如月紫苑 -復讐を終える男の物語- 12話
これは過去の話。
『ねえ、父さん!!父さん!!』
私・三浦香穂は父さんと遊びたくて、家中を歩き回った。でも父さんの声は返ってこない。返ってくるのは、静寂に包まれた自宅。木面が広がる廊下の先を歩き、父さんの部屋へと進む。彼の部屋は2階。
* * *
『父さーん!!!』
螺旋状に描かれる階段を小さな1歩1歩を踏み出すと、風の鳴き声を聞きつける。何かいるのではないかと・・・息を呑んだ。でも、その先に導かれるように私は扉が開いた父の書斎へと入っていく。
『父さん・・・』
扉の隙間から部屋の様子を覗き見するも、父の姿はなく、ひどく荒らされた痕跡が目に見えた。誰もいないことを確認した私は、360度、父の仕事に対する関心に導かれるようにあらゆる情報を目にする。難しそうな記載が書かれたプリント、付箋に塗れた(まみれた)分厚い書物、そしてある写真をが私に疑念を植えつけた。
* * *
結局、急用でいつの間にか家を飛び出していた父。彼は私のために大好きな牛肉弁当を買ってきてくれた。汗に額を描いていくその表情、彼は"一生懸命"を体のあらゆるサインで見せていた。でも、今はそんなことどうでもいい。私は食卓に座り込む父にあの写真を見せた。もちろん母は出産した後、すぐ亡くなっている。でも私にはこの人が母だと確信がついていた。そして両親の間に映る幼い少年が、家族の定義を崩した。
『この子、誰?』
父はさっきの優しい笑顔で振る舞っていた姿とは一変。蒼白に染まり、感情を見失った瞳を宿す。
『これは?』
『私の質問に答えて!!!!じゃないと・・・ご飯食べないから』
せっかく買ってきてくれた弁当なんか気にしない。父が何かを隠してたのなら、そっちが私の最優先。そう瞳で語りかけた。
『・・・それは・・・』
* * *
初めて明かされた真実。私には実の兄がいたこと。そして、兄さんは母を追い詰めた怪物狩りの組織に所属していること。もちろん、すぐに組織に行けば会えるはずだった。だが父の剣幕な表情と怒鳴り声が私を止めた。
”これ以上、家族を失いたくない”と。涙を見せて。
でも、このままでは行けない。このままじゃ、本当の家族になれない。そう覚悟を決めた私は、影の怪物を前に心を奪われることにした。そうすれば、兄さんに・・・母は帰って来なくとも、本当の家族が笑い合える日々へと近づけられる。そう信じて・・・
* * *
時系列は現在へ戻る。
どっちが先に動く!?俺・如月紫苑は様子を伺うも、これと言った動きを見せない。なら俺から仕掛けるか!!急に、一瞬の残像を放った後に消えた影の怪物。どこに!!俺の周囲が真っ暗になった。地面に映る影を見れば、一目瞭然。俺の背後へと瞬間移動を繰り出していた。そのことは理解していたも対応しきれず、影の怪物が俺の頭を地面に打ち付ける。歪む視界に脳内に打撃を与える攻撃。今ので体力の半分は奪われた。頭を後頭部から押さえつけられた大きな手の平に覆われる始末、同時に近寄ってくる足音。そこに握られた刀が俺へと牙を向ける。
『じゃあな!!狩人!!!!』
振り下ろす刃で、俺は死を覚悟した。ごめん、香穂。約束を守れなくて・・・
『っく!!!』
振り下ろされたはずの刃はなぜか、地面に落ち、苦しそうな声をあげている。
『何してるの?さっさと殺せよおおおお〜!!』
押さえつける影の怪物から聞こえる野太い声。ポジティブな心しか得ていない怪物は笑みと共に津熊へと語りかける。だが、襲ってくる何かで、後頭部を押さえつけられていた怪力は俺の後頭部から途端に消える。固定されていた頭をスッと持ち上げると、そこには優花の力を借りて矢を放った香穂の姿が。
