婚約者に会いに
「まだ少しふらついてるわね、大丈夫?」
「平気よ、少し休んだら落ち着いたわ」
王妃主催のお茶会は無事に終わり、ローラは一番最後に王妃の庭を後にした。
あの後十鉢以上の薔薇を咲かせ、案の定酷い目眩に見舞われたが中座する訳にもいかず、モモの用意してくれた椅子に腰掛け温かい紅茶を楽しみながら残りの時間を過ごしていたのだ。
「社交界は情報と嫌味の応酬だとは聞いていたけれど、まさかここまてあからさまとはねェ」
「あなたが居てくれたから、何時もよりはマシよ」
「あらそォ? それじゃあこれからもローラと一緒に参加しちゃおうかしら♪」
「どうかしらね」
モモは平民だが、王妃が気に入ればローラと共に再び招待状が来るだろう。
「それに、来月は王太子のオータムナル殿下のお誕生日のパーティーが開かれるから、その支度に合わせて王妃様のお茶会はお休みされるわ」
「んま、それはめでたいけれど残念ね」
「まあ、再来月に招待してもらえたら、一緒に行けばいいんじゃないかしら?」
「……そうね」
何気ない言葉であったが、モモが少しだけ寂しそうに口端を持ち上げたのが少し気になる。
しかし、モモが切り替えるように別の話題を出せば、そちらへと話は移っていく。
「今から王子様の所に行くのよね」
「はい、正確には王太子殿下です」
城を後にする前に、ローラはモモの紹介も兼ねて婚約者であるオータムナル王太子に挨拶に伺う事になっていた。
女官に聞いたところ、どうやらオータムナル王太子は『友人』を招待し、二人でお茶を楽しんだ後に庭園を散策しているのだという。
その『友人』が誰なのかを、ローラは解っていた。
(十中八九、あの人ね)
ちなみにローラよりも前に王妃に別れの挨拶を卒なく済ませたゲルダも、王太子に会いに行くそうだ。
トラブルにならなければよいのだが、そう考えながらローラは石畳を歩む。
「今からお会いするオータムナル王太子ってどんな人なの?」
「どんな……ですか」
モモに問われ、ふむとローラは考え込む。
十歳で王太子妃候補に選ばれ、六年間顔を合わせてきた婚約者であるというのに、その印象はあまりにも薄い。
「正義感に溢れて、情け深い方だと周りからは評価されています。
魔法にも優れており、文武両道な方かと」
「ふーん、そうなの……で、ローラ自身ははどう思ってるの?」
ニコニコと踏み込んでくるモモをちらりと見上げ、ローラが唇を開く。
「そうですね……家と王家で決めた政略結婚になるので、特にこれと行った感情はないです」
「あらンっ、予想はしてたけどドライだわねェ」
当たり前の事を言っただけだ。
家同士の繋がりを濃くするため、政治で有利に進めるための駒として貴族の令嬢は嫁に向かうのだ、そこに愛は無い。
「この国では、自然系の魔法を使える令嬢は強い魔力とその魔法を王家の血に取り込むべく次期王妃候補として王太子の婚約者に据えられます。
今回だと、私とゲルダ様がそうですね」
「あの王妃様の口振りだと、両方とも欲しがってるように思えるわ」
「選ばれなかったほうは、王太子の五つ下の弟であるセカンドフラッシュ王子の婚約者に据え直すという話も出ているみたいです」
「つまり、どの道貴女達は王家から逃げられない訳ね」
モモが少しだけ眉をひそめる。
この教育係が居た世界は、ここよりももっと自由な場所だったようで、カルチャーショックを受けているのかもしれない。
「すみません、異世界から来た人間には馴染みの無い話かもしれませんね」
「ううん、貴女の置かれている状況が分かってきたわ」
「教育係、降りるなら早いうちにされる事をオススメします」
「なーに寂しい事言ってるの、アタシは最後までアナタの味方よ」
「……そうですか」
庭園の薔薇の品の良い香りが心地よい、これがただの散策ならば良かったのに。
この曲がり角を曲がるまでは、ローラはそう思っていた。
そこは、昨日魔法を使った桃薔薇の園だ。
二人掛けの白いガーデンテーブルが置かれた、憩いの場である。
その傍らには既に先客が二人居た。
一人は先程までお茶会に参加していた、ゲルダ・スノードロップ公爵令嬢。
そしてもう一人は、ストライプ模様のチョコレート色のドレスを身に纏った、小柄な少女であった。
「……彼女がもしかして」
背後でモモがぽそりと呟く、どうやらもうその存在は知っているようだ。
「ええ、彼女がリコ・パンプキンス男爵令嬢。
この国の『聖女』で、王太子殿下の『ご友人』よ」
大仰な肩書きを持つ少女は、瞳一杯に涙をたたえ、怯えた表情で佇んでいた。




