第27話:忘れられた物語
二つの霧を晴らした物語。
カチッ――
ハーリンとユキグは家の中に入った。
二人とも頭を下げたまま、何も言わない。
……
「ぼ、僕が料理する!」
「わ、私は床を拭く!」
二人はすぐに反対方向へ散った――
ユキグはまっすぐ台所へ駆け込み、山のような調理道具を慌てて探り始める。
ハーリンはベッドの端まで走り、乾いた布をつかんだ。
それから急いで台所へ向かう――
二人はぶつかった。
……
「コホン……後ろの物を取らせてくれ。」
ユキグは頭をかきながら横へよけた。
「わ、私は……布を洗わないと……」
ハーリンは顔を上げることもできず、反対側へすり抜けていった。
***
「おっ、今日は肉を変えたのか?」
ユキグが声を上げた。
「しかもゴーゴー肉じゃないか!」
唇をすぼめながら、ちらりとハーリンを見る。
――まるで沈黙を破るためだけの言葉のように。
ハーリンは床を這うようにして、布で丁寧に拭いている。
慌てて顔を上げた。
「は、はい!」
「じゃあハーリン、このゴーゴー肉の部位で何が作れるか知ってるか?」
ユキグは片眉を上げ、笑った。
「スープ!」
「おお、すごいな。それも知ってるのか?」
彼はくすっと笑った。
「んっ!」
ハーリンは力強くうなずく。
……
カウンターの上の小さな袋に、ユキグの視線が止まった。
「お菓子も買ったのか?」
「うん……」
彼女は軽くうなずく。
「へえ、ちゃんと節約できるようになったんだな。残った銅貨で何を買うつもりだったんだ?」
ユキグはカウンターに腕をつき、体をかがめて期待するような顔でハーリンを見る。
「ぜ、全部……お菓子に使っちゃった……」
ハーリンは唇をぎゅっと結んだ。
「はあぁ?!」
ユキグの目が大きく開く。
「まさか金のキャンディじゃないだろうな?!」
ハーリンは慌てて布を落とした。
「ち、違うの!」
両手をぶんぶん振る。
「五袋買ったの! 一袋二銅貨だったから――!」
それを聞いて、ユキグはようやくほっと息を吐いた。
「じゃあ他の袋は……あの子たちにあげたんだろ?」
「んっ! んっ!」
ハーリンは何度も何度もうなずいた。
ユキグはわざとらしく天井を見上げてため息をつく。
「で、俺の分は一袋も残してくれてないわけか……」
横目でちらりと彼女を見る。
反応を待っている。
「ご、ごめんなさい……」
ハーリンは頭を下げ、両手をお腹の前でぎゅっと握った。
「おいおい、冗談だって!」
「正直……俺はそもそもキャンディなんて好きじゃないしな……」
ユキグは気まずそうに頭をかく。
「ああいうの、歯が痛くなるんだ……」
それを聞いて、ハーリンはまた視線を落とし、床拭きを続けた。
それでも、顔にはまだ少し罪悪感が残っていた。
***
ユキグは鍋のスープをかき混ぜている。
スプーンを持ち上げ――
ずずっ。
「ユキグ、お前どうしてこんなに料理が上手いんだ?」
得意げに笑いながら、小さくつぶやいた。
「おじさん……」
ハーリンの静かな声に、ユキグはびくっとする。
慌てて振り向いた。
「ん? どうした――」
言葉が、ゆっくり途切れる。
目の前で――
ハーリンがキャンディを一つ、彼に向けて差し出していた。
「あーん〜」
やさしく小さく歌う。
ユキグはためらわない。
身をかがめて口を開き、ハーリンに食べさせてもらう。
「おいしい? おじさん?」
ハーリンは少し首をかしげた。
「んー……」
ユキグは口の中でキャンディを転がす。
「ん!」
「この味、知ってるぞ――」
指を一本立てる。
「このキャンディ、北の国のやつだ!」
「どうしてわかったの?!」
ハーリンの目がきらきら輝いた。
「はっ!」
彼は舌を鳴らす。
「お前の父さんと母さん、それに俺でな。昔いろんな場所を旅したんだ。」
その瞬間――
ユキグは慌てて口を押さえた。
まるで、言ってはいけないことを言ってしまったみたいに。
「お母さん……? お父さん……?」
