ほのぼの鍛錬
「いらっしゃ……って、良かったご無事そうで」
「ああ、悪いな、マスター。心配させて」
「慌てて〈メノウム大樹海〉に向かうんですから。モブオさんはもちろん、コモブさんも無事で何よりです」
「無事も無事だって! あそこに泊まって、やられる奴なんて絶対いねえよ!」
「かなりお気に召したようですね」
「こいつの反応が大袈裟だろって言いたくなるが、実際これでも足りないくらいの価値がある宿屋だったよ」
「噂は本当だった、と?」
「全部が全部ってわけじゃねえが、大方噂通りの宿屋だ」
「例の魔術師の強さも?」
「ああ、ミアちゃんだな。不老不死も本当で、二百年も生きてるらしい。そのくせ見た目は十代で、これがまた美人なんだよ」
「可愛い上に強い! あの〈ヘルバイパー〉を素手で気絶させるんだぜ!」
「古の武術、仙術も使えるそうだ」
「ほぉー……。なかなかに面白そうなお嬢さんですね」
「マスター、いつになく興味がありそうな感じだな?」
「いやね、私の知り合いが少し〈グランベルジュ〉に興味がありそうでして。店で聞いた噂話を彼にしてやると、俺の方が強い、と言い張るもので」
「あの強さは実際に見てみねえとわかんねえよ」
「まあ、こいつの言う通りだな。人は見掛けに寄らない。ところで、マスターの知り合いは高名な魔術師か何かか?」
「魔術師ではないですが、高名で……有名でもありますね。名をグラインと言います」
「「ぐ、グライン!?」」
◇◇◇◇◇
ウェルさんが宿に訪ねて来たのは何度目だっけか? 何か、この人が来るとあんまりいいことがない気がする。悪いけど。
でだ。今回もやっぱり気が進まないお願いをされてしまった。
「ミアさん、この魔法の発動速度を上げたいんですけど」
「ああー、それはね、マナの流れをあんまり意識しないで。勢いでやってみるのも大事だから」
「ミアさん、浮遊魔法のコツってありますか?」
「やっぱイメージだよ、イメージ。ふわふわ浮いてる自分を想像してみて」
「ミアさん、ここの魔導理論の仕組みがよくわからなくて……」
「まーた、面倒なことやってるね……。ここはこれをこうして、と……」
「ねえ、ミアさん、今日の晩ご飯って何?」
「知るかよっ。あんたが作るんでしょうがっ。邪魔しに来んなし!」
今回の依頼はウェルさんたち騎士団を鍛えることだった。
アルルの時もそうだったけど、やっぱり誰かに修行を付けるって言うのは気が進まない。けど、さすがに領主様の依頼ってなると断りにくいよな……。
まだまだ恩を売っておいて損はないだろうし、クロエちゃんとオリヴィアも乗り気だったし。まあ、クロエちゃんが人助けに積極的なのはいつものことだけど。
てなわけで、あたしは今、騎士団を引き連れて〈ガルガ草原〉にいる。
鍛錬場所はどこでもいいって話だったから、世界的にも広いガルガ草原を選んだ。ここなら適度に魔物もいるし、伸び伸びと修行もできる。
「いや、助かるよ、ミア殿。まさか我々、剣士たちも修行に参加させてもらえるとは」
何か最初、修行するのは魔術師だけでいいって言ってたんだけど、やるなら全員でやった方が良くない? ってことで、騎士団御一行様がここにいる。
あたしの負担を考えてくれてたらしいけど、魔術師だけだろうが全員だろうが、正直あんまり変わらない。どっちかって言うと、部屋の準備をするクロエちゃんと、全員分の料理を作るオリヴィアの方が大変だ。
まあ、そこも二人はオッケーしてくれた。
「魔術師だけ特訓しても、騎士団としてのレベルは上がらないでしょ? 剣士の人たちとも連携が取れなきゃね」
「ああ、そうだな。ところで、ミア殿は武術も嗜むのか?」
「仙術なら使うけど? 魔法を使った格闘技、かな」
「せ、仙術だと!? それは遥か昔の、もう潰えた武術では……!?」
ん? ああ、そっか。ウェルさんには不老不死なの話してなかったっけ?
