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魔女っていうな!  作者: 舳里 鶏
第一章 ハンバーグ
12/102

「包丁持ってる奴に挑発とか先輩、やるねー」

三連休ですね!

 全く想像していなかった言葉に証は一瞬何を言われているのか分からなかった。

 「………ど、どういうこと?」

 やっと出てきたのは情けないほど震え、つっかえた言葉だ。

 「結論から話すと、私は、自分の名前の意味を思い出すことは出来ないからだ」

 「ちょ、ちょっと待ってよ、そんなのやってみないと分からないじゃん」

 動揺する証にゆうきは首を横に振る。

 「いいや、もうすでに行われているんだ」

 「え?」

 何を言われているか理解できていない証にゆうきは言葉を続ける。

 「拓矢の叔父、城塚さんは、奥さんの記憶を失った。その時、記憶を取り戻せるようにためしたと言っていたな」

 「うん」

 「その時、写真を見せたと言っていた。当然、結婚式の写真も見せただろう。でも、城塚さんは、奥さんの記憶を思い出すことはなかった」

 「………………あ」

 証はようやくゆうきの言いたいことがわかった。

 「これは私にも当てはまる。城塚さんの状態と一緒の私は名前の意味を知っても、そこに付随する記憶を思い出すことは出来ない」

 「ゆうきが絶対に思い出せないものを依頼にあげることなど出来んからな」

 パズルのピースを隠して解けというようなもの。流石にそれは無茶というものだ。

 「すまない、勝手なことを言って」

 頭を下げるゆうきに証は慌てて手を振る。

 「い、いや、ちょ、ちょっと顔あげてよ」

 ゆうきはゆっくりと顔を上げる。上がったその顔を見て証は眉を顰める。

 「どうした?」

 「………先輩、もしかして、名前の意味と思い出を思い出すこと、()()()()()()?」

 証の質問にゆうきは目を丸くする。

 「どうして、そう思った?」

 「いや、なんか、この前みたいに落ち込んだ顔してなかったから」

 「いつ私が落ち込んだ顔をみせた?」

 「結構見せてたよ。例えば、先輩の昔の知り合いになんか言われた時とか」

 ゆうきは思わず口を押えて横を向く。

 「そ、そうか………」

 気恥ずかしそうに咳ばらいをして、少し迷うように俯き、魔女帽子のつばで顔を隠す。

 別にわざわざ言うことはないが、それはあまりにも不義理というものではないだろうか。

 少なくとも証は、学校をサボってまでゆうきのウチに来てくれたのだ。

 「少しだけ考えがある。ついてこい」

 ゆうきはそう言って、立ち上がり、証は少し遅れてついていく。少し歩いたところにある襖を開ける。そこには呪符や法具など、ゆうきが使うであろう道具が所狭しと並んでいた。

