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運命のクロスロード

運命は交差点だと誰かが言った。誰かと交わって離れていくものだと。

だけど事故多発なその場所を避けて歩くことができたらどれだけ幸せだろうか。

誰かのせいで狂った俺達二人は帰り道を見失って、信号の色すら見えなくなった。

今やっていることが青なのか赤なのかも、わからないまま進んでいくんだ。



音波千紘の背中に隠れる駿河瑛太。明らかに時永悠真達に怯えていた。

その反応に笹塚未来が苛ついた怒りを見せる。初対面の相手にするには失礼な態度だからだ。

ちなみに籠鳥那岐に投げられた葛西神楽は音波千紘の足元で倒れているが、その手は足に触れている。

飛距離が足りずに手前の地面に倒れ伏したのだが、根性で触れるだけでも成功させたのだ。

威嚇の音波を出そうとして出せなかった音波千紘はいち早く異変に気付いて籠鳥那岐の足を振り払おうと動かす。

その前に筋金太郎が前に出てきて音波千紘に迫る。ゴリラのような体格を持つ筋金太郎に対して駿河瑛太はさらに怯える。


「いつもお花ありがとうなんだなぁ。で、でもここで何するつもりなんだなぁ!?」

「……あと数分で、ガソリンを運ぶトラックがここを通るんだ」


ガソリンスタンドへと運ばれる、生活に不可欠な液体。

驚異的な発火性と爆発を持つ危険な液体だが、エネルギーとしての燃焼は素晴らしい物だ。

だからこそ車という近代道具において必要な物で、誰もが利用する。

ガソリンスタンドでセルフサービスしている場所では静電気除去シートなど用意されている。

運ぶ際も専用の巨大なトラックとタンクに入れて、習得の難しい免許が必要となる。

音波千紘の言葉だけでこの後何が起こるか先読みできた錦山善彦は青い顔をする。


「それだとそっちも爆発に巻き込まれるんじゃ……」

「ち、違うんや!そいつは交通事故を起こすんや!!そっちの透明の奴を使う気なんや!!」


錦山善彦が慌てていまだに音波千紘の背中に隠れている駿河瑛太を指差す。

爆発も大惨事だが、本当の狙いはそれではない。危険な液体を運ぶために頑丈で大きな車体。

音波千紘の人生を狂わせたトラック、それを使った事件を起こす気でいる。


「神楽、そいつやなくてお面の方を触るんや!!こいつら信号全部消す気やで!!」

「まじなりか!?」


慌てて起き上がろうとした葛西神楽だが、その前に音波千紘が首に手を回して抱きしめる。

そうすると体が小さな神楽は抑えこまれたのと同じ状態になる。その間に駿河瑛太は慌てて姿を消す。

葛西神楽の無効化の能力によって音波千紘は無音の世界が来たことを感じる。そのせいで筋金太郎の声など一切捉えられていない。

今まで能力を使って音を脳で捉えた為、読唇術など一切学んでない。だから目の前で今にも泣きそうなほど顔を歪めた筋金太郎の顔しか見れない。

暴れている葛西神楽の声も、駿河瑛太の足音も、車の車輪音も、あらゆる音は音波千紘には届かない。


「なんでなんだなぁ……なんで、なんで自分が辛い目に遭ったことを自発的に起こすんだなぁ!?」

「……ごめん、花屋さん。なに言ってるかよくわからないけどさ」


自分の声も届かない中で音波千紘は自分の意思を音にして筋金太郎に届ける。

一方的なやり取り、自己満足だけの発声。どこか幸せそうな顔で音波千紘は言う。




「俺だけ事故に遭ったのって許せないじゃん?」




音波千紘は今まで誰にも恨みをぶつけたことがない。ぶつける相手は既にこの世から消えていた。

残っていたのは母の死と事故に遭ったという事実と、残された自分だけ。

なんで自分だったのだろうか。もっと他の奴が事故に遭っても良かったじゃないか。どうせなら指名手配中の犯人とかが遭えば良かったじゃないか。

あそこで呑気に笑っているカップルでもいい、いつでも事故を起こしそうな不良集団でもいい、自分を邪魔者扱いした親戚でもいい。

