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第19話 電撃的な決着



 電気療法(electrotherapy)とは身体に理学療法の一環として、患部にそれぞれ適した電流を流すことである。理学療法的に用いられている方法は様々存在しており、一般的に電気を体に流すための導子と呼ばれる電極を皮膚に取り付けて用いる。


 まず、低周波療法。疼痛性疾患や麻痺性疾患などに利用されており、周波数1000Hz未満のパルス波電流を使われる療法だ。経皮的末梢神経電気刺激もこれに含まれる。


 次に、中周波療法。機能的電気刺激が治療的電気刺激と知られているが、周波数1000 Hz 以上のパルス波電流で行われる療法だ。


 また干渉波療法というのもある。異なる2種類の中周波電流を同時に流すことで、振幅変調のような効果が生じ、干渉を起こすことによる療法だ。


 これらの中でも注目すべきは中周波療法に分類されるものの一つである電気的筋肉刺激、またの名をEMS(Electrical Muscle Stimulation)。


 生体では、筋、心臓、そして脳などから電気が発生しており、それぞれ筋電図、心電図、脳波などとして検出や記録出来る。このいわゆる生体電気は、生命現象の維持と継続に不可欠な働きをしている。 それとは別に、筋や筋を支配する運動神経を電気で刺激することで、その筋は収縮することは古くから知られている。


 この刺激として使う電気の出力、周波数、パルス幅、刺激時間の長さ、 その他の条件によって筋収縮の仕方が異なることが判っている。そのことを利用し外部より筋を電気により刺激し収縮する方法こそが、EMS(Electrical Muscle Stimulation)と呼ばれるものである。


 EMSにおける電気刺激は通常の自然現象の中では存在しない刺激ではあるが、出力や周波数、その他の刺激条件を任意に、安易に変化させることが可能なので適切な条件で実施でき、極めて高い効果が得られる。しかも副作用等も目立つものはないというのだ。


 通常、筋肉は脳からの指令が脊髄を通って運動神経に伝わることで運動する。簡潔に言えば。EMSはこの指令と同様の刺激を電気によって運動神経に与え、筋肉を運動させるシステムと言える。


 EMSによる運動は、自発的な運動 (随意的筋収縮 ) よりも高い筋力値を与えることが出来ると言われており、 高い運動効果が得られると確認されている。


 EMSによる運動は動きを伴わないので、精神的な負担や、心肺機能や関節にかかる負担が少ないのが特徴でもある。 そのため息が切れたりケガをしたりする心配もなく、安全に長時間のトレーニングが可能なのだ。加えてEMSによる筋収縮は、自分の意思による筋収縮に比べ、最大筋力での収縮をより長時間持続することが出来るという利点まである。


 EMSの最大の魅力は自分の意思以上の訓練が出来るということではないだろうか。これにより、より追い込んだ訓練が可能となる。


 人間は、最大の力を発揮しているつもりでもある程度になると脳の制御が働いてしまうという説がある。諸説はあるが、本来の1/10の力しか出せてないとも言われている。しかし、EMSでは自分の意思よりも強い筋収縮を与えることが出来るので、栄養や休養をうまく組み合わせることで効率的に超回復につなげ、筋力を増加させることも可能なのだ。


 また座ったままであっても使用出来るので、精神的な負担も少ない。その上、心肺機能や関節などにも負荷がかからないため、ケガから回復中の人の訓練にも最適であるわけだ。


 もうお分かりだと思うが今回女が用いたが電気的筋肉刺激(EMS)による肉体・自然治癒強化である。これのお陰で、動き出しは同時だったにも関わらず党夜が鎖男を出し抜くことが出来たのだ。それだけでなく負傷した足の痛みはすでに引き、傷口も癒え始めている。


 これは電気・雷系統の能力者だからといって誰でも真似出来る芸当ではない。元々が機械による緻密な操作が伴う医療技術であるので、人の手で真似をすること自体が至難の業である。こればかりは成功した女の力量を評価する必要がある。


