首都…虚実流転(中)
「裏口から、誰か来た!」
ヒューゴが即座に気付いて注意を促し、四人は物陰の暗がりに素早く身を潜めた。
果たして、大窓と同じ側にあった裏口の扉が無造作に開かれ、そこから、二人の怪しげな男が入り込んで来る。
怪しげな二人は互いに合図し、大きな窓の前で互いに向かい合う。一人は、小太りの身体を派手な衣服で包んでいるが、その頭の帽子は牧師のものだ。
(裏街道の牧師か……、確実にモグリだな)
エドワードが不審そうに目を細めつつ、ささやいた。
もう一人の怪しげな男は背が高く、立派な体格をしている。シルクハットの縁からは、不自然にフワリとした赤毛が流れていた。
(あの赤毛、女性を小脇に抱えてますよ。さらって来たんですか……え!? 彼女、ルシールじゃないですか!)
ヒューゴが無言で仰天する。キアランは眼差しを険しくした。
小太りの牧師は、もったいぶった様子で、懐から儀式用の書物を取り出した。人相の良くない顔をしかめ、口を歪ませる。やがて小太りのモグリの牧師は、不真面目な態度ながらも、結婚の儀式の言葉を述べ始めたのであった。
「この秘密結婚の礼金は、タンマリ用意しておけよ。招待客は居ないが、異議あらば唱えん……」
ルシールの口は赤毛の男の手によってシッカリ塞がれており、異議どころか何も言えない状態だ。
――断固、妨害する。
キアランは物陰から立ち上がると、手に持っていたステッキを構え、異議宣告を発した。
「異議あり!」
「何いッ!」
モグリ牧師と赤毛男が、同時に喚く。
「食らえ、ネコ爆弾!」
アンジェラが、『殺る気』満々の黒ネコのクレイを、二人の曲者に差し向ける。
既に爪を立てていたクレイは、素晴らしい身のこなしで曲者に飛び掛かり、次々にその顔を引っかいて行った。黒ネコ・クレイは、人間の幽霊に憑依されていた間に、何がしかの戦略的知恵が付いていたらしい。交互に素早く飛び回るので、まるで分身の術を使って攻撃しているようなものだ。
「ぎゃああ!」
「痛い、やめろ!」
別の方角からの全くの想定外の急襲を受ける羽目になった二人の曲者は、黒ネコの爪を避けるのに必死だ。
ルシールが隙を突いて背の高い赤毛の男の腕を逃れ、キアランに飛びつく。キアランがその小柄な身体をシッカリ捉えた。
「あの人、銃をいっぱい持ってる!」
モグリ牧師と赤毛男が、銃を向けた。
「この野郎どもが!」
「神の名において殺す……! 正義の鉄槌、食らえや!」
モグリ牧師が構えたのは、多くの銃口を備えた新型銃だ。叫ぶが早いか、手当たり次第に銃乱射を始める。
弾幕を避けるため、五人になった一行は、一斉に物陰に身を潜める。
大音量の銃声。大量の硝煙が、もうもうと漂う。
赤毛の背の高い男の方は、手練れそのものの手つきで銃を構えていたが、次の瞬間、明らかな驚愕の表情を湛えて、口をポカンと開けていた。
――あにはからんや、硝煙の煙幕に阻まれて、狙いを付けられないとは!
