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前編 :生きろ


■通学路・午前七時三十二分


初夏。

薄い雲。

住宅街。

電柱の隙間を、柔らかな朝日が滑っていく。


制服姿の少女。

黒髪。

眠そうな目。

片手に学生鞄。


「今日は日直なので、早く学校へ行きましょう」


ポメポメが大あくびをした。

白くて丸い。

ポメラニアンそっくりの妖精は、ふわふわの尻尾を揺らしながら歩く。


「眠いポム……。あと五時間くらい寝たいポム……」

「それは冬眠です」


高校生のハルはため息を吐いた。

一年前から契約している妖精は、今日もやる気がなかった。


「冬眠機能は無いポム……」


てち。てち。てち。


穏やかな朝。

小学生が横を走り抜ける。


「おはようございまーす!」

「おはようございます」


ポメポメも前脚を上げる。


「ポム!」


元気よく挨拶した。

誰も反応しない。

妖精であるポメポメの姿は、契約者のハルにしか見えていなかった。


交差点。

信号待ち。

スマホを確認する。


「一時間目、古典でしたか」

「爆発すればいいポム」


「学生として終わってますよ」

「でもハルちゃん、古典の時間いつも死んだ魚みたいな目をしてるポム」


「生きた魚もだいたいあんな目です」

「雑学ポム」


カラスが鳴く。

遠くで電車が走る。


ありふれた朝。

本当に、どこにでもある朝だった。

だからこそ。

その音は異物だった。


ドォンッ!!