 今回の場合、わざわざ党夜にせず、女が自身に能力を使う選択肢は一応可能性としてはあった。が、それは叶わない。女が党夜の強さに賭けたのも理由の一つだと思われるが、根本的に“刺激的な愛情表現(ラブドラビリング)”は自分自身には使えないことが最大の理由である。


 これは簡単な話だ。小学校の理科の実験を思い出してほしい。豆電球やモーターを繋ぐことなく電池と導線だけで回路を作ったらどうなるのか?もちろんこの回路はショートする。女が自身に能力を使った場合、女の身体にこれと似たことが起こると考えれば理解してもらえるだろう。つまりこの能力では女の身体は電池や導線の役割を持ち、女以外の対象者が豆電球などの抵抗の役割を得て、初めて成り立つのだ。


 結論から言うと女は治癒能力を持ちながら自己治癒が出来ないというよくあるタイプの治癒能力者の一面があるということだ。



「勝てる…力が溢れてくる。自分の身体じゃないみたいだ」


 党夜は驚きを隠せない。傷口が癒えていることはもちろんのこと、考えられない反射神経と運動能力が行使できることが信じられないでいる。


(すげぇー力だけど、こういうのには時間制限があるのは鉄板だ。あるかないかは定かじゃないけど、早いとこ勝負(ケリ)をつけたほうがいいな。)


 党夜は冷静だった。先程はすごし頭に血が上っていたが、今は状況の把握がきちんと出来ている。この力と向き合っている。


「なんなんだ!なんなんだよ!その力は!」


 吹き飛ばされた鎖男が衝撃で崩壊した瓦礫をかき分け姿を現す。党夜に殴られた頬は赤く腫れており、服はボロボロ、身体の至るところに傷が目立つ。


「認めねぇ…認めねぇぞ!そんな力は!」


 そう言いながら鎖男は再度鎖を放とうとする。だがそうは問屋が卸さない。党夜はまたもや右足を強く踏み込む。ただそれだけで、党夜の身体は前方へ投げ出される。


 轟!!!


「…かっ…」


 党夜の空中飛び膝蹴りが鎖男の鳩尾にクリンヒットする。乾いた声を上げて鎖男は飛んでいく。飛び膝蹴りによって肺の空気が一気に吐き出されたのだろう。それに加え、壁に叩きつけられることで僅かに残っていた肺の空気は血と共に一気に吐き出される。


 鎖男の呼吸は速い。肺が懸命に酸素を取り込もうとしているのだろう。


 党夜はこの時点で完全に優位に立った。肉体強化という圧倒的な力のみならず、相手の能力の弱点まで見抜いている。


 鎖男の能力は簡潔に言えば鎖の操作。異空間からの鎖の召喚、または鎖の具現化なのかは定かではないが、発生した鎖を操作することには変わりない。加えて、一見分かりにくいが発動条件があることに党夜も気付いていた。それは鎖が鎖男の手、厳密には五指と連動している点にある。


 鎖の発生から標的への攻撃にはタイムラグが生じる。鎖の操作に指が連動しているせいで、発生した鎖を指で操作して攻撃に移らないとダメだからだ。ノータイムで攻撃に移れない、そこで僅かな隙ができる。


 それだけではない。そもそも鎖を呼び寄せるという過程を経ている時点ですでにタイムラグが生じている。つまり、先程のように能力発現の前に能力者本人を叩けば、能力がその場で強制終了してしまう。これが元々身につけている鎖であれば問題なかったが、残念ながらそうでなかったので仕方ない。能力にケチをつけるのは問題外だ。


 身につけていた鎖を操る能力であっても、また別の欠点があるのだが、今回は関係ないので置いておこう。


 敢えてもう一点挙げるとすれば、それは能力以前に鎖男自身だ。鎖男が持つ自分の力に対する絶対的な自信。自信というのはもちろん持っていることは何ら問題はない。己の力に自信を持つのは良いことだ。しかし、時によって過度な自信は己を喰い潰す。そしてその自信が怠惰に変わり決定的な隙になる。