 「こ、これは……」

 ゆうきはそんな証を見てポンと手を叩く。

 「ああ、そう言えば前にこの帽子がどうなっているか不思議がっていたな」

 ゆうきはそう言って魔女帽子のつばを上げる。

 「いい機会だ見せてやる」

 すると、証の視界にあった呪符が消え、魔女帽子の中から呪符が出てきた。

 「なるほど。魔女帽子の中にあるんじゃなくて、魔女帽子を通して召喚しているんだ」

 「ああ、まあそんなところだ。ああ、勝手に触るなよ。爆発する呪符とかあるからな」

 「怖い!!そんなものがある部屋に通すとか何考えてるの!!」

 「もてなそうと思っている」

 「ヘタクソ!!というか、それ、牛の妖怪に使えば良かったんじゃない?」

 「これに限ったものではないが、攻撃用の呪符って基本周りを巻き込むようなものしかないんだ……ついでに近接戦闘とかも無理そうだったし……」

 証も見たことのあるお払いに使う紙のついた祓串を見ながらそういうゆうき。

 証は、とりあえず、曖昧に頷きながら座布団を受け取った。

 幸い座れる場所は残っており、証は渡された座布団に座る。

 ゆうきは証を座らせ、木箱を開け、ゴソゴソと探す。

 「あった」

 そういって取り出したのは、両方の皿には何も載っていないというのに傾いた天秤。

 「なに、この変な天秤?」

 「正式名称は『平等で公正で公平な天秤』」

 「傾いてるのに、『平等で公正で公平』なの?」

 ゆうきは天秤を叩く。

 「二つ特徴があってな、一つは望みに対して釣り合う対価を差し出した場合、その望みを叶えることができる」

 「もう一つは?」

 「お互いの条件が平等な取引な場合必ず取引が成立し、水平になる。そして、その条件を遵守させる力がある」

 「これって、陰陽師以外は使えないの?」

 「そんなことはない。起動させれば誰でも使える」

 「じゃあ、僕が今、試してもいい?」

 「無理だな。こいつを動かすなら、『かしこみかしこみもうす』っていいながら空中に向かって放り投げないといけない。確実に天井に当たるからヤメロ」

 ゆうきはそう言って天秤を軽くたたく。

 「あの妖怪を倒しても記憶が戻るとは考えづらい。そんな単純な妖怪だったら、とっくに陰陽師が倒しているはずだからだ」

 「いや、そんなこと」

 「ある。私が記憶を盗られたのは三年前だ。そしてその次の年に城塚さんの記憶が盗られている」

 ゆうきは、目の前の証を見つめる。

「私が勝てないというだけだ。他の陰陽師、あの牛の妖怪を倒した陰陽師たちなら、とっくに倒していてもおかしくない」

 「単純に見つけられていないだけじゃない?」

 ゆうきは首を横に振る。 

 「忘れていないか?私は当時、その妖怪を退治しようとしていたんだ。その結果、記憶を盗られた。つまり、あの妖怪には退治命令が出ている。そして、ちゃんと手掛かりも残しているんだ。いくらなんでもこれで見つけられないほど陰陽師もマヌケじゃない」

 城塚には妖気が残されていた。それで、妖怪の仕業と見抜いたのだ。

 「そこまで陰陽師が手をこまねいているというのは、それなりの理由があるんだ。例えば倒しても記憶は戻ってこないとか」

 「………つまり、魔女先輩は、その妖怪を見つけ出して記憶を返してもらうようこの道具を使って交渉するってこと?」

 「そういうことだ………まあ、どんな交渉にしようか思いつかないんだがな」 

 ゆうきは、そう言って天秤をしまう。

 「ま、これが学校をさぼって考えてたことだ」

 「んじゃあ、僕も考えるよ」

 証の思わぬ発言にゆうきは、目を丸くする。

 「いや、話聞いていたか?私は、依頼を取り下げたんだぞ」

 「『取り下げたい』、でしょ?それに重箱の隅をつつくようだけど、今回の依頼は、先輩じゃなくて、ひいらぎ様なんだよ」

 証はニヤリと笑いながらひいらぎを見る。

 「どうしますか?ひいらぎ様?先輩だけだと、絶対ドツボにはまりますよ?」

 ひいらぎは猫の姿になりゆうきの肩の上で考え込む。

 「いや、ひいらぎ様迷わないでくださいよ。妖怪と交渉ということは、その妖怪の前に立たなくちゃなんですよ?証にそんなこと─────」

 「であるなら、最後の交渉はお前がやればいい。交渉の内容は証に考えてもらえばいいのだろ?」

 ひいらぎの提案にゆうきは、少し黙る。

 ゆうきとしては、陰陽師でもない証をその場に連れて行きたくはない。

 だが、証とゆうき、場合によっては拓矢や涼音と出し合った案を最後ゆうきが妖怪にぶつけるのなら問題は確かに少ない。

 「………最後の交渉には連れて行かないがいいか?」

 「いいよ」

 (全く信用できない)

