如月紫苑 -復讐を終える男の物語- 2話
空いた教室は、静かな空間。テスト期間中ということもあり、学校に残る生徒はほぼいない。いるとしたら、訳ありの生徒ぐらいだろう。だが、影が多く強調される教室に、土下座して座り込む女子生徒の姿がそこには、あった。女子生徒の悲痛な声はクシャッとした表情に、木面の床に溢れる一粒の涙が映っていた。
『ごめんなさい!!!ごめんなさい!!!』
身震いしながらも、必死に謝る彼女の目の前に、足を組んだ姿勢で、澄んだ表情を見せる男性の姿があった。服装を見る限り、制服ではないことから、教師といったところだろう。そんな彼は、彼女の前でゆっくり腰を下ろし、彼女に顔をあげるように命令する。
『人は一度不幸になった方がいい。特に君のような人は』
教師は、女子生徒の顎に上げさせるよう、手を添えるが、彼女の瞳には数多の涙粒が溢れるばかり。また教師の手にも伝わるであろう震えの感触が手の皮膚へと伝わらせる。
『この世界は、真っ白ではいられないんだよ。それを思い知ったなら、俺の仲間となれ』
次の瞬間、何かを抉るような音とともに、彼女の乱れた呼吸の音は静止した。
* * *
『気分の方はどうだ?』
病室の扉を開けて、入っていく医師の後をついていく。あいにく、歩くと腹部の痛みが振動するから、眼鏡小僧に車椅子を引いてもらっている。眼鏡小僧というのもあれだから、名前で呼んでやろう。こいつの名は、山﨑(やまさき) 瑛太。 前にいじめから助けたことで、知り合う仲となった。そんな彼の誘導により、連れてこられたのは、医師に治療してほしいと言われた少女の病室。男性医師が私の前から退いた先に映るのは、隙間風から靡かせた紺色の髪に、静かな瞳を宿した少女だった。
『お前の助けになれる人に来てもらった。彼に対し、どこがどう悪いのか教えてあげなさい』
父である男性医師から、あらかじめ話を聞いた。たまに暴走することから、両手は、頑丈な紐で拘束されている。もちろん、自分の娘だ。その辛さは、彼の目に光る一筋の涙でわかった。
『すいません。私は次の患者をみないといけないので、これで失礼する』
そう、悲しみを引きずるように、彼はその病室から離れていった。
* * *
『あなたは?』
静かかつ半目開きな視線と合った俺は、少し怖気付いた。殺す以外で、被害者を助けるなんて・・・武器を持たずに、素手で戦うようなもんだぞ。そう思いながらも、、改めて症状を聞いてみることにした。
『俺は、怪物狩りの組織に所属していた如月 紫苑だ。君のことを頼まれてな。できれば、どんな気分なのか詳しく教えてもれないか?』
そう、単刀直入にきくも、少女はまた外の光が照らす光景に目を向けた。
『なあ・・・君に聞いてるんだが!』
『話す前に、シャワー浴びてきて・・・』
『な、なんで!?』
『お兄さん、臭い』
まただ、好きな相手に言われた後は、ガキに言われたぞ。この生意気な!!と殴りそうになるが、とりあえず彼女の言うとおり、シャワーを浴びることにした。
* * *
俺は再び、少女のとこに戻ってきた。
『ほら、シャワー浴びてきたぞ。シャンプーも2、3回はしたから』
と、俺がまだ喋ってる最中に、口調が強めな言葉が返ってきた。
『口!』
『は!?』
『口も臭い。歯磨いてきて』
また殴りそうになるも、感情は抑えた。眉間のしわは寄っていただろうがな。
* * *
『ほら!!歯も、磨いてきたぞ!!』
今度は、反撃するかのように張り上げた声を出すも・・・
『ヒゲも!!剃れ!!!』
と言われた。
* * *
『髪型も、ちゃんとして!』
少女に拒絶されるたびに、手伝いに行く山﨑 瑛太も微笑しているように見える。クソ!!俺のことを揶揄いやがって。そう思いながらも、俺は少女の病室へと戻ってきた。
* * *
『紫苑さん。めっちゃ爽やか青年じゃないですか!!!』
もはや、少女の拒絶により繰り返された行動で、あの眼鏡小僧の瑛太も感心した瞳を見せていた。怒りのあまり、拳を突き出しそうになるが、気付かないうちに撮影されていた写真をよく見ると、あの頃に戻ったような容姿を放っていた。なんか悪くない。そう思えば、荒れていた精神も落ち着いてきた。彼女の態度は気に食わないが、彼女のきつい言葉が俺を本来のあるべき姿に戻してくれたみたいだ。その感謝を伝えようとするも、口籠る。
『あ、、あり、、、できるだけのことはしたぞ』
『・・・そ』
相変わらず、冷たい態度。顔の向きと視線は、明るく照らす外の風景だった。
『外ばかり見てても、何も変わらないぞ』
『そうだね』
『お前、名前は?』
『三浦 香穂・・・』
やっと進展した会話。それから、彼女の身に起きている症状を、香穂の口から聞き出した。彼女の父である医師から症状は聞いていたものも、本人の口から聞き出す方がより具体的だった。このことを、師匠に伝えねば。そう、俺は彼女の病室から出たとき思った。
『なあ、瑛太』
『うん?』
『俺をエントランスまで連れてってくれ。あと、タクシーを。寄りたいところがある』
* * *
ピンポーン。そう高く鳴るメロディーが、和風な一軒家に響かせる。まるで実家に帰ってきたような雰囲気でもあり、歴史ある建物を守ってきた高齢者が住んでいるようにも見える。そう、瑛太の目は語っていた。引き戸を滑らせるように引くと、しゃがれた声と共に人影が現れた。
『どちらさん?』
