1日ゆるふわ監禁
「能登への誕生日プレゼントの相談?」
「そう。ほらあたし、彼氏に誕生日とかにプレゼントするの初めてだし……真由美や久美子だったらそういうのわかりそうだし。あたしセンス0だから……」
あずさと真由美と久美子の3人でファミレスでお互いの恋人についてお喋りをしていた。話の内容は恋人である昴にあげる誕生日プレゼントの相談だった。今まで唯一恋人のいないあずさも去年の冬に恋人ができて、ここにいる3人全員が彼氏持ちとなった。
「あずさよりは詳しい自信はあるわね」
「いやーそれにしてもあのあずさが彼氏の誕生日プレゼントで悩む日が来ようとは。生きていると面白い事ってあるのね」
2人は楽しそうに笑う。2人にとってあずさがこのような色気づいた相談をしてくるのが面白くて仕方がなかった。
2人の知っているあずさは惚れた腫れたの話よりも同性の友達とのお喋りやショッピングを楽しむ女の子だった。彼女から積極的に恋人が欲しいという言葉を聞いたことがなかった。
そして年頃の女の子にしてはガサツで大雑把な振舞いから男子からもあまり女子扱いはされていなかった。
あずさのクラス内でのポジションは性別を感じさせない友人だった。
そんなあずさが女の子らしい相談を自分たちに持ちかけている。それだけで真由美と久美子は面白いのだ。
「能登君でしょ?だったらあずさが手料理を作ってあげたらどう?あと形に残るものも大事だからちょっと高めのペンケースとかあげたらどうかしら」
「なるほどねー」
「久美子ちょー大事な事忘れている。あずさの料理の腕は壊滅的なの忘れた?あの子がまともに作れるのは形がいびつなおにぎりくらいよ」
「真由美ひどい!あたしは確かに料理の腕は悪いけど……」
「悪いなんてものじゃないでしょ!あんたなんて1年の授業の家庭科で戦力外通告出されていたじゃない!」
「それ言われると反論できない」
真由美の言っている事は少々大げさだ。しかしあずさは料理が上手が下手かと言われれば世間一般では上手な部類ではない。
「そもそも能登だったらアンタが何をあげても喜ぶわよ。それが例えそれが道端拾ったゴミでも間違いなく喜ぶわよ」
「ゴミでもって…」
能登と呼ばれている男が話題となっているあずさの恋人である。フルネームは能登昴だ。あずさの1つ年下の後輩でとても人懐っこい青年だ。あずさを溺愛しており彼女のためならなんでもすると豪語している。
「真由美の言う通りね。能登君だったら喜びそうね。今気がついたんだけど誕生日はあずさ自身をプレゼントすればいいんじゃないかしら」
「はあ?!」
「それいいね!プレゼントは私よってやつね!多分それが1番喜ぶわね」
「真由美も久美子も他人事だと思って。とりあえず久美子のペンケースだけは参考にさせてもらう」
あずさは呆れたように会話を切る。だけど内心、彼なら喜ぶだろうと言うのもあずさにはわかった。
***
あずさは結局昴本人に会って彼自身に欲しいものを訊くことにした。サプライズは自信がない。サプライズに失敗して気まずい思いをするくらいならリクエストを聞いた方がずっといいとあずさは考えた。
昴の部屋でデートしている時にあずさは思いきって昴に質問してみた。
あずさは昴のベッドに腰掛け、隣には昴も腰掛けていた。
「ねえ昴、昴は誕生日プレゼント何がいいの?」
「先輩っ!俺にプレゼントくれるんすか?」
昴と呼ばれた長身の少年は嬉しそうに言った。目をキラキラと輝かせて見るからに喜んでいるのがあずさにもわかった。
人懐っこくて表情豊かな彼は見ていて面白いとあずさは思う。
「そりゃああげるよ。だってあたし昴からプレゼント貰ってるし。貰いっぱなしというのもダメじゃん」