自分をこんな目に合わせたトラック運転手と同じ職業の奴でもいい、誰でもいい。

とにかく自分以外の人間が事故に遭わずに笑っているのを見るのが音波千紘は段々辛くなった。

でも本来は事故に遭わずに日常を過ごすのが普通で、別に彼らは一切悪くないことは音波千紘だって理解している。

それでも許せない気持ちがあった。同じ目に会えばいいという八つ当たりの気持ちが生まれた。

だからどうせ事件を起こすなら、誰でもいいから同じような事故に遭わせたくなった。

駿河瑛太の能力で信号機の青や赤どころが、信号機自体すら視界から消失させれば簡単だ。

急ブレーキ、もしくはハンドルの切り替え、またはそのまま交差点を突っ切る、なんでもいい。

時速数十キロの速度で進む鉄の塊、それもガソリンを運ぶ大きなトラック、それがあるだけで簡単に事故を起こせる。

そしたらきっと音波千紘と同じ境遇の誰かが出てくる。その誰かを見て音波千紘は安心するのだ。


ああ、自分だけじゃなかった、と。


自己愛を突き進んだ結果、音波千紘はそんな結論を出した。

自分だけ特別不幸じゃなく、誰かも同じ目に会っているのだと。

自分は可哀想じゃない、突然の事故なんて誰にでも起こる、自分は不幸じゃない。

新聞やニュースでは意味がない、百聞は一見に如かず。直接見たかった。

ただ我儘を言うなら、こんなことせずにマーリン達と一緒に幸せな弟子ごっこを続けたかったとは声にしなかった。




袋桐麻耶は目の前で音波千紘が告げた言葉に血の気を失くした。

それは錦山善彦も同じだった。御堂霧乃は少しだけ分かるかも、という表情をしていた。

なにかを失う時、どうして自分だけ、という気持ちは起こるものだ。

それが大事な物であればあるほど衝撃は強くなる。母と愛しの友人を亡くした御堂霧乃は理解できた。

理解はしたが納得しなかった。結局は子供の癇癪に似た愚行だ。それと同じことを籠鳥那岐は考えて怒りが湧いていた。

時永悠真は姿が見えなくなった駿河瑛太を探す方法を考えようとしたが、上手くまとまらなかった。

そんな中で一人だけ冷静に何を命令するか考えていた笹塚未来が大声で告げる。


「姿を現しやがれ、駿河瑛太!!!」


細胞に直接命令する能力は、駿河瑛太の能力を打ち破るには十分だった。

花が供えられている信号機の下、今にも触れて視覚から消そうとしていた少年の姿が現れる。

音が聞こえずとも笹塚未来の能力の発動を肌でわずかに感じ取った音波千紘は慌てて振り返る。

すると能力が打ち破られて慌てている駿河瑛太の姿がそこにはあった。だからこそ大声を出して伝える。

視界の端に迫りくるトラックを捉えながら、ここで外す訳にはいかないとどこか必死になって。


「瑛太、消して!!全部!!」

「っ、わかった!!」


音波千紘の体を震わせる声に応えるように、交差点に設置されている信号機全てを視界から消す。

鳴り響くクラクションにブレーキ音、視界がスローになるような錯覚。

止められると思っていた笹塚未来は視界から消えた信号機を見て、次はどうすればいいかと迷った。

一瞬の迷いの間に車は数メートルは進んでしまう。一台の車がハンドルを切り損ねてスピンしている。

筋金太郎が音波千紘の横を通り過ぎて走る。信号機に触れている駿河瑛太に近づく。

時永悠真は狼狽している笹塚未来の肩を掴む。まだどうすればいいか考えはまとまっていない。

笹塚未来の力は細胞に命令するという物だ。機械や物質、車などには効かない能力。

それでも縋るように力強く肩を掴んで、目で訴える。最悪な未来を変えていこう、と。

籠鳥那岐は準備していた最悪な下策を決行するかと御堂霧乃に目を向ける。

視線だけで籠鳥那岐の考えを読みとった御堂霧乃はこっそり持ってきた秘密道具を取り出す。

かつて地底遊園地で子供達を止めるに使用した、笹塚未来の能力と相性抜群の道具である。


「未来、これ☆」

