24. 左遷と騎士団の若者
「先代騎士団長でしたら王都を離れてますよ」
「え、アッゴヒーグのオッサン居ないの?」
騎士団の稽古場で訓練していた若い騎士に声をかけてみたところ、オッサンが王都に居ないことが判明した。無事かどうか確認しようと思っていたのに、そりゃあ騎士団の中を探しても見つからない訳だ。
「はは……先代騎士団長をオッサン呼ばわり出来るのはシュウ様くらいですよ」
「あ、悪い。騎士団にとっては尊敬できる人だから悪口になっちゃうよな。本当に申し訳ない」
俺にとってはうだつのあがらないオッサンっていうイメージが強いし、そう呼ぶのが日常になってしまっているから今更敬おうとしても違和感しか無い。だがそれはあくまでも俺がそう思っているだけであり、他の人にとっては尊敬する素晴らしい人をけなされたように思われてしまうかもしれないので注意が必要なのを失念していた。
「いえ、尊敬はしていませんので良いですが」
「してないのかよ!?」
「はは、あのような性格ですので」
他人が聞いていないとはいえ団員にきっぱりとそう言われるとか、やっぱりあのオッサン性格捻じ曲がってるんじゃねーか。騎士団でもあんな感じで団員に絡んでたんだろうな。
「待てよ……ということはやっぱり左遷だったのか」
団員に迷惑をかけるから、人が来ない臭い森の監視をやらされていたに違いない。
そして臭い森が正常に戻ったから、今度は別の街に左遷されたのか。
「そんなことはありません。先代は自分からあの森の監視をすると立候補したと聞いています」
「そう言っておけば左遷の事実を誤魔化せるからじゃねーの?」
「…………」
「心当たりあんのかよ!」
オッサン、せめて身内にはしっかりした姿を見せようぜ。
信頼度ゼロじゃねーか。
「じゃあオッサンが何処に左遷されたか知ってる?」
「いえ、先代はもう騎士団員ではないので、行き先までは……」
「あ、そっか」
会社で例えると、定年を迎えて退社した重役が今どこにいるのか聞いているようなものだ。
退社している時点でただの一般人なのだから、行き先を会社が管理していることも、ましてや一般社員が把握しているはずもない。
オッサンが王都に居ないことをこの人が知っているだけでも珍しいことなのだ。
「ならナイツェーゲルさんはいる?」
オッサンの息子にして現騎士団長のナイツェーゲルさんなら、家族の行方を知っているに違いない。
「いえ、団長も王都を離れています」
「そっか~」
団長ともなると仕事が沢山で忙しいに違いない。
特に今は魔王種の裏で何らかの存在が暗躍している可能性があるのだ。
王族以外には口外してはならないとは言われているが、それだと調査する人間が少なすぎるため、信頼できる相手、騎士団長などには伝えて調査の協力をしてもらっているのかもしれない。
「じゃあ残念だけど会うのは諦めるか」
俺とプックルの旅立ちの準備は着実に進んでいる。
旅の目的地が決まり、挨拶周りもオッサンが最後で、後は細かい旅の準備が残っているだけ。
オッサンや騎士団長が戻ってくるのを待つ時間は無い。
王族の誰かに具体的な行方を聞いて、そこが旅先に近い場所だったら立ち寄ることを検討する、くらいで良いだろう。
「ありがとう、助かったよ。訓練の邪魔して悪かったな」
若い騎士にお礼を告げ、オッサンを探すという予定が無くなったのでこれから何をしようかと考えながら騎士団の訓練所から出ようとする。
「お待ちください」
「え?」
しかしそんな俺の背に、若い団員が声をかけて来た。
「手合わせをお願い出ませんか?」
「俺と?」
「はい!」
物凄いイケメンスマイルで肯定されてしまった。
女性が見たらこれだけで惚れてもおかしくは無いぞ。
「俺よりもプックルの方が訓練になるんじゃないか?」
そのプックルはお義母さまとお話し中で、今日は共にいない。
もしかしたら代わりに俺でも良いかと思っているのかもしれないが、あまり気が乗らない。
何故なら俺は、身体能力が高いだけの武術の素人なのだから。
テクニックが無い相手と模擬戦をしたところで、得られる物は少ないと思ったのだ。
「そんなことはありません!」
しかし若い騎士団員の兄ちゃんは、真っ向から俺の疑問を否定した。
その雰囲気からは、プックルの代替ではなく本気で俺と戦いたいという意思がはっきりと見えた。
何故俺なのか。
理由に心当たりがあった。
プックルを奪われたようで面白くないのだろうな。
火傷というハンデにも負けずに、自活できるようにと騎士団員に混ざって必死で訓練していたプックルのことを彼らは尊敬している。家族のように、あるいは妹のように思っていた人もいるだろう。そんなプックルを横からポッと出て来た俺が攫って行ったのだ。腹立たしく思わない訳が無い
実際、騎士団員に囲まれてプックルの力試しをした時には俺に対する不信感や嫌悪感で一杯だったしな。最近はそんな気配が全く無いが、内心ではまだまだ燻っているのだろう。
これを期に俺をボコして少しでも憂さ晴らしをしたいという魂胆に違いない。
そのくらい受けてやるのがプックルの旦那としての責務って奴かな。
「よし、分かった。やろうか」
「ま、待ってください!」
「ん?」
せっかく彼の気持ちを受け止めてやろうとボコられる覚悟をしたというのに、何故か彼は焦っている。
「我々はシュウ様のことを尊敬しております。それだけは信じてください!」
「え……?」
騎士団が俺のことを尊敬している?
