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リベルタ  作者: 絡繰ピエロ
第七章 休日の過ごし方
22/35

リベルタ編

 空が青く輝きを見出している朝に、メアリはイグニスの家の前で立っていた。

 彼女は早朝にカイルからの伝達を受け、それをイグニスに伝えてほしいとのことで今に至る。

 どうして私が……。と思うが、何かしら理由があるのだろう。ニーナちゃんもいるんだし。

 だからメアリは、自分が任されたことを果たすために眼前の扉を叩く。

 ドンドンドンと何度か鳴らすが返事どころか反応もない。

 おかしいと思いドアノブに手をかけると、案の定それは回り、扉を開けた。

 メアリは目を細め、静かに中に入る。

 扉の先は、脱いだ衣類とゴミが床に散らかっていた。異臭はしなかったが居心地のいい場所とは決して言えなかった。

 その部屋の中心――ゴミなどが置いてない場所――に、イグニスが寝ていた。彼は床に大の字になって倒れている。

 メアリはため息を吐き、床に散らばったものを蹴り飛ばしながら前進する。

 イグニスの側まで到達したメアリは、彼を起こすために腹部を踏もうと膝を上げたところであるものが目に入った。

 それは、少女向けの着せ替え人形。

「…………」

 メアリは上げた膝を下ろし、頭部に移動する。

 彼女は足を高く掲げ、そして。

 無言のまま、イグニスの顔面にメアリのかかとが落とされた。




 メアリに伝達を頼んだカイルは、一足先にウルドとニーナと共にドウェル広場にいた。

 ドウェル広場は青々とした芝生が遠くまで広がっており、人工的に作られた小ぶりな山の斜面に倒れて寝ている人もいる。

 カイルがここを選んだ理由は、一番自分の家に近く、のんびりできて楽しめる場所だったからだ。

 ニーナはウルドと追いかけっこをして楽しんでいると思う。

 思う、というのはニーナの表情が笑ってないから。しかし雰囲気は柔らかいため、そう感じるのだ。

 カイルが一人と一匹から少々離れた場所で胡座あぐらを掻いていると背後から声がした。

「イグニスを連れてきました」

 それはメアリの、無機質のような声だった。

 振り向くとジト目をしたメアリと、

「お前はメアリに何をしたんだ」

 鼻血を出した跡がついた、リュックサックを背負ったイグニスが立っていた。

「知らねえよ。寝てる時にやられたんだから」

 あ、そうとカイルが苦笑いをしながら答えると、メアリが聞いてきた。

「それで、今回はどういう要件で私達を呼んだんですか?」

「ああ、今日はリベルタのメンバーで集まって休もうと思っただけだから。そう固くならなくていいぞ」

 するとショートヘアの少女はカイルの近くで正座になった。

 対してイグニスは、ニーナたちの輪に入っていく。



 一人と一匹に声をかけるて近寄ると動きを止め、眺めてきた。

 だからイグニスはリュックサックから、少女向けの着せ替え人形を取り出し、

「これ、ニーナちゃんにあげる」

 手渡しした。

 それを見てたメアリは趣味じゃなかったんだ、と呟いた。

 ニーナは着せ替え人形を受け取ると、首を傾げた。

「……これで、どうするの?」

 顔面に嫌な汗がにじり出てきた。

 最近流行っているということを知ってても、これの使い方なんて知らない。渡せばなんとかなると思っていたのに。

 この人形を投げて飛距離を競うのか、などと少々残酷な遊びを考えていると、後ろから助け舟が出された。

「これでお母さんの役をしたりのごっこ遊びをするの。他に服を買えば着せ替えて遊べるけど今はできないわね」

 それはメアリの普段どおりの声だった。

 ちょっといいかしらとメアリはニーナから人形を渡してもらうと、手と足を動かす。

「こうやって体を動かしながら会話をするの。例えば……」

 メアリが人形の両手を曲げ、顔を隠させて、小さく左右に振る。