「それで全部止めろ!」


笹塚未来は投げられたハンドスピーカーメガホンに目を丸くしつつも受け取る。

肩には時永悠真の力強い手、スピンした車が交差点を横切って遊歩道に突っ込もうとしている。

車は止められない。でも他の生命や細胞を持った存在なら止められる。

もうどうにでもなれ、何かあった時は連帯責任だからなこの野郎共と内心毒づきながら、肩にある時永悠真の手を掴んで音割れするほどの拡声した言葉を放つ。









「この声を聞いた細胞共、今すぐその場で止まれぇええええええええええええええええええええええ!!!!!」










音が捉えられない音波千紘は一番事態を把握していた。無音の世界の中で目の前にいる笹塚未来がなにかを言った瞬間。

あらゆる車や通行人が立ち止まった。車の場合は正確には運転手がブレーキをかけてその場に止まったが正しい。

これで後ろの車がブレーキをかけないで進んだままだったら事故が起こっていたが、広げられた笹塚未来の声は確かに後ろの車にも届いている。

道路は地点と地点を繋ぐもので、こまめに止まる仕様になっている。だから車間距離を開けたりするものだ。

それでも声を聞いていなかった車は目の前の車が止まったので、慌ててブレーキをかける。距離があったのでぶつかることはなかったが、冷や汗をかく羽目になる。

しかし前方を見れば不自然なほど車達が動きを止めていたので、事故でもあったのかと疑う程度で済む。

逆に驚いたのは命令で無理矢理止められた運転手達で、事故にならなかったものの、何が起こったか一時把握できなかった。

それはガソリンを運んでいたトラック運転手も同じで、目をひん剥いて目の前の惨状に汗をかいていた。

トラックは運よく、事故は起こさなかった。それでも目の前で信号機を無視、いや見えなくなって止まれなかった車がスピンを起こしていた。

交差点に血が広がる。血には供えられた花が映りこんでいる。砕けたニャルカさんのお面がコンクリートの上に転がっている。

歩道にいた子供達は目の前で駿河瑛太を庇って車にぶつかった筋金太郎を見ていた。腕の中では駿河瑛太が目を見開いている。

筋金太郎の瞼は閉じられており、血が流れ続けている。スピンした車はぶつかった衝撃でドアが少しへこんで、エアバックに運転手が埋もれている。




「……はな、やさん?」




音波千紘が放心した声を呟くと同時に、籠鳥那岐が笹塚未来の背中を勢い良く叩いてから車の中で倒れている運転手の様子を見る。

怪我や血を流している様子はないが、エアバックと筋金太郎が車にぶつかった衝撃、車がスピンして動揺した精神を落ち着かせようと気絶しているらしい。

笹塚未来は御堂霧乃に救急車を呼ぶように告げて、急いで筋金太郎の元へ向かう。時永悠真はショックを受けている音波千紘に近づく。

葛西神楽を引きはがそうと腕を掴んだら、あっさりと解放された。力のない人形のように立ち尽くしている音波千紘。

無効化する能力を持っている葛西神楽が離れた途端に、音波千紘の脳があらゆる音を掴んでいく。

車のクラクションに悲鳴やざわつく人の声、救急車を電話で手配する御堂霧乃、電話向こうのオペレーターからの指示、近くの店に救急箱を取りに行く時永悠真の足音。

恐怖で早くなっている駿河瑛太の鼓動音、それとは反対に少しずつ小さくなっていく筋金太郎の心音。

白いカーネーションが血飛沫でいくつか赤くなっている。母の日に贈る花の代名詞。

音波千紘の記憶がフラッシュバックする。混乱とショックでずっと忘れていた事故当時の記憶。


信号を無視したトラックに気付いた母親が、大好きな母親が、赤いカーネーションを贈りたかった母親が、自分を胸の中に抱きしめた。

温かい人肌に包まれたと思った矢先に強い衝撃。体中に塗りつけられるように広がっていく赤い液体。

地面の上に母親に抱きしめられながら、鼓動音を聞いていた。力強く抱きしめられていたから、よく聞こえていた音。