遠方。

ビル街の向こうで爆発が起きる。

黒煙が空へ昇り、交差点の人々が一斉に足を止めた。


「え?」

「事故?」

「何あれ」


ざわめきが広がる。

スマホを取り出す人。

立ち止まって空を見上げる人。

信号機は何事もなかったように色を変え、横断歩道には人の流れが続いていた。


誰もまだ知らない。

あの煙の向こうで何が起きているのか。


だが。

ポメポメだけは違った。

小さな体がぴたりと止まる。

耳が伏せられる。

ふわふわの毛が逆立つ。


その様子を見た瞬間。

心臓が嫌な音を立てた。


ポメポメは黒煙の方向を見つめたまま呟く。


「……違うポム」


その声だけで十分だった。

指先から力が抜ける。

スマホが滑り落ちそうになる。


ポメポメの表情は強張っていた。

いつもの気楽な雰囲気はどこにもない。


「結晶反応ポム」


沈黙。

そして。


「しかも大きいポム」


息を呑む。

ビル街が邪魔で現場は見えない。

それでも分かる。

嫌になるほど分かる。


胸の奥が冷たく沈んでいく。

忘れたことなど一度もない。

あの日も。

始まりはこんな音だった。


ポメポメが心配そうに見上げる。


「ハルちゃん」


返事はない。

ハルはただ黒煙を見つめていた。


周囲では人々が動き始めている。

仕事へ向かう会社員。

学校へ向かう学生。

買い物へ向かう主婦。

いつもと変わらない朝。

いつもと変わらない日常。


そのすぐ隣で。

今この瞬間にも誰かが結晶へ変えられているかもしれない。

誰かが消えているかもしれない。


ポメポメが小さく続けた。


「管理局も動いてるポム」


遠くからサイレンが聞こえる。

一台じゃない。

何台も。

対結晶災害局。

人類が持つ最大の防衛組織。

専門教育を受けた隊員達。


結界展開班。

重火器部隊。

対結晶装備。

命を懸けて戦う人達。


だから。

自分じゃなくてもいい。


そのはずだった。


ハルの足が止まる。

一歩も動けない。

ポメポメは何も言わない。


言えない。

知っているから。

今、ハルが何と戦っているのか。

黒煙の向こうにいる敵ではない。


もっと近く。

もっと深い場所。

自分自身と戦っている。


唇を噛む。

視線が揺れる。

呼吸が浅くなる。

そして、胸の奥から。

どうしようもなく正直な言葉が浮かんできた。


戦いたくない。


そんな言葉が湧いてくる。


行きたくない。

怖い。

また誰かが砕ける。

またあの音を聞く。


また。

また。


胸が締め付けられる。

視界が揺れる。

そして。

脳裏に蘇る。


あの日。




■半年前


夕暮れ。

崩壊した市街地。

道路は砕け、赤い結晶が建物を侵食している。


四足獣のようなものが道路を這う。

だが脚は左右で本数が違う。

背中からは無数の結晶柱が突き出し、人間の顔に似た模様が脈打っていた。


咆哮。

ガラスを引っ掻くような不快な音が市街地へ響く。

四本の腕を振り上げる。

周囲の車両が吹き飛ぶ。


その瞬間。

赤い影が降ってきた。


「ハッハァァァ!!」


ドゴォォォン!!


炎。

爆発。

赤い魔法少女。


ブレイズ。

アカリ。


拳を振り上げる。


「死に晒せぇぇぇッ!!」


ドゴッ!!

顔面を殴る。

結晶生命体の頭が九十度曲がった。


さらに蹴り。

肘。

頭突き。

一切止まらない。


「おらァ!!」


ドゴッ!!


「どうしたァ!!」


ドゴッ!!


「その程度かァ!!」


ドゴォォン!!


結晶生命体が道路へ叩き付けられる。



後方。

白い魔法少女。

金色の魔法陣。


シャイン。

ハル。


「ブレイズ!」


魔力収束。

光が集まる。

巨大な砲撃。


「右です!!」


ドォォォォォン!!


光線が結晶生命体を吹き飛ばす。

アカリが爆風の中で笑う。


「ナイスだハル!」

「口が悪いですよ!」

「うるせぇ!!」


飛ぶ。

蹴る。

踏む。

殴る。


「コイツらは皆殺しだァ!!」

「だから口が悪いです!!」

「悪党に敬語使う趣味ねぇんだよ!!」


ドゴッ!!

四足獣の顔面が陥没する。


ハルは思わず苦笑した。

いつもだ。

いつもこう。


乱暴で。

危なっかしくて。

でも、誰よりも前へ出る。

それがアカリだった。



そして。

戦場の空気が変わった。


周囲には無数の結晶片。

崩れた建物。

倒れた敵。

残っているのは。

最後の一体だけ。


幹部級。


傷だらけになった人型の異形が膝をつく。

人間に近い。

だからこそ気味が悪い。


顔の半分は少女。

残り半分は赤い結晶。

指は異様に長く、背中には折れた結晶翼が突き出していた。


勝負は決していた。

あと一撃。

それで終わる。

そう思った。


だから。

誰も予想していなかった。


幹部の身体が揺らぐ。

ぐにゃりと輪郭が崩れる。

赤い結晶の肉体が変形する。


腕が細くなる。

顔が変わる。

声が変わる。


そして、そこにいたのは。

泣いている少女だった。


『たすけて』


震える声。

涙。

怯えた表情。

どこにでもいる普通の女の子。


『お願い』


小さな手が伸びる。


『死にたくない』


その姿はあまりにも人間だった。


シャインの動きが止まる。

胸の奥が揺れる。


違う、何かがおかしい。

分かっている。

頭では、分かっているのに。


ブレイズが叫んだ。


「騙されんな!!」


鋭い声。

戦場に響く。


「そいつは人間じゃねぇ!!」


シャインは息を呑む。

それでも。

迷った。


ほんの一瞬。

本当に一瞬だけ。

その少女の涙を信じそうになった。


そして。

その一瞬で十分だった。


少女が嗤う。

口角が裂ける。

耳元まで、ぐちゃりと。

人間にはできない形で。


『見つけた』


次の瞬間。

胸が裂けた。


少女だったものの胸部から。

巨大な結晶槍が射出される。

一直線。


シャインへ向かって。


速い。

あまりにも速い。

反応できない。

避けられない。


死ぬ。


そう理解した瞬間。

ブレイズの顔色が変わった。


「ハル!!」


叫び声。

そして。

ドンッ!!

