第十六話 「消息」
翌日からマイケルは警部の仕事を休んだ。サボりばかりではキンリエが爆発しそうだったので、正当な手続きを経て有休をとった。エドナも学校を休んだ。体調不良と言う便利な言葉を使ったらしい。
息子ワルンからの手紙は三通あった。住所は毎回変わっていた。まずは現地に行くことにした。汽車に乗り、隣街を越える。
グランドール駅に降り立つ。グランドールは盆地だ。エドナが通う学校の辺りよりも田舎だった。畑を挟んで一本道が続いている。
ワルンの手紙によると、この村で医者をやっていたらしい。人だけでなく、家畜の病気まで治し、村民はワルンを尊敬の目で見ると書いてある。
道を進むと、畑に水をまいているおばさんがいたので、ミゲルは尋ねた。
「ワルン? 知らないね。医者なんてこの村にはいないよ」
他の人に尋ねても同じような答えしか返ってこなかった。
「手紙の内容は鵜呑みにしない方が良さそうだな」
「嘘つきは泥棒の始まりだよ。つまり、ワルンは怪盗ミッシェルなんだ。私って名探偵」
「それだけはないと断言できる」
助手の推理にため息をついて、ミゲルは踵をかえす。
「次の街に行こう」
「え。もう少し歩こうよ。きっと手がかりがあるよ」
「探偵は勘で動かないんだよ」
「勘じゃないよ。だって手紙と同じ匂いがかすかに残ってるもん」
エドナは推理はからきしだが、嗅覚が並外れていい。これまでもエドナの鼻は役に立ってきた。迷子のペット探しから犯行の凶器発見まで何でもこなせるのだ。
エドナの鼻を信じて、ミゲルは歩いた。小川の上の橋をわたり、行き着いた先は老夫婦の住む家だった。老夫婦に二、三質問する。ワルンの名前は知らなかったが、数年前まで男を居候させていたそうだ。黒髪で両目の下に黒子がある四十代の男だと言った。ミゲルがノンばあから聞いておいたワルンの特徴と一致していた。
「畑仕事を手伝わせていた。でも、突然いなくなっちまったよ」
失踪したという情報しか手に入らなかった。
ミゲルとエドナは石橋を渡り、土手で昼食を摂った。駅で買っておいたサンドイッチを食べる。量は多くなかったので、すぐに食べきれた。
エドナは裸足になり、小川に入った。川の水は澄んでいた。水面を紅葉が流れていく。
「見つからなかったら、どうするんだ?」
「泣くだろうね」
「ノンばあがか?」
「私が」
エドナがミゲルも川に入るよう誘った。ミゲルが動かないでいると、水を両手にすくってかけた。ミゲルは水がかかったコートを脱ぎ、参戦した。水のかけあいで、二人の服はずぶ濡れになった。
次の日は、二通目の住所を当たることにした。二人は中都市ゴブに向かった。手紙によると、ライブハウスでミュージシャンとして活躍しているらしい。
ライブハウスの店長は言った。
「ワルンの奴ならウチで雇ってたよ。ドリンクとか出す店員としてな。他にもいろんなバイトをかけもちしていたぜ。奴はアルバイトのプロだった」
今回はエドナの鼻で匂いを追う必要がなかった。そこらの店に入り、ワルンの名を出すと、皆、ワルンを懐かしがった。嫌われ者ではなかったようだ。いい奴だったが、だらしのない奴だったという意見もあった。
ここでも最終的にワルンの話は突然の失踪に行き着いた。
二人はノンばあへのお土産にゴブの「甘くない棒付きキャンディ」を買って帰る。自分たちの分も買って、汽車の中で食べた。唾液の味がどういう味か知れた。
「嘘ばかりか」
「落胆しちゃダメ。世界一の名探偵ミゲルに無理なことなんてない」
「俺にだって無理なことはある」
ミゲルは幼い頃、それを学んだ。
「私にはないよ。私が願うなら、私はどんなことでもできる。なぜなら私は」
言葉を切ってエドナは車窓に目をやった。トンネルが景色を飲み込んだ。轟音と暗闇の中でエドナは口を動かす。ミゲルに唇を読む技術はない。
