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リベルタ  作者: 絡繰ピエロ
第十章 リベルタ
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中編

 

 エグ二ムとレイの相手をしているメアリは、文字通り苦戦していた。

 エグ二ムは小回りを利かせたパンチで思うように動かせず、加えてレイが大きな振りで致命傷を狙うといった策戦で隙を突きにくい。

 しかし丸く太った男のキャバシティについて、憶測はできた。

 先程大木を貫通した時、消えたように見えたが実際は違った。武器を振るわれた後に、微かにだが遠くで何かが落下した音がしたのだ。

 推測が正しければ、大木はあの男に抉られたのだと思う。これならば音は抉られた大木の一部だということがわかる。

 だからといってこの二人を倒せるわけではない。機を窺いつつも回避をするが、決定打になるところが見つけられないのだ。

 そのため、大きく後ろへ跳躍する。そこへ長身の男だけが素早く追いかけ、追撃してくる。

 ここまでは今までに試したことと同じだ。だから、着地と同時にメイスを横に振る。が、予測されていたのか上半身を低くされただけで避けられた。

 しまっ、と声を漏らし、しかし抵抗はできず。腹部に強烈な拳が叩き込まれた。

 体は折れ曲がり、ガッの声と唾液が口から溢れ出てきた。前のめりになったメアリに、後頭部を狙った拳の振り下ろしが迫る。

 しかしさすがにそれだけは受けまいと、わざと地面に倒れて免れた。そこから追撃をもらわないために横回転して起き上がる。

 ちょっとやばいかなと思いつつ、喉元に違和感があったので軽く咳き込んだ。出てきたものは、少量の血だった。

 限界が近いのかもと不安を感じて、しかし迫ってくる攻撃を回避する。

 避けつつも策を考えるが、先程やったような浅はかなものしか出てこず、思考は焦る一方だ。

 気が付けば、エグ二ムとレイは横に並んでこちらに攻めてきている。警戒して避けなければと思った矢先に。

 エグ二ムがレイの武器を持った手に、触れた。その瞬間、丸く太った男が消える。

 行先は知ってる。背後だ。

 先程の体勢を考え、すぐに出せる攻撃は薙ぎ払いだけ。ならば膝を大きく曲げ、上半身をできる限り倒せば避けれる。

 思い、行動する。

 そこでようやく己の過ちに気が付いた。さっきまでメアリに攻撃していたのは誰だ。背後に現れたからといって、長身の男はどうなる。

 つまり、眼前にはエグ二ムの膝があるわけで。

「――――!」

 頭上から暴風が過ぎ去った直後。エグ二ムの膝蹴りがメアリの顎に直撃した。

 前のめりになっていた分、受ける衝撃が強くなり、顎を伝わって脳を揺らす。蹴りの威力と眩暈によって、体は後ろに大きく反る。

 立て直そうとするが、足元はふらつき、視界は映る色全てが濁って見え、まともに立つことすらできない。

 そこへ、構え直したエグ二ムが一歩進んで接近する。彼は左手を大きく振り、遠心力を使って、メアリのこめかみに重たい拳がめり込んだ。

 声を漏らすことすらできないまま、少女の体は地面に叩き付けられ、しかし手からメイスを放さないでいた。

 視界は闇に染まり、全身から痛みを感じ、呼吸を荒げながらも。攻撃メイ手段だけは放さまいと、両手で力いっぱい握りしめた。



 二つの土人間に強襲されているイグニスは、攻められずにいた。

 二体の攻撃が滅多に隙を与えてくれないということもあるのだが、それよりも先程起きたことが脳裏に張り付いて踏み込めない。

 ニーナを利用した痛みの転換。土人間を倒そうと斬りかかれば、その痛みは自分に返ってくるのだ。

 倒さなければならない。しかし与えた痛みは受けなければならない。

 攻撃を受けても傷つき、攻撃しても傷つく。

 ならば攻撃しない方がいいのではと逃げる方向に思考が向いてしまう。

 だめだ、それじゃあ単なる賭けになる。そうなれば勝てる可能性は限りなく低くなるはずだ。

 土人間たちの攻めを避けつつ、最善の策を考える。その結果、少年は生唾を飲み込み、意を決して刀を両手で握る。

 並んで攻めてくる土人間たちの頃合いを見計らう。

 右方の土人間が右拳を突き出し、それの隙を埋めるために左方の土人間が前に出てくる。

 ここだ。

 近づいてくる土人間に対して、体勢を低くして剣先を左下に向けて、入る。と同時に、左方の土人間のバランスを崩すために、相手の左足を切り落とす。

 瞬間、左足に激痛が走る。あまりの痛さに顔が歪み、左足が一瞬動かせなくなったがすぐに戻った。

 次いで、攻撃した態勢を戻そうとする右方の土人間に、腹部を狙った横の一線を入れる。

 またも、激痛。今度は体が二つに分けられたような錯覚を覚えた。

 ぎ、と奥歯を食いしばり、それでも痛みを堪えて土人間たちの隙間を抜ける。

 これで残すは一人だ。思い、視線をヴァンジャスに向け、駆ける。

 対してヴァンジャスは口の端を吊り上げ、人差し指をイグニスに向けて、

「そいつら、まだ動けるぞ」

 直後、背中に重たい衝撃を受けた。走っていたおかげで威力は軽減されたが、それでも体は加速に追いつかず、前に転がってしまう。