 迷いなく即答する証にゆうきは渋面になる。とはいえ、自分一人では確かに厳しそうだ。

 「分かった………取り下げるのはやめる」

 「お。そうこなくっちゃ。んじゃあ、早速案だしもやっちゃおう」

 指をパチンとならしてウィンクする証にゆうきは肩をすくめる。

 「じゃあ、部屋を移すぞ。流石にここじゃ案だしには向かない」

 ゆうきは証とともに隣の部屋に移った。

 布団が畳んであり、机がある。どうやら、ここがゆうきの部屋のようだ。

 「好きなところに座ってろ」

 証は座りながらキョロキョロと周りを見渡しながらゆうきに尋ねる。

 「にしても、本当に広い家だね〜部屋何個あるの?」

 「えーっと、一つ、二つ、三つ、四つ………」

 「あ、もういいです」

 どう考えても証の考えるよりも多そうな様子に証は途中で遮った。

 「なんか、祖父母の先代からある家らしくてな、祖父母が引き継いだついでに色々、手を加えて今の形に落ち着いているんだ」

 「へー」

 ゆうきは、机の上にある本棚からノートと地図を引っ張り出し机の上に置く。

 「さて、まずは、妖怪を見つけないことには話にならない。そんなわけで、証、神社の場所を教えてくれ」

 「…………神社?なんで?」

 首を傾げる証にゆうきは説明する。

 「この前も言っただろ?私の乏しい陰陽師の力は神社でこそ発揮される」

 「卑屈に聞こえるが、本当のことなんだよなぁ」

 ひいらぎのコメントには触れずさらに続ける。

 「それで、神社を中心に探索用の結界を張り、妖怪が現れるのを待つという寸法だ」

 ゆうきはそう言いながら赤色の札を見せる。

 「妖怪が現れたかどうかどうやってわかるの?」

 証がそう尋ねるとゆうきは得意げに赤に限らず様々な色の札を見せる。

 「この札をそれぞれの神社に張り、受信用の札がその神社に対応した色を表示するわけだ。因みに対応範囲は半径数百メートル」

 まずは探索。確かに方法としては悪くない。

 「とはいえ、ある程度範囲は決めない?市内全部とかは流石に無理だと思うよ?」

 証の提案にゆうきは頷く。

「私の予想だと、恐らく、鈴蝶高校の半径数キロ以内にいると思う」

 思わぬ言葉に証は不思議そうにゆうきに目を向けた。

 「根拠は?」

 「根拠というより、手掛かりという方が正しいのだが………」

 ゆうきは黒い手袋に包まれた右手の指を一つ立てる。

 「陰陽師だ」

 「陰陽師?」

 「覚えているか、私たちが牛の妖怪に襲われた時、陰陽師に通報しただろ」

 「うん。先輩が無茶ぶりした奴だよね」

 陰陽師が到着するまでに三分かかると言ってたのに、ゆうきは二分で来てもらえと証に言い放っていた。

 「でも二分強ぐらいで来てくれたよね」

 「そうそこだ」

 立てていた指を証に向ける。

 「どうして一分早く来れたんだ?いや、そもそも、何で三分で来れたんだ?」

 ゆうきの問いかけに証は考え込む。緊急車両の場合、到着は平均五分から十分の間だ。

 「陰陽師ならとんでもないショートカット術もないわけではないが、その場合、そもそも三分もかからない」

 そのショートカット術を知りたいが、そこを聞くと話がそれそうだ。

 「単純に考えるなら………近くにいた?」

 証は好奇心を抑えて、ゆうきに返答した。

 「と私は考える、例えば、『何らかの妖怪を探していた』、とか?」

 「その妖怪が魔女先輩の記憶を盗った妖怪だって根拠は?」

 「私と城塚さんの記憶が盗られたのが、ちょうど今の時期だからだ」

 証はゆうきの上げる根拠を聞きながら考え込む

 「毎年、この時期になると人の記憶を奪う妖怪が現れる。そしてそんな時期に陰陽師が、街にいた。これは、偶然か?」