「うわーん。イグニス兄ちゃんがいつも馬鹿すぎて困るよー」

「誰が兄ちゃんだ!! てか、オレは馬鹿じゃねえよ」

 メアリに馬鹿呼ばわりされたことは不快だったが、やりかたはわかった。

 彼女はニーナに人形を戻すと、振り返り通り過ぎる際に、

「私は私でやりたいことがあるから」

 そう言い残してカイルの元に帰った。だから大声で、ありがとうと伝えた。

「そんじゃ、ニーナちゃんは誰の役をやりたい?」

「私は……少女の、役がいい」

「ならオレは君の友達の役だな」

 ニーナが頷き、ゆっくりとしたごっこ遊びが始まった。



 再びカイルの隣に座ったメアリは、大きく息をついた。

「すまないな。俺もああいうことに疎いからよ」

「いいですよ。むしろ知っていたら引くので」

「そ、そうか」

 二人は黙り、ただニーナとウルドとイグニスを見ている。

 それが数分続き、突然、メアリが口を開いた。

「私、図書館に行って見ました」

 いきなりの声に、カイルは体を跳ねさせて、質問する。

「何を見たんだ?」

 少女は俯き、暗い声色で言う。

「カイルさんの過去を」

 それを聞いて銀髪の男は目を細めた。

 しかし敵意は全くなく、むしろ優しい口調で。

「それで?」

「ただそれだけです。過去にジャスティンというチーム名で活動し、メンバーの二人が殉職し、強制解散になったことだけです」

「けっこう知ったんだな。だがこのことをそれだけ、ね。ならお前は何を求めて調べていたんだ?」

 それは、と彼女は一度口ごもり、けれどもすぐに答える。

「私とイグニスがあなたに選ばれた理由です」

 メアリの言葉に、カイルはなるほどねと呟いた。そして視線を空に逸らし、右手で後頭部を掻いた。

「たしかにそれだと理由なんてわからねえだろうな。で、メアリはどうしてそれを知りたいんだ?」

「……私たちのような、最弱と呼ばれる存在を二人も選んだのに、理由がないなんてありえないって思ったからです」

「それなら、話してもいいか。変に疑われたままチームが保てるとは思えねえし」

 カイルの答えに、メアリは目を見開いた。

 彼女の予想ではもっと遠回りに話を逸らすと考えていたが、早く諦めてくれてよかった。まあ、どんなに逃げても絶対に吐かせようと思っていたが。

「あ、ちょっと話、長くなるけどいいか?」

「構いません」

 そうか、とカイルが呟き、話が始まった。



 豪雪が吹き荒れるふもとに、山小屋が存在した。

 そこから数十メートル離れた岩陰に、三つの人影があった。

 一つは銀髪の男、カイル・フローレン。つまり俺だ。

 もう一つは赤くとがった髪をした、睨んだような目つきをした青年、ゴルドー・タズ。彼は任務中、常に冷静を保ち、誤った選択をしない人物だ。

 そしてもう一つは、腰まで黒髪を伸ばした、お嬢様の雰囲気を出している少女、サリエル・ヒアロ。彼女はどんな任務に対してでも必ず一つの作戦を持ってくる、チームの司令塔となっていた人物だ。

 当時の俺は、大きな力を持って悪行をする全ての輩を捕まえようという考えをしていた。そのためウルドとは出会ってもおらず、実力のある二人とともに沢山の任務をこなしていた。

 そして現在はサリエルが考えてくれた策を、三人で固まって確認している。

「今回の任務ですが、あの小屋の中に殺人グループが潜んでいる、ということでここまで来ました。しかしこの雪が晴れてしまえば、簡単に囲まれてしまう場所を本拠地にしているのは少々不信です。なので今回の策戦はちょっと変わったものにしました」

 ロングヘアの少女が足元の積もった雪に四角を描く。次に一辺の中点から外側に少し離れた場所に人差し指を置いた。

「ここをあの小屋の入り口として、カイルさんに突入してもらいます。でもすぐに攻撃をしかけないで下さい。一般人の可能性もあるので、声をかけて相手の反応で対処して下さい」

