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ほのぼの懐古



「ぐ、グラインだと!? まさか、マスター……その知り合いって、勇者グラインのことか!?」

「ええ。隠すつもりはなかったんですが、誇るほどの武勇も挙げていませんし、あまり話したことはないんですが、私は勇者パーティーにいたんです」

「ま、マジかよ……。ちなみにどこに所属してたんだ?」

「一応、本隊です」

「す、凄いじゃないっスか!? ええっ! 俺、ガチな勇者パーティーのお方に酒作ってもらってたってこと……?」

「今は酒場のマスターですから。お客様のお飲み物を作るのが仕事なんです」

「確かに勇者パーティーは解散後、冒険者以外のそれぞれの道を歩んだ者も多いって聞くが……。まさか、マスターもその一人だったとはな」

「モブオさんたちの話を聞いて興味が沸きまして。魔族の少女にまで目を付けられる宿屋ですからね」

「魔族の少女?」

「おや? お気付きじゃなかったですか? 少し前に小さな女の子が〈グランベルジュ〉のことを、お二人に尋ねて来たでしょう?」

「ああー、あの裕福そうなお嬢ちゃんか。えっ? あれ、魔族だったの?」

「幼い魔族はまだ人間とそう変わりはないですからね。しかし、抑えても溢れる魔力は隠しきれていませんでした。おそらくは、かなりの実力者のお子様でしょう」

「ま、マジか……。俺、殺されないかな……」

「殺されとけ」

「ひでぇな! お前!」



◇◇◇◇◇



 はぁー……。


「ミアさん、ウェルさんたちの修行に付き合った後から、ずっとあんな感じですね」

「不老不死だからね。考え事にも余裕ができるのよ」

「けど、何か変じゃないですか?」

「あの子はいつも変でしょ」


 おい、オリヴィア。聞こえてんぞ。


「確かにそうですけど」


 そうなの!? クロエちゃんもそう思ってんの!?


「もぉー……。オリヴィアの考え事って言うのは正解。悩んでる、とまでは言わないけど、じっくり考えていたかったのも事実」

「何かあったんですか?」

「ウェルさんにさ、勇者グラインに是非会ってほしいって言われてさ」

「ええっ! 凄いじゃないですか! それってある意味、ミアさんの夢が叶ったのでは!?」

「まあ、そうかもだけど、あたしは勇者パーティーに入りたかっただけで、グライン個人には特に何の執着もないよ。何度も言うけどね」

「それが会わない理由にはならないでしょ?」


 こくり、とあたしは頷いた。


「ただ単純に、会って挨拶する程度なら別にいいんだ。けど、グラインはそれじゃ終わらない。前に見たことあるけど、あいつはそんな性格じゃない。絶対、あたしに絡んでくる」

「ウェルさんみたいに手合わせを願われる、と?」

「軽い稽古試合とかなら、まだいい。けど、あいつの性格は目立ちたがり屋で派手なこと好き。観客とか呼び集めて、大々的な大会とかにしそうなんだよね」

「一目見て、そこまでわかるものなの?」

「だって、あたしが見たのは、グライン企画のグラインに挑戦するための権利を争う大会だったからね」

「あ、ああー……」

「その大会でグラインは挑戦者に対して、攻撃力はそんなだけど見た目が派手な魔法を長々と詠唱してまで発動してた」

「そ、それは確かに……」

「目立ちたがり屋かも、ですね……」

「あたしなら詠唱破棄して、一瞬で発動できるのに。てか、そんな魔法使わんし。弱いから」


 それに、あのウェルさんがあたしのことをどう勇者に説明するか、って言うのも問題点なんだ。いろいろ助けてあげたし、評価してくれると思う。けどそこに、先日の手合わせの結果を混ぜられたら、グラインの闘争心に火を付けちゃうのは目に見えてる。


「だったら、宿の宣伝って考えたら? 多くの観客の前で勇者を倒せば、絶好の宣伝になるでしょ?」

「それも考えた。けどさ、あいつは曲がりなりにも勇者なんだよ。あたしら人間の希望なんだ。それがこんな見た目美少女に負けちゃったら、世間はどう思うよ?」

「そうね。自分で美少女なんて言えるような恥知らずに負けた勇者なんて、勇ましい者、ではないわね」

「……そこまで言わんでもよくない?」

「ああ、ごめんなさい、グラインさん」

「いや、あたしに対してだよ!」


 けど、オリヴィアの言葉は事実なんだ。勇者は負けちゃいけない。勇者になった以上、国民の希望でいなきゃならない。

 だからなのか、歴代の勇者たちは勇者になった後の活躍が全くないんだ。ちょこちょこ魔物と闘ったり、親善試合をしたりしていたみたいだけど、相手は大体が格下。負けることを恐れてたんだね。


「真面目な話、グラインがミアに負けたら全ての人間が落胆する……とは、ならないわね」

「えっ? そ、そうなんですか?」

「そうよ。グラインは歴代勇者の中でも最強と言われた。その最強を倒した更なる勇者が現れた、と歓喜するわ」

「そ、それが……ミアさん」

「実力差がどこまであるのかは知らないけど、私たちは間近でミアの強さを見てきたわよね。贔屓目に見ても、グラインがミア相手に善戦できるとは思えない。もしも、ミアがグラインを指一本で倒してみなさい。人間たちはこれまでにない安堵と安心を手に入れるわ」


 指一本か……。いやー、さすがに……いや、いけっか? 無理じゃなくはない……?