 証は頬杖を付きながら口を開く。

 「マジで予想の域を出ないね。魔女先輩にしては、少し根拠が弱い。こうだったらいいな、っていう思いが透けて見えるよ」

 「魔女先輩は証が言い出したことだけどな」

 証の厳しい言葉にも対して気にした様子も見せず、ウィンクをする。

 「ま、それは置いといて、縋るには十分だろ?」

 ほとんどこじつけ、だが、それでもこの可能性に賭ける、いや、縋るしかないのだ。

 「ま、確かに言っても仕方ないね……となると、どう交渉しようかってとこだけど」

 証が頭をひねり始めたが、ふと一番大事なことを聞いていなかったことに気が付いた。

 「そういえば、今日、おじいさん達は何時ぐらいに戻るの?それによっちゃあ、挨拶ぐらいはしたいんだけど」

 「今日は戻らないな。東北だか九州だかに出張中だといっていたから」

 「東北と九州って真反対なんだけど………え?というか、しばらく家にいないの?」

 「ああ」

 当然と言うように答えるゆうき。

 そんなゆうきの肩を証はガシっと乱暴に掴む。

 「魔女先輩」

 「な、なんだ?」

 「ご飯どうしているんですか?」

 ゆうきの調理スキルが死んでいることは証がひいらぎについでよーくわかっている。

 「どうって、そりゃあ………」

 「出前とコンビニ飯だな。お前と料理した後、教科書を見ながら何回か作ろうとしたが、とても口に入れられるものは作れなかったな」

 「失礼な!!ちゃんとばあちゃんが作り置きしたご飯を解凍していたじゃないですか」

 ひいらぎの回答に不服そうなゆうきに構わず証はさらに尋ねる。

 「………ちなみに、いつから出張してるの?」

 「一ヶ月前」

 「作り置きがあったのは?」

 「一週間」

 証はゆっくりと立ち上がる。

 「魔女先輩」

 「な、なんだ?」

 「今日の夕飯、何を食べたいですか?」

 「へ?いや、コンビニ弁当の新作が出るからそれを」

 「却下─────!!」

 ゆうきの部屋に響き渡る証の怒鳴り声に思わず肩をこわばらせる。

 証はそう言い放つとゆうきの部屋を出て、冷蔵庫を開ける。

 ひいらぎの言葉を信じるなら、ゆうきは何回か料理をしようとして諦めたと言っていた。

 (なら、絶対に………)

 そう思いながら、冷蔵庫にある豚肉の消費期限を見る。

 「やっぱり………」

 案の定、今日が消費期限だった。

 恐る恐る、野菜室を開ける。中には中途半端に使われた野菜が入っていた。

 「お、おい。証どうしたんだ?」

 後をついてきたゆうきの声に証は振り返りながら消費期限が今日の豚バラ肉を見せる。

 「案を出すのはまた今度にしよう」

 「あ、ああ」

 「そして、今日はコンビニ弁当はなしにするから」

  「わ、分かった」

 「今日は冷蔵庫クリーンアップデイというわけで、期限の近い食材を使って鍋をします」

 「………鍋?………これから、夏だけど」

 「うるさい。後、先輩にも手伝ってもらうからね」

 「え?今からか?さっき、ゼリー食べたばっかだぞ」

 「先輩が手伝うんだから多めに時間をとるに越したことはないでしょ」

 証は、そう言いながら引き出しをいくつか開けて、包丁を手に持った。

 そんな証にゆうきは、不満そうに口を尖らせる。

 「人に言うほど、証だって特別料理が上手いわけじゃないだろ?」

 「包丁持ってる奴に挑発とか先輩、やるねー」




 白く輝く包丁と共に言われたゆうきは、余計な事を言う口をキュッと引き結んで手伝い始めた。






三連休もう終わりとか嫌なんだけどぉ!

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