凄まじい衝撃。


視界が回転する。

身体が吹き飛ばされる。

アスファルトを転がる。

何度も。

何度も。


何が起きたのか分からない。

耳鳴り。

土埃。

遠くで誰かが叫んでいる。


ゆっくり顔を上げる。

そこで。

世界が止まった。


アカリが立っていた。

自分がいたはずの場所に。


その胸を。

真紅の結晶槍が貫いていた。


「あ……」


声にならない。

理解したくない。

理解できない。


アカリも驚いた顔をしていた。

数秒前まで。

きっと自分でも死ぬつもりなんてなかった。


それでも、身体が先に動いたのだろう。

ハルを突き飛ばしていた。


結晶が広がり始める。

胸から。

肩、腕、首へ。

赤い侵食が全身を覆っていく。


アカリは泣きそうな顔で笑った。

いつもの笑顔ではない。

強がりでもない。


本当に怖かったのだろう。

本当に死にたくなかったのだろう。

それでも。

最後まで。

ハルだけを見ていた。


視線が合う。

アカリの唇が震える。

何かを言おうとしている。


結晶が頬を覆う。

涙が伝う。

それでも。

最後まで。

声だけは届いた。


「ハル」


一度。

呼ぶ。


そして。

小さく。

泣き笑いみたいな顔で。


「生きろ」


パキ。

結晶が瞳を覆う。


笑顔のまま。

停止する。


静寂。

そこには。

赤い結晶像だけが残った。


ハルは動けない。

呼吸も。

鼓動も。

何もかも。

止まったみたいだった。



その時。

幹部が近付く。

ゆっくり。

何気ない仕草で。


結晶化したアカリの首を掴む。

軽く。

本当に軽く。


そして。

パリン。

小さな音だった。

あまりにも。

あっけない音だった。


首が砕ける。

亀裂が走る。


全身へ。


パキ。

パキパキ。

パキパキパキ。

そして。


ガシャァァァァァン!!