「気にしなくていいっすよ!俺があげたくてあげてるんですから」
「あれを気にするなというのは無理な話じゃん」
昴は4月のあずさの誕生日に淡いピンク色のスニーカーをプレゼントしていた。ただのスニーカーだったらよかった。しかし昴があずさにプレゼントしたスニーカーは人気ブランドのスニーカーで普段あずさが履いているスニーカーよりも0が1つ多いものだった。
そしてサイズはなぜかピッタリなのが恐怖を呼び起こしたというのはあずさの心の中だけの秘密である。
そしてそのスニーカーは今もあずさが履いている。
「好きでやってるから気にしなくていいのに……でも先輩が言うならリクエストさせてもらうっすよ」
「あたしに出来ることで頼むよ」
「わかりました。じゃああずさ先輩の時間をリクエストしちゃいます!そしてその日だけは俺のお願いを聞いて欲しいっす」
「あたしにできることならいいよ。で、お願いって何?」
「引かないで欲しいんですけど……」
いつもはっきりと喋る昴だが何故か歯切れが悪い。あまり見られない昴の姿だった。
「何言っても驚かないからいいなよ」
あずさは笑って昴の肩を叩く。この男の突拍子もない行動は去年のクリスマスで嫌というほど思い知った。何を言われても驚かないつもりだった。しかし、昴から飛び出てきたのはあずさの想像を超えるものだった。
「お願いと言うのは先輩を1日俺の家で監禁したいっす」
監禁。想像していない昴の言葉にあずさの顔が硬くなる。
「監禁って何?犯人と人質ごっこみたいなやつ?昴あんたサスペンスか何かに影響されてる?」
あずさの中では誘拐犯に捕まって倉庫などの見知らぬ場所で四肢を手で結ばれた状態を想像していた。要するに人質である。
「違うっすよ。」
そう言って昴はベッドから立ち上がり本棚へと歩いて行く。そして昴は棚から1冊の本を取り出した。おそらくは漫画だろうとあずさは考える。その本の表紙には手錠を持った可愛らしい女の子が微笑んでいる。持っているものが物騒な上に背景も暗くあまり明るい漫画ではないなとあずさは判断した。
「何これ?見るからに物騒というかホラー系の漫画じゃん……あたしホラーはNGだからね!」
「違いますよ!これは恋愛漫画っすよ。しかも超純愛の感動ものっす!」
昴は力説するがあずさには到底そうとは思えない。間違いなくホラーかサスペンスかという印象だ。
「純愛か。嘘くさいなあ。昴簡単でいいから内容説明してよ」
「いいっすよ!これはですね……」
昴の話を要約したらこの漫画は愛情や独占欲を大いに拗らせた女の子がずっと好きだった男の子を閉じ込めて監禁してお世話するというものである。あずさは中身をチラッと読んだがどう見ても純愛ものには見えなかった。愛情は女の子の一方通行だったし、何よりも食事から排泄まで全て女の子にお世話されないとできないというのがあずさにとっては恐怖だった。
「俺もこうやって1日あずさ先輩につきっきりでお世話してみたいっす!」
「絶対に嫌!食事だけならともかくお風呂やトイレまで世話されるのはゴメンよ!大体あんたあたしのシモの処理できるの?」
「当たり前じゃないすか。むしろしたいくらいっす。先輩のだったら排泄物やゲロでもいけるかも……」
「本気?それはちょっと気持ち悪いよ」
恍惚とした表情で語る昴にあずさは寒気を覚える。この男は恐ろしいほどの世話したがりである。去年の秋から冬にかけてはお姫様にしてあげるという口実であの手この手であずさに尽くした。
自分を犠牲にしてまでの過剰な献身はあずさに恐れを抱かせた。そして紆余曲折を経て今の状況に落ち着いた。それでも昴が世話を焼きたがるのは変わらずだ。隙あらばあずさをかまおうとしてくる。