『香穂!!!何を!!!』
次に視線を移した先には、手の平に貫通した鋭い矢に痛みを抱える津熊。
『助けて・・・俺を解放してくれ・・・子供なんか・・・殺したくない』
急に何を!?今更命乞いか?とは思ったが・・・この一瞬、津熊の声が二重に重なる。怯えたような声と怒りが込められた声が入り混じるように。
『なんだ!?こいつ!!!』
『まだ、くたばっていねえぞ!!紫苑!!!!』
地面から拾い上げた刃を振りかぶるも、俺は彼の相手をする余裕がない。怪物が!!優花と香穂のところへと背迫って行く。矢で撃ち放っていくも、怪物の硬質な胴体では、それほどの効果が見込めない。俺は影の怪物に噛み付くように、脚力を込めた瞬間移動で背後へと飛びかかる。
移動の加速度から得られる反動を利用するように勢いで貫通した刃。硬い皮膚もこの怪物専用の刀なら食い込む。
『ねえ?遊んでくれるの?』
ゆっくり振り向く怪物の横顔。相変わらず、笑みが絶えない様子。こいつは人の良心やポジティブな心しか吸収せず、決して良心が含まれていても、人の心を喰らう習性が変わることはないらしい。だから笑みを浮かべるサイコパスにしか見えない。俺はその都合のよさに怒りを込めるべく、もっと深く食い込ませる刃。しかし、俺の身体を掴む怪物の厚い手で、”ブン!!”と野球ボール並みに投げ飛ばされる。
『兄さん!!!!!!!!』
香穂の声が微かに聞こえるも、そのまま身はコンクリートの壁に激突。完全に意識は途絶えた。
* * *
『香穂ちゃん!!急いでこの場を離れないと!!!』
『でも、兄さんが!!!』
『危ない!!!』
振りかぶってくる怪物の拳をかわすように伏せた身で、なんと躱す。図体が大きい分、小さい物陰に隠れた私たちには気づいていない。
過去にも対面したことある影の怪物。でも、今回のは訳が違う。これほど凶暴なのは初めてだ。でも、影の怪物は坂口くんが封印したんでしょ!!なんで、仮面集団の彼らはこの怪物たちを!!
私は瓦礫の中にある空間で、怪物の弱点にフォーカスした。
考えるのよ!!岡本優花!!!!そう自分に言い聞かせる。
もしかして、自ら生成をしてる!?・・・ってことは、彼を止めるには・・・私は思わず、香穂ちゃんと目を合わせた。
『優花姉ちゃん・・・』
『いい?香穂ちゃん!!この戦いを終わらせるには、あなたの力次第なの!!』
『え・・・』
『弓で戦うのもいいけど、あなたが何で戦うかは、その心なの!!その心で男の人を助けてあげて!!!』
『でも、私にできるかどうか・・・』
私は最後の手綱を託すように、香穂ちゃんの両肩に掴みかかった。
『香穂ちゃんならできる!!!できる!!!・・・影の怪物は私が引きつけるから!!頼んだよ!!!香穂ちゃん!!!』
彼女ならできる!!!私はそう唱えるように言い聞かせた後に、物陰から姿を現した。もちろん、物陰から走っていく私が視界に入ったのか、笑みを見せた影の怪物はあっという間に迫り来る。図体が大きいぶん、小回りが効かないはず。それを信じて、私は瓦礫の山や破損した障害物の中へと潜っていく。読み通り、相手はこれ以上突っ込めない。同時に急な方向転換には対応が鈍い。それは一直線に走っていた胴体が突如、スライディング状態で転げる様で確信した。意外と繊細みたい。だが、怪物も馬鹿じゃない。先回りするように加速したその身は、出口で待ち構える。なら別ルートで瓦礫のトンネルを潜っていく。それを繰り返す。
* * *
