ほのぼの二百年
「いらっしゃ……いって、お前か」
「お前か、は失礼だろ。それでも一応は接客業なんだろ?」
「ああ、もちろん。『客』になら、ちゃんと接してやるよ」
「わかったよ。じゃあ、一杯頼む」
「喜んで」
「それで? わざわざ俺の店にまで来てどうした?」
「前に話してた奇妙な宿屋の話があっただろ?」
「〈グランベルジュ〉のことか?」
「ああ、それだ。その宿屋の噂を王都でもちらほら聞くようになってな。普通に宿としての評価なら聞き流すんだが、そこに『最強』だの『神レベル』だの、俺の気に食わねえ言葉が付いて回ってるんだ」
「みたいだな」
「最強は一人だけだ。最強は魔王を倒した俺だけの称号だ」
「あんまりムキになるな。相手は宿屋、しかも女の子。確かに俺も興味はあるが、噂は噂だ。真実とは、得てして大したものじゃないのが相場だ。お前の本気には誰も敵わんよ」
「わかってるよ。ただちょっと、挨拶に行く程度だ」
「だから、場所を教えろ、と?」
「情報集めは酒場から、ってな」
「宿屋自体は〈サンローイ〉にあるらしい。ただ、主張型が売りだからな。そこに行けば会えるって保障はない」
「最新の情報は何かないのかよ?」
「俺が聞いたのは〈メノウム大樹海〉が最後かな。だが、それも結構前の話だ」
「もういない可能性の方が高いか」
「王都でも噂が流れてるなら、国王軍が動いているかも知れないんじゃないか?」
「眉唾物の噂じゃ軍は動かねえって」
「どうかな? 魔王を倒してから国王軍の策士は自由に動いているって聞くぞ?」
「……あの爺さんか」
「聞いてみる価値はあるんじゃないか?」
「確かに、な。お前も何かわかったら連絡してくれよ」
「ああ、わかった」
「じゃあな。釣りは取っとけ」
「……大した釣りじゃないだろ。相変わらず見栄を張りたがる奴だな」
◇◇◇◇◇
掌を顔の前で合わせたあたしは、魔力をどんどん練り上げていく。一瞬で賢者レベルの魔力を練られるあたしが、数秒も魔力を溜め込めば、とんでもない力になるのは容易に想像できるだろう。
「アルル、しっかり防御しなよ?」
「う、嘘じゃ! その魔力量でその魔法は……!?」
にやりと笑ったあたしは、両手をアルルに向かって突き出した。そこから放たれたのは初級魔法のファイアボールだ。
この流れで初歩の初歩な攻撃魔法を繰り出すなんて、アルルも思ってなかったんだろう。けど、驚きながらも何かを感じたのか、魔障壁をいくつも重ね合わせる〈多重障壁〉をアルルは展開させた。
「そ、そんなバカな……!?」
けたたましい音を響かせながら、ファイアボールは次々に魔障壁を破壊し、突破していく。そして、最後の一枚を突き破り、アルルの頬を掠めて一直線。遠くの平原に爆炎が上がった。
「ただのファイアボールがアルルの多重障壁を突き破った……?」
「魔法は魔力の質だからね。あんまり使わない難しい魔法よりも、よく使って手に馴染んだ魔法の方が魔力を籠めやすい。二百年使い続けてきた技なんだ。どの魔法よりも研ぎ澄まされていて当然でしょ」
「これが努力の積み重ね……?」
「そう言うことだね。毎日欠かさず突き出していた拳は、いつか必ず最強の突きになるんだよ」
掠めただけでアルルも悟っただろう。あれが直撃していたら、タダでは済まなかった、って。力が抜けていくみたいに、アルルはゆっくりと降下していき、原っぱに腰を衝いた。
「さすがはお姉様なのじゃ。まさか、ファイアボールで腰が抜けるとは……」
「あたしもびっくりしたよ。アルルが仙術使うんだもん」
「幻惑の森で自分と対峙していて思ったんじゃ。少しずつでもいいから、自分の力で前へ進んでいかないといけないんじゃ、って。今までのアルルは周りに合わせて、周りに歩かされているだけだった気がする。魔王の娘だから、って。でも、アルルはアルルとして進んでいきたいって思ったんじゃ」
それが一歩前へ踏み出すこと。気持ちが前向きになったことで、戦闘の間合いや距離感も前へ踏み出したってことなんだろうか。安直な結論かも知れないけど、実際アルルに仙術は合っていると思う。
「ゆっくり進んでいきなよ。あたしを見習いなって。のらりくらりと二百年歩いても、まだゴールしてないんだから」
「お姉様と比べたらダメな気が……」
それからのアルルの修行はあたしが付き合うことになった。メインはあたしとの実戦形式の稽古だけど、昔から一人でやっていた鍛錬方法も教えてあげることにした。
あたし的には懐かしい修行の日々を思い出すんだけど、アルル的には地獄の日々なのかも知れない。修行を終えて宿に戻る頃には、いつもボロボロになってるからな……。
「み、ミアお姉様は二百年もこんな修行を……?」
二百年生きてるだけで丸々修行したわけじゃないから、正確に言うと百年ちょっと、かな。
