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ほのぼのクロエ



 これはオリヴィアがグランベルジュに来て、少しした頃のお話。



「ね、ねえ! やっぱ付いて行った方がよかったかな!?」

「街の外に薬草を摘みに行くだけでしょ?」

「いやでも、あたしと最初出会った時も草原でドラゴンに追われてたんだよ!?」

「案外、不幸体質なのね、クロエって。ドラゴンに遭遇するのも、こんなバカに慕われるのも」

「おい、今何つった?」

「何でも。て言うか、そんなに気になるなら今からでも追い駆ければいいじゃない。あんたなら転移魔法だってあるんだし」

「いやぁー……さすがに過保護すぎかなーと、思いまして……。嫌われないか不安でさ」

「思春期の娘を持つ父親か」

「知らんけど! 父親の気持ちなんて知らんけど……多分そんな感じ!」

「こんなことであなたを嫌うのなら、もうとっくの昔に嫌われてるわよ」

「どう言う意味だよっ」

「普段のあなたはもっとベタベタして鬱陶しいい。けど、今くらいの心配なら、クロエも嬉しいはずよ」

「お、オリヴィアぁ……!」

「だ、だから、そう言うところよ! 抱き付くな! ベタベタ引っ付くな! それが言いたいのっ!」



◇◇◇◇◇



 どーもー、クロエでーす。グランベルジュって言う宿屋で店長やってまーす。お店のことはいいので、この可愛い顔だけ憶えて帰って下さーい。

 ……って、店のこと宣伝しろやい!


 んー……。何か違う。

 ミアさんに新規のお客様用の挨拶を考えた方がいいって言われたんだけど、なかなかいいのが思い付かないんですよねぇ……。今のも売れない若手の芸人さんみたいだし。

 けど、ミアさんと出会って、オリヴィアさんが働くようになってくれて……。一人で宿を切り盛りしていた頃よりも、もっと宿のことを考えるようになった気がする。


 何でだろ? お父さん、お母さんとやっていた宿屋も凄く楽しかったのに、今はもっと楽しい……。


「おーい、クロエちゃん」

「あっ、エルダさん!」


 薬師のエルダさん。サンローイで薬局を開いてる店長さんだ。

 若いのに……って、私が言うと変な感じだけど、二十代で長く続く老舗の薬局を継いだ、オリヴィアさんみたいにクールな大人な女性だ。


「お久しぶりです」

「久しぶり、クロエちゃん。今から薬草を摘みに行くんだけど、クロエちゃんは?」

「私もです! 良かったら、ご一緒してもいいですか?」

「もちろん。私もクロエちゃんがいてくれたら心強いし」

「……いえ、私は何もできませんよ」


 そうだ。私は宿屋の娘のくせに、何もできないんだ。

 出張宿屋って言う新境地を拓いてくれたミアさん。何十人前もの料理を作ってしまうオリヴィアさん。二人とも、宿屋とは無縁だったはずなのに、もうこんなにも貢献してくれている。私が何年もやって、できなかったことを、すぐに……。


「できてるわよ、十分」

「えっ?」


 見上げたエルダさんは、優しく微笑んでいた。


「クロエちゃんの両親が転職したって聞いた時、この世の終わりだー、ってくらい驚いて焦ったの。だって、サンローイから宿屋がなくなるのよ? 冒険者が来なくなる。そうすると、うちの商売あがったり、でしょ? でも、クロエちゃんが跡を継いでくれた。サンローイの街に宿を残してくれた」

「わ、私はそこまで考えたわけじゃなくて……」

「うん。そんなものよ。私だってそうだし。生まれ育った家を守りたくて、薬局の店主になった。それだけで、みんな感謝してくれるの。でもそれって、私の両親、お祖父ちゃんやお祖母ちゃん、そのまた両親がさ、代々積み上げてくれたものなの。

 それを背負うって、相当な覚悟が必要よ」


 覚悟……。

 そんな大それた言葉は似合わないような気がするけど、生まれ育った家を守りたくて、って言うエルダさんの言葉にはとても共感できた。


「確かに今は別の宿屋もできちゃったけど、私はクロエちゃんが宿屋を続けて良かったと思ってるし、感謝もしてる。クロエちゃんは、ちゃんと宿屋の店主をやってるよ」

「あ、ありがとうございます!」


 エルダさんと談笑しながら向かったのは、街の近くにある森。

 薬師であるエルダさんに薬草が必要なのは当然だけど、グランベルジュにも緊急用に薬草をストックさせている。大怪我した人や病気の人がいた時用に。ミアさんがいれば回復魔法ですぐ治せるけど、いつも宿屋にいるわけじゃないしね。


「最近雇ったって言う二人とはどうなの?」

「二人とも宿のために凄く頑張ってくれて、物凄く助かってます。ミアさんは知識が豊富だし、オリヴィアさんの料理の腕は一流ですよ」

「そう、楽しそうで良かったわ。両親が旅に出てからのクロエちゃんはちょっと、塞ぎ込んでいたと言うか、あんまり笑ったところを見なかったから」

「そうですね。今がとっても楽しいです。このままずっと、ずっと三人で宿屋をやっていけたらいいのにって、本気で思っちゃうくらいですから……」

「クロエちゃん?」

「ミアさんは冒険者ではないんですけど、出会う前までは世界中を渡り歩いていたんです。その旅は今も終わってない。いつかはまた旅に出るんだと思います。オリヴィアさんは魔族なので、人間の街でよりも魔族の街で働きたいんじゃないかな、って。さっきも言ったように腕がいいので、もっと高級なレストランとかでも働けるはずですし」