 刀が自分を傷つけないように片手を放し、体の外側に向ける。

 土の上を幾度か回転する。勢いが止まってうつ伏せ状態になり、立ち上がろうと腕を立てる。

 そこへ、ドシンドシンと辺りに足音を響かせる土人間が迫ってきた。

 やばいと思い、すぐに立つべく立膝になる。が、遅かった。

 イグニスのみぞおちに土人間の蹴りが深く入り込む。

「ぐ、がっ」

 体の奥からみしみしと骨が軋む音が聞こえ、喉元から血が溢れる感覚がし、少年の体は後方に吹き飛んだ。

 視界は土にまみれ、みぞおちの激痛と地面が全身を打つ痛みに、状況など把握することはできなかった。

 そして大木に叩き付けられて、勢いは止まった。

 口の中は血の味で充満し、体中が悲鳴をあげている。

 立たないと。ニーナを救わないと。

 刀を握る手に力を込めて立ち上がろうとする。が、上手く立ち上がれない。

 またかよ。また、助けれねえのかよ。

 奥歯を噛み締め、しかしどう足掻いても立てない自身を呪う。

 浅い意識の中でイグニスは誰かに襟首を掴まれ、されるがままに引きずられた。



 大木に縛り付けられたニーナは、イグニスがやられる様をただ眺めるだけしかできなかった。

 ヴァンジャスに恐喝され、嫌々キャバシティを使っていたものの、救出してくれるイグニスたちの敵に加担した事実に嫌気がした。

 もし言うことを聞かずにいて、イグニスたちが倒されてしまったら。そんなことを考えると恐怖が溢れてき、ヴァンジャスに従わずにはいられなかった。

 そして土人間が引きずって数メートル離れた位置に、倒れたイグニスを持ってきた。

 それと同時に野太い声が聞こえた。

「ヴァンジャスさーん、こっちは終わりましたよ」

 レイだ。彼は片手でメアリを引きずってイグニスの近くで手放した。

「いやー、こいつ、どうしても武器から手を放さないんで連れてくるのに時間がかかりましたよ」

 レイのどうでもいい話にヴァンジャスは、そうかとてきとうに答える。

 次いで少し遅れてエグ二ムが現れる。

 これでニーナは感じた。儚い希望だったと。

 しかし助けに来てくれたことは、本当に嬉しかった。

 思っていると、ヴァンジャスがしゃがんで視線を合わせ、獰猛な笑みを浮かべて口を開く。

「なあニーナ。助けにきた奴らが無残に倒されて悲しいか? 悔しいか? だが結果はこれだ。俺たちには勝てなかったんだ。そこで、なんだが」

 話の途中でヴァンジャスは手だけでレイに指示を送り、倒れている二人の近くに向かわせる。

「ここは広い森の奥だ。国内みたいに殺しただけで面倒なことが起きるような場所じゃねえんだ。つまりはな、あそこで虫の息状態のやつらを肉片に変えたところで、騒ぎも一切起きない訳なんだよ」

 だからよお、と濁った瞳を向ける男は区切り、

「ニーナが絶対に逃げずに俺たちの言うことを素直に聞くって言うなら、女の方だけは生かしておいてやるよ」

「……イグ、ニスは?」

「イグニス? ああ、男の方か。こいつは俺に向かってうぜえこと言ってたから殺す」

 鬱陶しそうに、それでいて嘲るような口調で男が答えた。

 助けに来てくれたのに、私のせいで殺されるなんて嫌だ。目に涙を浮かばせて、ヴァンジャスに命乞いのようにお願いする。

「……私、ヴァンジャスたちの言うこと、なんでも聞くから。どんなことされても、我慢するから」

 だから、

「だから、イグニスを、殺さないで……」

 ニーナは声を掠れさせながらも、必死に願った。。

 もしヴァンジャスが話を聞いてくれれば、イグニスは殺されずに済む。私のせいで死ななくて済む。

 視界は涙でぼやけて映り、しかしヴァンジャスの声ははっきりと聞き取れた。

「ダメだ。レイ、れ」

 冷酷な台詞に、指示を下されたレイが背負っていた鈍器を取り出し、高く振り上げる。

 ヴァンジャスは立ち上がり、イグニスの方を向いて破面する。

 私のせいで死んで欲しくない。他から見たら我儘わがままかもしれない。けど、我儘でもいい。我儘でもいいから、イグニスを殺さないで。

 そんな思いから、ニーナは唇を震わせて消え入りそうな声で、

「……やめ、て」

 呟く。しかしヴァンジャスに届かず、彼女の声は虚空に消える。

 そして。

 太い棒の先端に鈍い棘を放射状に生やした球がついた武器を振りかざした丸い巨体は、イグニスを殺すべく鈍器を力任せに振り下ろそうとして、右方へと跳ねた。

 レイの巨体は地面に着地すると同時、武器を持って転がる。

「――――、は?」

 予想外な展開に、一番速く反応したのはヴァンジャスだった。彼は片目だけを細め、先程までレイがいた場所に立っている男を凝視する。

 銀色の髪。引き締まった身体。腰に差された二本の刀。男は大きなため息を吐き、口を開ける。

「なんとか間に合ったみたいだな」

 聞き覚えのある声に、ニーナは涙を落として視線を向ける。瞳に映ったその姿に、よかったと彼女は安堵した。

 突如現れた人物。それはリベルタのリーダー、カイル・フローレンであった。

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