第32話「甘やかし」
かおりちゃんと出かけたその日の夜、私はお父さんに電話して、かおりちゃんが感じた視線の件を相談しておいた。
今はまだ事件性が薄いから、一応相談受付だけで留めておいてもらっているけど、お父さんがすごく心配していた。
大学生の頃、善意で助けた相手にストーカーされたことがあった。
その時、当時現場で仕事をしていたお父さんと、中学高校と剣道を習っていた関係で顔見知りだった柳田さんに相談して、解決してもらったことがある。
念のための相談をお父さんにしてから、翌日に備えてその日は早めに就寝した。
***
「……ということがあったんです」
「そうでしたか。怖かったでしょう?」
「いえ、私はその時、全く分からなかったので……」
九条さんと合流して、彼の車に乗る。
相変わらず自然なエスコートで、助手席まで誘導された。
もう……それが当たり前になってきている。
「一応、九条さんにもお伝えしておいたほうが良いかなと思ったのでお話したんですけど……」
「いえ、知っておくことで、法律の方面でサポートできます。ありがとうございます。……婚約者という立場上、利益相反が絡むので他の誰かにつなぐくらいしか出来ませんが」
九条さんにも起きたことを報告したのは、正解だったようだ。
相変わらず丁寧に対応してくれる。この人、誠実なんだよね。
最近は少し、九条さんのこの丁寧さが物足りなく感じている。
強引に境界を侵される事は怖い。だけど、この優しさは物足りない。
まるで壊れ物を扱っているみたいな優しさ。
私、そんなに弱くないのに……。
──なんて、わがまま。
「もし、何かあったら、すぐに僕に連絡してください。夜中でも必ず助けに行きます」
「……さすがに、それは申し訳ないんですけど」
たまにとんでもないことを言い出すな、九条さんは。
「遠慮はダメです。何でも相談して決めようって、約束しましたよね?」
「ふふ……。それ、今のは何を決めるための相談なんですか?」
「細かいことはすべて適宜相談でって。これも細かいことです。……気が張って、あまり眠れなかったのなら、移動中眠っていても大丈夫ですよ。安全運転を約束します」
この人はいつも、そうやって自然と先回りして、私を甘やかす。
最近は、その甘やかしを当然のように受け入れている私がいる。
どういう心境の変化? 自分のことなのに、自分がわからなくなる……。
「ちょっと、眠れないと思います。恥ずかしいですし。寝顔見られるの」
「大丈夫ですよ。何もしません。車の運転中ですし……脇見運転は事故の元ですしね」
「確かに……」
妙なところで理詰め。
いや、もともと合理的な人ではあるけれど……。
そもそも、私、この人の危険な運転や乱暴な運転を経験してないからなぁ。そんな運転をするイメージが沸かない……。
ぼんやりと車窓を流れる景色を見る。
昨日のかおりちゃんとの穏やかさとは、また違った穏やかな空気。
……甘やかされすぎて、ダメ人間になってしまったらどうしよう。
ああ、そう言えば……。
「あの、幼馴染が九条さんに会いたがっているんです。両家の最終顔合わせのあとで良いと思うんですが……」
「ああそれなら、時間を作りますよ。そのお友達の都合に合わせて……一旦、仕事も落ち着いていますし」
──前にも感じたな、この『至れり尽くせり』感。
***
ファブリックを見に来たお店は、一言で言えば『ドンピシャ』。
私の好きなタイプのお店だった。
「ここ、母のお気に入りの店でして。気に入ったものが見つかると良いんですが」
「……お義母さまの? そうなんですね」
ちょっとびっくり。
そうか、お義母さん、私と好みが似てるんだ。
「ちなみに、美希も母の影響を受けて、ここがお気に入りなんです」
それは何となく分かる。
親子……特に母と娘というものは、基本的に好みが似るものなのだろう。親子関係が破綻していなければだけれど。
私も母とは好みが似ている。ただ、植物の好みだけはちょっと違うけど。私は観葉植物のほうが好きで、母は園芸全般が好きという。
母は花を育てるのが、とても上手なんだよね。
……新居、バルコニー広かったし、一度やってみようかな?
「先にカーテンを見に行きますか?」
「そうですね。リビング用はオーダーメイドにしましょう。客室はおしゃれさと上品さが整っていれば、既製品でも良いかな? 自室は気に入るものがあれば既製品で十分だと思いますし……」
「窓のサイズは図面に載ってますし、一応、詳細は不動産屋に確認して測ったメモを持ってきてます」
段取りが完璧すぎない?




