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無限の火花の世界 [The Old World]  作者: Rocky Pancakes
第3章:泡の向こうへ
30/38

間章:語られざる物語――ブラッドデット

暗く、狭く、湿った洞窟の中。


かすかな灯りが前方の道を照らし、ぬめりを帯びた岩壁を浮かび上がらせる。

遠くでは、水滴が落ちる音が洞窟の奥に反響していた。


先頭を歩くのは、黒髪の青年。

全身には無数の傷跡が刻まれ、右手には剣をしっかりと握っている。


その後ろには、海のような青い髪の少女。

彼のもう片方の手を、ぎゅっと握りしめていた。


恐れているようには見えない。

むしろ――彼を引き止めようとしているかのようだった。


さらにその後ろには、桃色の髪の少女。

杖の先には小さな炎が浮かび、彼らの足元を淡く照らしている。


そして一番後ろには、もう一人の青年。

前の少女と同じ青い髪をしていた。


どうやら彼も剣士らしい。


くん。くん。


「……匂うな」


先頭の男が小さくつぶやいた。


「待って、ヘイル。まだこの洞窟の構造が分からないわ」


桃髪の少女が、周囲の暗闇を警戒しながら言う。


そのとき、青髪の少女がヘイルの手をさらに強く握った。


「……私も感じる」


彼女は静かに言った。


「静かで……暗くて……それに、臭い……」


その言葉を口にした途端、最後尾の青年が自分の言葉に身震いした。


「お前も匂うのか、アリナー?」


彼は軽く桃髪の少女の肩を叩いた。


アリナーは反射的に鼻を覆う。


「うん……すごい臭い」


ヘイルは振り返り、にやりと笑った。


「なんだ、もうビビってんのか? ユキグ」


その一言に、ユキグはすぐに反発した。


「はぁ!? ふざけんなよ!