「それは冗談っすよ。俺先輩との思い出が欲しいんです。先輩は今3年生で受験生じゃないですか。これからはきっと今のようにはあまり会えなくなってしまいます。デートだってあまりできなくなったじゃないですか」
さっきまで明るかった昴の声が静かなものになる。笑顔もスッと消え、寂しげな表情に変わる。確かに昴に寂しい思いをさせている自覚があずさにはあった。あずさが知る限り能登昴という男は人懐っこく太陽に明るい男だが寂しがり屋でもある。付き合ってからはあずさと下校ができないだけで落ち込む様子を見せる男だった。
前は頻繁にデートも登下校もしていた。しかしあずさは受験に備えた休日の進学講習などで昴との時間が取れない日が増えていた。
「そうだね」
「だから1日だけでいい。先輩の時間を、先輩をください」
昴はいつもの明るく軽薄な話し方ではなかった。静かにそして懇願するようにあずさに言葉を向けた。
こう言われたらあずさも断ることはできない。あずさだって昴の事は好きだ。あずさ自身はそれが親愛の好きか、恋愛の好きはまだ自覚していない。昴と付き合う前までは7年間の初恋を引きずっていた。今でもその想いは残滓となってあずさの心の隅に残っている。
それでも昴が悲しい顔をするのは嫌だなと思うくらいには昴に情がある。
それに今付き合っているのは昴なのだ。恋人のお願いならできる限り叶えてあげたいとあずさは思った。
「わかったよ。昴がそういうなら1日限定であたしをあげる。プレゼントはあたし。好きな風にして。あっ、だけど恥ずかしいことや痛いことはやだよ」
「先輩嬉しいっ!!」
そう言って昴はあずさに思い切り抱きつく。大の男が思い切り抱きついたせいであずさは可愛いとはお世辞にも言えない声が出た。
「じゃあ、俺の誕生日楽しみにしてますね!ああ今からワクワクするっす」
そう言ってウキウキしながら喋る昴を見て真由美と久美子の言っていたことは間違いではないとあずさは確信した。そして彼女である自分よりも真由美たちの方が昴を理解している事にあずさは少し申し訳ないと思った。
***
あずさにとってその日はあっという間に訪れた。
午前9時にあずさと昴は約束をしていた。
時間通りにあずさはお泊まり用のボストンバッグを片手に昴の家の前に立っていた。
今日のあずさは昴のプレゼントなので1番のおしゃれをしてきた。トップスはジャストサイズのTシャツ。いつもだったら絶対に履かないカジュアルだけど女の子らしいデザインの白いショートパンツ。そして昴からもらったスニーカーだ。
あずさなりに精一杯のおしゃれである。髪の毛だって可愛らしい淡いピンクと白のドットのリボンでポニーテールにしている。ただし不器用なあずさが結んだせいか完璧と言える出来ではなかった。化粧だけは何度やってもうまくいかず妖怪のようになってしまうので早々に諦めた。
昴の家のインターホンを鳴らす。するとすぐに昴が出てきた。
「先輩〜ずっと待ってました。今日という日をずっと楽しみにして全然眠れなかったっす!今日1日よろしくお願いします」
「相変わらず大袈裟だね。今日はよろしく。そんだけ喜んでもらえると嬉しいよ。昴、お誕生日おめでとう」
「めっちゃ嬉しい!ああ、先輩のおめでとうが聞けるなんて……この一言だけで3日は飲まず食わずでいられる…」
「無理だから。飲まず食わずだと死ぬから」
「気持ちだけならいけるっす。それにしても今日の先輩も可愛いっす。Tシャツにショートパンツでカジュアルながらも女の子って感じがするし、俺のあげたスニーカー履いてくれてるのが最高!ちょっとぐしゃぐしゃなポニーテールもあずさ先輩らしくて可愛い!ポニーのリボンがプレゼントみたいで可愛い!もう可愛いすぎて閉じ込めたいくらいっすよ」