 カイルがわかったと言うと、サリエルは指を浮かせ、続いて指先を置いていた場所と反対の位置に二本の指を置く。

「それで相手が襲ってきたなら私とゴルドーが裏口から突撃します。これでいいでしょうか?」

「ああ、そんじゃそれで決定だな」

「……了解」

 二人の承諾を確認し、それから策戦の実行に移った。


 俺は小屋の扉に向かって、気付かれないように身を低くして、前進した。それと同時に、ゴルドーとサリエルが小屋の裏方へ回る。

 扉の前に到着すると、耳を当てて中を窺う。扉からは、複数人の楽しそうな声が聞こえてきた。

 少しの間その場で待機をし、二人が回り込んだと推測した頃に、俺はドアノブを回して中に入った。

「アルムからお前らを捕まえに来たカイル・フローレンだ。怪我をしたくなかったら速やかに両手を上げろ」

 声を張り上げると、中にいた五人の中年の男が呆然と立ち尽くしていた。しかし彼等はすぐに身に着けていた武器を手に取る。

 刀が三人に、ムチのように短い刃が連なった蛇腹剣が一人と、棍棒が一人。

 刀を持った一人が慌てた様子で、こ、殺せと言い放つ。それによって、二つの音が生じた。

 一つは俺を殺そうと襲い掛かる足音。

 もう一つは、小屋の奥の壁に幾重の線が入り、崩れ落ちる音だ。

「「「――――!?」」」

 突然起きた背後からの音に、全員が振り返り、そこから入ってきた二人を見た。

 犯罪者たちは混乱し、どうすればいいのかわからず、交互に首を振り棒立ち状態になっている。その隙に、俺は二本の刀を抜いて近くにいた人物に向かって刀を振るう。

 慌てて防ごうと男は持っていた刀を動かすが、遅い。刀は男の脇腹に入り、そして彼の体を二つに分けた。

「え……。ぎ、ぎああああああ!」

 上半身だけになった男の叫び声を切れ目に、その場にいる全員が動き出した。

 ゴルドーは細く研ぎ澄まされた刀を持って蛇腹剣の男と、サリエルが三十センチの両刃の短刀を逆手持ちに刀の男二人と相対し、俺が残った棍棒の男を相手した。

「ほらほらほら、きちんと避けないと怪我するぞ」

 蛇腹剣を持った男が、柄を振り回しつつ言葉を吐き捨てる。それに対してゴルドーは軽やかに軌道を読んで回避する。

 しかし男が振って起こるべき剣の軌道と、今攻撃してくる軌道は少し違った。剣に追尾させるキャバシティでも持っているのだろう。

 そう感じたゴルドーは動きを止めた。

 それを見た男は口の端を吊り上げ、剣を振るう。鞭のような剣は鋭さをもって赤髪の男に襲い掛かり、しかし彼を傷つけることなく通り過ぎた。

 は? と男は口を大きく開いた。おかしいと男は呟き、再び剣を振るう。が、何事もないようにゴルドーは立っている。

 それもそのはず。ゴルドーは何事もなかったと錯覚させる程、最小限の動きかつ最速で動いたからだ。

 彼のやったこと。それは蛇腹剣の腹、つまりは剣を繋ぐ細い部分を切り落としたのだ。どんなものであれ、繋ぎ目はどうしても弱くなってしまう。だから彼はそこを狙った。

 何が起きているのかわからない男は、歩いて近寄ってくるゴルドーに怯え、焦って動きが単調になる。

 気が付かば蛇腹剣は単なる棒のようになってしまった。

 あ、あ、と声を漏らし立ち尽くす男に、ゴルドーは首に一線を入れ、死を与えた。


 俺と相対したのは、棍棒を持つ男。そいつは両手で棍棒を持ち、先端を俺に向ける。

 そんなことは気にせずに、俺は走って接近する。と同時に、男は棍棒を持つ手を強く握りしめた。

 その途端、棍棒の先端が胸部を狙って襲い掛かってきた。どうやら棒を伸ばすキャバシティを持っているらしい。

 しかし間合いはまだ遠く、避けるには余裕がある。だから刀を握った右手の甲で、真っすぐに伸びる棍棒を横から外側に弾く。走る勢いを失わず、接近を続ける。

 そして斬れる距離まで入り、右手で横に一振り。ひっ、と声が漏れた男は慌てて棍棒を元に戻し、立てて防ぐ。

 次いで左手から縦の一振り。一撃目で体勢が横に向いてる男はそれに対応しきれない。肩に入った刀は対の脇腹までを切り裂いた。


 サリエルは短刀を持って、刀を持つ男に攻める。

 彼女の攻撃に一人が受け、もう一人――先程殺せと声をあげた者――は男の後ろで様子を窺っていた。

 刃と刃がぶつかる度に、火花と甲高い金属音が鳴り響く。

