部長になってしまった話
放課後、二年A組。
「基樹」
基樹が振り向く。
「なんだ?」
恒一は、いつも通りの顔で言った。
「部長になった」
「……何の?」
「陸上部」
「それは分かるわ!」
基樹のツッコミが飛んだ。
近くにいた彩音が、興味深そうに顔を上げる。
「へえ」
「恒一、部長になるんだ」
「ああ」
「朝比奈部長」
「……」
恒一は少し考える。
「慣れないな」
「俺も慣れねえよ」
基樹が額を押さえた。
「お前、部長とかできんのか?」
「分からん」
「そこは嘘でもできるって言え!」
「嘘はよくない」
「真面目か!」
彩音が小さく笑った。
「でも、意外と向いてるかもよ」
「そうか?」
「うん」
彩音は頬杖をつく。
「恒一、人のことはちゃんと見てるし」
「恋愛以外はな」
基樹が即座に言った。
「そこは致命的だけど」
彩音も即座に続けた。
「……」
恒一は少し黙る。
否定はできなかった。
「副部長は」
恒一が続ける。
「佐藤と真田になった」
一瞬、基樹が止まる。
「……真田も?」
「ああ」
「女子側のまとめ役らしい」
「へえ」
彩音の目が、少しだけ楽しそうに細くなる。
「よかったじゃん」
「……そうだな」
恒一は素直にうなずいた。
「真田が副部長なら、話す機会も増える」
「……」
基樹の顔が、嫌な予感を受信した顔になった。
「お前」
「なんだ」
「今、何考えてる」
恒一は少し考える。
「最近、少し分かってきた気がする」
「何を?」
「恋愛」
基樹が固まった。
彩音は、完全に楽しそうな顔になった。
「へえ、恋愛?」
「ああ」
恒一は真面目だった。
「相手のことを考える」
「話を聞く」
「距離を間違えない」
「ちゃんと見る」
指折り数えるように言う。
「だから」
「これからは、真田とも距離を縮められる気がする」
基樹が頭を抱えた。
「うわあ……」
「なんだ」
「今の発言、すでに危ない」
「危ないのか?」
「危ない」
即答だった。
彩音は肩を震わせている。
「ふふっ……」
「いや、いいんじゃない?」
「いいのか?」
「うん」
彩音は笑う。
「恒一なりに分かってきたなら、試してみるのも大事だし」
「彩音」
基樹が低い声で言う。
「お前、絶対面白がってるだろ」
「そんなことないよ?」
「嘘つけ」
「ちょっとしか」
「認めたな」
恒一は二人のやり取りを見ながら、少しだけ考える。
副部長。
佐藤。
真田。
自分が全体を見る。
まだ実感は薄い。
でも。
真田が近くにいる。
それは、悪くない。
「……」
恒一は小さくうなずいた。
「頑張る」
「何をだよ」
基樹が即座に聞いた。
「部長と」
「巴との距離感を」
「後者が不安なんだよ!」
基樹のツッコミが教室に響く。
彩音はとうとう笑い声を漏らした。
「朝比奈部長」
「なんだ」
「たぶんこれから、陸上部ちょっと荒れるね」
「荒れるのか?」
「うん」
彩音は楽しそうに笑う。
「主に、距離感で」
「距離感」
「そう」
基樹が深くため息を吐いた。
「だからそこが一番不安なんだよ……」
部長になった実感は、まだなかった。
ただ、なぜか周囲の方が先に、不安と期待を抱いていた。




