メアリ編
メアリの通ってた学校には、ある噂があった。
「ねえ知ってる? どんなテストでもほとんど満点をとる女がいるって噂」
「ああ、知ってる知ってる。キャバシティを使っていつも満点をとるってやつでしょ」
「そうそれ。で、本人は使ってないっていうらしいんだけど、どう思う?」
「どうせ嘘でしょ。そんなこと言って優等生ぶりたいんじゃないの」
「だよねー」
その噂の本人というのが、メアリである。彼女のキャバシティは『勘がよくなること』だ。つまり、『勘がよければどんな難問でも正解を当てる』と勝手に解釈をされたのだ。
しかし、実際のところは違う。
勘とは、それまで積んできた経験から導き出される、いわば直感のことである。そのため、どんなに勘がよくとも、難問の答えを導く方法を知らない限り、解答などできないのだ。
そのため、あの噂を口にする輩を見る度に、彼女は訴えた。勘なんかで満点など取れない、と。
けれども返ってくる言葉は、「それ、逆に怪しいんだけど」とか、「あ、そう」とか真に受けてもらえなかった。
噂は一向に止むことがなかった。
そして、いつからか訴えることに疲れを覚えたメアリは、テストのために頑張っていた勉強さえもしなくなる。
「ねえ知ってる? どんなテストでもほとんど満点をとっていた女が、今だと最低点をとり続けてるって噂」
「ああ、知ってる知ってる。どんどんテストの点数が下がっていったってやつでしょ」
「そうそれ。で、あれってキャバシティは使ってなかったですよってでも言いたいのかね」
「そうじゃない? 逆に今まではバリバリ使ってましたよってばらしたのと同じなのにねー」
周りがどう言おうと、メアリはもう気にしない。
友達以外は基本無視していき、選考会の日になった。
朝。メアリがベッドから起き上がると、全身から汗を拭きだし、衣服を濡らしていた。
嫌な夢を見た。メアリは呟き、べたついた服を脱いでシャワーを浴びることにした。
メアリは浴室から出て体を拭き、手軽な服装に着替える。理解できない文字が入ったシャツに、ショーツを穿いて、彼女は作り置きしてある朝食を口にした。
今日は、やりたいことがある。読書もしたいが調べておきたいこと。
それは、カイルが私達なんかをチームの一員として選んだ理由。これを知らなければ、どこかで躓いた時に立ち上がれなくなりそうな気がしたからだ。
しかし、本人に直接聴いても簡単に答えてくれないだろう。
だからメアリは、ヴェリテ図書館に行くことに決めた。ヴェリテ図書館は一般向けの書物を所持していると同時に、正式に作られたチームの経歴を細かく記されたファイルを管理している。
つまり、カイルの過去を探ることにしたのだ。
朝食を食べ終え、仕度したメアリは、ヴェリテ図書館に向かって歩き出した。
「あの、どうして入れないんですか!?」
「どうして、と申されましても身分を証明できるものを提示して貰わない限り、入ることを許可できませんので……」
「ああいうものは、奪われて使われたら意味がないんだから。私はカイル・フローレンが率いるチーム、リベルタに所属するメアリ・コンラッドだって言ってるでしょ」
「そ、そう言われてもダメなものはダメなんですよ」
受付けに座っていた眼鏡をかけてる女性に、メアリは怒り混じりに声を上げていた。
どうやらチームの経歴のファイルの保管場所に行くためには、身分を証明できるものがなければいけないらしい。だが、生憎メアリはそのようなものを持ってない。
もちろんメアリが悪いのだが、彼女はここしか頼れる場所がなかった。
「どうしても、ダメなんですか?」
「どうしても、と言われますと……一つだけ別の方法があります」
女性の言葉に、メアリは綻びる。
そして女性は、あるものを手にしていた。それを見たメアリは目を見開かせ、
「あの、それは、何ですか……?」