私になんて・・・できるはずない。いや、何を言っているの!!私(香穂)!!!兄さんや優花姉さんは託したんだ。私にできると・・・遠くで激しい爆撃音が聞こえる。きっと姉さんが囮に・・・早く止めないと。やっと重い重い脚が1歩1歩動き出した。そして加速していく私は、あの男の人・津熊へと駆け寄っていく。
『なんだ!!!お前!!!!』
迫り来る私に対応しきれないのか刀を握った左手を突き出す。刀にビビった?いや、私はそのまま宙を舞うように地面を蹴りつけた。その勢いでジャンプした身体は、男の人と同じ目線へとたどり着く。そして額が触れるように頭を突き出した。
『いっけええええええええええええ!!!!!!』
そのまま彼の額と心臓へと手を当てるように触れた瞬間、強烈な光を刻む電気が駆け巡る。次の瞬間、雷の線が男の人に直撃するように空から降り落ちる。凄ましい落下音と共に。
前のめりで突っかかった勢いで、彼の上に乗り掛かる私の身。警戒を込めるべく、瞬時に距離を取る。
『ううっ・・・』
苦しそうに起き上がる胴体。頭に刺激が走ったのか額を強く押さえつける津熊の手が見える。
『俺は・・・何を・・・』
『あなた・・・が津熊先生なの?』
私はさっきと明らかに雰囲気も様子も異なることから、声をかけてみた。その津熊という男は初対面のようにキョトンとした素顔を見せる。
『君は・・・』
* * *
『香穂ちゃんがやったんだ!!成功したんだ!!!』
微かにだが。瓦礫の隙間から見える影の怪物の力が弱まったように、痺れの反応を見せる。あとは紫苑がとどめを刺せば!!!
『紫苑!!!』
目の前に見えてきた紫苑。でも気絶したままで私・岡本優花の声に反応を示さない。これはやばい!!!じゃあ、他の仲間を呼ばないと!!!でも体力的にも限界がある。その限界に達した時、瓦礫の隙間から伸びてくる手が、私の身体に掴みかかる。
『キャ!!』
勢いよく引っ張られる身体に瓦礫の外側へ引っ張られた私。高らかに優勝を勝ち誇るべく、拳を挙げる影の怪物。やっぱり、笑みをこぼし続けるこの怪物。やっぱり、嫌いだ。
『お前らなんか、地獄に堕ちればいい!!!!』
だが、ただ笑みばかり。そんな筋肉ある手は、何者かによって斬り取られる。風のように振りかぶる何か。そして斬り込みから見える線からは白い塵と成り代わり、上空へと昇っていく。その鋭い白い線は腕へと登り、肩へ、そして頸まで斬り刻む。そしてやっと見せた人影。最後のトドメを示すように構えた刀と紫苑の横顔。
『紫苑!!!』
『チェックメイトだ!!!』
そんな彼の一言で、影の怪物の首を断ち切った。
* * *
はあ・・・はあ・・・はあ・・・
『ナイス陽動!!優花!!!』
『もしかして倒れてるフリしてたの?』
『気絶してたのは本当。だが優花だけが動けるという情報を怪物に教え込んで、トドメのチャンスを狙ってたのも事実だ』
『じゃあ、ナイストドメ!!』
そう優花は拳を俺の前に突きつける。俺は、彼女の拳に応えるように自分の拳も差し出した。
『香穂は?』
『そうだ、急がないと!!!』
* * *
『俺は復讐をしようとしてたんだ!!それ自体は間違っていない!!!』
手に握られていた津熊の刀は、地べたで屈する貴島裕平へと向けられる。だが、香穂はその彼を必死に止めようとする。
『息子さんはきっと誇りに思わないよ。今のあなたの姿を・・・』
『え・・・』
『奥さんも・・・だって、どこを褒めればいいの?今のあなたを・・・』
『え・・・自分のため・・・だった?』
『そう・・・復讐は自分の無念を晴らすため。それを理解してるから、私の父さんは怪物狩りの組織に復讐をしなかった』
『うっ・・・うっ・・・』