「サンキュー。可愛いしか言ってないね」
「だって可愛いんですもん〜。ほら入ってください」
昴はあずさのやる事に関して基本的に褒める事しかしない。それでも可愛いと言われるのはあずさはとても嬉しかった。だけどここまで手放しに褒められると恥ずかしくなる。赤くなった顔を見られたくなくて昴から顔を背けた。
あずさは昴に案内されて家に入る。相変わらず昴の家は綺麗だとあずさは周りを見ながら思う。床は隅っこですらほこり1つない。
そして昴の部屋へ案内される。
昴の部屋は清潔感があり多くの男子高校生と比べたら間違いなく綺麗だろう。
「先輩が来るのではりきって掃除したっす。先輩好みの映画や漫画いっぱい用意したんで今日1日監禁ライフ快適に過ごしてくださいね」
「うっうん。快適と監禁って一緒に使う言葉じゃない気がするけど……監禁なんかもっとおどろおどろしいというか刑務所の囚人みたいなの想像してた」
「大好きな先輩にそんな扱いするわけないじゃないですか。今日は先輩は何もしなくていいですからね」
「うん、わかった。あっそうだ。一応プレゼントも用意したんだ。昴が気にいるかわからないけど良かったら使ってよ」
あずさは自分の鞄をゴソゴソとして綺麗に包装された箱を昴に渡す。中身は久美子がアドバイスしたペンケースだ。
「お誕生日おめでとう、昴」
「せんぱい、どうしようおれ嬉しくて泣きそうっす。開けてもいいっすか?」
「もちろんだよ」
昴は包装紙を丁寧に剥がしていく。昴は見た目によらず几帳面で丁寧な性格をしているのだ。
包装は開けると出てきたペンケースを見て昴は嬉しいと声を上げる。その声は涙声だった。あずさからもらったプレゼントがよっぽど嬉しかったようだ。
「大事にするっす!!また宝物が増えたなあ」
「はいはい。喜んでもらえてあたしも嬉しいよ」
「一生大事にするっす。……で、ここからが本番なんすけど今日1日先輩は俺のものなんで俺のお願い聞いてほしいっす」
「それが約束だからね。もちろんいいよ」
あずさの返事を聞いた昴はまずもらったペンケースを机の引き出しにしまった。そしてクローゼットへと歩いていく。そしてハンガーにかかった白い布を抱えてあずさの元に歩み寄ってくる。
「今日の服もめっちゃ可愛いんすけど、これを着て欲しいっす。先輩に似合うと思って俺が選びました」
昴は白い布を広げる。白い布の正体は女性もののワンピースだった。
そのワンピースは膝よりも少し上の丈で所々にレースがあしらわれた上品ながらも可愛らしいデザインのワンピースだ。
あずさが前にショップを通りかかった時に気になっていたものだが、着る場所を思い浮かばず結局買わなかったものである。
「このワンピ、気になってたやつだ。ってなんで昴の誕生日なのにあんたがあたしに服用意してるの?!逆じゃん!」
「これを着た先輩を俺が見たいからいいんすよ。さあ早く着て見せてください。髪の毛もお化粧も俺に任せてください!」
昴の勢いにあずさは圧倒される。あずさは勢いに任せてオッケーと答えた。
そしてあずさは昴の言う通りにワンピースに着替えた。その際は昴には着替えを見ないように伝えた。
その後は乱れていたポニーテールが昴の手によって整えられて薄く化粧も施される。
「こういった女の子っぽい格好は落ち着かないなあ」
「似合ってますよ。だけどまだ仕上げが残ってますよ。先輩両手を出して」
「わかった」
あずさが両手を出すと昴は白いレースのリボンであずさの両手首を結んだ。そしてベッドの上に乗るように言われる。そして両足首も手首と同じリボンで結ばれる。
「何これ?!」
