01、日常
近いうちに、本文を一話から順に更にさくさく読めるよう大幅に変更します。
放課後の教室に、夕日が差し込んでいた。
机の列を橙色に染め、窓際の床へ細長い光を落としている。
教室に残っているのは、僕と彼女の二人だけだった。
「ねえ、シト」
「ん?」
「ちょっと大きくなってない?」
振り返る。
目の前に、セシリアが立っていた。
銀色の髪が夕日に照らされ、きらきらと揺れている。
彼女は僕の顔をじっと見上げると、僕の頭から足元まで視線を動かした。
「別に。僕は昨日と変わってないよ」
「絶対に大きくなってる」
「セシリアが小さいだけじゃない?」
「小さくない!」
ぷくっと頬を膨らませる。
そのまま背伸びをして、僕の頭の高さに手を伸ばした。
「ほら! あとちょっと!」
「届いてないよ」
「届いてる!」
「届いてないって」
「むぅ……!」
セシリアはさらに背伸びをする。
つま先がぷるぷると震えた。
「危ないよ」
「わっ」
僕が肩を支えると、セシリアがこちらを見上げた。
碧い瞳と目が合う。
「……ありがと」
「どういたしまして」
「でも、やっぱりシトが大きすぎる」
「はいはい」
「その言い方、絶対に馬鹿にしてるでしょ」
「してないよ」
「してる!」
セシリアが僕の制服の袖を掴んだ。
そのまま、ぶんぶんと振る。
「セシリア」
「なに?」
「袖が伸びる」
「……あ」
慌てて手を離した。
「ご、ごめん」
「いいよ」
僕が笑うと、セシリアも小さく笑った。
けれど。
窓の外から聞こえてきた歓声に、その笑顔が止まった。
「――セシリア様!」
校門の向こう。
帰宅する生徒たちの声が聞こえる。
「今日も見かけたぞ!」
「勇者様だ!」
「魔王を倒してください!」
セシリアは窓の外を見た。
そして、口元だけを少し持ち上げる。
「……人気者だね」
「そうだね」
「他人事みたいに言わないでよ」
彼女は苦笑しながら、腰に下げた剣へ手を伸ばした。
鞘に収まった、白銀の聖剣。
その柄を、指先でそっと撫でる。
「これがあれば、みんな安心してくれるんだって」
「……うん」
「でもね」
セシリアの指が止まった。
「まだ、一度もちゃんと応えてくれないの」
鞘から抜く。
刀身が夕日を反射した。
けれど、それだけだった。
「聖剣なのに、普通の剣みたい」
セシリアは剣を見つめたまま、首を傾げる。
「私、本当に勇者なのかな」
「セシリア」
「……なに?」
「こっち見て」
彼女が顔を上げる。
「勇者かどうかなんて、剣が決めることじゃないよ」
「じゃあ、誰が決めるの?」
「セシリア自身じゃない?」
「私?」
「うん」
僕がそう答えると、彼女はしばらく黙っていた。
やがて、ふっと笑う。
「シトって、たまに変なこと言うよね」
「そうかな」
「うん。でも……」
セシリアは聖剣を鞘へ戻した。
「嫌いじゃない」
「それはよかった」
「むしろ――」
そこで言葉を切る。
「……なんでもない」
「?」
セシリアは顔を逸らした。
銀髪が頬を隠す。
「ねえ、シト」
「ん?」
「魔王を倒したらさ」
「うん」
「私たち、どこか遠くへ行かない?」
「遠く?」
「誰も私のことを勇者って呼ばないところ」
窓の外を見る。
夕焼けが街を赤く染めていた。
「小さな町で暮らしてさ。お店とかやってみたい」
「何の?」
「パン屋さん」
「セシリアが?」
「なによ」
「朝、起きられる?」
「……」
「パン屋って朝早いよ」
「起きるもん」
「絶対?」
「絶対!」
セシリアは小指を差し出した。
「じゃあ、約束」
「子供みたいだね」
「いいから」
僕は苦笑して、自分の小指を絡めた。
「約束」
「絶対だからね」
「ああ」
セシリアは満足そうに笑った。
「じゃあ、また明日!」
「うん。また明日」
教室の扉が閉まる。
足音が廊下の向こうへ消えていく。
僕はしばらく、その扉を見ていた。
やがて――
笑みが消える。
右手を握る。
制服のポケットから、小さな黒い金属片を取り出した。
夕日の中でも、それだけは光を反射しない。
「……ごめん、セシリア」
窓の外へ目を向ける。
街の向こうから、夜が迫っていた。
黒い金属片を握り込む。
机の上に置かれた聖剣の光が、最後の夕日を受けて消えた。
僕は教室を出る。
誰もいなくなった廊下を、足音を響かせながら歩いていく。
その手の中には、まだ黒い金属片が残っていた。
変更後です