それが肌が冷たくなっていくと同時に小さくなっていく。小さくならないで、消えないでと願いながら耳を澄ましていた。

だけど心音が消えたと同時に音波千紘は意識を失くした。そこから先は無音の世界で、耳には何も届かなくなった。


「あ、ああ、ああああ……」


その場から思わず逃げようとした音波千紘の右腕を錦山善彦、左腕を袋桐麻耶が掴む。

捕えられた宇宙人のような姿だが、誰も冗談や遊びでやっていない。本気で、目を背けないように。


「良かったじゃねぇか。お前の望み通りだぞ、暴走野郎」

「ほんまや。だから、目ぇ逸らすなや!!これがお前のしでかしたことなんやから!!」


右と左、両方の腕を掴む手からは痛いほどの力が入れられる。

そしてわずかに震えていることも音波千紘に伝わってきた。掴んでいる手だけじゃなくて体中が震えているようだ。

笹塚未来の声を脳で捉える。それは細胞に命令するような、傲慢でも祈りに似た言葉だった。


「これ以上血を流すな!今止血するから、だから、死ぬな!!」


筋金太郎の返事はこない。小さくなっていく鼓動と呼吸が迫る死を感じさせる。

細胞への命令も追いつかないくらいに筋金太郎は血を流し続けていた。時永悠真が救急箱を持ってくる前に笹塚未来は自分の服を破いて即席の包帯を作る。

姿勢を変えようにも筋金太郎の体は大きい。ゴリラと形容するほど、同い年の子供の中では巨体と称するに相応しい体型だ。

籠鳥那岐は車の運転手を安全な場所に運んで吐いて窒息しないような体勢にする作業で助けは求められない。

葛西神楽は体が小さいため動かすのは無理で、御堂霧乃は状況伝達や指示を笹塚未来に伝えたりしているので不可能だ。

だから今、唯一動けるであろう筋金太郎に抱きしめられている駿河瑛太に視線を向ける。お面が取れた顔は臆病そうな普通の少年だ。

その顔が今は蒼白で、目を真っ赤にして見開いている。衝撃を受けたものの筋金太郎がクッションになって怪我はしてないようだ。


「未来ちゃん、救急箱だよ!」

「よし!出血多量による急激な血圧低下が気になる、ある程度血の流れを制限したから次はガーゼで傷口塞ぐ!」

「で、何すれば?」

「駿河瑛太と一緒に筋金太郎の体を起こしてくれ。頭からの出血があるから心臓より高い位置に頭を置きたい」

「だって、瑛太くん。できるよね?」

「え、あ、あ………」

「できるよね?できないとか、言わせないよ」


真剣な顔で時永悠真は半ば脅すように声をかける。するとゆっくりとだが駿河瑛太は筋金太郎の体の下から這い出る。

駿河瑛太の服は血がこびりついて少し乾き始めている。早く傷口から服を剥さないと危険な状況である。

消えないように駿河瑛太の腕を掴みつつも時永悠真は力合わせて、笹塚未来が指摘した体勢に筋金太郎を動かしていく。

動揺で駿河瑛太は何度か体を消したり現したりしていたが、時永悠真の強い力で逃げることはできない。

不安定な駿河瑛太の肩を葛西神楽が掴む。無効化する能力によって、駿河瑛太の体が消えなくなる。


「大丈夫なり!未来は将来医者希望の能力者なり!」

「ちび、その口調ウザいから今は止めろ。集中できない」

「う、ごめん……」


葛西神楽は駿河瑛太の肩が一瞬跳ねたのに気付いた。笹塚未来が葛西神楽にウザいと言った時である。

そんな言葉達を投げられて傷ついて心が砕けたことを葛西神楽は知っている。だから駿河瑛太は消えてしまったのだから。

でも詳しいことまでは知らない。ただ駿河瑛太が怯えているのはわかった。

後ろから肩を掴んでいるので、少し頭を動かして駿河瑛太の後ろ頭に自分の額をくっつける。

またもや肩を跳ねさせた駿河瑛太だが、葛西神楽は逆にそれが面白くて笑いを零す。


「そんなに怯えなくていいんだぜ?一人じゃないんだからさ」

「え……」

「お前の後ろには俺、目の前に助けてくれた太郎、それを助けようとする未来に悠真、あっちでは那岐が運転手を助けようとしている」