 自分の力に酔うと言えば分かりやすいだろうか。相手の力量を測ろうともせず、自分の力なら出来る過信し、高を括る。今回の場合、鎖男に顕著に表れた。それに鎖男が戦闘狂であったことが拍車を掛ける。よって全てが空回りする。


 これらの点を党夜は冷静に分析した。党夜は自信を過大評価しない。己の力に自信はあるが、それよりも己の力量をきちんと把握しているつもりだ。党夜にとって未だ敵ない相手であるあの人の存在も大きい。状況の把握が大切だ。そのことを忠実に守ったお陰でもある。


(ここで相手の弱点を教えてやるほど俺もお人好しじゃない。てかそのパターンって教える側が超絶強いか、負けフラグになるかだもんな。死んでも教えてやるか!教える義理もねぇーし!)


 まあそんなわけで党夜が鎖男に丁寧にご教授することはない。この状況でわざわざ負けフラグを回収するほど馬鹿じゃない。


「このまま押し切る!」


「うざげんだぁっ!」


 逆流する血液でうまく発声が出来ない鎖男。恐らく「ふざけるな!」と言っているのだろう。しかし党夜は聞く耳を持たない。


 ある程度呼吸が整い、起き上がろうとした鎖男めがけて党夜は蹴りを繰り出す。成す術なく鎖男は吹き飛ばされるが党夜の追撃は止まらない。


 党夜は鎖男を蹴り飛ばした方向へ先回りする。本来なら成し得ないが、今の党夜にはできる。それほど女の助力は大きい。


 先回りした党夜は自分へと向かってくる鎖男の顔に全力の右ストレートをぶちかます。鎖男の運動エネルギーを右腕で全て受けきり、その上で逆ベクトルへ無理やり捻じ曲げる。過負荷粒子(アニマ)の補助なしでは出来ない芸当だ。


 為すがままに鎖男の身体が蹂躙されていく。すでに喉は枯れ吐血すらしない。骨も折れていないのを探すのが困難なほどに粉々になっているだろう。


 鎖男はもう立ち上がる気力、体力、精神力、全てがボロボロになっている。こんな状態では過負荷量子体すら出せない。勝負はついた…


「終わったか…」


 党夜が一息ついたところで…


BRAVO(ブラボー)!いや本当に素晴らしいものを見せてもらったよ!覚醒なしでここまで力を出せるとは……流石DoFに選ばれただけはあるわけだ。想定外ではあったけどいい収穫になった。僥倖僥倖」


 廃墟内に響く声。党夜は咄嗟に声の主を探す。辺りを見渡しても人の姿は捉えられない。


「どこを探してるんだい?ボクはここにいるよ」


 男だった。眼鏡をかけた痩せこけた男が鎖男の傍に立っていた。おかしい。鎖男から目を離したのはほんの数秒。しかもその周りには誰もいなかった。男は音もなく、党夜に気付かれることなく姿を現したのだ。しかし最も奇妙なことはそこではない。


(俺が見られているに気付かなかった?視線を全く感じなかった。戦いに集中してたとしても気付かないのはおかしい。何か嫌な予感がする)


 カツン カツン


 男が履いている革靴のつま先で地面を音だけが鳴り響く。音がこの場を支配する。


「答えは出たかい?まあ深く考えることはないさ。キミはボクの存在に気付かなかった。それだけが事実で、ただ一つの解だ。それ以上でもそれ以下でもない。唯一の解答だよ」


 一言一言が党夜に突き刺さる。事実を突きつけられているというよりも、男の言動の奇妙さが党夜の胃を掻き混ぜる。


(気味が悪い。こいつの存在自体が気持ち悪い。この場にいるだけで全てを不快にするだけの力をこいつは持っている。それが能力なのかは判断出来ないが鎖男とはレベルが違う…只者じゃない…)


