表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪盗は警部で探偵  作者: 仙葉康大
第三章「探偵ミゲル」編
20/37

第十五話 「タダ働き」

事務所に着くと、エドナはブレザーを脱ぎ、シャツのボタンを外した。でもシャツを脱ぎはしない。これがエドナの習慣だった。ミゲルは理由を尋ねたことがある。エドナは「服は服なんだよ」と訳の分からない答えを返した。


「私、眠るから。私のこと見てて」


 これもエドナの習慣だった。


「いつも思うんだが、なぜだ?」

「迷惑?」

「見てるだけだから、迷惑ではないさ。単に理由に興味がある」

「ミゲルと私のためだよ。私は安心して眠れる。ミゲルも安心しない? 目を離した隙に私が消えるなんてこと、嫌なんでしょ」


 エドナはミゲルの核心をついた。エドナが頼まなくても、ミゲルは寝ているエドナから目を離したりはしないのだ。過去の経験から。


 エドナは寝椅子に横になった。すぐに胸が滑らかな上下運動を始める。ミゲルは毛布をかけてやった。


 ミゲルは料理ができない。したがって、エドナを預かるときの夕食は外食となる。最初の頃は苦労した。連れて行った店はたいてい不評だった。もっと大人のお店に連れていけと言うのだ。しかし、落ち着いた雰囲気の料理店に行っても、「店員のあごひげが嫌」とか「椅子がきれいすぎる」とか「何か嫌」とか言って、エドナは満足しなかった。中に一軒だけエドナの好みに合う店があった。店名は「メトロチカ」。古びたバーで、ミゲルとエドナは他の客を見たことがなかった。


 その日も、「メトロチカ」で夕食を摂った。バーの店主は老婦人で、ノンスティー・ミルという名だった。二人はノンばあと呼んでいた。


「注文は何だい?」


 ノンばあは椅子から立ち上がりもしない。料理するときだけ立つのだ。あとは座って、店内に流れるクラリネットを聞いている。


「白身魚のフライ定食。それから白ワイン」


 エドナがカウンターに前のめりになって言った。


「未成年に酒は出せないよ」

「俺も同じのを頼むよ。あ、ワインじゃなくてビールにしてくれ」

「だから、あんたも未成年だろう。それとももう二十歳になったのかい?」

「次の春まで酒はお預けか」

「そりゃ遠い未来の話だね」


 店のメニューには本来、酒とつまみしかない。ノンばあは二人のためだけに定食を作るのだ。エドナの注文は日によって違ったが、ノンばあは完璧に対応した。魔法みたいだった。


「ノンばあ、ノンばあ。私、今日ね、校長にお叱りを受けたんだよ。屋上からお札を降らせたんだ。きれいだったなあ」

「きれいなもんかい」

「お金は汚いの?」

「誰が触ったか分かりゃしないじゃないか。それに、紙切れが食べ物と交換できるなんて馬鹿げてる。同じ価値があるわけないじゃないか」

「でも、ノンばあはミゲルからお金取るじゃん」


 ノンばあがミゲルを睨む。しわがれた手を突き出した。


「お代。忘れんうちに出しとき。最近、私もボケが進行してるんだ」

「はいよ」


 ミゲルは札の枚数をろくに数えもせず、掴めるだけ掴んで渡す。ミゲルはお金に困っていなかった。警部の給料は毎月入るし、探偵業も金になる。加えて、臨時収入が時々あるのだ。


「私がしたことって、やっぱりいけないことだったのかな?」


 食事が始まると、エドナが訊いた。校長の説教が後になって効いてきたらしい。


「金をまくのはかまわん。人様に迷惑かけるのもかまわん。でも、父さんと母さんは大事にしな」

「どうして?」


 エドナは魚のフライを大口開けて食べる。口元に黄金色のころもがついた。


「理由なんかあるかい」

「そうだよね」


 そう言ってエドナはうつむいた。手を忍ばせ、ミゲルのフライを取る。


「あ、こら」

「いただき」

「真面目に説教した私が馬鹿だったよ」


 意味はあったようにミゲルは思った。ミゲルでは、親を大事になんて説教はできないのだ。もう何年も親の顔を見ていないから。


 食後、ミゲルは訊いてみた。


「娘や息子はいないか?」

「一人息子がおる。どこで生きとるか、分からんがな。私の中では死んだことになっとるよ」

「私が息子さんを探してあげるよ」

「いらん世話じゃ」

「ノンばあの寿命が来るまでに、絶対再会させてあげるんだ。よーし。やるぞー」


 エドナはもう決めてしまったようだ。ミゲルもノンばあも折れるしかない。ノンばあは手がかりとして、一年前まで届いていた手紙を渡した。差出人の名が書いてあった。ワルン・ミル。


 ノンばあにワルンの顔の特徴を教えてもらう。


「すみません。依頼料はいりませんから」

「当然じゃ。私は頼んどらん」


 外はネオンがきらめいていた。通りを秋の夜風が抜けていく。紙くずや野菜の切れ端が落ちている路地を二人は進む。


「エドナ。お前のおかげでタダ働きだぞ。家族の問題はデリケートなんだ。なぜ自分から首をつっこむ?」

「きっと私が優しい天使だから」

「黙っていればな」

「ひどい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