弾幕の嵐が過ぎ去った後の集会所の壁は、穴だらけになっていた。
その的外れぶりを一通り眺め、呆れ返るエドワード。
「下らん腕前だ」
「何言ってるのよ! 銃乱射が、ご趣味の、極道牧師だなんて、存在自体が犯罪よ!」
初めて銃撃戦に遭遇したアンジェラは、すこぶる動転して喘いでいる。
ヒューゴも開いた口が塞がらない。だが経験者だけあって、すぐに気を取り直す。
「心配しなくても、証拠写真を撮れば逃げられません」
ヒューゴは宣言するが早いか、先程から手に持っていたカメラに手を掛けた。
カメラは、確かに作動した――
だが、作動し過ぎた。
強烈なフラッシュと共に爆発が生じた。その煙幕と衝撃波とが、大砲の如き威力をもって、極道牧師と背の高い赤毛男を襲う。
二人の曲者は、叫び声を上げつつ吹っ飛ばされ、床の上に勢い良く叩き付けられた。そして怪しげな煙幕の中、二人の曲者は、何やら静電気らしき青白い電光に取り巻かれ、意味不明な痙攣を始めた。
「……あれが、カメラ?」
「まさか」
「な、なんなの? あれ」
唖然とするエドワード、ヒューゴ、アンジェラである。
モグリの小太り牧師の方は完全に失神していた。
「クソッ!」
赤毛男は悪態をつくと、素早く身を起こして逃げ出した。裏口の方へ。
「あッ、逃げた!」
エドワードとヒューゴ、次いでアンジェラも、曲者が走り抜けた裏口に殺到した。
裏口の扉を駆け抜け、集会所に面する、もう一つの裏通りに出る。
すると、何やら馬の蹄鉄らしき大音響が、そこら中に轟いた。
目に入ったのは――物凄い勢いで、別の通りへと走り去って行く騎馬姿。
アンジェラは口をあんぐりした。
「馬が……!」
「手回しの良い奴だ」
エドワードも呆れる。ヒューゴは辺りを確認し、裏通りを仕切る掘割と柵の向こう側を見渡した。
掘割の中には、射撃場がある。間違って弾が上の方に飛んで行った場合に備えて、障壁さながらの窓の無い建物が連なっていた。勿論、ちゃんと角度も設計されており、集会所の側にも、間違って弾が飛んでも大丈夫なように、スペースの余裕が設けられている。
「射撃場の裏……! これじゃ、牧師が銃を撃っても、誰も来ませんよね」
ヒューゴの指摘に、エドワードもアンジェラも同意するばかりである。
アンジェラは、すぐに曲者の落とし物に気付いた。道路の上に残された『それ』を拾い上げる。
「髪の毛が落ちてる。あの赤毛、カツラを使った変装なんだわ」
「悪くない計画だ。奴は本気で婚姻の事実を成立させる予定だったんだな」
背の高い赤毛男の方は、念入りに変装までして、ルシールをさらっていたのだ。大した執念である。そして、不気味だ。
――三人は呆然としたままで、気付いていなかった。
裏通りの街路樹の中に、もう一人の人物が潜んでいた事を。あのマダム・リリスの愛人を務めていた伊達男、ランスロット・ナイトだ。
街路樹の中に身を隠していた伊達男ランスロット・ナイトは、曲者が走り去った方向を眺めつつ、『してやったり』という笑みを浮かべていた。
――フフフ。尾行はしてみる物だ。あの怪しい赤毛の覆面男の正体は、シッカリ見たぞ! こりゃ素晴らしいゴシップの種……!
集会所の中の方では、恐怖と動転の収まらぬルシールが、まだキアランにしがみ付いていた(キアランがエドワードと共に裏口へ走り出せなかったのは、これが理由である)。
キアランがルシールを何とか落ち着かせた頃、エドワードとヒューゴとアンジェラが裏口から戻って来た。
エドワードは珍しく悔しそうな口調で、キアランに声を掛けた。
「馬で逃げられた。あの赤毛は変装だったし、手がかりは、このモグリ牧師だけだな」
一同は、モグリ牧師を注目した。
牧師らしからぬ派手な上着をまとった小太りの男は、大窓の傍らで、なおも無様に失神したままだ。傍らには、多数の銃口を備えた新型銃が放り出されていたが、その弾は、既に尽きている。
やがてエドワードが、疑わしそうな目付きで、ヒューゴを振り返った。
「証拠写真とか言ってたけど……撮れたのか?」
「それが……余り確信、無くて」
ヒューゴは口を引きつらせつつ、謎の大砲に化けたカメラを、恐る恐る、ひっくり返すのみである。
エドワードは再びモグリ牧師を観察し始めた。
「それにしても、煤まみれだな」
「カメラと言う説明でしたがね、まるで宇宙人のSF兵器です。マティ少年の発明だけに、謎ですね」
「マティの発明なら、納得できる」
「なんですか、その恐ろしい納得は!」