「考えることはいいことだ。考えることをやめたらその時人は人でなくなる。思考を止めるなよ?そして熟考しろ。今自分が何をすべきか。そして何を成し遂げるべきか」


 男が言い終えるよりも早く党夜は地面を蹴っていた。鎖男相手にしたのと同じように党夜の身体が信じられない速度で撃ち出される。


 だが党夜の拳が男に届くことはなかった。


「それがキミの解答かい?ダメだよ。それは悪手だ。相手をよく視て判断しなきゃ…まだまだ成長過程ってとこかな?」


「なぜ…?」


 党夜が驚くのも必然と言えよう。拳が届かないどころか撃ち出しれたはずの身体が動いていないからだ。己の意思とは全く別の動きをする身体に理解が追いつかない。


(なんだ…これがヤツの能力か?)


「正解はまた今度にしよう。その時までにじっくりと考えとくんだね。とりあえずボクたちの意向だけは伝えておくよ。今はキミに手を出さない。それにそこの彼女は君に預けるよ。こちらとしても不要な人材を束ねるほどお人好しじゃないんでね。ボクがここに来たのは鎖男(コイツ)の回収とキミとの会合のため。だから目的を達したボクはこのまはま帰ららせてもらうね」


「待て…」


「待たない。さっきもそうだが、ボクを止めるだけの力はキミにはない。それにそろそろ限界だろ?あれだけの力を代償なしで使えると本当に思ったのかい?オーバーフロー。簡単に言えば、重度の筋肉痛がキミを襲うだろう。もう身体が言うことを聞かないはずだよ」


「……」


「よく頑張ったよ。淀みない賞賛さ。だから今日はゆっくり休みな。その間にボクは退散するけどね」


「待てって言ってるだr…」


「しつこいなぁ…それっ!」


 党夜が言い切るよりも早く男が叫ぶ。それと同時に党夜の身体は地面に叩きつけられた。見えない手に殴られたような衝撃が党夜を襲った。


「がはっ…」


「寝てなって。じゃあボクは行くから。ああ、今度会うためにボクの名前を教えておくよ。ボクの名は東雲(しののめ)。以後お見知りおきを、ってね」


 言い終えると鎖男をかかえて、男の気配はプツリと消えた。


「クソッ…逃げられたか……ダメだ……力が入らない……」


 男からの見えない攻撃というよりも肉体強化による身体の酷使で党夜の身体はボロボロ。傷は特になく、自己治癒ですでに癒えている。だが、筋肉など一部の器官は自己治癒を上回るダメージを受けている。よって今党夜は身動きが取れない状態に陥っている。


「気が遠くなってきた……力を使い過ぎたか……」


 党夜はまだ能力者になって日が浅い。厳密には能力者になったのは随分前の話だが、これまで過負荷量子体を使う生活とは無縁だったのでカウントしない。


 そんな党夜が、例え一日二日訓練したところで急激な成長は望めるはずもなく、その上初めての実戦だったことも拍車をかけ、限界などすでに振り切っていた。


 党夜に待ち受けているのは過負荷量子体の枯渇。つまり脳が休息するために起こる意識のシャットダウン。こうして党夜の意識が落ちた。


「ぅん……」


 党夜が意識を失った直後、党夜と同じく過負荷量子体の枯渇で意識を失っていた女が目を覚ました。


「どうなってるの?」


 辺りの光景は意識を失う前とはまるっきり変わっていた。至るところが瓦解し壁や天井が崩れている。そして鎖男の姿はなく、党夜は地面に転がっている。


 起きたばかりで完全に動ききっていない頭をフル回転させ、女は今の現状を理解した。やはり場数を踏んでいるだけあって現状把握までそう時間はかからなかった。


「勝ったのね……“刺激的な愛情表現”の副作用で倒れちゃったってところかしら」


 女は立ち上がり寝ている党夜に近づくと、力を振り絞り党夜を持ち上げ肩を貸す。


「私の任務はまだ終わっていない……」


 こうして党夜を連れ、女は廃墟から姿を消した。




読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などありましたら教えていただけたら幸いです


第20話は土曜日18時投稿予定ですが

出来れば年内に投稿したいと考えてます

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