「……」

「横では善彦と那岐が瑛太の友達……でいいのかな?千紘を捕まえている。霧乃は電話で救急車を呼んでる」


一人一人の行動が詳細に見えているかのように葛西神楽は言葉を続ける。本当は視界にあるのは駿河瑛太の後ろ頭だけである。

でもわかる。ふざけたり敵対したり協力してきた仲間だから。消したくない仲間達だから。

駿河瑛太は今までそんな仲間はいなかった。ずっと一人で砕けた心を抱えて姿を消していたから。

本当は助けてと呼べば来てくれそうな竜宮健斗とも友達だったのに、その声すら出さなかった。

助けを呼ぶことすら怯えて、拒絶されることに怯えて、なにもかもに怯えていた。

そうやって周囲から姿を消しているようで、本当は周囲を消していた駿河瑛太の視野に無遠慮な少年が訪れる。

残念なことにいつも変な口調で話す、能力を無効化する能力を持った、体の小さな少年だ。

だけどその少年はあの袋桐麻耶ですら慕う人物だ。変に人望のある、変人でもある。


「な?一人じゃねぇだろ。それでも怖いっていうなら、俺の傍にいろよ。暇ならダンスくらい見せてやるからさ」

「……」

「寂しいなら俺達と遊ぼうぜ。学校に行くのが嫌なら一緒にサボってやるよ。砕けた心を直したいなら、手伝ってやる」

「っ……ふっ……」






「そう、なんだなぁ……西、には……神楽達がいるんだなぁ」



息切れ切れにわずかに意識を取り戻した筋金太郎が小さな声で呟く。

だがすぐに気を失ってしまう。だがサイレンが近づいてきた、まだ助かる可能性は大きいと額から流れる汗を拭って笹塚未来は応急処置を続けてく。

葛西神楽は顔を上げて声を出した筋金太郎を見るが、血塗れで今にも死んでしまいそうだった。

駿河瑛太の肩が震える。時永悠真が顔を見れば涙をいくつも流している。


「ど、う、しよう……た、たす、たすけて、くれ、たの、に……死んだら、どう」

「そ、そこのゴリラが簡単に死ぬわけねーだろ!!どうせ明日にはいつも通り店でモテモテになってるんだよ、畜生!!」

「明日は無理やろ、明日は」

「うるせーな!!とにかく死なねーよ、バーカ!」


子供の駄々に似た暴言を吐く袋桐麻耶に対して怯えた表情を見せる駿河瑛太。

笹塚未来は怪我人の傍で大声出すんじゃねぇよボケがぁ、と自分に対しても言える大声を出す。

時永悠真は緊迫した状況なのに思わず吹き出してしまう。つられて葛西神楽も少し笑ってしまう。


「だからさ、二度と消えて逃げたりすんなよ。追いかけるの大変だからな」

「そうだね。でも神楽くんがいたら消えることもできないけどね」

「そうだそうだ。神楽がいたら透明だろうが音だろうが、全員無力化だ……ん?」

「いや全員は無理やろ。触れた相手だけなんや……し……あ」


袋桐麻耶と錦山善彦は声をだしながらも顔を見合わせる。自分達が今のところ一番のピンチだと気付いたからだ。

今能力を無効化できる葛西神楽と打ち破れる能力を持つ笹塚未来は手が離せない。

そして先程から動く様子を見せないがあらゆる音の分野を扱える能力者の音波千紘。

錦山善彦の能力は手に入れた情報から物事を察知する先読みの能力であり、袋桐麻耶に至っては能力すらない。

もし音波千紘が能力を使った抵抗をしたら、二人には防ぐ手段がない。それに気付いた笹塚未来は二人に視線を一瞬向ける。

しかしすぐに筋金太郎の応急処置に戻りながら、二人に対して小さく呟く。


「鼓膜くらいなら現代医学で治せるから安心しろ」

「いやぁああああああ!!ちょ、それ、何の慰めにもなっとらんで、つーか、洒落にならん!!」

「うおおおおおお!!?首筋に手刀を落として気絶させる漫画のアレ的な特技が俺に宿れぇぇえええええ!!」


慌てて支離滅裂な言葉を吐き出し始める二人を御堂霧乃は蹴り上げる。二人の声のせいで電話の向こう側にいるオペレーターの声が聞こえにくくなったからだ。