 サリエルは全ての攻めをわざと相手に受けさせ、もう一人に一切の隙を与えない。だからと言って、進展がないわけではない。

 やいばとは、元は鉄でできているものが多く、互いにぶつかり合えば刃は削れ、そこから折れていく。

 男の細い刀に対して、サリエルの短剣は厚さ二センチと異常なまで太い。

 そのため、男の刀は簡単に折れ、折った勢いで彼の首をはねた。


 ここまではいつもの任務と同じだった。

 しかし残った男が、俺の人生を大きく変えた。

 五人中四人を始末した俺たちは、残された男を囲む。

「あ、あれ? みんなは?」

「全員殺した。後はお前だけだ」

 俺の言葉に恐怖するか悲観するかと思ったが、奴は違った。

「ああ、それなら待っててね、僕がすぐに行くから」

 そして自身が持っていた刀で、自分の左肩を切り落としたのだ。

 意図の掴めない行動に、三人が眉を寄せる。

 死を目の前にして、恐怖するあまりに精神が崩壊する者はそう珍しくなかった。だから今回もそれだと思い、ゴルドーが刀を持って歩み寄る。

 その時、自分が作った傷口から大量の血を溢れさせる男がゆっくりと口を開いた。

「僕のキャバシティはね、自身の赤血球を爆弾に変える能力なんだ。だから、不用意に近づかない方がいいよ」

「「「――――!?」」」

 男が肩を斬ったせいで血は床に広がり、俺たちの体に小さく付着していた。しかし少量ならそれほど大きな爆発にはならないだろうと、瞬時に考え、二人にここから離れさせようとした。

 が、遅かった。

 二人は奴を殺せばキャバシティが止まると考え、接近をした。サリエルが首を宙にはね、ゴルドーが心臓を貫いた。

 その瞬間、全てがスローモーションに感じ、頭だけになった男の唇が微かに動く。

 じゃあな。それは嘲るような口調で俺の耳に届いた。

 刹那、小屋を包むほどの爆発が辺りを轟かせた。


 爆発の後、俺は奇跡的に生きており、雪の上に倒れていた。どうやら豪雪のおかげで爆発の火自体の温度が下がり、爆風も同様に威力が弱まったらしい。

 それで意識が戻ると、俺はすぐにゴルドーとサリエルを探した。が、何も残っていなかった。流石に間近の爆発はどうにもならなかったのだろう。

 俺がもっときちんとしていれば、こんなことにはならなかった。そう思うと喉が熱くなって、涙が溢れてきた。

 俺が最初にあいつを殺していれば。俺がもっと早く判断を二人に伝えていれば。

 今考えてもどうしようもないことばかりが生まれ続け、俺はただ後悔するしかなかった。


 それから俺はアルムに戻って、上部に報告した。もちろんメンバーがいなくなったからチームは強制解散。

 自分の犯した過ちを悔やんだ俺は必要最低限にしか外に出なくなり、ずっと俺の部屋にこもっていた。

 そしてそんな生活を送って一年近く経とうとした頃、俺の家に一人の友人が訪れてきたんだ。

 そいつは俺を強引に部屋から連れ出し、人気のない広場のベンチに俺を座らせ、隣に腰を下ろした。

「ここ一年、というよりもあの事件が起きてからずっと様子がおかしいで御座るが、何か気になることでもあるで御座るか?」

 そいつはクロウって名前の口元にスカーフを巻いた、語尾に『御座る』をつける面白いやつだ。あいつは俺を心配して来てくれたんだ。

 クロウの問いかけに俺は答えることができなかった。悔やんで悔やんで、その先は無気力にしかなれなかったからだ。

 沈黙する俺にクロウは、

「…………はあ、そうで御座るか」

 立ち上がる。そして振り返って、顔面目がけて拳を飛ばした。

 呆然としてた俺は反応できず、まともに拳を喰らい、ベンチの上を滑り、地面に両手をついた。俺を、殴ってくれたんだ。

「これで、目が覚めたで御座るか」

 彼の台詞には怒りが混ざり、震えていた。

「以前のカイルくんなら拙者の攻撃なんて簡単に避けていたで御座るよ。そんなにあの事件のことを引きずっているので御座るか?」

「…………」

 答えない俺に、クロウが胸倉を掴み、

「拙者はその件について目の当たりにしてないからよくわからんで御座るが、引き籠る程で御座るか? さすがにあのことを忘れろなんて言わないで御座る。しかし、そんなことをしていていいと思っているで御座るか? 拙者よりも実力があって、そんなことをしていていいと思っているで御座るか!?」

