イグニス編
休日の昼頃。イグニスは木造の店内で、商品の並べられた棚の前でしゃがみ込み、様々な品を見ていた。
「うーん、これにしようかなー。でもこっちのほうがいいかなー」
彼は直径三十センチのフリスビーと○○を手に取り、見比べをする。これは彼の趣味ではなく、彼なりにニーナを楽しませようと考えた結果である。
しかし、子どもと遊んだことがないイグニスは、何を選べばいいのかわからず、ずっと悩んでいる。
そんな彼のところに、二つの影が近づいた。
「あれ、イグニス。お前、こんなとこで何やってんだ?」
背後からの声に小さく身を震わせて、振り返る。声の主は、小さなボールと薄い本を持ったトラウムと、
「よおトラウム。で、その人は誰?」
視線を向けた先、顔を隠すよう口元に黒のスカーフを巻いた男が立っていた。
「どうも、拙者トラウムのリーダーをさせてもらってるクロウ・エヴァンスで御座る。確か君はカイル君のチームのイグニス君で御座るか?」
「ああ、そうだけど、カイル先生とは知り合いなの?」
「そうで御座るよ。拙者はカイル君とけっこう昔からの付き合いであって、君の話はよく聞いてるで御座る」
「え? じゃ、じゃあカイル先生って俺のこと何て言ってるの?」
イグニスは期待して聞き、返ってきた言葉は。
「ものすごく馬鹿」
「あの野郎!!」
少しでも期待した自分がバカだった、と思い後悔した直後、彼の言葉は続いており、
「けれどとてもいいやつ、で御座る」
「――――!」
不意打ちに、イグニスの顔はにやけた。ふっふっふと不気味な声を上げて喜び、数秒後に元に戻る。
「あ、そうだ。ところでトラウムはここで何探してたんだ?」
「俺は最近流行ってる手品を買いにきたんだよ。それでクロウさんはその付き添いをしてもらってるわけ」
「ふーん。でも手品っていろいろな種類のものがあった気がしたんだが、どんなのを選んだわけ?」
「まあ、今のところはこれだな」
トラウムは小さなボールを持った手を、前に突き出した。
「簡単のなら見せてやろうか?」
「おお、頼む」
トラウムは楽しそうに、よしきた、と言い、手品を始める。
「今、俺が手にしているこのボールはどこにも仕掛けなどありません。そうは言っても信用はしてくれないので、ほら」
トラウムがイグニスに向けて、手の平程度のボールを下投げした。うをっと驚きボールを受け取るイグニス。彼はボールをこねくり回したり、強く握ったりするが形は一切変わらない。
イグニスはボールを投げ返し、トラウムは片手で受け取る。
「そんじゃ、これをよく見てろよ」
するとボールは彼の手の平を滑るように動きだした。もちろん、トラウムが器用に指で転がしており、しかし両手の上を移動するボールは滑らかに動き続ける。
重力の言葉を感じさせないそれは、瞬間、高く跳ね上がった。
イグニスは、宙に投げ出されたボールから目を離さず、注視する。ボールはやがて空中で止まり、落下していく。
トラウムは一歩だけ前に出て、落ちるボールの軌道に体を寄せる。
ボールの軌道を隠すように、彼は右手でイグニスの間に壁を作った。そして、ボールは壁に入り、壁の下に来た左手に乗る。
彼は右手でボールを包むように右手を被せた。
直後。トラウムが手の内を潰した。
見ていたイグニスは驚き、しかしボールの破壊音が一切ないことに疑問を抱いた。それを察するように、トラウムがゆっくりと手の内を開く。
開かれたそこに、ボールは存在しなかった。
「え?」
トラウムは満足そうに笑みを浮かばせ、ポケットに手を突っ込んだ。取り出された彼の手には、消えたボールが握られていた。
イグニスは驚きを隠しきれず、
「おおおおおお!」
拍手した。
トラウムは、どうもと言い一礼する。
「なあなあ、種明かししてくれよ」
「やだね。自分で考えな」
ベーと舌を出し、楽しそうに拒否した。
「まあ俺のことはこれぐらいにして、お前はここで何してたんだ?」
「ああ、カイル先生がニーナって子を連れてるから楽しませようとおもちゃを選んでいたところなんだよ」
「子!? つまりは子どもで御座るか!」
イグニスの言葉に過剰反応を示したのはクロウだった。
「そ、それは男の子で御座るか? 女の子で御座るか?」
「女の子ですよ。まあこれくらいの身長だな」
「なんと、まさかの幼児ほどの身長! 相手、相手は誰で御座るか?」
相手? と一瞬疑問になったイグニスは、とりあえず、
「いないんじゃねえの?」
「せ、せ、拙者、なんだか犯罪臭がするで御座るうううう」
クロウは顔を背け、うなだれた。
イグニスはなんでそうなったのか理解できないまま立っていると、トラウムが話しかけてきた。
「とりあえずその身長ならこれとかどうだ?」
差し出された彼の手には、女の子の人形が握られていた。
「これって女の子に人気のやつだろ。オレ、遊び方なんて知らねえぞ」
「それでもいいんだよ。その子の渡して、話を合わせればいいだけだから」
「ふーん、そうなのか。ならこれにするわ」
イグニスはトラウムの握っていた人形を受け取り、受付に行ってお金を払った。
「ありがとうな、とっても助かった」
「おう」
「……で、その、クロウさんをどうすればいい?」
クロウは両膝と両手を床に付け、ぶつぶつと何か呟いている。
「あー、それなら俺に任して帰ってくれていいぞ。こうなったら当分戻ってこなそうだし」
「じゃあ、すまんが頼んだわ」
イグニスは彼等に手を振って店を出て、家に帰った。