「どこへ旅したの……?」
ハーリンはそう言いながら、ユキグのズボンをそっと引っ張った。
「あー……それはな……」
「ほら、ベッドに座って少し遊んでな。おじさん、まだ料理してるから……」
「あっ――!」
ユキグはスープをすくい、ふーっと息を吹きかける。
「ハーリン、今日の夕飯味見してみろ!」
それを見て、ハーリンはそれ以上質問しなかった。
ずずっ。
「おいしいか?」
「……おいしい。」
ハーリンは小さく、少し寂しそうにうなずいてから台所を出ていった。
それを見て、ユキグは少し罪悪そうに頭を下げる。
「キャンディの袋は……一つだけでいい。」
「残りは全部食べろ、ハーリン。それで十分だ。」
ハーリンは小さくうなずいた。
***
シャッ……
シャッ……
スープ鍋と二つの器は、もう空になってカウンターに置かれている。
シャッ……
シャッ……
ユキグは片膝を立てて床に座り、ハーリンが買ってくれた彫刻刀で小さな木片を削っていた。
ノミは太ももの横に置いてある。
ハーリンはベッドの上であぐらをかき、魔導書を読んでいる。
木を削る音以外――
部屋はとても静かだった。
シャッ。
「おじさん……?」
ハーリンの声で、ユキグの手が止まる。
「わ、私は……お母さんとお父さんのこと、もっと知りたい……」
「泣かないって約束する!」
彼女はすぐ本を置き、前に身を乗り出してベッドに両手をついた。
ユキグは唇を引き結ぶ――
答えない。
それを見て、ハーリンは視線を落とす。
ゆっくり後ろへ戻り、また本を手に取った。
……
「フェルンは……俺たちの故郷でもあるんだ……」
ユキグが静かに言った。
ハーリンはすぐに顔を向ける。
「俺たちも小さい頃に親を亡くした……」
「それで、お前の母さんが……俺の面倒を見なきゃならなくなった。」
「全部……」
「何もかも……」
ユキグはようやく顔を上げ、真剣に聞いているハーリンを見る。
「お前の母さんは畑で働いてた。」
「給料はほんのわずかだった。」
「まだ子どもで……大人ほど働けなかったからな。」
「いくらだったの?!」
ハーリンがすぐに聞く。
「朝から晩まで働いて……」
「銅貨二十枚……」
それを聞いた瞬間――
ハーリンの呼吸が止まりそうになった。
彼女は、隣に置いてあるキャンディの袋を見る。
……それなのに、私は……
銅貨十枚も……この五袋のお菓子に……
ユキグは気づいた。
彼女の視線に。
「大丈夫だ、ハーリン。俺は木彫りでちゃんと稼いでる。」
「そんなに気にするな。」
そして苦笑した。
「やっぱりこの話、するんじゃなかったな……」
ハーリンはすぐにキャンディの袋から視線をそらした。
「ごめんなさい……
でも、おじさん。続きを話してくれる?」
「謝る必要なんてないさ……」
「こんな話をハーリンに聞かせてしまってる俺のほうこそ、謝るべきだ……」
ユキグは視線をそらした。
ハーリンはキャンディの袋を横へ押しやり、ベッドから降りて彼の前に座る。
「お願い、続けて!」
瞳は期待でいっぱいだった。
少しの沈黙のあと、ユキグは続けた。
「母さんは畑で働くだけじゃなかった……帰ってきても、料理をして、洗濯をして……それに俺を風呂に入れてくれた。」
「ハーリンが、昔ひとりで母さんの面倒を見ていたみたいにな。」
ユキグは誇らしげに笑い、ハーリンを見た。
「でも――」
視線が落ちる。
「俺はハーリンみたいにしっかりしてなかった。」
「もう少し大きくなってから、ようやく床掃除とか……洗濯とか……」
「それから――」
「料理だ。」
カウンターの上の鍋へ視線を向ける。
「俺がこんなに料理できるのは、お前の母さんのおかげだ。」
ハーリンも同じ方向を見る。
「それから……あの本も。」
ユキグはベッドを見た。
ハーリンもまた、彼の視線を追う。
「あの魔導書は、お前の祖母が母さんに残した最後の物なんだ。」