『お久しぶりです。如月紫苑です。少し話をしたくて・・・』
俺の声に、導かれるように顔を出したその男、その人物こそ俺の師匠である島谷 柊乃介。個人的には、師匠っぽい名前だと思う。久しぶりに見ると、顔のパーツが特徴として浮かんで読み取れる。ほうれい線が唇の両橋を濃く刻み、短髪な白髪で、丸く描かれた顔の輪郭。そんな彼は、俺の車椅子姿に驚いた様子を示していた。
『どうしたんだ?』
『そのことも含めて・・・』
* * *
時代を感じさせると同時に色鮮やかな木目を描く和室が、心落ち着かせる。そんな気持ちに浸りながらも、畳の上に敷かれた座布団に深く腰をおろす。横に正座をする瑛太と正面で、お茶を作法通りに飲む師匠の姿。紺色の着物がまた、似合うなと思いつつ、"再会の感動はこれくらいに”と自分の気持ちに区切りをつける。
『で、話とは?』
お茶のお碗を机にそっと置くと同時に放った一言。俺はそれで今回の件を突きつけることに。
『実は、まだ影の怪物がこの世に存在している可能性が濃厚になったんです』
その言葉に見開いた表情を見せたのは、当然。何せ、封印された怪物がこの世にまた現れたということになるのだから。
『何と!!』
『あの呪われたような屍に黄色い瞳。そして突然襲いかかるあの現象。全て私が怪物に遭遇した時の経験と一致しました』
『それだけで?説得力があるような、ないような・・・いや、ないか』
そんなことをボソボソと呟く瑛太に、威圧の視線を突きつける。無論、彼は相手に対抗するほどのメンタルはない。
彼はそのまま、何事もなかったように障子へと目を向ける。瑛太が黙ったことを機に、意識は本題へと戻した。
『あと・・・聞きたいことがあるんですが・・・』
『何だ?』
『影の怪物に心を奪われた人の治療法とかってあるんですか?』
そう問いを投げかけた時、少し眉がピクッと動いたかのように見えたが、師匠は”治療方法はない”と単刀直入に突きつけた。
『じゃあ、どうしろっていうんですか?私が任された被害者なんて、まだ子供なんですよ』
『なんだ?いきなり罪悪感を抱いてるのか?』
『だって!!今では、心を奪われた人の処罰なんて許されない!犯罪と同じ扱いですよ!!』
『私が警察と政府に話をつける!!だから、そのことは心配するな!!』
子供、法。あらゆる言葉を並べても、師匠は端的に答えを突き出した。
『悪いが、紫苑。私は実際に見ていない。・・・だから今回の話が本当なのか確かめるためにも、その一件を調査する必要がある』
『はい・・・』
『紫苑、お前は過去、怪物狩りの組織に所属していた仲間たちを集めろ!できるだけ多くの仲間を呼び戻すんだ』
『はい・・・』
どうしてだ・・・何か師匠のやり方に引っかかる。たぶん、治療法の可能性を考慮せずに、突きつけられたせいだろうか。まあ、今回の件について詳しく知るためにも、師匠の指示通りに動くしかない。そう立ち上がった。
* * *
『今度はどこ行くんですか?』
タクシーの中で、そう聞いてくる瑛太の間抜け顔に少しイラッときた。
『お前聞いてたか?仲間を集めに行くんだよ!』
『ああ、そういえば言ってましたね!!』
天然なのか、バカなのか、、頭を抱え込むと同時にため息が溢れる。俺の神経を保つためにも、外の風景に意識を集中させる。それにしても、さっきから変だ。運転が下手とは言えないレベルで車体が左右に揺られている。最初はタクシー運転手の癖かと思いきや、そのレベルでは説明できないくらい不自然な運転を繰り返す。
『なあ、運転手さん!!大丈夫ですか?』
おじいさん年齢の運転手にも聞こえる声量と肩を軽く叩く動作で、相手の様子を伺った。だが、反応が鈍い。そう思った瞬間、二重に重なる声が返ってきた。
『悪く・・・思わないでくださいね!!これは私の復讐ですから!!!』
『は!?』
その言葉と共に、アクセルを踏み込んだ勢いで、背中は座席のシートまで引っ張られた。勢いよく加速していくスピード。あまりの怖さに瑛太は、窓の上に取り付けられたグリップに掴まるばかり。必死な表情で恐怖と闘っている様子だ。
『おい!!運転手!!!』
何とか、上体を前へハンドルを握る手元まで近づこうと試みるが、運転手の振り払う勢いで俺の手は弾かれた。クソ!!このままじゃ!!!その時に、凄まじい風が車内へと入り込む。それは光と同化していて、見えなかった。だが、次の瞬間、車体は縦に真っ二つ。後部座席にいる俺と瑛太を引き裂くように、裂けた車体は分解していく。スピードの勢いは収まることなく、そのまま頭を揺さぶる勢いで何回転も繰り返した。地面と打ち付けられるたびに車と俺へのダメージは大きくなる。割れるガラスに、凹んだ一部のパーツ。
激しいジェットコースターが終わったかと思えば、俺は逆さに釣りあげられていた。必死に、シートベルトを外そうとするも、あまりの硬さに引っこ抜けない。そう思った瞬間、シートベルトが描いた線を切るように、刃が入り込むことで、そのまま、地面に頭を打ち付ける。
『いって・・・』
『久しぶりだな。旧友。』
俺の目の前に見えるのは、細い足に黒のブーツ。そして足の横から生えて見える剣先が視界に映った。慌てて、正体を確認すべく、上体を水平に戻していく。そこには、怪物狩りの組織に所属していた仲間の一人で、一番親しかった親友、北村 勝司が俺の目をまっすぐ見ていた。




