所のフィールドでかなりの数のPKがあったらしいわ。しかもそれが二人のプレイヤーによるものだそうよ」
「そんなことがあったのか」
「ええ。それでその二人のディーネームが私の言ったやつなの」
「なるほど。だが、俺の探していた人じゃないな。多分」
クラミツは偽創領域を担当していると言っていたはず。京輔はそう考え、やんわりと否定した。
「そう? まあ、もういいわ。時間が勿体ないし、受付に行きましょう」
時刻は17時半と少し過ぎた頃。一応、話が終わったところで二人はミッションを受注するために受付カウンターを目指す事にした。
「あっ、ここ空いてる。ほら、京輔こっち!」
「分かったから、引っ張らなくていい」
集会所が混んでいるという事は当然、受付も混むという事。しかし、他のプレイヤーにぶつかりそうになりながらも、列が空いているカウンターを二人は見つけた。
「ねぇ、貴方が星七に乗り気な理由って、エクレスターでしょ?」
22ヶ所ある受付カウンターの内、手前から10番目。六組のプレイヤーが並んでいる列の最後尾。春奏は暇潰しも兼ねて京輔に尋ねる。
「そうだ。良く分かったな」
「ふふっ、それくらいお見通しよ。……でも、そのプレイヤーを見つけて、何がしたいの?」
「それは見つけてから考える。取りあえず、どんな人か知りたい」
京輔は嘘をついた。エクレスターが誰であるのか、大方の予想はついている。しかし、その予想が正解ならば現時点であまり迂闊な事は言えない。
「二人で探しましょう。もし戦闘になっても私がいる」
「ありがとう。頼りにしてるぞ、春奏」
「……っ、任せて!」
戦闘をする事は無いだろう、と京輔は踏んでいる。だが、春奏はよりやる気を出した。その証拠に声が弾んでいる。
「あっ、そうだ。今の内にどこのミッションに行くか決めない?」
「いいけど、俺は星七は初めてだから良く知らないぞ」
「そう言うと思って、改めて調べて見たの。私的には“廃墟”や“洞窟”、あと“古塔”がオススメだと思うわ」
「んっ? 古塔か……。そのフィールドは聞き覚えがあるな」
「京輔と相性が良さそうよ。そこ」
「じゃあ、初挑戦はそこにするか」
「決まりね。ちなみにミッションは───」
二人は順番が来るまで、ミッションの内容や対策について話し合った。
「ようやく俺達の番だな」
「……京輔、ちょっとお願いがあるんだけど」
ミッションを受注するまであと少し、という矢先。春奏は言い淀みながら、京輔に何かを要求しようとする。
「えっと、……いや、なんでもない! 今のは忘れて!」
「いいのか? 何かあるなら……」
「いいのいいの! ほら、後ろにも人がいるし、早く選びましょう!」
京輔は歯切れの悪い物言いを怪訝に思ったが、必死に取り繕う姿を見て、これ以上詮索するのは控えた。
「じゃあ、このミッションでお願いします」
受付担当のNPCに説明されながら手早くミッションを受注。そして、ミッションリングを受け取り、二人は集会所を出た。
「古塔のワープゾーンは結構近いのか?」
前回はクラミツの計らいで集会所から直接フィールドにワープできたが、今回はそうもいかず、ワープゾーンが設置されている場所まで足を運ばなくてはならない。
「ええ。“闘技場”のそばよ」
「分かった。……俺は観戦しかしたことがないけど、春奏はそこそこ行ってるんだろ?」
「暇な時にね。強いプレイヤーと戦うのって楽しいから」
道行くプレイヤー達の流れに沿って目的地までの経路を雑談しながら歩いて行く。すると段々巨大な建築物が二人の視界に入ってきた。
「着いたな。それで、ワープゾーンはどこに……」
「あっちよ。出入り口とは逆の所」
集会所から少し西に歩くと見えてくるドーム状で競技用スタジアムの様な外観。その建築物こそ偽創領域・“闘技場”である。
「んっ? なんだあれは?」
二人が闘技場出入り口から回り込むように歩いていると、妙な人集りを発見した。
「はーい、皆さーん!! 明後日は闘技場でPvPのイベントを行いまーす! 参加人数に制限が有りますのでお早めに登録して下さーい!」
大勢いるプレイヤーの前には小さな仮設ステージが設けられている。そして、その上で一人の少々がマイクを使い、全体に呼び掛けていた。
「当日の司会にはカタミもいるので楽しみにしててねー!」
少女の軽快な叫びにほとんどの男性プレイヤーが歓声を上げる。それはまるで有名アーティストが行うゲリラライブのような盛り上がりだった。
「……アイドルみたいだな」
ステージから離れた位置で立ち止まる二人。京輔は遠巻きに様子を眺め、率直な感想を述べた。
「知らないの? あの子、“娯楽兎”よ」
「娯楽兎? ……ディーネームか」
「ええ、そうよ。あんな風にイベントの告知をしてくれるの。結構人気のあるプレイヤーよ」
ウェーブが掛かったロングヘアーにサンバイザー。中央にブローチをあしらったプレートアーマーと短めのスカートに白いサイハイソックスも着用している。そんな出で立ちの少女・カタミを春奏は端的に説明した。
「あっ、そうだ! 私達も参加しない?」
「イベントか」
春奏の思いつきに京輔は少しの間考え込む。
「いや、やめておこう」
「えぇー、どうして?」
「闘技場に集まるのはLv.70前後のプレイヤーばかりで俺が参加しても勝ち進むのは厳しいからだ」
闘技場で行うイベントは全てプレイヤー同士のバトルを基本としている。そのため、イベント開催時には腕に自信のある高Lv.プレイヤーや、勝負好きで血気盛んなプレイヤー達の参加が大半を占めていた。
「まあ、これは俺の話で春奏は関係ないな。参加したいなら登録してきていいぞ。ここで待ってるから」
俺のLv.では役者不足だが、お前なら。京輔はそう思い、悪気なく春奏にイベントの参加を促した。
「嫌よ。京輔がいないなら私も参加しないわ」
春奏は髪をかき上げ、露骨に不満気な顔をする。
「そ、そうか」
京輔はその顔を見て、自身の失言に気づいた。
「あっ、でも、Lv.が上がれば参加してくれるのよね?」
「えっ? ……確かにLv.を70代まで上げられれば考えなくもないな」
「分かった。じゃあ、どんどんミッションをこなして京輔のLv.を上げましょう!」
態度を一変させ、はしゃぐように捲し立てる春奏。無神経さを反省していた京輔はこの急な切り替えの早さに驚かされた。
「そうと決まれば早く行きましょうか。ワープゾーンはすぐそこよ!」
「はっ、お前は昔から……」
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでもない」
度合いは違えど二人は笑い合い、再び歩き始める。ワープゾーンを目指して。
「アハッ、みーちゃった」
何者かの呟きは二人には届かなかった。古塔のミッションがもうじき始まろうとしている。




