「ええい、先輩は触るな!」
机の上には、カセットコンロと土鍋。
土鍋の中には冷蔵庫にあった野菜が入っている。証はスイッチを入れ、鍋を火にかける。
「ったく、食材には期限ってのがあるんだよ?それを無視してコンビニ弁当とかに手を出したらダメでしょ」
「分かった。悪かったって」
ゆうきは、少しうんざりしたようにそう言うと、菜箸を手に取る。
「ええい、先輩は触るな!」
ゆうきから菜箸を取り上げ代わりに証が様子を見る。
「私も切ったんだけどな………」
「危うく白菜のみじん切りが出来るところだったよ」
この前のハンバーグと同じ要領で、白菜をみじん切りにしようとしたので、証が慌てて止めたのだ。証は、冷蔵庫にあった中途半端に残った食材を使いなんとか鍋を作り上げた。
証の脳裏には、ゆうきとの格闘(料理)の時間が駆け巡っていた。
今回の調理で段取りぐらい覚えて欲しくて無理矢理手伝わせたのだが、余計なことをさせないようにするので精一杯だった。
証は鍋の食材に気を配りつつ、一瞬ゆうきを見る。
ゆうきは所在なさげに視線をあちらこちらにさまよわせていた。
「…………はぁ、先輩、おたまとお皿持ってきて」
「ああ、分かった」
ゆうきは食器棚から言われたものを持ってくる。持ってきたおたまと皿は証の前に置かれた。
「ありがとう」
証はそう返し、煮え立つ鍋を伺い火の通った食材を皿に盛り、ゆうきに渡す。
ゆうきは証から皿を受け取りながら頷く。
「さて、早速妖怪のことだが、SNSとかで目撃情報を募って探せないか?」
まさかのひいらぎからの提案。そのアンバランスさに証は苦笑しながら首を横に振る。
「難しいと思いますよ。情報はそれこそ山のようにあるでしょうけど、嘘やホントがごちゃまぜの闇鍋みたいになってますからね………SNSに疎い先輩、そして、僕もそんなにSNSに強いわけじゃないので使うのは無理ですよ」
使いこなせる種類の人間には有効な手段かもしれないが、証のようにソシャゲのガチャ報告だけしているような人間には使いこなせないだろう。
ゆうきは、煮えた食材を口に入れる。
「となると、涼音や拓矢に頼むしかないのか………」
そう言いつつゆうきの頭に図書館での拓矢の姿がよぎる。
「証、拓矢の剣道の試合って、確か、今週だったよな?」
拓矢は昼食の時いつも目をキラキラさせながら、剣道のことを話していた。
「………試合前に剣道の集中を乱すようなことはしたくないな」
ゆうきはポツリとそう零した。
拓矢なら時間を作って協力してくれるだろうが、そこまで甘えることは出来ない。
「分かってるよ。僕だって駆り出したりしないさ」
「じゃあ、涼音はどうだ?」
ひいらぎの提案に対し、証は首を横に振る
「今週試合ってことは壮行会も今週なんですよ……となると涼音も協力出来ないです」
「「壮行会?」」
不思議そうなゆうきとひいらぎに証はスマホに入っている予定表を見せながら説明する。
「壮行会ってのは、全国大会に繋がる大会に出場する運動部を学校をあげて応援する会です。レギュラーがステージの上に立って、他の生徒が生徒会の音頭に合わせてエールを送るんです」
「それと涼音がどうかかわるんだ?涼音は吹奏楽部のはずだろ?」
そう尋ねるひいらぎに証はさらに続ける。
「レギュラーが入場する時に吹奏楽部が演奏するんです。そうですね、入学式とか卒業式を思い浮かべてもらえると分かりやすいです」
「なるほど」
ひいらぎと証の会話を聞いてゆうきは納得したように頷いた。
「そ。応援するんだから、失敗なんて出来ない。さらに言えば、自分たちの大会に向けての度胸を付ける機会でもあるから、涼音もその壮行会の演奏に向けて集中してるんだよ」
涼音は、何やかんやで自分に出来る範囲でしか協力しない。
