門内 part1
ごぉおぉぉぉぉぉ……と、炎が月葉を燃やし尽くすように勢いよく燃え上がり……
「熱いっ!」
若干キレ気味の月葉が腕を振る仕草で袂から取り出した日本刀を振り、札を真っ二つに裂く。着物を焦げさせ、若干のやけどを負った月葉は普段の温厚さはどこへ行ったかと問いたくなるような口調と、熱さにたいする不満を隠しもせず表立たせる表情にセアたちは唖然とする。
そんな視線の真ん中で、月葉はなお不満そうに
「熱いっての!無駄に強い術作って何する気だよ!」
そう言いげしげしと札を蹴り、
(しまった……つい素が。)
はっ……と気付いて居住まいをただし、着物の裾を振る動きで衣装を変更する。目にも止まらない速さの化かしに周囲が目を丸くする中、月葉はまっすぐ夜歌を見る。
「これで僕が『式神』でない事は証明できましたか?」
それに夜歌は―――
★
名無谷村の中。
小さな広場に三人の子供がいた。
五歳ほどの巫女服姿でおさげの少女と、六歳ぐらいのはかま姿の少年。そして、六歳ぐらいの黒子の格好をした少年だ。
三人は人間ではなく妖怪だった。俗に山神楽と呼ばれる弱い妖怪で、単に山の頂上で神楽の舞の音や太鼓の音などを鳴らす妖怪だ。今の姿も人に化けているわけではなく、一般人が考えた姿を取っているで、人に化ける力は持っていない。誰かに形を与えてもらわねば姿を保てないほど弱い存在だ。
「夜姉ぇ遅いね……。」
少女―――神楽が投げ合って遊んでいた手鞠を両手で抱え、不安げに門の方向を見る。
夜歌が「お客さんが来たから」と言って行ってしまったのはもう数時間も前だ。今までこんなに長い時間夜歌がいないことはなかったし、誰かと会うことも滅多になかった。
だから神楽は不安げに門の方向を見て、不安げに呟く。
そもそも昼間のこの時間は、山神楽は普段寝ているのが定石だ。強くない山神楽にとって日差しは致命傷にはならないが、ずっとその下に居たいと思うものではない。
それでも起きているのは、ひとえに夜歌たちが心配だったからだ。
「大丈夫だよー。」
「問題、ない……。」
それに帰ってきたのは袴の少年―――響と、黒子姿の少年―――音だ。
二人は不安そうに門の方向を見る神楽の横に立って、繰り返す。
「大丈夫だよ。だって、黒兄ぃがついてるもん。」
「安心、して……?」
それはこの狭い村の中で妖怪としては短い時しか生きていない二人なりの答えだった。その答えに神楽も安心したように笑みを浮かべ、
「だよね!」
頷き、再び手鞠を放る。その手鞠は目標を大きく外して……
★
「本当に何もないんだなー。」
名無谷村。その内部に入り、周囲を見回したセアが何も考えずそう言う。
「失礼ですよ、セアさん。」
月葉はそう諭しながらも、内心でその言葉に同意する。
本当に何もない村だ。小さな家が数戸あるぐらいであとは何もないだろう。恐らく村の面積が小さいこともあるのだろうが、
(ここを住む場所に変えすぎるのを防ぐため……ですか。)
ぱっとみたところここはどうやら山神の守護を受けているらしい。村らしくしないのはここを山でない場所にしてしまって、その守護を受けられなくならないようにするための対策だろう。
(山神は山を守る神ですから……)
月葉は納得し、周囲を見る。
何もなく、誰もいない村だ。平和に時が過ぎる、陰陽師が滅する理由の見つからない小さな村だ。なのに標的にされた理由は、
(明も、色々と苦労していたんでしょうか?)
思う。ただでさえ今のご時世、人が何でもかんでも開発の手を入れるために妖怪が住みにくくなってしまっている時代だ。妖怪の数も少なく、悪さを起こすものも少なくなってくる。だからといって庇う気はないが、
(決断する前に相談してくれたら……)
そう思う。だとすれば、これほどは―――
「……?」
考え事をして心ここにあらずだった月葉の足元に何かが当たる。視線を落とすと、そこにあったのは色がくすみ、古びた手鞠だ。月葉はそれを拾い上げ、しゃがんだままの姿勢で飛んできた方向を見る。
その視線の先にいるのは一人の少女と二人の少年だ。
(山神楽……ですか。)
月葉は目を細めて彼らを見てから、すくっと立ち上がり、
★
投げた手鞠は変な方向に行ってしまった。
それは別におかしい事ではない。よくあることで、だから神楽たちは楽しそうな歓声を上げ、若干坂道になっている道を転がり落ちていく手鞠を追いかけた。
「誰が一番か勝負っ!」
神楽が楽しげにそうかけた声に、響と音が返す。
「おれが一番っ!」
「負け、ない……!」
転がり落ちていく手鞠を追いかけることすら、神楽たちにとっては娯楽の一つだ。転がり落ちていく手鞠の軌道は投げるそれよりもずっと読みづらく、だからこそ変化があって楽しい。
やがて走っていく先に夜歌と黒夜の姿を確認し、
「……誰?」
手を振ろうとして、その隣に知らない男女がいることに気づいた。女性は見たことのない服を着ていて、怪しさを滲ませている。
神楽たちはその場に立ち止って、警戒するように彼らを見る。その間も転がってゆく手鞠は少年の足元に当たり、止まる。
(どっ……どうしよう?)
神楽は山神楽として『別々の個体でありながらも同じ存在』であるため共有した意識内で思う。
例えるならそれはネットのチャットだ。『相手に送りたい』と思ったものが共通意識の表層に浮かび上がる。
(「でも……夜姉ぇと黒兄ぃが近くにいるし……」)
(「お客さん、みたい……。」)
そう言いつつも、山神楽は警戒して二人のよそ者を見る。
山神楽達は知らない人と接する方法……初見の人を判断する方法を知らない。何故なら、圧倒的に自分達以外の存在の知識がないからだ。
知らないものに対応するには警戒が必要で―――だから、山神楽は答えの出ない思 考を続ける。
(「でも、女の人は変な服着てるよ?」)
洋服を知らない神楽は、セアの洋服を見て、思う。
(「余所の人かな?」)
(「僕たちには両方、余所の人……。」)
思考は止まることなく回る。
ぐるぐると、出た答えに満足せず何度も何度も。
「―――あの。」
そんな山神楽―――神楽の目の前に、余所者の少年が立った。
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