「時間があると、母さんはいつもそれを取り出して勉強していた。」
「その頃、村で魔法を使えたのは母さん一人だけだった。」
彼はハーリンに微笑む。
ハーリンはあまりに真剣に聞いていて、口を閉じるのも忘れていた。
「母さんが魔法を使えるようになってからは、金の心配もあまりしなくてよくなった。」
「それで俺も、少し大きくなった頃……」
「自分が――」
「完全に役立たずだって思った。」
……
「今でも、そうだけどな……」
それを聞いた瞬間、ハーリンは慌てて首を振った。
「役立たずなんかじゃない!」
彼女は勢いよく前に飛び出し、ユキグに抱きついた。
ぎゅっと強く抱きしめる。
「おじさんは世界で一番のおじさんだよ!」
ユキグは一瞬固まった。
ごくりと唾を飲む。
「……あの頃な。」
「俺は、とても嫉妬していた。」
ハーリンは顔を上げる。
「母さんが村のみんなの注目を集めているのを見るたびに……」
「俺は一日中家にいて、料理と掃除をして……」
「それだけだった。」
「何一つ、誇れることがなかった。」
「だから――」
彼はハーリンを見下ろす。
「変わりたいと思った。」
「もっと良くなりたいと思った。」
「母さんみたいに、できる人間になりたかった。」
ユキグはそっとハーリンの肩を持ち、前へ戻して座らせる。
「それから俺は、近くに住んでいた猟師から剣を習い始めた。」
ユキグは小さく笑う。
「母さんが仕事から帰ってくると、庭でよく二人で手合わせしたものさ。」
***
「姉ちゃん、準備しろよ!」
一人の少年――
いや。
それは幼い頃のユキグだった。
その前に立っているのは、若い頃のメリル。
「手加減しないよ?」
メリルがからかう。
***
ハーリンは深く考え込む。
お母さんもおじさんも、子どもの頃からこんなにすごかったんだ……
……じゃあ、お父さんは……?
きっとすごく強かったんだろうな……
それに……二人はどうやって出会ったんだろう?
「続き、話してくれる?」
ハーリンが聞いた。
ユキグは口をすぼめ、少し考える。
「そうだな……」
「ある日――」
「その頃、俺は十六で、母さんは二十四だった。」
彼は天井に向かって指を一本立てた。
「村に一人の女の子が来た。」
「名前はアリナー。」
「アリナー……? 聞いたことない名前。」
ハーリンは首をかしげる。
「お母さんとおじさんと仲良かったの?」
ユキグはうなずく。
「アリナーはな……」
***
「フェルン村のみなさん、こんにちは。」
淡いピンク色の髪をした少女。
当時のユキグやメリルと同じくらいの年頃だった。
彼女は丁寧にお辞儀をする。
片手はお腹の前に、もう片方は高く掲げて。
「私は冒険者パーティーの仲間を募集しに来ました!」
「宿と食事はこちらで用意します!」
集まった村人たちの群れの中――
ユキグはメリルを肩車していた。
「姉ちゃん、見える?」
「うん、うん! よく見える!」
メリルは首を伸ばし、人混みの向こうをのぞき込む。
「現在、魔法使いと剣士を探しています。」
アリナーは続けた。
村人たちの間にざわめきが広がる。
「ちっ、小さな子どもじゃないか。」
「あんな年で冒険者だと?」
「気をつけろよ、騙して連れて行くつもりかもしれん。」
***
「疑いだらけのあの人混みの中で――」
「母さんと俺が前に出たんだ。」
ハーリンの目がぱっと輝いた。
「わああ……!」
「それで俺たちは、アリナーの馬車でタルムノル王国の王都へ向かった。」
「そして――」
ハーリンはじっとしていようとしたが、体が少し弾んでしまう。
「そこで――」
「ヘイルに出会ったんだ。」
「お父さん!」
「その頃のお父さんってどんな人だったの? 強かった? どうやってお母さんと恋に落ちたの?!」
矢継ぎ早の質問に、ユキグは頭をかいた。
どれから答えるべきか迷っている。
「あー……そうだな……」
「お前の父さんはな……」
「初めて会った時――」