「私は? 何だ?」
エドナは唇に指を当てて、目玉を上に向けた。
「あれ? 何だっけ。えっと」
エドナの呼吸が荒くなる。
「私は何? エドナ・デイズっていったい何なのかな? やばいかも。怖い。ミゲル。何か気が紛れる話して」
ミゲルは背中をさすってやる。別の話題を探す。
「演劇部の助っ人、結局断るのか?」
「うん」
「もったいない。お前は役者に向いていると思うぞ。外見だけはかわいらしいし、中身も変幻自在だろ」
「うん」
「俺の話聞いてるか?」
「うん」
「好きな食べ物を答えよ」
「うん」
独り言を言ってるのと変わらなかったが、駅に着くまでは話を続けた。少しだけルシーの話もした。
夕食がてら、ノンばあに中間報告をした。
「それみな。もういいよ。あの子が嘘つきなのは分かってる」
「でもいい人だって言ってた人もいたよ」
「いい人で飯は喰えん。いい人である前にいい息子であってほしかったね」
ミゲルはまるで自分がワルンになった気がした。両親もノンばあと同じことを思っているのだろうか。
調査開始から三日目、最後の手紙を開ける。手紙には、南の隣国ユグドで兵士として働いているとあった。特急を乗り継ぎ、国境を越えてユグド国首都ユグドに半日かけて向かった。ユグドは森の多い小国である。エルフの聖地とも言われている。
城の衛士に事情を話すと、兵士長が出てきた。
「ワルンのもとへ案内しよう」
エドナは飛び跳ねた。初めて手紙に書いていた内容と証言が一致したのだ。兵士長は確かにワルンが兵士として働いていたと言った。
城がある丘を降りると、森が広がっていた。エルフの森には入らず、平野をしばらく歩く。着いた先は兵士墓地だった。墓石が規則正しく並んでいる。一つの石にワルンの名前があった。
「奴のことは覚えている。あれは去年、エルフの姫に手を出した。その結果がこれだ。エルフの女王が奴を姫もろとも殺した」
それだけ言うと、兵士長は来た道を帰って行った。二人は墓の前で立ち尽くす。
「今回は嘘じゃなかったのに」
「仕方ないさ。正直者だろうと、嘘つきだろうと、やっちゃいけないことはある」
「エルフとの恋愛ってやっぱりまだタブーなの?」
かつて異種族間での恋愛はタブーだった。エドナが生まれる前の話だ。
「今はもう自由さ。普通のエルフとの恋愛ならな。でも、エルフの女王の血筋はダメだろう。人間だって王族の異種族間恋愛は認めていない。どの種族も純血を保たなくてはならないんだ。エルフの女王は美の頂点だからな。血を汚したことが許せなかったんだろう」
エドナはしゃがみ込み、墓に掘られた字をなぞる。
「人間なんて汚いだけだもんね」
「前にも同じこと言ってたな」
「うん。お金ばらまいた時だね。でも、あんなことしなくても、私は人が汚いことを知ってた」
エドナは自分の過去を語った。十歳になった頃、エドナは劇団に所属した。ルックスもよく、演技力もあったエドナは立て続けに主役を演じた。ほどなくして他の女性団員による嫌がらせが始まった。結局、エドナは劇団を抜けた。
「よくある話だよ。だから私は知っている。人間は汚い。でも、ワルンさんは、私に嫌がらせした子たちよりきれいな人だったと思うんだけどね。会ってみたかったな。会って話をしたかった。ノンばあのことを聞かせてもらいたかった。私の知ってるのんばあのことを教えてあげたかった」
「だから依頼もないのに、ワルンを探すと言い出したのか?」
「うん。私が優しい天使だからじゃないよ。単に会ってみたかった」
エドナは両目を手で押さえた。涙が頬をつたっていた。ミゲルは泣かなかった。ワルンの死は予想していた結末の一つだ。ルシー以外の死に心が痛むなんてことはない。
「なあ、エドナ」
帰ろう。そう言おうとした。でも、口がミゲルを裏切った。
「エルフの女王をぶん殴りにいかないか?」