「そして、不老不死であることも知られたら、ミアは永遠に崇め奉らわれる。魔族は一生、人間の奴隷よ」

「いや、さすがにオリヴィアが想像するような地位になったら、魔族との共存を望むよ?」

「それを魔族側が受け入れればいいけどね。憐れみや同情に思われるかも知れないわ」

「アルルなら受け入れてはくれそうだけど……確かにオリヴィアの意見もわかるんだ。だから、考えてたの。勇者と簡単に会ってもいいのかな、って」


 まあ、もし試合するとかになっても、あたしが負ければいい話なんだ。結構いい闘いをした末に、あたしがわざと負ける。宿の宣伝にもなるし、グラインは勇者の立場を守れる。ウィンウィンなんだけど……。

 何か、あいつに負けたって思われるの、何か嫌なんだよね……。


「ミアさんが本気を出さなきゃいい話だとは思いますが、ミアさん嘘吐くの下手ですからね」

「そ、そうかな……?」

「そうですよ。ずっと前に、私が森に薬草を摘みに行った時、ドラゴンに襲われそうになったことがあったじゃないですか。あのドラゴンを追い返したの、ミアさんですよね」

「えっ! ええっ!? バレてたの!?」

「ふふっ、やっぱりそうだった」


 ああぁー……カマ掛けられたってパターンか、これ。くそぅ、やってくれるぜ、クロエちゃん。


「全然、確証とかなかったんですけど、ミアさんの強さを見てきて、あれはそうだったんじゃないかって思い至ったんです」

「そうよ、その通り。この親バカはクロエが出て行って五分も経たずに後を追い駆けたわ」

「そこまでバラす必要なくない!?」


 そうなのだ。クロエちゃんのことを陰ながら見守っていると、ドラゴンがクロエちゃんに突進しそうになったから、圧力を掛けて撃退したんだ。魔力じゃ気付かれるから、圧力で。単純に睨んだだけで、ドラゴンはどっか行った。