「ちょっと怖そうだった。」
「怖そう?」
ハーリンが小さく聞く。
ユキグは唇を少しふくらませてうなずいた。
「あの頃のヘイルは……飢えた獣みたいだった。」
「父さんが気にしていたのは二つだけ。」
「金と――」
「有名になること。」
***
メリル、ユキグ、アリナーの三人は冒険者ギルドに入った。
そこは――
混沌としていた。
一つのテーブルでは、二人の男が腕相撲をしている。
片方は試合の途中で腕を折られたのに、気にもせず笑っていた。
反対側では、誰かが壁に激しく叩きつけられている。
そんな騒ぎの中――
一つのテーブルでは酒盛りが行われていた。
若い男が突然立ち上がり、ビールのジョッキを高く掲げる。
「明日なんてないつもりで生きろ!」
「あれがヘイル……」
アリナーがため息をつく。
「こんなところ見せてしまってごめんなさい。でも安心して。彼は本当はとても優しい人よ。」
その時――
ヘイルが、彼らに気づいた。
彼はよろよろと前に歩き出した。
手にはまだビールのジョッキを持っている。
「これが……ユキグ……?」
ぼんやりした様子で、指でユキグの胸をつついた。
それからメリルの方を向く。
「おおぉ……〜」
全身の力が抜けた。
彼の視線はメリルの顔から離れない。
「へへ……〜」
「へへ、へへ……〜」
まるで催眠にかかったみたいに――
その表情はほとんど……
完全に変態の顔だった。
バシッ!
メリルはヘイルの頬を思いきり叩いた。
冒険者ギルド中が一瞬で静まり返る。
ヘイルはゆっくりとメリルの方へ顔を向けた。
目を大きく見開き――
まるで彼女を丸ごと食べてしまいそうな目だった。
それを見て、メリルはすぐに言い返した。
「そっちが悪いのよ!そんな近くに来るからでしょ!?」
だが――
「へへ……へへ……」
ヘイルは相変わらず、ぼんやりとした催眠状態みたいな顔をしていた。
***
ハーリンの背筋に冷たいものが走った。
あの頃……お父さん……
本当にあんなに気持ち悪かったの……?
ユキグが大声で笑った。
「怖くなったか? ヘイルは相当恐ろしかったぞ!あの頃は俺だってビビってた!」
ハーリンは首を振った。
「でもパパは、ママと私のことを世界で一番愛してたもん!」
「はは。」
ユキグはニヤッと笑った。
そしてハーリンの頬をつまむ。
「好きな相手ってのはさ、どうしても嫌いになれないもんだろ?」
ハーリンは頬を膨らませて、こくりと頷いた。
ユキグは続けた。
「あの頃、ヘイルとメリルは有名なパワーカップルだったんだ。」
「パワーカップル?」
「そうだ。パワーカップルだ。」
「息がぴったりすぎて、精神リンクの魔法でも使ってるんじゃないかって言われてたくらいだ。」
「ああ、そうだ!」
ユキグの表情を見て、ハーリンも思わず笑った。
彼女はわくわくしながら待つ。
「あの頃、お前の両親には二つ名まであったんだ。」
「なにそれ?!」
「お前の父親はミートヘッド、母親はビーストの咆哮って呼ばれてた。」
「えっ……?なんでそんな名前なの?」
ハーリンは笑いながら首をかしげた。
「お前の父親はな、誰の言うことも聞かないんだ。いつも一人で突っ込んでいく!」
「でもお前の母親が来てからは、あいつを叱りつけて正気に戻せるのは彼女だけだった。」
ハーリンはくすくす笑った。
……
ユキグの明るい笑顔は、ゆっくりと薄れていき――
柔らかい微笑みだけが残った。
声も少し低くなる。
「俺はな……誰よりもお前の父親を尊敬してた。」
「いつかああいう人間になりたいって、ずっと思ってたんだ……」
「強くて……人を守れて……そして明るい人間に。」
その笑みはゆっくり消えていく。
「でも……」
「どんな祝宴にも、終わりは来る。」
突然変わった口調に、ハーリンはまばたきした。
不安そうに体を少し揺らす。
「あの日、俺たちが受けた依頼は――」
「――ゴブリンの巣の討伐だった。」
ハーリンはごくりと唾を飲んだ。
