エピローグ
「……こうして、突如サザランド公国の森に現れた神の御使い、カガミ様は、サザランド公国の公王アリシアⅠ世陛下と結婚し、サザランド公国だけでなく、友好国であるローデシア王国及びルーシー帝国の常世の繁栄に貢献したのです!」
わたしは、黒板に貼った模造紙を指さしながら、用意してきた締めのセリフを決める。
「アリシアさん、よく発表できました、みんな拍手~!!」
どうやら、わたしの夏休みの自由研究『サザランド公国建国史』の発表は大好評だったようだ。
クラスの全員が拍手をしてくれている。この空気なら、あれを言っても大丈夫かな?ええ~いっ、言っちゃえ!!
「ち・な・み・に!!このわたしは、カガミ様とアリシアⅠ世陛下から数えて14世下の子孫!この黒髪と黒い瞳はカガミ様から、この『アリシア』という名前はアリシアⅠ世陛下から受け継いだものなのよ~!」
腰に手を当ててさらに胸を張ると、クラスのみんなは「すご~い」「たしかに~」と囁きながら目を丸くしている。
ほらほら、もっと偉大な血筋のわたしを褒め称えよ!
そう思いながら教室を見回すと、窓際の一番前の席でニヤつく、金髪で糸目の男子と目が合った。
ゲッ…あいつは…。
「でも、あれやんな~。アリシアⅠ世って子だくさんで、カガミ卿との間に子どもが7人?8人くらいおったんやろ?それやったら、子孫なんかいっぱいいるんちゃう?」
その男子、ユーキの嫌味な口調に唇を噛む。
確かに、わたしはアリシアⅠ世陛下の末裔とはいえ、末端も末端。何代も前から庶民の仲間入りをしていて、パパも普通のサラリーマンだ。
「それに、あれやろ?カガミ卿って実在の人物だったか疑われてんのやろ?ある日突然、公国の森に現れてアリシアⅠ世が王位に就くのを助けて、チェスのグランドマスターになって、王国の王子の恋を取り持って、外交交渉も成功させて、魔道具を次々と発明して、サザランド公国を経済大国に育て上げて、ほんで槍の腕も超一流だったなんて、属性盛りすぎちゃう?まるでラノベ主人公やない。そんなやつホンマにおったんか~?」
むかつく~っ!
何がってあの話し方がむかつく!どうしてローデシア王国の商人の子たちは、みんなあんな変なしゃべり方するんだ!!
でも、カガミ様伝説のほとんどが神話に過ぎないってことは5歳の子どもでも知ってる。
何も言い返せず、地団駄を踏んでいると、廊下側の1番前の席に座る銀髪の男子が手を上げた。
「でも、カガミ様らしき人物が存在したことは間違いないらしいよ。カガミ様のことを記した当時の文献も見つかってるし。」
助け舟を出してくれたのはソニャロフ。帝国出身のお坊ちゃん。
しかしホッとしたのもつかの間。こいつはとんでもないことを言い出した。
「それで最新の研究によると、カガミ様って実は帝国のスワロフスキー家出身で、本名はソニャロフ・スワロフスキー侯爵らしいよ。帝国で皇帝の側近として仕えていたんだけど、皇帝の命でアリシアⅠ世陛下に婿入りしたんだって、つまりアリシアが尊敬しているカガミ様って帝国出身ってことだよね!!」
腕組みしながらのドヤ顔が本当にムカつく!!
そういえば、こいつは帝国貴族出身の血筋を自慢するスノッブな奴だった!!
「しかも、実はソニャロフ・スワロフスキー侯爵は、アリシアⅠ世よりも前に結婚を誓った相手がいたんだけど、その婚約者をアリシアの陰謀で殺されたらしいんだ。だから本来は敵のはずなんだけど、平和を祈念した亡き婚約者の遺志を継ぐために、泣く泣くその身を捧げてアリシアとの政略結婚に応じたんだって。帝国の伝承によると、実はアリシアは戦争好きの乱暴者、狂犬と呼ばれるような猛女で、それまで何人もの夫を食い殺していたんだけど、政略結婚で婿入りしたソニャロフ様がうまく手なずけて、アリシアⅠ世陛下を改心させて、ようやく世界に平和が訪れたって話で……。」
「どりゃ~っ!!」
気づけばソニャロフに飛び蹴りし、頭をヘッドロックしていた。
わたしが尊敬するご先祖様をそんな風に言うなんて許さん!!