「針です。これをあなたの指に刺して、血を貰います。それで先程言っていたメアリ・コンラッドであることがわかったら許可を出せます」
「……、わかりました」
他に調べる手立てのないメアリは、受付けの女性を信じて頷いた。
「それでは、私の左手にどちらかの手を上向けにして乗せてください」
指示に従い、右手を乗せる。
「少々痛いかもしれませんが、我慢してください」
女性が右手に持った針が、メアリの人差し指に刺さり、深く侵入していく。
「い、痛っ」
予想外の痛みに、思わず声が漏れてしまった。しかし針の侵入は止まることなく、メアリに痛みを与え続ける。
針がある程度まで刺さると、女性は引き戻し、そして抜いた。
メアリの人差し指に小さな穴ができ、そこから血が溢れるように出てくる。
「失礼します」
女性が呟いた直後、人差し指は女性の口に包まれた。湿った、温かい感覚が指先から伝わってくる。
咥えた口は、血を求めて吸引する。
「……んっ」
吸いつかれた指は、痛みと同時に僅かな快楽を与える。
数秒の後、女性は指から離れ、指先に血の赤が付いていた。
「確認できました。深部への入室を許可します。それと、これを」
女性はメアリにハンカチを渡してきた。どうも、と言って受け取り傷口に押し当て、血を固めて穴を塞ぐ。
「ありがとうございました」
ハンカチを返し、すぐに深部へ向かって歩き出した。
深部は、窓から光が刺し込み、部屋中を明るく照らしていた。
広場近くある広さの深部には、数えきれない程の棚が並んでおり、その中に沢山のファイルが入っている。
「カ、カ、カ……」
メアリは棚の間を歩きながら、カイルのチームの経歴が書かれたファイルを探す。
数分ほど歩き、それでようやく『カイ』の近くに到達した。
「カイ、カイ……あ、あった」
棚の高い場所に置いてあったカイルの経歴の記されたファイルを、背伸びをして手にする。
ファイルといっても、本のような厚さになっており、重い。左手で本を支え、右手でファイルをめくっていく。
4056年1月22日。リベルタがキノコ採りの仕事を完遂させた。
4056年1月19日。チームリーダーであるカイル・フローレンがイグニス・フィガロとメアリ・コンラッドを率いるチームを『リベルタ』と命名した。
4056年1月18日。前日に引き続き、サンクロス訓練所で訓練をする。
ファイルには、今まで行ってきたことが細かく記されていた。
メアリはページをめくると、面白い文があった。
4055年12月17日。カイル・フローレンが身を隠して学校に行き、チームメンバーを選出するために生徒を観察した。
……、やっぱり見に来ていたんだ。
いつ、どこで見ていたかはわからなかったが、メンバーを選ぶためには実際に目で確かめる必要はあるとメアリは考えていた。
だが実際に私やイグニスを見たのなら、何故、実力がないことを知って選んだのだろうか。
その答えを求めるべく、彼女は次の文を読むが、次は選考会のことが書かれていた。
仕方ない。そう考え、メアリは自身に関係のない、つまり観察よりも前の行動を読むことにする。
ページをめくり、そして硬直した。
開いた先は白紙だったのだ。
おかしい、ありえない。慌ててページをめくっていくが、目に入るものは白紙、白紙、白紙。
どうして、と疑問を抱いた時、ようやく文字が表れた。
白紙という不安から、記事がある安心に変わる。
安堵して文を読んだ直後、メアリは再び硬直した。
彼女が読んだ文は、以下のことが記されていた。
4054年3月4日。チーム『ジャスティン』は殺人グループのアジトに乗り込み、制圧しようとする。しかし殺人グループ全員が攻撃を仕掛けてくる。無事に殺人グループ全員を殺し、壊滅させたもののゴルドー・タズとサリエル・ヒアロが致命的な攻撃を受け、死亡。以後、チーム『ジャスティン』は強制解散となった。