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悪魔のキノコ  作者: 星狼


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地下の脈

古い森の端に、村はあった。

石畳の道は苔に覆われ、屋根は雨に黒く染まり、住人たちは互いの顔を見ぬよう、目を伏せて歩いた。


その下、土の奥深くで、白い糸が広がっていた。

それは菌糸と呼ばれるものだったが、名などどうでもよかった。

名は人間のものだ。

それはただ、広がり、触れ、吸い込む。


嫉妬は、まず畑の境界から染み込んだ。

隣の収穫が豊かであればあるほど、貧しい農夫の胸に小さな棘が生える。

棘は血を吸い、腐り、土に落ちる。

白い糸はそれを待ち構え、柔らかく巻きつけた。

嫉妬は熱く、酸っぱく、甘い毒だった。

だが白い糸は味わわない。ただ吸う。

人間は嫉妬するからこそ、他者の光を想像できる。

白い糸には、そんな想像などない。


憎悪は、剣の錆びた傷跡から流れ込んだ。

古い因縁を背負った戦士が、夜毎、闇に向かって歯を食いしばる。

その歯軋りの音は、土にまで響く。

憎悪は黒く、重く、鉄の味がした。

白い糸はそれを飲み込み、脈を太くした。

人間は憎むからこそ、己の境界を知る。

白い糸に境界などない。ただ伸びる。


絶望は、祭りの広場から滴り落ちた。

老女は最後の麦束を捧げ、家族への供養を祈るはずだった。

だが雨が来た。

火は消え、麦束は泥に沈み、歌は水音に飲み込まれた。

「神は私たちを拒んだのか」

老女は膝をつき、泥にまみれた束を抱きしめ、ただ涙を流した。

「もう、何もいらない」


その言葉は、息とともに土に沈む。

絶望は冷たく、薄く、水のように広がる。

白い糸はそれを貪り、網を細かくした。

人間は絶望するからこそ、かつて希望を知っていた。

白い糸に希望など、最初からなかった。


傲慢は、王の玉座の下から湧き上がった。

黄金の床の下で、王は己を神と錯覚し、他者を塵と見た。

その視線は、床を突き抜け、土を焼く。

傲慢は熱く、乾いて、灰の匂いがした。

白い糸はそれを吸い、根を深く張った。

人間は傲慢ゆえに、高く立つ。

白い糸は高低を知らず、ただ広がる。


怠惰は、道端の落ち葉の下で腐った。

放浪者は動かず、ただ横たわり、世界を諦めた。

「何も変わらぬ」

その諦めは、湿って、重く、腐敗の香りを帯びる。

白い糸はそれを包み、ゆっくりと膨張した。

人間は怠惰ゆえに、生きることを放棄する。

白い糸に生きる意味などない。ただ在る。


恐怖は、森の影から這い寄った。

魔物の気配に怯える村人は、夜毎、布団に震えた。

恐怖は鋭く、冷たく、針のように刺さる。

白い糸はそれを絡め取り、震えを栄養に変えた。

人間は恐れるからこそ、生き延びようとする。

白い糸に死の概念はない。埋もれても、再び膨張するだけだ。


恥は、城壁の陰で己を呪った。

裏切りを犯した騎士は、鏡に映る己の顔を隠した。

恥は熱く、ねばねばと、膿のように溜まる。

白い糸はそれを吸い、網目を密にした。

人間は恥を知るからこそ、己を省みる。

白い糸に省みる心などない。ただ吸う。


七つの感情は、土中で交わり、混じり、黒い脈となった。

それは地図のように広がり、村の隅々を覆った。

人間達は知らぬ。

己の胸の疼きが、地下の白い糸に繋がっていることを。

疼きは苦しみであり、生きる証であり、呪いである。

だが白い糸にとって、それはただの資源だ。

水でも、光でも、土でもない。

ただの、淡い、熱い、冷たい、黒い、灰色の、

燃料。


雨は続く。

長い乾いた季節の後に、激しく、容赦なく。

土は柔らかくなり、脈は膨張した。

何かが生まれ、膨らみ、押し上げた。


地面が、わずかに、裂けた。


そこから、蒼白い塊が、ゆっくりと、顔を出した。


それは、まだ小さく、名を持たず、ただ、そこに在った。

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