俺と優花が出る番じゃない。俺はそう遠目で、香穂がなし得る解決方法を見守った。泣き崩れる津熊に寄り添うべく、触れる香穂の手。香穂は今までの苦痛を解き放つように津熊を抱擁する。心で彼の復讐を終わらせたんだ。津熊も、思わずその優しさにすがるように、香穂を抱きしめる。
『君のいう通りだ・・・ありがとう』
これで終わった・・・
え・・・
『っく!!!』『うっ!!!』
ハッピーエンドを迎えるはずのフレームは、貴島裕平の突き出す刀で一変。その突き出した刀は、香穂と津熊の腹部を貫通していた。同時に、二人の身体から滴る血の海。
香穂・・・香穂・・・深く突き刺さる刃。それも貴島雄平が背後から二人を・・・大事な家族に刃を突き出されたショックはこの数秒間で、全身の怒りへ、貴島裕平へと向けられた。
『貴島あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
甘かった。俺の判断が・・・俺はすぐに刀を握る手を引き剥がし、思い切り胸ぐらに掴みかかり、何度も何度も貴島に拳をぶつけた。
『何しやがる!!!』
『紫苑!!!』
優花の声なんて届かない。結局、俺は同じことを繰り返すんだ。全身を駆け巡る血管の筋が破裂する激しさで拳を貴島の頬へと打ち込む。何度も何度も・・・2、3発で顔が腫れ上がるほどに・・・
『もうやめてくれ!!!紫苑!!!!俺は・・・貴島・・・裕平じゃないんだ・・・』
『ふざけたことを!!!お前の顔は見たことがある!!!』
『俺は師匠の島谷 柊乃介だ!!本物の貴島に脅されて、なりすましてるんだよ』
『くそが!!!』
『本当だ!!なり済ますために整形手術を!!!ほら!!これが証拠の跡だ!!!』
そう耳の裏には確かに、手術後の縫った跡が・・・
『だから、恨むなら貴島裕平を恨んでくれ!!もう嫌なんだ!!誰かの代わりに殺されかけるのは・・・』
『アンタには、失望した。』
その後にお見舞いした拳で、完全に気絶させた。
最後の最後に替え玉って・・・相変わらず卑劣なやつだな。本物の貴島裕平。
『ねえ!!香穂!!しっかりして!!!』
優花のこれほどにもない叫び声に、俺は我へと返る。振り返った先には、身体に突き刺さる刀で乱れた呼吸と意識朦朧とさせる瞳が事態の重さを物語る。
『優花!!急いで救急車を!!!』
『もう呼んだ!!!』
気づけば、俺は震えた声で香穂のそばへと膝を付く。
『なあ・・・香穂。もうすぐしたら救急車来るから、しっかりして・・・』
『はあ・・・はあ・・・・はあ・・・兄さん』
額から溢れて行く汗は高熱を引き起こす様と似てる。体が刃の介入で異常をきたしていることを目にするだけで、俺の瞳からは涙が・・・必死に声に出す香穂へと耳を近づける。一瞬の掠れ声も聞き落とさないように。これが俺にできることだと!!!
『兄さん・・・に・・・は・・・しなきゃいけな・・・い・・・ことがあるん・・・でしょ?私・・・は大丈夫。早く悪者・・・・退治しに行って・・・』
『もういい!!喋るな!!!』
一言一言で乱れる呼吸。それが一文字呟いただけで、さらなる乱れを引き起こすように。
『香穂のいう通りにして!!!紫苑!!!!後は私に任せて!!!』
優花も鋭い眼差しと口調で俺をさらに後押しした。
* * *
俺と桐島慎也で怪物狩り組織の本部に乗り込む。これが俺の次の作戦だ。
桐島を呼びに行くと、瑛太の背中には気を失った美佐枝が。とりあえず、彼女の暴走は抑えられた様子。
『僕は・・・美佐枝さんの様子を見るよ。また暴れないように・・・』
『わかった・・・じゃあ、慎也。行くぞ!!貴島裕平のいる本部へ』