こんな洞窟ごときで俺が怖がるわけないだろ!」


コツン。


小さな石が上から落ちてきた。


「うわあああああっ!!」


ユキグは即座にアリナーにしがみついた。


アリナーはため息をつく。


「ははっ」


ヘイルは笑いながら、隣の青髪の少女へ視線を向けた。


「そんなに強く握ってどうした?」


「俺を見失うのが怖いのか、メリル?」


バシッ。


メリルはヘイルの後頭部を思いきり叩いた。


「あんたのその、すぐ先に突っ込む癖よ」


「私が止めなかったら、そのまま自分から死にに行くようなものじゃない!」


ヘイルは後頭部をさすりながら不満そうに言う。


「何だって――?」


メリルは彼の耳をつかみ、ぐいっとねじった。


「いてててっ! 痛い痛い!」


「分かった、分かったって! 悪かった!」


「みんな」


アリナーの声が響いた瞬間、二人はぴたりと動きを止めた。


「……聞こえる?」


ヘイルとメリルは静かに耳を澄ます。


「近い……」


ユキグが小声でつぶやいた。


***


洞窟の奥から、女たちの悲鳴が響き渡った。


その中に混じるのは、どこか歪んだ――

不快な笑い声。


***


四人は大きな空洞の入口で立ち止まった。


そして、凍りつく。


緑色のゴブリン。


十数人もの若い少女たちが――

裸のまま、恐怖に震えながら――

容赦なく蹂躙されていた。


「このクソ野郎どもが!!」


ヘイルが剣を振りかざし、怒号を上げる。


「何してやがる!!」


ゴブリンたちは一斉に手を止め、声の方へ振り向いた。


ガァ。


グルル。


ラァァ。


……


一匹、また一匹と、武器を手に取る。


曲がった釘を打ち込んだ木の棍棒。


錆びつき、刃こぼれした鉄の剣。


木の柄に金属片を縛りつけただけの粗末なナイフ。


どれもが粗雑で、原始的だ。


誰も当たりたくない代物だった。


「来いよ、この腐れ外道ども!!」


ヘイルが叫ぶ。


ゴブリンたちは一斉に咆哮し、突撃してきた。


***


ユキグは洞窟の中を素早く見回し、剣を握り直す。


アリナーは杖を掲げ、魔法の準備を整えた。


ヘイルは左右を確認する。


一歩踏み出し、突撃しようとした――


「ヘイル! 落ち着いて!」


声に振り向く。


メリルが鋭く睨んでいた。


「へへ……」


ヘイルは気まずそうに頭をかく。


「ちゃんと気をつけてるって」


「ヘイル!!」


アリナーとユキグが同時に叫んだ。


メリルの目が見開かれる。

彼女はヘイルの背後を見ていた。


だがヘイルは、まだ頭をかいたまま、振り向きもしない。


剣が閃く。


背後から襲いかかったゴブリンは、一瞬で真っ二つになった。


「よし……」


ヘイルの表情が引き締まる。彼は剣を一振りして血を払った。


「ユキグ、左を頼む。俺は右だ」


「了解!」


ユキグはすぐに後列から飛び出した。


「メリル、アリナー!」


二人が彼を見る。


「被害者を助けろ」


そう言うと、ヘイルは雄叫びを上げながら突撃した。

行く手にいるゴブリンを、次々と斬り倒しながら。


***


「……砕けぬものを砕け、鋼であれ、水晶であれ……」


アリナーは急いで詠唱した。


パキン。


彼女が掌を向けた鎖の一部が、きれいに真っ二つに断ち切れる。


「ありがとう!」


鎖に繋がれていた少女は、手首に残った赤い痕を抱えながら、泣き崩れた。


アリナーは短くうなずき、すぐに次の人のもとへ向かう。


***


メリルは目を細めた。


空中に掲げた掌の先――

鎖の一部分が、真っ赤に光り始める。


直後――


彼女はその箇所を、一気に凍らせた。


手がわずかに震える。

凍りついた金属の周囲で、空気がゆがみ始める。


メリルは歯を食いしばった。


パキン。


***


ヘイルは左へ剣を振るう。


ブン。


突っ込んできたゴブリンが、真っ二つに裂けた。


右へ振り向く――

もう一匹が倒れる。


横からゴブリンが跳びかかってきた。


近すぎる。


ヘイルはそいつの喉をつかみ、持ち上げた。


「グラァァァ!」


そのまま、背後から突っ込んでくる群れへと叩き投げる。


***


右からゴブリンがユキグへ斬りかかった。

高く振り上げた剣が振り下ろされる。


ヒュッ。


ガキン。


ユキグは剣を上げて、その一撃を受け流す。


左手で背中から短剣を引き抜く。


ズブッ。


短剣がまっすぐ、ゴブリンの喉へ突き刺さった。


さらに左から別のゴブリンが襲いかかる。


今度は短剣で攻撃を受け止め――


そのまま剣で斬り伏せた。


***


やがて、ゴブリンはすべて倒れた。


メリルとアリナーは、残っていた少女たちの鎖を急いで外していく。


ヘイルはユキグの肩に腕を回し、二人で息を整えていた。


疲れきっているはずなのに――


笑いが止まらない。


……


「よし、俺も手伝ってくる」


ユキグはそう言って、肩に回されたヘイルの腕を払いのけた。


「おう、行ってこい」


ヘイルはにやりと笑う。


***


ユキグは、まだ鎖につながれている少女たちの方へ走った。


攫われた少女たちは、恐怖で体を震わせている。


「心配するな。もう安全だ」


「覚えとけよ、俺たちのクルーの名前を――」


彼は剣を持ち上げる。


「ブラッド・デットだ」


キィン。


カン。


チン。


また一本、鎖が断ち切られた。


***


「アリナー?」


メリルがアリナーの肩に手を置く。


「え?」

アリナーが振り返った。


「ゴブリンキングは?」


「ゴブリンキング?」


「あ……やば」


アリナーの目が見開かれる。


メリルは眉をひそめ、息を呑んだ。


すぐにヘイルへ振り向く。


「ヘイル!」


ヘイルはのんびり腕を伸ばしていた。


「ん? もう俺に会いたくなったのか?」


ふざけた笑みで振り返る。


「まだゴブリンキングがいる!」


メリルは両手で口を囲い、叫んだ。


ヘイルは目を細める。


「ゴブリンキング……」


その瞬間――


グルルルルルッ!!


低い唸り声が洞窟中に響いた。


四人は同時に振り向く。


狭い横穴から、巨大なゴブリンが這い出てきた。


片手で洞窟の壁をつかむ。


バキッ。


石がその指の下で砕けた。


もう一方の手には槍。


いや――


まるで、先を削って尖らせただけの巨大な木の柱のようだった。


腕と脚には分厚い筋肉が絡みつくように盛り上がっている。


首も異様に太く、むき出しの力が詰まっていた。


ガァァァァァ!!


「なら――ぶっ殺すまでだ!」


ヘイルが叫び、ゴブリンキングへ一直線に突撃する。


「ヘイル!」


その言葉が言い終わる前に、メリルはすでに走り出していた。


「待って、メリル!」


アリナーが叫ぶ。


「メリル!!」


ユキグも後を追う。


ゴブリンキングは巨大な槍を持ち上げた。


投げる構え。


「それを投げたら……」


ヘイルは突進しながら口元を歪める。


「俺と戦う武器、なくなるぞ?」


ガウッ!


ヘイルが横を見る。


生き残っていたゴブリンが、ナイフを振りかざして飛びかかってきた。


ズブッ。


刃がヘイルの左肩に突き刺さる。


だがヘイルは躊躇なく――


そのゴブリンを真っ二つに斬り裂いた。


「ヘイルゥゥゥ!!」


メリルの叫び声に、ヘイルは振り返る。


巨大な槍が――


すでに空中を飛んでいた。


まっすぐ、自分へ向かってくる。


減速する気配はない。


ヘイルは凍りついた。


「メリル――ダメだ!!」


ヴォオオォォォッ!!