 二人とも、私の小さな宿屋で働くのは勿体ないくらい有能なんだ……。

 少し前から思ってはいたんだけど……。ダメだな、言葉にしちゃうと……。余計に悲しくなっちゃう……。


「大丈夫よ。クロエちゃんが宿屋を続けていれば。離れ離れになっても絶対に繋がってる」

「……そうなんでしょうか?」

「そうよ、宿屋なんだから」

「えっ?」

「冒険者だろうが旅人だろうが料理人だろうが、誰にだって休息は必要でしょ? 心と体を癒せる場所をクロエちゃんが作り続けていれば、自ずと二人は来てくれるわよ」


 そっか……。そうかも……! そうだよ!

 従業員じゃなくなったとしても、繋がりが途絶えるわけじゃない。それに、私だって二人に頼りっぱなしってわけにもいかないよ。胸を張って宿屋の店長です、って言えるようにならないと。


「ありがとうございます、エルダさん。何かさっきから元気を貰ってばかりな気がします」

「いいのよ。私はクロエちゃんの笑顔に元気を貰っているから」

「それ、ミアさんにもよく言われるんですよね。私が子供っぽいってことですか?」

「いやー、そうじゃないけど説明するのは難しいわね……。ただ、そのミアちゃんって子、私と気が合いそうね」


 二人とも大人ですからねぇ。まあ、ミアさんはとんでもない大人、だけど。


 薬草集めはエルダさんのお蔭で凄く捗った。おすすめの穴場まで教えてくれて、仕事に差し支えないか心配だったんだけど、エルダさんはにこやかに微笑んでくれた。


「それにしても……静かね」

「静か、ですか? 小鳥の鳴き声とか聞こえますけど」

「そうじゃないの。この森にも凶暴な奴ではないけど、魔物が何種か生息しているわ。私も森に入れば遭遇する。だから、ほら。こうやって短剣を持ってるの」


 エルダさんは腰に差した短剣を指差した。


「けど、遭遇しないどころか、ここまで魔物の気配がしないのは初めてよ。安全なのはいいけど、逆に不安になっちゃうわね」

「長居は無用、ですかね?」

「そうね。私も調合用の薬草は採集できたし、今回はこれで引き上げ――」


 木々が揺れる音がしたかと思うと、目も開けていられないほどの突風が私たちを襲った。風が治まったタイミングで目を細めながら上を見ると、大きな黒い影が空を飛んでいるのがわかった。


「う、嘘でしょ……。ドラゴンが何でこんなところに……」

「も、もしかして――」


 前に私が出会った奴かも。

 そう言おうとした私の口を、エルダさんは手で塞いで「しー」と人差し指を立てた。


「多分、まだ私たちは見付かってない。このまま木の陰に隠れながら移動しましょう」


 こくこくこく、と頷いて返事しておいた。


 ドラゴンは何かを探しているみたいに、私たちの上空を旋回していた。もしかして、森の魔物が静かだったのは、このドラゴンに怯えていたから? そのお蔭で魔物に遭遇しなかったんだとしても、あのドラゴンに感謝はできないな……。


「あっ……」


 なんて考えながら空を見上げていると、木々の隙間から見えたドラゴンと目が合ったような気がした。


 大丈夫だよね!? 気のせいだよね!? ねっ、そうだよね!?


「あわわわわわ!」


 全然気のせいなんかじゃなかった。ドラゴンは急に向きを変えて、私の方へ一直線。そのまま突っ込んで来る――と思ったんだけど、今度はなぜか急停止。

 どこか情けない鳴き声を上げたかと思うと、明後日の方向へ飛んで行ってしまった。


「ど、どうしたのかしら、あのドラゴン……?」

「さ、さあ? けどまあ、助かったってことですよね?」


 よくわからなかったけど、早く森から出た方がいいに決まってる。

 私とエルダさんは足早に、けどできるだけ静かに森を後にした。



「ただいま帰りました」

「お帰り、クロエちゃん。大丈夫だった?」

「はい。たまたま薬師のエルダさんに出会って、採集を手伝ってもらいましたから」

「そっか。良かったね」

「けど、森でドラゴンに遭ったんですよ!」

「ええっ、ドラゴンに!?」


 ……あれ? ミアさんの反応、これだけ? いつもならもっと騒ぎそうなのに……。オリヴィアさんが冷静なのはいつものことだけど。


「はい。けど、何でか急に逃げ出したと言うか、どこかに飛んでいっちゃいました」

「クロエは運がいいのよ」

「そうなんですかね?」

「ある意味、運が悪いとも言えるけど」

「ど、どっちなんですか!?」

「お、オリヴィア、変なこと言うなしっ」


 何か、からかわれてる気がするけど……今はこれが楽しい。

 二人と一緒に作っていくグランベルジュがもっと楽しい場所になるように。そして、二人がいつでも帰って来られる場所になるように。


 今日も明日も、店長頑張ります!




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引き続き宜しくお願い致します。

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