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王妃様のお茶会

 モヤモヤした気持ちを抱えたまま一度帰宅し、軽食を摂った後に小花の散るラベンダーピンクの訪問用の華やかなドレスに身を包んだローラが、午後に訪れたのは昨日も足を運んだ王城だ。


 「――成る程、お茶会はこの庭園ではなくて、王妃様のお気に入りの薔薇園で開催されるのね」

 「ええ、くれぐれも王妃様の前で失礼のないようにしなくては」

 「分かってるわ、任せて頂戴」


 昨日も付き添ってくれた女官の後ろを歩くローラとモモは、ヒソヒソと小声で二言三言、言葉を交わす。

 これから向かうお茶会は、国の頂点である貴婦人シーズニア王妃の開催するものだ。

 一月に一度行われるこの定例会は、王妃の親しい人物や王太子妃候補達を呼んだ交流会であるが、その実二人の王太子妃の動きを見定める場所でもある。


 (正直、全く気が乗らないわ)


 ローラは月に一度行われるこのお茶会が苦手であったが、王太子妃候補である以上逃れられない。

 そして、本来なら立ち入ることが出来ない一介の平民であるモモを連れて行くのは、王妃様たってのお願いであるからだ。


 (何か無茶な事を言われなければいいのだけれど)


 茶会用の扇子を片手に、ローラの顔は硬い。

 女官が穏やかな笑みを浮かべ、中庭の入り口の前で楚々と一礼した。


 「こちらで王妃様達がお待ちです」

 「ありがとう、行きましょう」

 「そうね」


 王城の内部に作られた中庭は、王妃が自ら設計をし作らせた彼女のお気に入りである。

 噴水や池が作られ、色とりどりの薔薇が美しく咲く、贅を尽くしたそこは、まさしく王妃の聖域だ。


 「まあ、ようこそローラ。

 待っていましたよ」

 「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 華やかなイエローのドレスを着た、金髪の巻き毛のふっくらとした体付きの貴婦人……シーズニア王妃が、豪華な扇子を持ってにこやかな笑顔をローラに向ける。


 この国では、余程親しい間柄でない限り身分が上の者から話しかけないと、会話をする事が出来ない。

 王妃からの声掛けをもらったローラがドレスの裾を摘み、しずしずとカーテシーを行う。


 「ごきげんよう、ブロッサム伯爵令嬢。

 噂は聞いておりますよ」

 「まあ、愛らしい春の妖精が夏の装いに変わったみたいだわ。

 楽しい時間を過ごしましょうね」

 「……ごきげよう、スノードロップ公爵夫人、オスマンサス侯爵夫人」


 傍らに立つのは、この国の重鎮である二人の公爵の妻達である。

 背の高い凛とした婦人がスノードロップ公爵夫人、ふくよかな体付きの華やかな婦人がオスマンサス公爵夫人だ。

 片や国を動かす大臣の妻、片やシーズニア王妃の実姉と、この社交界では強い発言力を持つ貴婦人たちである。

 挨拶もそこそこに、三人の貴婦人の好奇の目が、ローラの後ろへと移る。


 「そちらが……噂の新しい教育係ね?」


 フローラ=ローラ・ブロッサムの十人目の教育係の事は既に婦人たちの間で噂になっているようだ。

 発言を許されている、主君であるローラがそっとモモへと手を掲げた。


 「こちらが、新たな教育係として赴任しているモモ・エンデと申します」


 紹介を受けたモモが、ドレスの裾を持ち優美なカーテシーを取る。

 このような場であっても、この教育係は一切緊張していないようだ。


 「ご紹介に預かりました、私はモモ・エンデと申します。

 どうぞ、お見知り置きを」

 「まあ、なんて大きな御方!

 失礼ですが、身長はどのくらい有りますの?」

 「此方に来る前に測った時は、百九十六センチでしたわ」

 「あらぁ、此処まで大きな殿方中々居ませんわよ!」

 「そうね、それに中々御顔立ちも端正だわぁ」


 王妃とオスマンサス侯爵が感嘆の声を上げる。

 装いこそ淑女であるが、モモの見てくれは二メートルに届かんほどの大男だ。

 この国には珍しい、艷やかな褐色の肌と墨を流したような黒髪も相まり、王妃とオスマンサス侯爵夫人の姉妹は興味津々のようだ。

 周りの貴婦人たちも、近寄りこそはしないが様子を伺っている。


 「貴方、『旅人』でありながら魔法が使えるらしいわね。

 是非わたくしにも見せてくださらないかしら?」


 にこりと微笑む王妃の美しい笑顔に、ローラは内心胃が縮こまりそうになっていた。

 この時点で王妃はモモを使えるかどうか見定めているのだ。


 モモと目が合うと、黒い瞳がふと優しく細められる。

 「だいじょうぶ」と唇の小さな動きだけでローラに囁いたモモは、ハンドバッグを開く。


 「それでは、美しい王妃様にこちらをお贈りしましょう……」


 王妃の背後でスノードロップ公爵夫人が、警戒を深めるように鋭く目を光らせる。

 射るような視線もものともせず、モモが取り出したのは……ローラも見たことの無い、丸い瓶であった。


 「……まあぁ!」


 王妃の瞳が爛々と輝いた。

 モモの大きな掌に乗ったそれは、美しい桃薔薇が閉じ込められている。

 瓶の中にはとろりとした液体が満ちており、中庭に差し込む陽光の光を受けてキラキラと輝いて見える。

 淡いイエローのリボンが結わえられたそれは、幻想的な愛らしさと美しさを兼ね揃えていた。


 「ハーバリウムという、私の世界に有る液体標本ですわ。

 王妃様は薔薇がお好きとローラお嬢様から伺っておりましたの」


 モモがルージュを引いた唇を自信ありげに持ち上げる。

 悠然と微笑むモモの手に在る美しいボトルに、王妃や夫人達は釘付けだ。


 (上手いわね)


 シーズニア王妃は無類の薔薇好きで知られている。

 この庭は勿論のこと、薔薇風呂や薔薇のスイーツ、香水も薔薇の香りを調香したものを使っている徹底的な薔薇マニアだ。

 シーズニアにはない不思議で魅力的なこの贈り物は、王妃には垂涎ものだろう。


 「もちろん、危害を加えるようなものでは有りません。

 ローラお嬢様の教育係として認めていただけるのならば、それ以上は望みませんわ」

 「まあ……面白い御方ね」


 口外に『ローラ以外に使える気は無い』と匂わせつつにこやかにボトルを差し出すモモに、王妃は悪戯っ子のような笑みを浮かべてそれを受け取る。


 「ローラは人見知りの気があるから、宜しくお願いね」

 「はい、勿論ですわ」


  この瞬間、モモは王妃の『お気に入り』となった。


 (取り敢えずは、モモを教育係として認めてもらえたわ)


 傍らでローラは、人知れず安堵の溜息をついた。

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