恨んでいるのではなく、憎んでいるのでもなく、嫌っているのでもなく、尊敬している?
大事なプックルを報酬としてかっぱらっていったのに?
「以前は不躾な視線を向けてしまい大変申し訳ございませんでした!シュウ様がプルプックル様に相応しいお方であることを今は誰もが存じております。強く優しく勇敢な男性であると心よりお慕い申しております」
「お、おう……そこまで言われると逆に怖いな」
「も、申し訳ありません!」
彼の瞳に全く濁りは無い。
心から申し訳なく思っていることがはっきりと読み取れた。
何故彼らからの評価が変わったのかは分からない。
魔王種を倒したことが彼らの琴線に触れたのだろうか。
あるいはプックルが俺に毎日ベッタベタだから諦めたのかもしれない。
理由は分からないが、少なくとも目の前の彼のことは信じられる気がした。
「そう言ってもらえると助かるよ。俺も嬉しいが、プックルも喜ぶと思う」
「は、はい。それはもう、身に染みて分かっております!」
これプックルが何かしたやつだ!
プックルの名前出した途端、兄ちゃんの顔が青褪めているじゃないか!
「その、なんか、ごめんな?」
「謝らないでください!悪かったのは我々ですので!」
「いやマジでごめん」
反省の気持ちをこめて、やはり彼の相手をしてあげようと強く思った。
これ以上は不毛な謝罪合戦になりそうだったので、強引に話を切り上げる。
「さぁ、やろうか!」
「はい!」
適度に距離をとって向かい合う。
相手は木刀、俺は無手。
「始める前に、もう一つだけお伝えしておきたいことがあります」
「何?」
「シュウ様が相手をして下さることは、とても良い訓練になるということです」
「え?」
そういえば結局何で俺と模擬戦をしたいのかが分からなかったな。
「誤解を恐れずにお伝えしますが、戦闘技術がある魔物など多くはいませんので……」
「ああ、なるほど」
知性がある魔王種を除き、魔物は基本的に本能のままに暴れる動物のようなものだ。
騎士団はそんな魔物を相手にすることが多いのだから、テクニックが無くて身体能力だけでゴリ押ししてくる俺と戦うということは、魔物を相手するのに似ているということなのだろう。
「そんじゃご期待に沿えるようにがんばりますか」
「よろしくお願いします!」
始まりの合図は特には無い。
だって魔物との戦いの時だって誰かが合図してくれるなんてことは無いからな。
「シッ!」
「!」
技術のある相手に攻められたら手も足も出ずにボコられるだけだ。
先手必勝しかない。
力強く地面を踏み込み、一直線に彼の腹を殴ろうと突進した。
すると彼は右に大きく飛んで避けようとしたのですぐさま後を追う。
無手の良いところは、武器が無い分だけ小回りが利くところだと思う。
逃げる彼と追う俺。
こうなってしまえば身体能力だけが無駄に高い俺が有利だ。
ここぞというタイミングでギアをさらに上げて、逃げられるよりも先に一撃を叩き込む!
「!」
これ以上は逃げられないと悟った彼は、なんと俺の攻撃に合わせて剣を振り下ろしてきたでは無いか。このハイスピードに良くついてきたな。このままでは相打ちになってしまうだろう。
そう思った俺は反射的に攻撃対象を変更し、振り下ろされる木刀にアッパーを合わせて彼の攻撃を防いだ。
「あ、悪い」
凄まじい衝撃音と共に木刀がポッキリと折れ、切っ先が遥か遠くに飛ばされてカランカランと落ちる音がした。
「俺の負けだな。木刀じゃなくて真剣だったら斬られてた」
「いえ、私の負けです。あのまま相打ちだったら私の剣は深くは斬れず強烈な一撃を喰らって身動きが取れなくなっていたでしょう。それにいつもまともな武器を持って戦えるとは限りません。本番でもこの木刀しか持っていなかったら、私はこの後一方的に蹂躙されてしまうでしょう」
確かに言われてみればその通りだ。
俺が勝手に相手の木刀が真剣の代わりだと思い込んでいただけだった。
「それにたとえ真剣だったとしても、今の一撃であればシュウ様の拳の方が勝ったのではないでしょうか」
「はは、まさか」
拳が剣に勝てるわけないだろう。
いや待てよ、そもそも相手の剣は日本刀じゃなくて西洋剣だ。
確か西洋剣って鋭利さで斬るのではなく、鈍器のように押し潰して斬るものだって聞いたことがある。
拳と剣がぶつかったら斬られると思い込んでいたが、案外力と力のぶつかり合いになるだけなのかもしれないな。それとも異世界だからそんなことはなく、しっかりと斬られるのだろうか。試してみたくはないな。
「さて、木刀は壊れてしまったけど、まだやるか?」
「もちろんです!」
この後滅茶苦茶訓練した。
ちなみにこの若い青年だが騎士団のホープでかなりの実力者だったらしい。
こんな礼儀正しい青年が騎士団員の次期幹部候補だなんて、元トップのオッサンのことを想像するとどうしても信じられないな。