二人は倒れながらもつれ合い、結果的に音波千紘を下敷きにした人間サンドイッチができあがり、その上に座るように御堂霧のが腰を落とす。

蛙が潰れたような声が真ん中に挟まれている袋桐麻耶の口から漏れ出る。音波千紘など一切の反応が窺えない。


「ちょ、重いぞKY!!どけやこらぁああああ!」

「そのKYってなんやねん、空気読めんと空気読める、どっちの意味や!?というか重いのは霧乃ちゃんの体じゅ……」

「加重はいりまーす。ああ、すいません、ちょっとこちらで騒がしい人がいたもので……」

「ああ、霧乃ちゃんすんません、女の子にはウェイトの話はタブーやったね、だから片足立ちとか止めてぇえええ!!なんか背中の骨ミシミシいうとるぅううう!!」

「ぐあぁあああああ、まじふざけんなよぉおおお!!こちとら腹の下に爆発物抱えているに似た精神的負荷がかかってるんだぞ、こらぁああああああ!!」


運転手の介抱をしながら聞こえてくる応酬の数々に籠鳥那岐の額に浮かぶ青筋が増えていく。

怪我人が近くにいると言うのに何を騒いでいるんだと怒鳴りたい気分だが、それを必死に我慢する。

笹塚未来は完璧な無視をしており、時永悠真と葛西神楽だけが不安そうな目を向けている。

しかし駿河瑛太は小首を傾げて、音波千紘に対して問いかける。


「……どうする?」

「…………………………やめよっか」


どこか疲れて投げやりな声が音波千紘から漏れ出た。

救急車の音だけでなくパトカーのサイレンも聞こえてくる。それも数台分はある。

無理矢理命令して止めたとはいえ、軽い衝突が交差点を中心に頻発したらしい。

怒鳴り声や人混みのざわつく声も次第に増えていく。救急車のランプを確認した御堂霧乃は錦山善彦の背中をトランポリンで遊ぶように蹴り上げて降りる。

錦山善彦と葛西神楽が胃に直接かかったダメージで濁点だらけの声を吐き出す。


「よーし、善彦は上、麻耶は下を持って逃げるぞ!」

「へいへーい……人使い荒いっちゅーねん」

「ま、俺としてはうっかり従妹と遭遇的なことはしたくないから従ってやるけどな」


御堂霧乃の指示に素早く反応した二人は立ち上がると同時に錦山善彦は両脇の下、袋桐麻耶は足を掴む。

音波千紘からすれば明らかに病人を運ぶスタイル、というより人さらいの格好に目を丸くする。

だがそれもお構いなしに三人は音波千紘を連れて交差点から抜け出す。向かうは御堂霧乃が持つ無数の隠れ家の一つ。

駿河瑛太の場合は能力からか、周囲に顔を知れていない。しかし音波千紘は警察に一度捕まっている。

なのでパトカーの警察官に指名手配犯として連行される可能性が高い。どうせ連行されるなら全てが終えた後が良い。

そのため準備の段階で音波千紘は人目のつかないところに連れていくことが打ち合わせされており、笹塚未来達は予定通りだと見送った。

ただ駿河瑛太は音波千紘が連れ去られたことに驚いて、後を追おうとしたが葛西神楽と時永悠真に体の一部を掴まれているので動けなかった。


「お前も意識あるとはいえ、事故ったんだから病院で精密検査してもらえ。あとで脳に異常が出るとかよくある話だからな」

「で、でも…その、保険、しょう……とか」

「親呼べばいい問題だろう。あそこの貼り紙の電話にかければすぐだ」


笹塚未来の指摘に駿河瑛太は俯く。父親が口にした言葉がひっかかって家には戻れなかった。

今更会えるのだろうかと不安が大きくなり、体が震えて逃げ出したくなる。

その様子を応急手当てしながら確認した笹塚未来は簡単な問いかけをする。


「家族は嫌いか?」

「き、らい、じゃない…けど……」

「じゃあそれでいいじゃねぇか。怒られてもそれはお前がしたことのせいだし、怒るのは本気でお前を心配したっていう事実があるだけだ」

「……」

「それにどうせそこのちびがお節介かけて傍にいてくれるだろうよ」


額に乾いた血を張り付けた葛西神楽が照れたように笑う。

筋金太郎が流した血は地面を伝って駿河瑛太の体中に触れていた。