「監禁には手錠や足枷はつきものじゃないっすか。本物用意できないんでこれが代わりっす。せっかくの1日なんだからいいでしょう?」
「監禁ってジョークじゃなかったんだね。わかったよ」
それから2人はおしゃべりをしたり、好きな漫画を読んで時間を過ごした。あずさが漫画を読むときだけ手のリボンは外された。そして漫画を読み終えると再びリボンが手首に結ばれる。
お昼時になると昴がご飯作ってきますと言って部屋を出て行こうとした。
「ご飯作ってくるので先輩はいい子で待っててくださいね。リボン外しちゃダメっすよ」
「わかったよ」
そして昴は30分ほどで戻ってきた。
昴は紺色の無地のエプロンをつけて両手でトレイを持っていた。
昴が持っていたトレイにはオムライスが2つのっていた。そして用意してあった卓上テーブルにトレイを置いた。
「先輩、今日のお昼はオムライスっすよ。俺の手作り、頑張ったから食べて欲しいっす」
「美味しそうって……って何これ!」
「何ってオムライスにハートを描くのは普通じゃないっすか」
昴が言うようにあずさの分のオムライスだけケチャップでハートマークが描かれていた。そしてあずさは足りないものが1つある事に気がついた。
「昴、スプーンは?」
オムライスは間違いなく2つあるのに何故かスプーンが1つしかない。
「スプーン?そんなの要りませんよ。今日は俺がぜーんぶアーンして食べさせてあげるっす」
「はあああ?本気で言ってるの?」
「本気の本気っすよ。今日先輩は監禁されているんですから拒否権はないっす」
「うう、わかった。でも絶対恥ずかしいやつだ」
昴は洋服が汚れるといけないからと言って自分のつけていたエプロンを外してあずさにつける。
そしてスプーンをあずさの口元に持ってくる。あずさは恥ずかしそうに顔を赤らめて口を開ける。
「先輩照れちゃって可愛い〜えへへ俺今サイコーに幸せっす」
「あたしは死ぬほど恥ずかしいんだけど」
「どうっすか?」
「美味しい。ふわふわトロトロの卵とチキンライスの組み合わせが最高」
オムライスはあずさの好みそのものだった。卵は半熟でふわふわのトロトロで中身のライスもあずさが1番好きな鶏肉入りのケチャップライスだった。
結局あずさは自分の手でオムライスを食べる事はなかった。それどころか昴がスプーンに乗せるオムライスの量を減らし始めて食べ終わるまで相当時間がかかった。
食事を終えると昴はトレイに空いたお皿をのせて再び部屋を出て行った。そしてあずさにつけていたエプロンも外される。
昴が退出してから尿意があずさを襲った。しかし、手と足はレースのリボンで固く結ばれており身動きは出来なかった。
あずさは大声で昴を呼んだ。
「昴、トイレに行きたいからリボン解いてよ。お願い!!」
あずさの声を聞きつけた昴が部屋に入ってくる。
「先輩おトイレ行きたいんすか?わかりましたよ」
昴はあずさを横抱きにした。世間で言われているお姫様抱っこというやつだ。突然の昴の行動にあずさは驚く。そしてあずさは体をジタバタさせる。
「ちょっと待って」
「先輩暴れないで先輩の事落としちゃう」
「いやいやいや。足と手のリボン外すだけでいいでしょう?なんで姫抱きなの?あたし重いから恥ずかしいんだけど」
「ぜーんぜん重くないっすよ。むしろこんなことできるのは今日だけだから先輩は諦めてください」
「そんなあああ」
そしてトイレまで連れて行かれたあずさは昴に降ろされ、手と足のリボンが解かれる。
そして用を足したあずさは再びリボンで手足を拘束され、横抱きで昴の部屋に連れて行かれた。
あずさは行動の一つ一つが昴に主導権を握られているのが落ち着かなかった。食事をするのも排泄をするのも昴の手を借りなくてはいけない。とんでもない羞恥プレイだ。昴のお願いで衣食住を全て昴に頼っているがこれは行動を全て奪う形の支配にしか感じられなかった。あずさと昴はごっこなので今日限りの出来事だが、これが毎日続くと考えるとゾッとする。
