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十人目の教育係

 ローラは、人付き合いというものが苦手であった。

 連日行われるお茶会や、令嬢ならば喜ぶであろうパーティーなども実は好みではない。

 どちらかと言えば自室でのんびりと草花の図鑑の絵を眺めたり、黙々と土を弄くるのが好きな、内向的なお嬢様であった。

 一人娘であるが故に婿養子さえ取れればそれで良い、そう思っていた事もある。

 しかし、人生とは上手く行かないことの連続である。


 体内の魔力の回路の関係か、この国では貴族のみが魔法が使える。

 魔力を鳥の形に飛ばして短い文字を伝える『伝達魔法』やものを拡大縮小する魔法など、様々な魔法が長い歴史の中で開発された。

 その中でも自然に関係する魔法を使える者は、才覚のあるごく一握りしか存在しないのである。

 そして、この魔法を使える貴族の令嬢は王家に嫁ぐ事が習わしとなっていた。


 そんな訳で、ローラもまた、十歳の頃に王太子妃候補として王都に送り込まれ、厳しい教育と魔法の修練に励んでいるわけなのだが……。


 「ローラ様、そろそろ新しい教育係の者が来ますよ」

 「ごめんなさいメアリー、これだけ……これだけ植えさせて」


 王城からブロッサム家別邸へと帰宅したローラは、昼食を摂った後ポットに仮植えしていた花をトピアリーの周りに植える作業をしていた。

 百日草(ジニア)は晩秋まで咲き続ける生命力の強い花だ、暖色系のそれらは彩りも鮮やかで見る者の目を楽しませてくれるであろう。

 本当ならば早朝に植えてしまいたかったが、王城に呼ばれていたため断念したのだ。

 午後からも予定があるため、早急に植えてしまいたい。


 「もう、土と草の葉まみれの令嬢なんて聞いたこと有りませんよ」

 「普段はちゃんとしてるもの……」

 「そう言ってお友達も出来ずに、しょげて帰ってきているのは誰ですか……ああもう!」


 メアリーと呼ばれた年配の女が、白いエプロンを脱ぎ近くのベンチに掛けた後、スコップを片手にローラの傍らに膝を折る。


 「お手伝い致しますから、早く終わらせましょう」

 「ありがとう、メアリー」

 「全くもう、いつまで経っても甘えん坊ですね」


 別邸に住み込みで働く彼女はこの屋敷を取り仕切るメイド長であり、元々はローラの祖父であるブロッサム前伯爵の元で仕えていた子爵の娘である。

 幼い頃からローラのマイペースな性格を熟知しており、口煩く尻を叩きながらもこうして甘やかしてくれる。

 ザクザクと土を掘るスコップの音が心地よい。

 肥え太った蚯蚓を傍の日陰に避難させつつ、百日草を植え替えていく。

 手元を見つめたまま、メアリーが厳しい顔で口を開く。


 「ローラ様、分かっていますね」

 「……ええ、分かってるわ」

 「今度という今度は、教育係の者と仲良くして下さいませ」


 今日の午後に、新しい教育係がやってくる予定だ。

 しかも、今回は祖父の推薦らしい。


 「今までに十人も教育係が変わっているのです。

 ただでさえ『教育係に無茶を言うワガママな令嬢』と噂されているのですから自覚を持って下さいましね」 

 「……九人よ、メアリー」

 「九人も十人も似たようなものです!

 ただでさえお嬢様は社交界での評判は芳しくないのです、本当は優しい方だと私が知っていても周りが理解していなければ意味がありません!」

 「……」

 「今回の教育係は大旦那様が推してくださった方です、くれぐれも失礼の無いように」

 「……分かってる、分かってるわ」


 この六年の間に、ローラの教育係は九人も入れ替わっていた。

 円満に任を辞したのは最初に勤めた高齢の前伯爵夫人くらいであり、酷い時はローラと反りが致命的に合わず三ヶ月も経たないうちに辞表を突きつけられてしまった。


 (仲良くしたくない訳じゃないのだけれど)


 ローラも好き好んで喧嘩をしたい訳では無い。

 だが、内向的な性格に反して思ったことは言わずにはいれない性格が、策略と駆引が全てである貴族生活においては致命的であった。

 最後に教育係を務めていた子爵夫人は温厚な性質であり、ローラも苦も無く付き合いを続けていた。

 しかし、妊娠の発覚と同時につわりが酷くなったためローラが辞めさせたのである。

 その結果、ローラには『何人も教育係を辞めさせた気難しく我儘な令嬢』というレッテルが貼られ、誰も教育係に立候補しなくなったのだ。


 このままではもう一人の妃候補に遅れを取ってしまう。

 そのため、王家からの推薦ではなくブロッサム家が、今は隠居でのんびりと過ごしている祖父が教育係を寄越したのだ。

 メアリーが手伝ってくれたおかげで、百日草の植え替えはスムーズに終わった。

 暖色系の鮮やかな花々に囲まれ、苦心して自作したリスのトピアリーもどこか嬉しそうだ。

 メアリーが自らのワンピースの裾を払いながら冷静な声でローラに告げる。


 「さ、ローラ様……そろそろお召し物を変えましょう」

 「そうね」


 泥だらけで人にはさすがに会えないことくらいローラにも分かっている。

 足早に着替えの支度をしに邸へと戻るメアリーから、ローラは自らが作り上げた庭を見渡す。

 流行を取り入れ、品の良さを保ちながらローラの好みを押さえた、ここはさながらローラのための楽園のようだ。


 「……この邸にずっといれたらいいのに」


 その呟きは、誰に聞こえるでなく夏の日差しに蕩けてゆく。

 眩い光に目を細めて空を仰ぐ。

 ネモフィラで染め上げたような、雲一つない爽やかな青空が広がっている。

 ふと、遠くで鳥の影が飛んでいるのを蒼い瞳が捉える。


 (鳥……?)


 鳥にしてはおかしい、羽ばたきもしないそれは飛ぶというよりかは、タンポポの綿毛のように風に乗って浮いているように思えた。

 少しずつ、影はこちらに近付いている。

 それが日傘を広げた人間であることに気付いた時には、邸の門を上から通過していた。


 薫風が甘く香る。

 驚きに目を見開いたまま動けないローラの土で擦れた頬を、銀の髪を緩やかな風が凪いでいく。

 まず目についたのは、石畳に降り立つ鮮やかな赤のパンプスだ。

 ストッキングに包まれた脚はすらりと長く、それでいて筋張っている。

 大胆に肩口を開けたドレスの胸元は大きく谷間が作られ、その恵体ぶりが衣装の上からでも分かった。

 この国では殆ど見ない褐色の肌に、濃い化粧を施した黒の瞳がローラを真っ直ぐ捉えた。


 「――アナタがローラね?」


 突如目の前に現れた、二メートルに届かんばかりの上背の筋骨隆々の人物は、お茶目な口振りでぱちんとウインクをしてみせたのであった。


 「はじめまして、アナタを世界で一番チャーミングな女の子にしにきたわよ♪」

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