「でも、ありがとうございます。ミアさんのお蔭で私は無事だったんですから、ずっとお礼を言いたいなって思ってたんです」

「べ、別にいいよ、そんな昔のこと……」


 さすがに、エルダさんにも協力してもらったことはバレてないな。

 あの日、偶然を装ってクロエちゃんに同行してもらうように頼んだんだ。


「そうねぇ、後は少し前に――」

「もういいよ!」

「えっ? 私、あの時以外にもミアさんに助けられてたんですか!?」

「それは――」

「言わなくていいの! あたしの記憶の整理が追い付かない!」


 なんて、本題を忘れてぎゃーぎゃー騒いでいた時だった。


「す、すみませーん」


 玄関の鳴子を揺らして顔を覗かせたのは、おかっぱ頭が可愛らしい、クロエちゃんと同い年くらいの女の子だった。


「いらっしゃいませ。宿屋グランベルジュへようこそ」

「あ、あの、どうも……。ここって、どこにでも宿を出してくれる出張宿屋なんですよね?」

「はい、そうですよ。出張依頼ですか? でしたら、こちらにどうぞ」


 ぺこりと会釈をしてから、女の子は椅子に座った。向かいにはクロエちゃん、その隣にあたしが座る。オリヴィアはすぐにキッチンへ向かい、お茶を淹れて来てくれた。


「私はここの店長のクロエです。まず、お名前をお伺いしてもいいですか?」

「は、はい。ボクはコレット・アップルビーって言います」

「ん? アップルビー?」


 この子の「ボク」って言うのも引っ掛かったけど、もっと気になったのはこの子の苗字だ。


「もしかして、マチルダ・アップルビーに関係ある子?」

「マチルダはボクの祖母です。えっ? お祖母ちゃんのこと、知ってるんですか?」

「知ってるよー! そっか、マチルダの孫娘なんだ!? あのお転婆娘が結婚して、更にお祖母ちゃんになってたとはね」

「お、お転婆娘……?」

「マチルダはまだ元気?」

「いえ、五年前に他界しました」

「……そっか」


 心配してくれたのか、クロエちゃんがそっと肩に手を置いてくれたけど、実は案外平気なんだ。マチルダとは別に友達って言う仲でもなかったからね。


「あ、あのー、ボクも聞いても? あなたは一体いくつなんです?」

「あたしはミア。不老不死で二百年生きてるの。マチルダに出会ったのは、あの子が十五の時だったかな」

「今のボクと同じ歳です」

「けど、あなたとは全然似てないね。あいつは悪戯好きの小娘でさ。毎日のように街の誰かに怒られてたよ」

「ミアさんはお祖母ちゃんと友達だったんですか?」

「いや、そんな仲じゃないよ。あなたも知っての通り、アップルビー家は錬成術師の家系として名高い。だから、あたしはマチルダのお父さん、つまりはコレットの曾お祖父さんに錬成術のことをちょっと教えてもらってたの。その時に何度か顔を合わせたって程度」


 あの頃のマチルダは錬成なんかに興味なかったみたいで、遊び回っていたっけ。まあ、十五なんてまだまだ子供だよね。遊びたい時期だし仕方ない、って親父さんは苦笑いしてたな。


「マチルダは結局、錬成術師なったの?」

「はい。アップルビー家でも三本の指に入る錬成術師だって言われてます」


 へぇー、頑張ったんじゃん、マチルダのやつ。


「コレットも錬成術を?」

「そうなんです。そのことで依頼したいことがありまして……」

「ああー、もしかして『独立の試練』ってやつ?」

「し、知ってるんですか!?」

「内容までは知らないけど、アップルビー家の錬成術師には一人前になるためのテストがある、ってコレットの曾お祖父ちゃんに聞いたことがあってね」

「正にその通りで、独立の試練は〈竜玉〉を作ることが課題なんです」

「竜玉、か……。これはまた、なかなかの難題だね。けど、さすがはアップルビー家とも言えるね」


 クロエちゃんにはわからないようで、首を傾げている。オリヴィアは、さすがに知ってるか。これを最初に作ったのは魔族だし。


「竜玉。通称、ドラゴンオーブってやつだね。ドラゴンの魔石を元に錬成して、主に魔力を使わずに攻撃魔法や回復魔法を使用できるようにしたアイテムのことだよ」

「魔法が使えない私でも、それを持っていれば魔法が使えるんですか?」

「うん、そう言うこと。もちろん、使える回数には限度があって、それは強いドラゴンの魔石ほど多くなる。例えば、前にクロエちゃんを襲おうとして追っ払ったドラゴンだと、付与する魔法効果にもよるけど大体五回くらいが限度かな」

「あ、あんな大きなドラゴンの魔石でも五回しか魔法を使えないんですか……?」

「ドラゴンの強さは大きさに比例するわけじゃないんだよね。そりゃ、長生きすれば強くもなるし、体も大きくなる。けど、肝心なのは中身。その体にどれだけの量と、質のいい魔力を溜め込んでいるか、だから」


 ドラゴンの最大攻撃は口から吐くブレス。あれは魔力の塊だからね。いくら体が大きくても、魔力がすっからかんだと弱いブレスしか吐けない。


「ちなみに、試練ではどの程度の竜玉を作らないとダメ、とかあるの?」

「回復魔法、十回分以上です」

「わぁお……。それはそれは、なかなかだね……」


 けど、待って。じゃあ、あの悪戯娘のマチルダがこの試練を乗り越えたってこと? 何だよ、あの子。錬成に興味なかったくせに、センスは人一倍あったってことか。


「魔石を手に入れる過程も試練に含まれるの? 例えばだけど、あたしが倒して手に入れた魔石を、コレットが錬成するのはオッケーなの?」

「もちろんです。あくまでも、錬成術師としての試練なので、竜玉の出来で合否が判定されます。ただ、魔法十回分となると、結構なレベルのドラゴンになるので、倒せるかよりも前に、出会えるかが問題になるんですよね」

「環境適応能力が高いから、どこにでも住めるんだよね、あいつら。だから、特定の生息地ってものもない。普通は目撃情報とか辿っていくんだけど、それじゃあ時間が掛かりすぎる」

「実は出張依頼の中に、この相談も含まれているんですよね……。ミアさん、ドラゴンに関する情報って何か持ってませんか?」


 なるほどね。出張先を決めるヒントがほしい、とな。

 ドラゴンの魔石は流通しているから購入できないわけじゃないけど、それはとんでもない値段だ。だから、端から買って手に入れるって選択肢はない。討伐一択だ。


「そりゃ、あれでしょ。専門家に聞くしかないね」

「けど、ドラゴンって希少種だから専門家もなかなか生息地を教えてくれないって聞きますよ?」

「大丈夫。あたしの知り合いは頭の緩い奴だから。ねっ、オリヴィア?」

「ええ。でも、魔物の知識に関しては右に出る者はいないわ」


 さて、今回はどこに出張することになるのやら。




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