「せんぱーい、難しい顔どうしたんすか?」
「ううん、なんでもないよ」
あずさが考え事をしていた間にいつの間にか部屋についていた。再びあずさはベッドに降ろされる。
その後は昴が一緒に借りてきた映画を見たいと言い出したので映画を見ることにする。
幸い昴の部屋に小さいがテレビはあったのでリビングまで抱っこで連れて行かれる事はなかった。昴はリビングの大きいテレビの方がいいのではと言ったが恥ずかしいのであずさは部屋のテレビでいいと主張したのだ。
「先輩、飲み物なにがいいっすか?後、なにかおやつ持ってきますか?」
「水でいいよ。おやつはいらない。ありがとう」
極力あずさはものを口に入れたくなかった。トイレに行く回数を少しでも減らしたかった。トイレに行くだけでお姫様抱っこで移動するのは勘弁してほしいと思ったのだ。
昴が見たいと言った映画はホラーだった。最悪だとあずさは思う。あずさはホラー映画が大の苦手である。特に血が飛び出たり人間の死体が転がるスプラッタものは音すら聞きたくなかった。
あずさにとってついていたのは昴が用意したホラーはそこまで血が飛び散ったりせず、あずさもなんとか見ることができるような内容だった。
それでも怖いので映画が始まるとあずさは昴にぴったりとくっつく。
おそらくこれを期待して昴はワザとホラー映画をチョイスしたのだろう。
「先輩からこうやってくっついてくれるなんて役得っす」
「ばか。これが狙いでホラー選んだの見え見えなんだから」
「バレてましたか」
「バレバレだよ!!」
映画の内容は亡くなった女の幽霊が成仏できずにずっと恋人の男を見守っているという映画だった。そして男を守って最後には黒幕と相討ちになるというものだ。黒幕も幽霊で主人公の男に惚れていた。愛しているから死の世界へと誘うために怪奇現象を起こしていたという設定だ。確かにハッピーエンドだしホラーというよりは恋愛映画の側面が強かった。
しかしそれでもあずさにとっては十分に怖かった。まず死んでからヒロインが成仏できずにずっとそばにいるのが怖い。そして日常生活を全て観察されているというだけで震えがとまらない。
そして黒幕の女が愛しているからという理由で怪奇現象で主人公を追い詰めるのも怖かった。夢の中でずっと愛を囁かれ続けて、さらに目が覚めたら全身に覚えのないキスマークが刻み付けられているとか自分だったら発狂するなとあずさは思った。
それから時間はあっという間に過ぎていった。夕食も同じく全て昴にあーんと食べさせてもらう形だった。
そして夕食を終えてお風呂に入ろうとなってからもあずさに自由はなかった。
身動きができないので昴に抱っこされて脱衣所まで連れてこられる。そしてそこでやっとリボンを解かれる。昴は最初一緒に入ろうと言ってきたがそれだけはあずさはお断りをした。初心なあずさにとっては家族以外の異性とお風呂に入るというのはあまりにもハードルが高すぎたのだ。
顔を真っ赤にして必死で拒むあずさを見て昴もすぐに引いた。
「先輩とのお風呂はまた今度にするっす。恥ずかしがり屋さんの先輩も好きっすよ。これ先輩のパジャマっす。姉貴のお下がりっすけどサイズは合っているはずっす」
「ありがとう」
「じゃあ先輩戻りましょうか」
あずさは昴に横抱きにされて昴の自室へと連れて行かれる。
その後は拘束も何もなかった。しかし昴の膝の上に乗せられた。昴はずっと愛おしそうにあずさに密着していた。
「1日終わっちゃいましたね。先輩の事監禁できて幸せでした」