「やめなさい!」と叫ぶ先生の声、「キャ~ッ」と叫ぶ女子たちの声、「ええぞええぞ~、やったれ~っ!!」と囃し立てるユーキの声で教室は喧騒に包まれた。
◇
結局、教室で暴れ回ったわたしは、先生にがっちり怒られ、ソニャロフと一緒に居残りで反省文を書かされることになった。
「あ~あ、ソニャロフのせいですっかり遅くなっちゃったじゃん…。」
「僕のせいって……、中学生にもなって教室で飛び蹴りするアリシアの方が問題だったと思うよ…。」
ぶつくさ言いながらカバンを持って一緒に教室を出ると、ユーキが待っていた。
「お二人さん、大変やったね~。ファミレスでも寄って帰ろか?」
「元はと言えば、ユーキが絡んできたのが原因じゃんか!!今日はおごってもらうからね!!」
「かなわんな~。」
飛び蹴りしたり憎まれ口を叩いたりするけど、ユーキ、それからソニャロフとは、なぜか馬が合う。
二人とも他国出身だけど、王国と帝国とは行き来が盛んだし文化も似たようなもの。隣町出身という程度の感覚しかない。
「しかし、アリシアのカガミ×アリシアⅠ世推しもすごいよね~。まさか歴史の課題で伝説上の人物を挙げるとは思わなかったよ。」
昇降口を出て駅近くのファミレスに向かうわたしたちの後ろを、ソニャロフも当たり前のように付いてくる。
「それはそうだって!偉大なご先祖様だもん。わたしもカガミ様とアリシアⅠ世陛下みたいなりたいな~。」
「この街も、となり街も、もともとは全部樹海だったのをカガミ様が開拓したんでしょ?しかも今の便利な魔道具も、元はほとんどカガミ様が発明したって話だし…。アリシアには無理じゃない?」
「そうやで。カガミには、目で見たものは、すぐに全部記憶できるってチート能力もあったらしいやん。アリシアの成績じゃ無理なんちゃうん?」
「うっさいな~。わたしはカガミ様じゃなくて、アリシアⅠ世陛下みたいになりたいの。超人的な能力を持った神の御使いに出会って、一緒にのし上がってやるんだから!!」
「なんや、他力本願やん!」
「そっちのが難しいと思うよ。」
「うっさい、うっさい!!」
憎まれ口のステレオ放送に辟易しながら、街を歩いていると右手にうっそうと茂った木々に覆われた神社が目に入った。
しまった通り過ぎるところだった。わたしは慌てて立ち止まり、お賽銭を投げて入れて手を合わせ、神さまにお願いをする。
「わたしの前にも神の御使いが現れますように…。」
「神様もそんなこと願われて困ると思うで、ほんまに。」
「こんな開けた場所に急に神の御使いが現れるとかあるのかな~。」
この場所は、元々はカガミ様が現れたという伝説の場所らしく、今ではカガミ様を祀った神社が建立されている。カガミ様みたいな神の御使いに出会いたいわたしは、朝晩ここでお祈りをすることにしているのだ。
でも、ここもかつては鬱蒼とした森だったらしいけど、ソニャロフが言う通り、今は周辺が開発され尽くされて、木々が何本も残っているだけで風情も何もない。
ここに突然神の御使いが現れるなんて、わたしでも現実味がないと思う……。
そう思いながら目を開けると、お社の陰からこちらを見つめる視線とぶつかった。
「あの…、すみません。助けてください!!」
そこにいたのは10歳くらいの男の子。
「このあたりに遊びに来たんですけど、帰り道がわからなくなっちゃったんです。」
「君、迷子なの?お名前は?」
「僕は…サガミと言います。」
その返答にわたしは息を飲んだ。いよいよ待ち望んでいた相手と会えたかもしれない。
「ようこそ!ここはサザランド公国の首都カガミシティへ!!伝説の神の御使いにして、現代文明の始祖、カガミ様が開いた偉大なる街よ!!そしてわたしはアリシア!!よろしくね、神の御使いサガミくん!!」
「神の御使いじゃなくて、ただの迷子ちゃう?」
「うっさいな!」
そう言いながら右手を差し出すと、その男の子は黒い瞳を丸くしながらも、おずおずと右手を差し出してくれた。




