外から見ている方が好きな話
放課後、グラウンド脇。
陸上部の練習前、朝比奈恒一は出欠表を確認していた。
「朝比奈」
低く通る声。振り向くと、
眼鏡をかけた生徒、西園寺さつき。
巴のファンクラブ会長でもある。
「朝比奈、巴様、今日いる?」
「ああ、女子側のフォーム確認してる」
「……やっぱり来てよかった」
恒一は少し安心した。
グラウンドの向こう、真田巴は仲間の前でフォーム指導をしている。
黒髪のポニーテール、背筋の伸びた立ち姿。無駄のない動きで、見ているだけでも圧がある。
「朝比奈もすごいよね」
「あ、俺?」
「うん、部長になったんだろ」
「ああ」
さつきはにやりとする。
「ところでさ」
恒一は少し目を細め、校舎の方を指さす。
「ファンクラブ、また会員増えたんだって?」
「うん、来年にはもっと増えるはず」
二人で笑い、ほのぼのした空気が流れる。
「でもさ、朝比奈」
さつきが視線を戻す。
「巴様のそばにいるんだから、色々大事にしなよ」
「……わかった」
「私は外から見ているだけでいい」
「でも、朝比奈は違うでしょ」
「違う?」
「違うよ、近くにいられる人なんだから」
恒一は、まだ上手く理解できない。
ただ、外から見ているだけの好き。
近くにいられる好き。
二つの感覚を整理できず、少し首をかしげる。
「じゃあ、今日は帰る」
「少し見られたから十分」
は手を振って去る。
グラウンドでは、巴が女子部員に指示を出している。
相変わらずまっすぐで、強く見える。
恒一はその姿を見つめながら、心の中でつぶやく。
(外から見てる方が好きって、こんな気持ちか)
でも、近くにいるのにもったいないと思う言葉は、妙に残った。
恒一の視線の先には、伸びやかなフォームの巴。
黒髪の毛先が光に揺れ、短距離のスピードが見る者に力強さを伝える。
そして、今日も巴は楽しそうに笑っている。
(やっぱり、巴はすごいな)
心の奥で、少しだけ羨望を覚える。
空は柔らかい夕陽に染まっていた。
部活の賑わいと、ファンクラブの話題。
少しのユーモアと少しの緊張。
その両方が、恒一の心を温める。
――少しだけ。
前より、進んでいる気がした。
★人物情報一覧★
朝比奈恒一:二年A組の陸上部部長で、真面目で努力家だが恋愛に鈍く、約束を絶対に守る誠実すぎる主人公。
真田巴:二年B組の陸上部副部長で剣道本業の天才型、強く美しい「巴様」だが内面は繊細で弱い。
白石ひより:一年生の陸上部員で、控えめで自信がなく、恒一に好意を抱いている。
白石ひなた:ひよりの妹で、姉思いだが悪気なく大きな誤解を生む行動をする。
三浦基樹:恒一の一番の親友で、心配症のツッコミ役だが自分のことには鈍い。
一ノ瀬彩音:恒一と基樹の幼馴染で、鋭く何でも分かる観察者タイプ。
三浦純也:基樹の従兄弟で、恒一の過去を知り、必要な時に踏み込む役。
前田千夜:巴の相談相手で、相手を動かさずただ話を聞いて支える同学年。
前田千瀬:千夜の妹でひよりの同級生、明るく遠慮なく人を動かす橋渡し役。
佐藤忠一:陸上部副部長で、恒一と巴の間に挟まれて胃を痛める常識人。
佐々木光一:陸上部元部長で、恒一を次期部長として評価していた三年生。
巴の父:厳格で圧が強く、恒一に巴と距離を取らせたが後に反省する。
巴の兄:妹思いで恒一に距離を取る約束をさせたが、恒一の誠実さを高く評価する。
巴の祖父:真田道場の師匠で、恒一に「見るに足る男になれ」と教えた人物。
真紀子:巴の母で、丁寧で穏やかだが怒ると非常に怖い。
巴の祖母:普段は穏やかだが、父と兄を土下座させるほど怖い一面がある。
西園寺さつき:女性の巴ファンクラブ会長で、巴様の変化を細かく見守る。




