イケメンスパダリに保護されました
王都の片隅、下町の路地裏にひっそりと佇む『ルチアの魔法具店』。
看板こそ出ているものの、訪れる客は滅多にいない。なぜなら、店主であるルチアが売っているのは、周囲の人間には理解できない「奇妙なもの」ばかりだからだ。
「よしっ、これで完成……!」
ルチアは額の汗をぬぐい、クリップで留めた前髪を揺らして満足げに微笑んだ。
作業台の上に置かれているのは、手のひらサイズの小さな金属製の筒。ルチアが前世の記憶――『現代日本の知識』を総動員し、この世界の魔導技術と融合させて作った自信作だ。
「これさえあれば、冷たいお水が一瞬で最高の適温になる『魔導湯沸かし器』! いちいち火を起こさなくていいし、お茶の時間がすっごく楽になるよね!」
本人は「ちょっと便利な生活便利グッズ」を作ったつもりだった。
しかし彼女は気づいていない。この世界において、熱魔術を「一瞬で、かつ誤差なく一定の温度に固定する」という制御が、国家最高峰の宮廷魔導師でも数人がかりで行うレベルの高等技術だということに。
その時、店の古びたドアベルが、カランコロンと涼やかな音を立てた。
「いらっしゃいませ!」
ルチアが元気に声を上げると、店内に一人の男性が入ってきた。
下町にはおよそ不釣り合いな、仕立ての良い漆黒の外套。それを脱いだ下に覗くのは、一分の隙もない貴族の衣装だ。
流れるようなプラチナブロンドの髪に、深いアメジストのような瞳。あまりの美貌と、隠しきれない圧倒的なオーラに、ルチアは思わず息を呑んだ。
(うわぁ……ものすごいイケメン。身分を隠してお忍び中の貴族様かな?)
男――アルヴィンは、ふらりと入った奇妙な店を見渡していたが、やがて作業台の上の金属筒に目を留めた。
その美しい眉が、ピクリと動く。
「……お嬢さん。これは、君が作ったのかい?」
アルヴィンがその筒をそっと手に取る。その瞬間、彼の瞳の奥に鋭い光が走った。
見た目はただの玩具のようだが、内部に組み込まれた魔力回路の密度と、完璧なまでの構造の美しさ。これはただの魔導具ではない。この技術を応用すれば、どんな強固な結界も一瞬で融解させる戦略兵器すら造れてしまう――。
アルヴィンは動揺を完璧に隠し、極上の、とろけるような微笑みをルチアに向けた。
「はい! 新作の『一瞬でお湯が沸く魔法具』です。お茶を淹れるのが劇的に楽になるんですよ!」
ルチアが屈託のない満面の笑みで答える。
アルヴィンは確信した。
(――この子は、自分がどれほど恐ろしいものを生み出したのか、全く自覚していない)
そして同時に、猛烈な独占欲が彼の胸の奥で火を噴いた。
こんな無防備で、愛らしくて、国家の命運を握るような天才を、下町のこんな薄暗い場所に放置しておくわけにはいかない。他の貴族や、ましてや他国に目をつけられたら、どんな目に遭うか分かったものではない。
「……素晴らしいね。これほど独創的で美しい魔法具は、生まれて初めて見たよ」
アルヴィンは手袋をはめた手で、ルチアの小さな手をそっと包み込んだ。
大きくて、温かくて、包容力に満ちた手。
「えっ……? あ、ありがとうございます……?」
「ところで、可愛いお嬢さん。君のような至宝が、こんな寂しい場所にいてはいけない」
アルヴィンのアメジストの瞳が、至近距離で甘く細められる。
「私の名はアルヴィン。一応、この国の公爵を務めている。――君のその素晴らしい才能と、そして何より君自身の身の安全を、私の全てを懸けて生涯保証させてほしい。……いいね?」
「へ? こうしゃく……え? しょうがい、ほしょう……?」
ルチアがパチパチと瞬きをしている間に、アルヴィンは流れるような動作で彼女の腰を抱き寄せ、軽々と横抱き――いわゆるお姫様抱きにしてしまった。
「キャッ!? な、何ですか!?」
「さあ、行こうか。君にふさわしい、最高の工房を用意させるよ。これからは何も心配いらない。私の腕の中で、好きなだけ素晴らしいものを作るといい」
「あの、お店の片付けが! あと湯沸かし器が!」
「そんなものは後で部下にすべて運ばせるから大丈夫だよ。さあ、私の可愛いルチア」
有無を言わせぬスパダリの笑みを浮かべたアルヴィンに抱えられ、ルチアはあれよあれよという間に、店外に待機していた豪華な馬車へと連れ込まれてしまったのだった。
こうして、無自覚チート魔法具師ルチアの、過保護で甘すぎる公爵邸での溺愛生活が幕を開ける。