ぴょんぴょん揺れるのをやめて、きちんと座り直す。
「よく言われる言葉がある……」
「ゴブリンの巣を滅ぼすには――王を殺せ、ってな。」
ハーリンは固まった。
その言葉。
叔父の表情。
……
ヘイルの表情。
その声……
すべてがハーリンを、あの瞬間へ引き戻した。
彼女はその場で、動けなくなった。
……
「ハーリン?」
……
ユキグは少し近づいた。
「ハーリン……?」
「えっ……?」
ハーリンは瞬きをして、彼の方を向く。
それを見て、ユキグはため息をついた。
「今日はここまでにした方がいいかもしれんな。」
「ダメ!」
今になってようやくハーリンは我に返った。
「お願い、続き聞かせて!」
ユキグは眉を上げる。
「泣かないって約束できるか?」
「約束する!」
「指切りだ。」
彼は小指を差し出した。
……
ハーリンもゆっくり小指を上げる。
その指は空中でためらった。
……
するとユキグが先に絡めて、笑った。
「約束だからな、覚えておけよ。」
「うんっ!」
ハーリンは力強く頷いた。
***
「うわあああああん!!」
ハーリンは大泣きしていた。
一方ユキグは――
必死に彼女をなだめている。
「だから言っただろ!お前の母親の足はその後ちゃんと治ったって!ハーリン、このままだと隣の家まで起きちまうぞ。」
そう言いながら、袖で彼女の涙を拭った。
「約束しただろ!泣かないって言ったじゃないか!」
「うわあああああん!!」
ユキグは苦笑した。
両手を上げて何かしようとするが――
結局、空中で気まずそうに揺れるだけだった。
その手は、彼がどれだけ困っているかを物語っていた。
そして――
ユキグはハーリンをぎゅっと抱きしめた。
「よしよし……」
「悪かったな……」
「あんな話するべきじゃなかった。」
そう言いながら、優しくハーリンの髪を撫でる。
……
ハーリンの泣き声は少しずつ落ち着いていった。
それでも、ユキグの服に顔を埋めたまま、小さくすすり泣いている。
それに気づいて、ユキグは続けた。
「それでな……」
「俺たちは気づいたんだ。」
ハーリンはまだ胸に顔を埋めていたが、泣くのをやめて話を聞いている。
小さな鼻すすりだけが残っていた。
「割に合わないってな。」
「あんな仕事……割に合わない。」
「とっくに平和に暮らせるだけの金はあったのに……」
「それでも俺たちは、無理やり続けていた。」
「最初に始めた理由を、忘れてしまっていたんだ。」
ユキグはハーリンを抱いたまま、彼女の頭の上に顎を乗せた。
「最後に一度だけパーティで集まってな……」
「それぞれの夢を追うために、別々の道を行くことにした。」
「お前の父と母はフェルン村に戻った。稼いだ金であの家を買ったんだ……」
「お前がずっと守ってきた、あの家だ。」
その瞬間――
ハーリンはようやくユキグを抱き返した。
「俺は俺で、自分の取り分の金でここに住み始めて、この家を買ったんだ。」
ハーリンは顔を上げた。
目の端にはまだ涙が残っている。
「アリナーさんは?」
「ああ……あいつは旅を続けた。新しいパーティを探してな。」
「怖くなかったの?」
「もちろん怖かったさ。でもな……」
「それでもあいつは探索をやめなかった。前に進むのをやめなかったんだ。」
ユキグは少し視線をそらし、考える。
「人はそれぞれ、自分の世界の見方を持っている。」
「そして誰もが、それぞれの美しさを抱えているんだ。」
彼はもう一度ハーリンを見る。
今度は――
温かな笑顔で。
— 作者より —
第27話を読んでくださってありがとうございます!
あの戦いで、何が起きたのか?
そして、ハーリンをあれほど泣かせたものは何だったのか?
読者の皆さんの感想をいただけると、とても嬉しいです。
毎週金曜日と日曜日に新しいエピソードを2話更新します。
(金曜日に更新できなかった場合は、1話を土曜日または月曜日に振り替えます。)