本人はまだ混乱やパニックが続いているせいで気付いていないが、全身血だらけである。

そんな駿河瑛太の後ろ頭に額を当てたので、血が張り付いたのだった。けど葛西神楽は気にしない。

血なんて洗えばいい話である。今日起きた事件だって明日には思い出話として語ればいい。

葛西神楽からすればそれだけの話である。誰も犠牲にしないように頑張ったのだ。今も頑張っている仲間がいる。

これから筋金太郎は病院に運ばれて本格的な手当てを受ける。きっと大丈夫だと自分に言い聞かせながら葛西神楽は告げる。


「そうそう。怯えないように一緒にいてやるよ、西エリア元副ボス葛西神楽に二言はないなりよー!」

「あ、口調復活してる予感」


救急隊員がストレッチャーと一緒に近づき、筋金太郎を速やかに乗せて車へと連れていく。

付き添いとして時永悠真と笹塚未来がついて行く。精密検査のため駿河瑛太も別の救急車に葛西神楽と一緒に連れていかれる。

二手に分かれた際、葛西神楽は駿河瑛太の手を強く握る。もう二度と怯えて逃げないように、目の前で消えないように。

それを一人遠くから見ていた籠鳥那岐は、近づいてきた救急隊員にエアバックの衝撃で気絶してしまった運転手の説明をして、経過説明のためまた別の救急車へと乗ることになる。

こうして南エリアの事件は、写真の通り起こってしまった。だが予想よりも少ない被害で済んだことに籠鳥那岐は安堵している。

病院ではデバイスや携帯電話は使えない。他の三つについては任せるしかないか、と病院に向かって走る車の中で揺られながら、自分の役目を終えたと言わんばかりの安堵の息をついた。




音波千紘は連れ去られていることに対し無抵抗なまま呟く。


「花屋さん、大丈夫かな」

「今更心配かよ、首謀者。そんな風に言うならこんなことするな、ボケ、カス、音波野郎!!」

「まーまー。えーやないの、反省したっつーことで。あんまり気になるようだったら花買って見舞いに行けばいいんや」

「……うん。そうする」

「うぃーす、ここ、ここ。ほら、誰かに見られる前に潜り込め!」


御堂霧乃の言葉通りに茂みの中にあったどこかに繋がる非常用口に四人は入り込む。

そのまま事が終わるまで出ないつもりで扉を閉める。もちろん鍵付きで。

音波千紘はもう暴れる気になれなかった。自分だけが不幸じゃないと、嫌なほど思い知ったからだ。

人を呪わば穴二つ、誰かを呪ったせいで自分に優しくしてくれた花屋の筋金太郎を危険な目に合わせてしまった。

因果応報、自業自得、あらゆる言葉が身の内から湧き出て音波千紘を、自分自身を苦しめる。

さすがに今回の件は自己愛が強い音波千紘でも、さすがに応えた。だからマーリンには悪いが、諦めた。

マーリンは好きだが、結局は自分自身が一番好きな音波千紘は、これ以上自分を苦しめる馬鹿なことをしたくなかったのだ。

そして一番の原因は目の前にある。


「せやから、なんで掃除しないんや!!埃っぽくてかなわ……へっぶっしょいくしょい、あー、畜生!」

「KY親父だな。良かったじゃねぇか、これで少しは個性?みたいな特徴ついて、晴れて馬鹿の仲間入りだ」

「なんやとー!?こんの、以前から背伸びてない口が悪いだけの悪ガキが!!」

「やるか、KY!?」

「上等や!!なんなら積年の恨みを……」

「外見美少女御アイドル堂霧乃ちゃん特製ハイパーウルトラビューティフルゴスロリえーと……ドロップキック☆★」

「ちょ、なんやそのダサい技どぐはぁっ!?」

「ちょ、てめぇ途中で考えるの飽きたような必殺技で俺達蹴るんじゃねぇ、どがはっ!!?」


こんな冗談なのか本気なのかわからないやり取りをする集団を前に、ごっそりとやる気を削られたのは言うまでもない。

こうして意識的にしろ、無意識にしろ、三人は音波千紘の無効化に成功していたのだった。


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