日本と鮫の関わり
羊の獣人少女ラムの身の上話を聞いて、お互いのおおよその人(鮫)となりを知り若干打ち解けた3人(2人と1匹)だった。
現状で唯一味方と呼べる二人の素性を確かめ、一息ついたところで鮫は今後の身の振り方を考え始めていた。転生したばかりの鮫にとって、この世界での生活は未知数だ。当面はアミが面倒を見てくれると言っているが、彼女に借りを作るとなし崩し的に主導権を握られるのは目に見えているので、それはできるだけ避けたいと思っていた。そうなると彼女の夢である鮫帝国建国に協力させられるのは自明の理である。鮫は国造りには興味がないし、突飛な話に乗り気ではないので彼女への依存度を極力下げたいと思っているのだった。しかし彼女の夢の実現のための中核を担う鮫は、この世界においてドラゴンと同程度の希少種である。こと鮫関連となると狂信的になり、自他の生命さえ犠牲にすることを厭わない彼女が、邪神フカイラムの奸計とは言え転がり込んだチャンスを見逃すはずが無いのだ。
鮫としてはアミとの関係を断つか彼女の夢を諦めさせるかしない限り、いずれ向かい合わなければならない問題ではある。しかし鮫映画フリークを自称する彼女は希少種で情報がないはずの鮫の弱点になぜか精通しており、先だって逃げようとした際には投げ飛ばされて捕縛された実績がある。なので正面切っての逃亡は難しいだろうと考えていた。また自身だけであれば海底に逃げる選択肢があったかもしれないが、今は獣人の少女ラムを保護下に置いているためそれもかなわない。そうでなくともこの世界に関してほとんど何もわからない現状では、『エルフの姫』というおそらく相当強い立場にある彼女の機嫌を損ねるのは得策ではない。そして歯に衣着せずに言ってしまうと、まぎれもなく怪物そのものである巨大鮫にとって、普通に会話の出来る存在がいるだけで正直救われているのも事実だった。
アミに頼る事で発生するデメリットを考慮しつつも、総合的に判断してラムともどもしばらくは彼女の世話になろうと腹をくくる鮫だった。
そもそもこの世界に転生する前の鮫が人間社会に入り込み、ブラックとは言え企業で働いていたこと自体異常なのだが、そこは異様に鮫好きかつその場のノリで生きる人間が多い日本という国の特異性ゆえであった。日本人が鮫好きなのには様々な理由が考えられるが、鮫界隈で議論される有力説の1つを紹介しよう。
日本は四方を海洋に囲まれた島国であるため太古の時代からずっと海と共に生きてきた。そんな民族性から発生したアメニズム的な日本神話には、海の神として和邇|(一説では鮫とされているが、想像上の怪物とも言われており諸説ある)が数多く登場しており、神話の時代から日本人が鮫に興味津々だったことが見て取れる。一例として若かりし頃の大国主命が鮫を怒らせて皮を剥がされた兎を助ける話、いわゆる因幡の素兎がある。
鮫義務教育レベルの話ではあるが、復習の意味を込めてここに因幡の素兎のざっくりとしたあらすじを示しておこう。
海を渡りたい兎が鮫を騙して一列に整列させて頭の上を踏み台にするという話であるが、騙されたと知って怒った鮫はいたずら兎の全身の皮を剥がしてしまう。その後兎の怪我を癒す知識を持つ優しく大らかな大穴牟遅神(大国主命の若いころの名)と、怪我を癒す知識を持たずむしろ悪化する方法を教えてしまう粗暴な彼の兄達(八十神)との対比が描かれるのだが、鮫の話から脱線するのであらすじは以上とする。
物語の前半部分は鮫の恐ろしさを端的に表しているが、兎にまんまと騙されて踏み台にされる様子はどこか愛嬌があり、ただの悪役ではないキャラクターとしての魅力を感じるのではないだろうか。日本人が古来より鮫に対して恐れを抱きつつも、付き合い方を間違えなければ悪さをしない特性に気が付いていたことが見て取れる逸話である。
因幡の素兎以外にも神武天皇の祖父母に関わるエピソードには和邇が多数登場し、日本という国が出来上がる過程に鮫がフカく関わっているのだが、長くなるので今回はこの辺にしておこう。
簡単にまとめると日本人が鮫好きなのは環境要因に根差した遺伝子レベルの嗜好である。
1年半以上放置していた気がするけどたぶん気のせいです。
古事記や日本書紀は漢字が難しくて長い名前ばかりで覚えにくい。