最近いろんな人と絡むからな。誰に話して誰に話してないのか、憶えてられないや。
「魔法が発達したからね。まあ、使いどころを間違わなければ、結構便利なんだよ?」
ウェルさんに不老不死なのを知られると、何だか面倒そうな気がするから黙ってよう。あと、騎士団の人たちも騒ぎそうだし。
「パトリック様にファントムウルフ討伐の件を聞いたのだが、やはりミア殿は並外れた実力の持ち主のようだ。どうだろう、お手合わせ願えないだろうか?」
「んー……まあ、いいけど。部下に情けないところ見せちゃうよ?」
「ああ、構わない。強者に挑む背中を見せたいのだ」
へぇー……そう言うの、あたし結構好きだよ。
急遽始まったあたしとウェルさんの試合に、鍛錬をしていた団員の手が止まる。いつの間にか審判みたいな役を買って出てくれた団員の一人の、
「始め!」
の掛け声と共に、ウェルさんは練習用の模造刀を手に、突っ込んで来た。
「はあっ!」
「ふむ」
「やあっ!」
「太刀筋は悪くないんじゃない? あたしは剣士じゃないから知らんけど」
「でやあっ!」
「攻撃速度も申し分なし。あたしは躱せちゃうけど」
怒涛の連続攻撃をあたしはひょいひょい躱し、後ろに回った瞬間、ウェルさんの背中を指で衝いた。それだけでウェルさんは吹っ飛び、転がる。受け身を取ってすぐに立ち上がってはいるけど、その顔は驚きで満ち溢れていた。
「わ、わかってはいたが、ここまでのレベルの差が……!?」
「いやいや、健闘している方だよ。指一本で気絶した奴もいたくらいだし」
「ならば、これでどうだ!」
模造刀を真っ直ぐに構えたウェルさんの体の周りを、バチバチと電流が走る。
魔力を身に纏った剣、か……。剣士でも上位クラスの剣術だっけ。
「迅雷!」
稲妻のように速く、雷のように強大なエネルギーを纏った剣をあたしに振り下ろす。スピードはさっきの倍以上。模造刀でも大岩を砕くほどの破壊力も纏ってる。
けど、待って。あたしは魔術師だよ? 魔力を叩き込んでくるなら、同程度の魔力を返せば相殺できるってことだ。
「な、何だ、と……!?」
ウェルさんが振り下ろした剣を、あたしは拳一つで止めていた。
たとえ剣を躱されたとしても、纏った電流があたしを攻撃するって言う魂胆だったんだろうけど、あたしはそれを真正面から受け止めて、しかも相殺してやったんだ。
まあ、あの程度の魔力なら全然問題ないけど。
「じゃあ、今度はこっちの番ね」
ウェルさんの懐に素早く潜り込んだあたしは、軽々と背負い投げる。面食らったのか、全く受け身が取れていなかったウェルさんに、魔力を纏った手刀を振り下ろす。
首許でその手をピタリと止めて、倒れた彼を見下ろしながら微笑んだ。
「あたしの勝ち、だね」
「ああ、そのようだ……。これが試合でなければ、私の首は斬り落とされていただろう」
「ガチな闘いなら、そんな倒し方しないって。血を見るの嫌だもん。跡形もなく焼き殺すかな」
「は、ははは……。そ、そうか……」
あれ? 何か、引いてる? 心外なんだけど。
とりあえず倒れたウェルさんに手を差し出して、ウェルさんを起き上がらせるついでに、握手となった。
「しかし、私の剣術を正面から受け止めたのはミア殿で二人目だ」
「へぇー、そうなんだ? 結構なパワーとスピードだったと思うけど、一人目は誰なの?」
「グライン殿だ」
「……グライン? グライン、グライン……。どっかで聞いた名前だね……」
「それはそうだ。この世にその名を知らぬ者はいない。勇者グラインだ」
ああー……あいつか。
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