アンジェラが何処からか、雨水の溜まったバケツを持ち込み、牧師に水を掛けた。しかし、小太りのモグリ牧師は、なおも失神したままだ。
「バケツの水でも目を覚まさないわ……こういう類の極道牧師には、天罰テキメンってところね」
バケツの水で煤が流れ、牧師の人相があらわになった。中年を思わせる小太りの体型の割には、意外に若い男だ。甘やかされた子供のような印象はあるが、エドワードやキアランと同世代と言っても差し支えない。
「このモグリ牧師……!」
ヒューゴがハッと息を呑んだ。
「寄宿学校の先輩だ! 僕たち下級生からカツアゲしていた、不良グループの! 確かレナードも、そのグループメンバーで」
エドワードも改めて牧師の人相を眺め、かつて、性質の悪い事で有名な不良学生だった同輩だと気付いた。
「驚きの再会だな。殆どの科目で――特に武術で全て落第して、確か留年していた筈だが」
「卒業はしてます、親の七光か何かで。彼の父親が確か、銃器工場を所有する資産家で……準男爵の名誉を受けてるんで」
アンジェラはピンと来た様子だ。
「成る程……それで銃乱射の趣味って訳。学内で新型銃を見せびらかして、ボスを気取って歩くような学生だったんでしょ」
「大当たりです。学校では最大の不良グループを仕切ってました。工場主&準男爵どころか、裏街道のモグリ牧師とは、落ちぶれたって言うか……」
ヒューゴは首を振り振り、補足情報を付け加えた。最後は呆れ果てて物も言えない、といった様子だ。
不意に、ルシールは過去の記憶に思い当たった。ベル夫人が話していた内容の、一部分。
「レナード様に恐喝詐欺のコツを伝授していた、寄宿学校の友人って、まさか……」
「この人脈は、納得だわ……」
アンジェラは確信を持ってうなづき、モグリ牧師に非友好的な視線を投げた。
エドワードが思案顔で腕を組む。
「レナードはルシールと結婚すれば、身分回復する可能性がある。動機を考えるとレナードで決まりだが。こいつに白状させる事は、難しいだろうな」
キアランは不機嫌な様子で、ムッツリとうなづくのみだ。
ヒューゴも同意見だ。
「モグリとは言え、牧師で、秘密結婚じゃ沈黙の義務がありますしね。子孫の名誉に関わる問題じゃ無いと、情報公開は出来ないし」
アンジェラは、足に擦り寄ってきた黒ネコ・クレイを抱き上げ、自信タップリに呟いた。
「犯人を捜すのは難しくないかも。最近、ネコに顔を引っかかれた男を調べれば良いわ」
そこで、アンジェラはクルリとルシールを振り返る。ルシールは、キアランがエドワードやヒューゴと共に牧師を検分している間、邪魔しないように後方で控えているところだ。
「そろそろ落ち着いて来たかしら、ルシール?」
ルシールはドキッとしつつも、何とか……、と言った様子でうなづいたのだった。
*****
失神したままのモグリ牧師を集会所に放置し、一同は、再び公園前のメインストリートに戻って来た。
「とんだ午後の冒険だったな」
エドワードは首を振り振り、呆れたように感想を述べるのみだ。キアランは、まだ不機嫌が直らぬ様子で、ステッキを物騒に握り締めている。
「この件を冗談で済ますつもりは無い……今日中にも中央の筋に報告する」
アンジェラとルシールは、パラソルを公園前に落としたままだった事を思い出し、パラソルを回収するべく、公園に入った。
二人の淑女がパラソルを手にしたところで、カメラのシャッターが切られる音が響いた。
ビックリして振り返ったルシールは、近くの木の枝の上でカメラを構えていた少年の姿を認めたのであった。
「……まあ、マティ!」
マティは怪訝そうな顔でカメラを下ろし、早速、ルシールに話しかけて来た。
「何処に行ってたんだよ? 角の喫茶店に居なかったから、どうしたかと……」
しかし、そうは言いながらも、やはり子供であり、得意そうな様子でカメラを見せびらかし始めた。
「オイラの新発明のカメラ・オブスキュラ、すっげえイイだろ?」
「あッ、マティ君。このカメラに、もしかしたら、変な爆弾とか入れてない?」
ヒューゴが、場末の集会所で盛大に大爆発した『謎のカメラ』を示す。
マティは不思議そうな顔をしながら、問題のカメラを確認しはじめた。
「種も仕掛けも無いけど……、げ! あッ、やっちゃった。フラッシュ用の燃料が多過ぎた……」
初歩的なミスではあったのだが――
「それだけで、あんな威力が出るなんて」
「また変な物を発明したな」
「軍は、えらく興味を持つぞ」
ヒューゴ、キアラン、エドワードの順で、呆れ混じりの称賛が続いたのだった。