アカリが砕けた。

粉々に。

赤い欠片になって。


空へ舞う。

手を伸ばしても届かない。

名前を呼んでも届かない。

何一つ残らない。


欠片は渦を描く。

幹部の周囲へ集まる。

吸い込まれる。

一片残らず。


全部。

全部。

全部。

喰われた。


そこにはもう何もない。

最初から誰もいなかったみたいに。

何も。

残らなかった。


ハルは立ち尽くす。

世界が静かになる。


ポメポメが何か叫んでいる。

聞こえない。

幹部が何か言っている。

聞こえない。


風の音も、爆発音も、全部遠い。

ただ。

空へ舞う赤い欠片だけが見えていた。


「あかり」


声が漏れる。

返事はない。

欠片が風に流される。


「あかり」


もう一度呼ぶ。

どこかにいるはずだ。

まだ。

きっと。


「どこ」


掠れた声。

視線が揺れる。


欠片の向こう。

瓦礫の陰。

崩れた道路。

探してしまう。

いるはずもないのに。


「出てきてよ」


手を伸ばす。

届かない。

赤い欠片が指の間をすり抜ける。


「冗談ですよね」


笑えない。


「アカリ」


涙が落ちる。


「返事してくださいよ」


声が震える。

欠片はただ舞う。

何も答えない。


その時だった。

赤い欠片が渦を描く。

幹部の周囲へ。

吸い寄せられるように。


一片。また一片。

消えていく。

喰われていく。


残らない。

何も。

本当に、何も。


そこで初めて、理解してしまった。


いない。

どこにも。


「返して」


小さな声。


「返してよ」


唇が震える。


「返せ……ッ」


そして。

喉の奥から。

魂ごと引き裂くような絶叫が迸った。


「返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


その瞬間。

シャインの身体から赤黒い光が噴き上がった。

金色ではない。

希望の光ではない。


絶望。

怒り。

悲嘆。

喪失。

後悔。

全部を煮詰めて。

世界へ叩き付けるような災厄の光。


大地が揺れる。

空が軋む。

ポメポメが息を呑む。


「そんな……」


幹部が初めて後退した。

理解できないものを見る目で。


『何だ』

『その出力は』


ハルは答えない。

もう。

そこにいたのはシャインではなかった。


ただ。

失ったものを取り戻そうと泣き叫ぶ獣だけが。

赤黒い光の中で慟哭していた。



■市街地・中央通り


サイレン。

黒煙。

避難誘導。

封鎖線。


道路の向こうでは、赤い結晶がビルの外壁を侵食している。

四足の異形が咆哮を上げた。


その様子を。

テレビカメラが映していた。



■ニュース中継


画面の端に速報テロップ。


【結晶災害発生】

【危険度レベル4】

【市民は避難を】


女性キャスターがヘルメット姿で叫ぶ。


「こちら現場です!」


背後で爆発音。

地面が揺れる。

それでも中継は続く。


「本日午前七時四十分頃、市街地中心部にて結晶災害が発生しました!」


映像。

道路を埋める赤い結晶。

崩壊した店舗。

避難する市民。


「現在、管理局の“対結晶災害部隊”が対応中です!」


映像が切り替わる。


避難区域。

担架。

防護服姿の局員達。


その中。

三十代ほどの男性が苦しそうにうずくまっていた。

スーツ姿。

右腕の肘から先が結晶化している。


「大丈夫です!」

「意識を保ってください!」


局員が肩を支える。

男性は荒い呼吸を繰り返した。


「た、助かるんですか……」


声が震えている。


隣では医療班が装置を展開していた。

青白い光。

結晶部分を包み込む。


「浄化処置開始!」

「侵食率十二パーセント!」


別の隊員が叫ぶ。


さらに奥。

女子高生。

中年女性。

避難途中に負傷したらしい数名の市民が保護されていた。


腕。

脚。

肩。

それぞれに赤い結晶侵食が見える。


「大丈夫です!」

「まだ間に合います!」


医療班の声。

泣き出す子供。

必死に宥める隊員。

キャスターが緊張した声で続ける。


「管理局は現在、戦闘と並行して侵食被害者の救助活動を行っています!」


画面が切り替わる。


装甲服の隊員達。

青白い結界。

対結晶ライフル。

隊列を組みながら前進する。


「結界班、展開維持!」

「第二班前進!」

「民間人を下げろ!」


怒号。

銃声。

閃光。

異形が吹き飛ぶ。


「対結晶災害局は、人類を脅かす結晶侵略体への対抗組織です!」

「局員は全員、妖精との契約による記憶保護加護を受けています!」


画面下。

解説テロップ。


【記憶保護加護】

【存在消失現象への対抗手段】


「また、結晶侵略体は極めて危険な侵食能力を持っています!」


映像切替。

CG再現映像。

赤い結晶片が人間の腕へ触れる。

瞬間。

腕が透明な赤色へ変化する。


【結晶侵食】

【接触部位から拡大】


「一般人は結晶片が掠っただけでも侵食が開始されます!」

「侵食速度には個人差がありますが、放置した場合は全身へ拡大!」

「完全結晶化に至った被害者は存在ごと消失します!」


映像。

腕。

肩。

首。

全身が結晶へ変わる再現CG。

そして。

ノイズと共に人物そのものが消える。


「通常兵器では侵食の停止は困難!」

「管理局は対結晶装備および浄化処置によって被害拡大を防いでいます!」


画面下。


【接触注意】

【一般人による救助行為は極めて危険】


その瞬間。

後方で爆発。


ドゴォォォン!!