……


すべてが、ゆっくりになったようだった。


メリルが跳び込み、ヘイルを突き飛ばす。


ヘイルの視界に映ったのは――


青い髪の閃きだけ。


槍が彼女を貫いた。


血が空中に弾ける。


ヘイルの目が見開かれる。


ドサッ。


振り返る。


槍はメリルの太ももを貫き――


左脚を、体から完全に引きちぎっていた。


「メリル!!」


アリナーが駆け寄り、ちぎれた脚を掴み上げる。


そしてメリルの骨盤の下へ押し当てた。


ユキグも彼女の隣に膝をつく。


「姉ちゃん、しっかりしろ! 俺だ、ここにいる!」


その瞬間――


メリルはユキグを見た。


痛みが襲い、メリルの顔がゆっくりと歪む――

涙が頬を流れ落ちた。


「アアアアアアッ!!」


「アアアァァ――!」


……


ヘイルは歯を食いしばった。


呼吸が荒くなる。


ゆっくりと――


ゴブリンキングへ振り向く。


目は見開かれたまま。


その奥で、狂気が燃えていた。


「てめぇ……この……絶対にただじゃ済まさねぇ!!」


再び突撃する。


「ヘイル!」


ユキグが叫ぶ。


「行って!」


アリナーが鋭く手を振った。


「私が見る!」


ユキグは一瞬だけ迷う。


だがすぐに目を固くする。


うなずき――


走り出した。


アリナーはメリルの傷口の上に両手を掲げる。


「壊れしものを赦し、失われしものを還せ。

我が身を分かち、その過ちを癒やしたまえ……」


淡い緑の光が掌に灯り、ゆっくりと裂けた肉へ流れ込んでいく。


アリナーの詠唱は洞窟に響き――


メリルの絶叫と混ざり合った。


***


「アアァァァァッ!!」


ヘイルは全身の力を込め、左へ剣を振り抜いた。


ガァァァッ!!


ゴブリンキングは左腕を高く振り上げ、巨大な拳を握りしめる。


まるで肉でできた巨大なハンマーのように――

それを叩きつけた。


ヘイルは突進の勢いを利用し、そのまま膝から地面へ滑り込む。


ドォン!!


拳は空を切った。


ヘイルはそのまま背後へ滑り抜ける。


目を見開き、剣を振り抜いた。


ブンッ。


ザシュッ。


ゴブリンの左足首が、きれいに断ち切られる。


ドサッ!


巨体は片膝をつき、痛みに咆哮した。


振り向く。


目を見開き――


両手を組み合わせ、巨大な棍棒のように構えた。


両腕が高く振り上がる――


ズブッ。


ガァァァァァッ!!


ゴブリンキングの背中に、ユキグが立っていた。


彼の剣は、分厚い筋肉を貫いて突き刺さっている。


ぐりっと刃をねじる。


ゴブリンは再び絶叫した。


「アァァァァッ!!」


ヘイルが前へ跳び出す。


ザンッ。


着地。


そして、そのままメリルの方へ駆け戻った。


その背後で――


ゴブリンキングの首が、ゆっくりと滑り落ちる。


ドォン!!


巨大な体が、地面へと崩れ落ちた。


***


メリルはまだ泣き続けていた。


骨。


血管。


筋肉。


少しずつ、つながっていく。


ヘイルは彼女の隣に膝をつく。


「俺はここだ!」


メリルは顔を背けた。


涙がまつ毛に溜まっている。


……


ヘイルは深い後悔をにじませた目で彼女を見る。


喉を鳴らし――


ゆっくりと手を伸ばす。


その手が、彼女の頬へ触れようとした。


メリルは拳を握りしめる。


次の瞬間――


彼を叩き始めた。


何度も。


何度も。


「なんでよ!? どうして私の言うこと聞かなかったの!?」


「もし……私じゃなくて、あんたが死んでたらどうするのよ!?」


メリルは叫んだ。


ヘイルは頭を下げる。


彼女の拳を、受け止めもしない。


言い返しもしない。


ただ歯を強く食いしばっていた。


……


やがて、メリルの拳が止まった。


そんなヘイルの姿を見て――


彼女の顔が歪んだ。


そして完全に崩れ落ちる。


そのまま彼の胸へ飛び込んだ。


腕を強く回す。


まるで――


もう二度と失いたくないと言うように。


ヘイルはゆっくり腕を上げ、


彼女を抱きしめ返した。


……


その時になってようやく、ユキグが駆け寄ってきた。


メリルの足がすっかり治っているのを見て――

大きく息を吐いた。


「……ありがとう、アリナー」


「私のせいよ……」


アリナーは静かに言った。


表情が暗く沈む。


「このパーティーを作ったのは……私なんだから」


「それなのに――」


「みんなを守れなかった」


***


洞窟には、血の匂いが満ちていた。


岩の裂け目からは、いまもなお水滴が滲み落ちている。


沈黙が、これほどまでに大きく感じられたことはなかった。

毎週金曜日と日曜日に新しいエピソードを2話更新します。

(金曜日に更新できなかった場合は、1話を土曜日または月曜日に振り替えます。)

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― 新着の感想 ―
ちょっと疑問なんですが、幕間ではヘイルがゴブリンキングをかなり簡単に、しかもすぐ倒していましたよね。狂ったときでさえそうだったのに。 それなのに、第11話ではどうしてゴブリンキングに殺されてしまった…
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