それは、証が料理部に勧誘した時もそうであったし、昨日、集まった時も涼音は部活がなかったから集まったのだ。もちろん、ここまで来たら最後まで知りたいとは思ったが、それでも涼音にとっての優先順位は吹奏楽部の方が上なのだ。
結局、二人で潰していくことになりそうだ。そう思った時、証は一つ頼まれていたことを思い出した。
「そう言えば、先輩」
「なんだ?」
「城塚さんの話を聞いて、どうしてあんなに動揺したの?拓矢先輩、何か余計なことをしたのかって気にしてたよ」
証の質問にゆうきは少しだけ目を丸くする。
そして、しばらく黙った後、自分の器を空にし、言葉を選ぶように口を開いた。
「……『辛いのは君だけじゃないんだよ、みんな同じだよ』ってよく、慰めの言葉としてあるだろ?」
「それを聞くたびに『うるさい。みんなとか関係ない。僕が今辛いんだ』って思ってた」
証の言葉にゆうきは苦笑いしながら頷く。
「私もだ。私もそう思っていた。この前までは」
ゆうきは自分の真っ黒な右の手袋を睨みつける。
「あの日、城塚さんの話を聞いて陰陽師が人に害なす妖怪を退治し損ねれば、どうなるかそれを改めて叩きつけれた」
ゆうきが記憶を取られた一年後、城塚の記憶が取られた。あの時、倒せていたらこんなことは起きなかった。養成所で学んだ心構えを現実として叩きつけられたのだ。
「『辛いのは私だけじゃない』ではダメなんだ。辛いのは、私で最後にしなければならなかったんだ」
そう言うと証に目を向ける。
「だから、拓矢のせいじゃないと伝えてくれ、いや、それじゃダメか……こういうのは、私が伝えないと意味がないのか?」
「いや、いいよ。その件に関しては、僕が伝える。でないと拓矢先輩、信じないからね」
証の説明にゆうきは首を傾げた後、何か納得した後、頷く。
「そうか。当事者が気にしないでと言っても無理、ということだな」
「そゆこと」
出会った時に比べ大分、人の感情を考えるようになったゆうきに証は、微笑を浮かべた。
「どうした?」
「別に~魔女先輩も成長したな~と思っただけ」
「随分上から目線だな」
ゆうきはジトっとした目にありったけの不満を込めて証を見つめる。
だが、悲しいかな。ゆうきが今まで証に取ってきた行動を考えれば当然の評価なのだ。
流石にゆうき自身も自覚があるので何も言わずに鍋の具に手を付ける。
その中にあった肉団子を取り出す。
「あれ?肉団子なんてあったか?」
「冷蔵庫の中にひき肉があったから作った」
「なるほど」
因みにご多分に漏れず消費期限ギリギリだった。
「消費期限が早い肉を冷蔵庫に溜めるのやめなよ、ホント」
「し、仕方ないだろ。私もどの料理なら出来るか試していたところだったんだから」
「試すのもいいけど、せめて一つ作れるようになるまで頑張りなよ」
使いかけの食材の理由の意味がようやくわかった。
(明日から、部活で夕飯まで作って持たせよう)
静かに決意する証。ちらりとスマホを確認すると、時間は、もう夜の八時前だ。
料理に時間を取られた、案を出すどころではなくなってしまった。
「さて、んじゃあ、これ食べて洗い物したら、僕は帰るよ。先輩、ちゃんと朝ご飯食べるんだよ?」
証がそう言うとゆうきは少しだけ固まった後、頷いた。
「…………ああ。分かった。また明日な」
その間を証は見逃さなかった。
証は、頭を掻きながら小さくため息を吐く。
「…………あのさ、先輩」
「なんだ?」
「やっぱ、今日、遅くなったちゃったし、泊ってもいい?」
証がそう尋ねるとゆうきはコクリと頷く。
「ああ。いいぞ」
二つ返事で返したゆうきに証は、微妙な顔になる。
「……僕から言い出しておいてなんだけど、先輩はもう少し警戒心を持った方がいいよ」
そう忠告する証に対し、ゆうきは不思議そうに首を傾げた。
お泊まりだよ!!