「おやおやぁ? もう弱音吐いちゃうのかなぁ?」
「ち、違うのじゃ! これは単純に驚いただけじゃ!」
いや、アルルは凄いと思うんだ。あたしはずっと一人で修行していたけど、アルルはそれに加えてあたしとの組み手もやっている。そっちの方が修行の度合いとしてはキツいわけで、アルルの方が質が良くて濃い修行をしてる、とも言えるんだよね。
そりゃ、疲れるのも仕方ないって。
「アルル、晩ご飯は後にして、先にベッドで休む?」
「う、うーん……。そうしようかの……」
食事も喉を通らないほどの疲れには見えないけど、そこまで腹ペコってわけでもなさそうだ。だったら、クロエちゃんのベッドで回復してから、オリヴィアの美味しい料理を頂いた方がいいんじゃないかな。
「お待ち下さい、アルフィード様。良ければ、スープだけでもいかがですか?」
「オリヴィア! スープってあんた、もしかして……!?」
「ええ、できたわ。師匠と同じ味のね」
「おお! やったじゃん! アルル、スープくらいなら飲めそう?」
「ま、まあ……」
テーブルに並べられた三つのスープ。あたしたちもちょっと興味があって、クロエちゃんと一緒にご相伴にあずかることとなった。
「うわぁ、澄んだ綺麗なスープですね。ドラゴンを煮て作ったとは思えませんよ」
「だね。香りも……優しい感じがする」
ドラゴンテールスープは、お皿の真ん中に大きめの肉がドンっと乗っていて、その周りを薄い琥珀色の澄んだスープが満たしている。他に野菜とか他の具があるわけじゃなく、ドラゴン肉とそのスープを味わう料理みたいだ。
「この匂い……。凄く、懐かしいのじゃ……」
瞳を輝かせたアルルは、スプーンでスープを掬って一口。ごくり、と喉を鳴らした後、小さく息を吐いたアルルの頬を一筋の涙が伝った。
「アルル?」
「えっ? 何で? わ、わからないけど、何でか……」
わからないって言いつつも、体がスープを求めているのか、何度も皿から口へとスプーンが何度も往復している。
「それは魔王様の一番のお気に入りなんです」
「お父様の……?」
「私の師、フィンネルが思い付きで作って、興味を持った魔王様が口になされて気に入ったものなんです。ドラゴンの尻尾を煮込んだものなので、強いドラゴンならもっと美味しくなるんじゃないか、と言って魔王様が一時期ドラゴン狩りに夢中になったくらいなんですよ」
「も、もしかしてアルルもそれを……?」
「はい。幼い頃に、魔王様に抱かれ、よく飲まれておられましたよ。こんな幼いうちからドラゴンを食せば、きっと強い子に育つ、と仰られて」
それを聞いたアルルは、更にペースを上げてスープを飲む。途中からはドラゴン肉も頬張っていた。
「確かにお上品でクセのない味なんですけど、パンチがあるって言うのとはまた違いますけど、芯が太い味わいと言うか……」
「うんうん、わかるよ、それ。体の奥が熱くなるような感じがするよね」
「尻尾のお肉も、じっくり煮込まれているから柔らかくて美味しいです」
離乳食としてなのかはわからないけど、魔王は我が子にこのスープを自分の手で飲ませていたんだな。魔王ってその言葉から残酷無慈悲なイメージしか湧かなかったけど、今のエピソードは完全にどこにでもいるお父さんじゃん。
「ドラゴンは生命力の高い魔物です。栄養素はどんな肉よりも高い。それを食して休めば、全回復以上に回復しちゃいます」
「おっ、いいね、それ。今度からそれもグランベルジュの売りにする?」
「全回復以上に回復する宿屋。いいですね、それ!」
「詐欺っぽい謳い文句じゃない?」
あーだこーだ言うあたしたちを、アルルは満面の笑みを浮かべながらスープを啜っていた。嬉しそうに、どこか楽しそうに。
「家族の団欒とは、こんな感じなんじゃろか」
「グランベルジュ四姉妹、だね」
「おおっ! アルルが末っ子か!?」
「じゃあ、私は三女ですかね? ミアさんは断トツ長女ですけど、見た目と性格からしてオリヴィアさんが長女ですよね」
「えっ? 私、このババアよりも年上なの?」
「ババア言うなっ!」
けど、前に妄想した姉妹系図はその通りだったな。
「クロエお姉ちゃん、眠くなったのじゃ」
「あ、アルルさん! 私がベッドまで負ぶってあげますよ!」
「オリヴィア姉さん、またドラゴンテールスープが食べたいのじゃ」
「もちろんです! もっと上質なドラゴン肉を手に入れるので! 次女が!」
「あたしかいっ!」
「エンシェントドラゴンの尻尾でも大丈夫です!」
「それ、アルルが大丈夫じゃないからやめて……」
何だかんだ、二人ともアルルの手玉に取られた感じになっちゃったな。特に、末っ子を甘やかす長女の行動が心配でならなくなってきたよ。
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