思わず振り返る。


「現在確認されているだけでも、全世界で数十万人規模の存在消失被害が発生しており――」


言葉が止まる。

画面が揺れる。

現場の空気が変わった。

隊員達が一斉に振り返る。


「来るぞ!」

「上だ!!」


キャスターも反射的に見上げる。


空間。

ぴし。

ガラスにヒビが入るような音。

赤い裂け目。

異様な静寂。


顔から血の気が引く。


「ま、まさか……」


隊員達の緊張が跳ね上がる。


「中位侵略個体確認!」

「全員警戒!!」


赤い亀裂の奥。

ゆっくりと。

黒い外套の男が降りてくる。


震える声で呟く。


「幹部級反応です!」


隊員の悲鳴にも似た声が飛ぶ。


「管理局データベース危険度A……」

「侵略群の指揮個体です!」


隊員達が武器を構える。

結界班が出力を上げる。

空気が張り詰める。

キャスターは言葉を失う。


全国放送。


その映像を。

駅のモニターで。

出勤途中の会社員達が足を止める。


コンビニのテレビで。

レジ待ちの客が思わず振り返る。


病院の待合室で。

老人達が息を呑む。


そして。

学校の教室で。


ホームルーム前。

担任がテレビをつけていた。

騒がしかった教室が静かになる。

生徒達は画面を見上げる。


誰も喋らない。

結晶災害。

それは遠いニュースではない。


今日。

今。

自分達の街で起きている現実だった。



■雑居ビル屋上


市街地を見下ろせる古いビルの屋上。

ハルは息を切らしながらフェンスへ手をついた。


学校へ向かう途中だった。

爆発音を聞いた瞬間、身体が勝手に動いていた。


逃げる人々の流れを逆走し、現場近くまで走り、誰にも見られない場所を探してこの屋上へ辿り着いた。


下では既に戦闘が始まっている。

管理局の装甲車。

展開された青白い結界。

避難誘導を行う隊員達。


そして、その中心を悠然と歩く幹部級結晶生命体。


ビル屋上から見下ろしていたハルも、その光景を見つめていた。

ポメポメが耳を伏せる。


「管理局だけじゃ無理ポム」


遠くで爆発。

衝撃波がビルの窓を震わせる。


下方。

ドォォォン!!

青白い結界が歪む。


隊員達が張っていた防御障壁。

その中央へ。


幹部級が片手を振った。

攻撃ですらない。

人を追い払うような。

ただそれだけの動作だった。


パリン。

嫌な音。

次の瞬間。

結界が砕け散る。


「結界崩壊!!」


通信越しの悲鳴。

衝撃波。

装甲車が横転する。

隊員達が吹き飛ぶ。


「第一防衛線後退!!」

「負傷者多数!!」

「撤退ルート確保しろ!!」


避難区域。


「医療班を下げろ!!」

「無理です!侵食者がまだ残ってます!!」

「救助対象十二名!!」

「間に合わない!!」


怒号。

隊員達は押し戻される。

後退している。

それでも武器だけは下げない。


誰が見ても分かる。

このままでは持たない。


恐怖しているはずなのに。

傷付きながら。

吹き飛ばされながら。

それでも前へ出ている。


ハルはフェンスを握る手に力を込めた。


脳裏に浮かぶのは、半年前の光景だった。

笑う相棒。

燃えるような赤い髪。

乱暴な口調。

うるさいくらい明るい声。


『そういう時は笑え』


思わず目を閉じる。

その言葉を思い出すだけで胸が痛んだ。


ハルの拳が震える。

ポメポメが見上げた。


「行くポム?」


沈黙。

ハルは唇を噛んだ。


遠くで爆発音。

管理局の結界が揺れる。


「……嫌です」


絞り出すような声。


「行きたくない」


ポメポメは黙っている。

ハルは視線を逸らした。


「今日は行きたかったんです」


教室。

授業。

友達。

普通の日。


「何も起きない日が良かった」


拳を握る。


「それだけです」


ゆっくり顔を上げる。

隊員達が見えた。

誰も諦めていない。

傷付いても。

倒れても。

立ち上がっている。


ハルの脳裏に、もう一度あの笑顔が浮かんだ。


『一人で抱えんな』


思わず笑いそうになる。

自分だけが苦しいと思うな。

そんな声が聞こえた気がした。


ハルは深く息を吸う。

そして鞄を足元へ置いた。

ガタン。


「……でも」


震える指を握り締める。


「間に合わなかったら」


その先は言わなくても分かっていた。

また後悔する。

また助けられなかったと自分を責める。


目の前で誰かが消える方が、嫌だった。


ポメポメが小さく頷く。

ハルも頷き返した。


「ポメポメ」

「ポム」


ハルは前を向く。

市街地。

戦う人達。

守ろうとしている人達。

そして敵。

全部を見据えて。


静かに告げた。


「お願いします」


ポメポメの身体から赤い光が溢れ出す。


心装増幅ハート・オーバードライブ


ふわりと尻尾が揺れた。


「心を武器に変えるポム!」


世界が赤く染まる。

ハルは目を閉じる。


そして。

開く。

赤金の瞳。


「チェンジ・オン」


光が爆発する。

赤黒い光が空へ噴き上がった。


「カラミティ」




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