「見てたら嫌でもわかるよ。でもあたしはもう絶対に嫌。今日1日くらいならいいけどこんなの毎日されていたら自分がなにもできなくなりそうで怖くて仕方ないよ」
あずさは困ったように笑う。昴だから今日1日我慢できたが他の人間だったら間違いなく恥ずかしさで憤死していたとあずさは思う。
「先輩らしいっすね。だけど俺はそれでもいいっすよ。好きな子だったら俺が何でもしてあげたいですし」
「昴の馬鹿!!大切にしたいからこそおんぶに抱っこは嫌なの。あたしは支え合っていきたいの!!どっちかがどっちかに寄りかかるだけの関係なんて嫌!」
「真面目っすね。だけどそんな先輩が俺は大好きっす。もうそろそろ寝る時間っすね。明日が来なければいいのに」
「そんな事言わないの。明日より先の未来に今日以上のいいことがあるかもしれないじゃない!」
「ハハ、先輩らしいっす。先輩のそういう考え方好きっすよ。じゃあ先輩おやすみなさい」
「おやすみ。昴」
あずさは昴のベッドに、そして昴は床に敷いた来客用の布団に横になった。
最初はあずさが布団を使うと言ったのだが、昴は先輩を床に寝かせるわけにはいかないと強く言い張った。結局昴の押しに負けたあずさがベッドを使うことになったのだ。
電気を消して30分もすればあずさは深い眠りに落ちていった。
その様子を昴は布団から起き上がりじっと見つめている。
すうすうと寝息をたてるあずさを見る昴の目はとても優しいものだった。
この人は本当に無防備だと思う。自分が突然襲い掛かるとか考えやしないのだろうか。だけどそんな素直で無防備なあずさのことが昴は大好きだ。
昴はそんなあずさに絶対に嫌われたくない。だから本当ならば襲ってしまいたいのを我慢する。自分は特別な人間ではないと昴は認識している。どこにでもいるただの人間、だからこそ彼女に嫌われないように彼女に好かれるように、いつか一緒に歩む未来のために努力していくしかないと思っている。
「本当にでぎだらえんだげどなあ。でも俺は普通の高校生だし。でぎるわげねぁが。本当閉じ込めでゃぐれぁ大好ぎなのに。そして先輩は俺なしでは何もでぎねぐなってしまえばえのにな。先輩わり、俺先輩絡むどおがしくなってしまう。愛してらよ、あずさ先輩」
1人だから本来の秋田弁で昴は呟く。あずさといる時は極力喋らないようにしている。あずさは方言に悪いイメージを持っていない。だけど独特の言い回しのせいで話が噛み合わない事もあるし、普段標準語で話しているからそれが癖になっているのだ。
明日になってしまえばこの幸せな時間は終わりを告げて日常に戻ってしまう。明日が来なければいいのに、ずっと今日という日が続けばいいのにと思う。だけどそんな都合のいいことはありえないのだ。そんな事は昴自身が1番よくわかっているのだ。
そして何よりも1番愛おしい人であるあずさが未来を望んでいるのだ。あずさが言うような『今日よりも幸せな日』が本当に来るのだろうかと不安に思う。だけどあずさとならばもっといい日が来るかもしれないと期待したい気持ちも昴にはある。
あずさへの想いを込めて昴は彼女の唇に静かに口づけをした。
おまけ
数年後役所に籍を入れた後の2人
「うう、俺生きていてよかったあああ。あずささんと結婚する日が来るなんて思ってなかったあ」
「ったく泣かないでよ、昴。あたしもびっくりしてるよ。籍入れるだけでこんな緊張すると思わなかった」
「これであずささんは信濃じゃなくて能登になったんだよね」
「そうだよ。信濃あずさじゃなくて能登あずさになったの」
「えへへ。能登あずさ……最高の響きだなあ。あずささん、結婚式は盛大にあげよう!ゴンドラだけは譲れないから!」
「ゴンドラは勘弁してよね」