 訴えかけるクロウ。

 だが、事件で起こしてしまった失敗が脳裏にはっきりと映り、うまく言葉にできなかった。だから自分の意思だけでも伝えるために、声を絞りだす。

「……違う。違うけど俺は……」

 それを聞いたクロウは、俺の胸倉を放した。そして強張った顔を和らた。

「なら、すればいいで御座る。あの事件に関しては災難であったとしか言えないで御座る。しかし目を背けてはいけないで御座るよ。そうしたらゴルドーくんとサリエルさんの死を無駄にしてしまうで御座るから」

 それに、とクロウは続けて、

「彼らの死を受け持って生きていくことがカイルくんのやるべきことでは御座らんか」

 彼の言葉に、俺は自分で過ちに過ちを重ねていたことに気付く。

 なんで今まであんなことをしてしまったのだろう、と後悔が襲い掛かり、俺は崩れ落ちた。

 しかし、だからといってまた同じように任務をする気は起きなかった。それを察するように、クロウが言う。

「この国では実力があっても、任務にも行けずに死んでしまう人もいるで御座る。特に若い頃によくないリーダーと組んで、芽を摘まれるという場合も少なくはないで御座る。そんな子たちを守るために、育てるためにまたリーダーをやってみては御座らんか」

 クロウに言われて、初めて俺はそんなやり方があると知った。一つだけだと思っていた道は違って、それと並行の道があることに気付かされた。

 だから。

 俺は立ち上がり、やってみるとクロウに伝えた。




「まあこれが、俺がお前たちを選んだ雄一の理由であり根源だな」

 カイルは両手を地に着けて、空を仰いで言った。

 話を真面目に聴いていたメアリは、そうですかと呟く。だが、彼女にとって疑問は消え去っておらず、だから訊いた。

「それなら、私たちのようなこの国で最弱と呼ばれる男女を選ばなくても、もっと未来がある人材を選べばよかったんじゃないですか?」

 卑下を含んだ台詞に、カイルは眉をひそめた。

「そんな言い方しなくてもいいじゃねえか。俺だって単に弱いやつだから選んだ訳じゃねえよ」

 彼は口の端を吊り上げ、続ける。

「俺は弱いって話を聞くやつらを全員見た。それで将来、立派な戦士になれる見込みがあるやつを選んだだけだよ」

 彼の言葉に、メアリは瞳を見開かれた。

 カイルが言ったこと、つまりは素質があると認められたことだ。それは友人などではなく、リーダー格であるカイルに認められていたのだ。嬉しくないはずがない。

 だから、自信を持って言った。

 ありがとうございます、と。



 気が付くと、辺りは暗くなり夜になろうとしていた。

 二人がニーナたちに視線を向けると、明かりのことなど気にせず人形遊びを続けていた。

 やれやれといった感じでカイルはため息を吐き、声を上げる。

「ニーナ、ウルド、イグニス。そろそろ帰るぞ」

 二人と一匹は立ち上がり、カイルとメアリの元に走る。

 集合すると、カイルが口を開けた。

「突然で悪いんだが、明日の朝に俺の家に来てくれ。いろいろ調べたいことがあるから、ニーナとウルドのことを頼みたい」

「了解」「わかりました」

 二人は了承した。が、彼が予想していた通り、ニーナが驚きの色を隠せずに首を左右に振っていた。

「すまないが少しの間だけ、この二人に身を委ねてくれ」

 カイルの問いかけに、返ってくるものは否定の首振り。

「俺にはやらなきゃいけないことがあるんだよな……」

 なら、と少しずれた問いかけをする。

「こいつらのことはそんなに信用できないのか?」

 直後、ニーナの首が止まった。

 彼女にとってイグニス、メアリ、ウルドは自身を守ってくれる存在であり、それなりの実力を目の当たりにしている。だから信用できないわけではない。

 少々の沈黙の後、ニーナは俯き様に答える。

「……わかったわ」

「よし、そういうことだから明日は頼んだ」

 再びイグニスとメアリは了承の返事をする。

「そんじゃ、今日はこれで解散だな。ってことでじゃあな」

 こうしてカイルはニーナとウルドを連れて、そして各々の家に帰っていった。

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