聖女様の憂鬱
ユリア・クロイツは聖女である。
最も、本人にその気はなく勝手に周りに祭り上げられているだけだが。
とはいえ一応本人もフォルナ教の敬虔な信者であるし、自分があげた功績も理解しているためそれを否定したりはしない。
それに今この状況においては、聖女という肩書きは非常にありがたかった。
「うぅ……。暗いし埃っぽい……。早く帰りたい……」
一人泣き言をいいながら、ユリアはとある廃墟の中を彷徨っていた。
ここは大昔に捨てられたフォルナ教の教会の一つで、ユリアはあることについての情報を探しに来ていた。
「全く、本当に面倒くさいことになってきましたね」
教会は古くどこもかしこも埃が積もっているため、歩くとくっきりと跡が残る。
それはちょうど今ユリアの目の前に続いてる足跡のように。
足跡にはすでに埃が積もっていて最近のものではないとわかるが、間違いなく誰かが先にこの教会に来ていることを示していた。
そもそも、なぜユリアがこんな場所を調べているかというと、その理由はエリスにある。
憎き恋敵にしてフォルナ教最大の敵、殺せるならすぐに殺してやりたい相手だったが、ユリアの目的はエリスの弱点を探す事ではない。
事の発端はクルツがエリスに敗れた後、気絶したユリア達が目を覚まし、停戦協定を結ぼうという話を聞かされた時まで遡る。
魔王が停戦協定をもちかけてきたことも驚きだったが、ユリアは何よりもクルツが負けた事が信じられなかった。
そして彼女はクルツの口から衝撃の事実を伝えられる。
聖剣で心臓を貫いても、エリスは倒せなかったという事を。
クルツや他の2人は、エリスの驚異的な回復魔法を実際に見せてもらい納得していたが、ユリアは違った。
聖剣はただの丈夫でよく切れる剣ではないということを、フォルナ教の信者であるユリアはよく理解していたからだ。
女神の力の結晶である聖剣は、魔族に取っては致命的な武器だ。
かする程度ならともかく、急所を刺されればただではすまない。
魔族にとって聖剣の一撃とはそれそのものが命を蝕む呪いのようなもので、どれだけ強力だろうと回復魔法程度でどうにかなるはずがないのだ。
そして、問題はそれだけではなかった。
エリスと停戦協定を結ぶ条件として、クルツは彼女に枷をつけたのだ。
聖剣には、魔王を滅ぼす事が出来なかった時のために、魔王の力を封じる能力がある。
しかし、その能力は半分ほどしか機能せず、エリスの力は以前残ったままだった。
一応その状態でなら、クルツ、あるいはヴァンならばギリギリ押さえこめるということなので現在は半分力が封じられた状態でエリスは人間界に住んでいる。
力を半分にされてなおあの2人が戦ってギリギリとかどんな化け物だと思ったが、問題はそこではない。
この二つは、ユリアにとってエリスがただの魔族ではないと示すのには十分すぎる証拠だった。
そのため、和平後は秘密裏にエリスの事を一人調べていたのだ。
そして時を同じくして、フォルナ教の教会上層部が不穏な動きを始めた。
現在王国の管理下にある魔王城の宝物庫を、教会の手の者が勝手に捜査したのだ。
その事をきっかけに王国と教会は対立し今現在も微妙な関係が続いている。
しかしユリアにとってそんな事はどうでもよく、大事なのは教会が何かを探しているという事だった。
この事件を機に、間違いなく教会は何かを隠していると悟ったユリアは調査をすすめ、この廃教会へと行き着いた。
結果は大当たり、間違いなく誰かがここに立ち入った形跡が残っている。
「こんな時に、誰かが隣についていてくれれば心強いのですけど」
はぁ、とため息をつきながらそんな愚痴を漏らし、うっすらと続く足跡を見失わないように辿っていく。
そして、この教会の礼拝堂へとたどり着いた。
礼拝堂には女神をかたどった立派な像が立っており、足跡はその像の前で途切れている。
「これは一体……」
ユリアはその女神像をみて眉をひそめた。
フォルナ教の教会にも女神像が立てられている場所はあるが、今目の前にある女神像とは明らかに見た目が違う。
書類上ではフォルナ教の教会とあるにもかかわらず、この教会ではどうやら別の女神を信仰していたようだ。
不自然な足跡の途切れ方を見る限り、どうやら像の下に隠し扉があるようだとあたりをつけたユリアは、自身の魔力を流し込んで違和感を探していく。
繊細な力の扱いを得意とするユリアは、些細な違和感も見逃さず隠し扉を開くための仕掛けを解いて行った。
ユリアが像から手を離すと、地面と像が擦れる耳障りな音を立てながら像が動き、地下へと続く階段が表れる。
予想通り足跡はその下へと続いていた。
「また古典的というかなんというか。昔の人はこういう大げさな仕組みが好きだったのでしょうか」
夢も浪漫もない事を言いながら、ユリアはすべらないように気をつけて地下へと降りてゆく。
「ライトボール」
真っ暗な部屋を魔法で照らすと、どうやらすでに大抵のものは持ち去られたようで、部屋はかなり荒らされていた。
「さすがにこれではろくなものは残ってなさそうですね。最も、ここにきた甲斐はあったみたいですけど」
そう呟くユリアの視線の先には、飾られた巨大な絵画があった。
煌びやかな鎧を纏い、剣を掲げる女性を描いたその絵は神々しさすら感じるほどだ。
そして、絵に描かれた女性はどことなく外にあった像に似ているように感じる。
そして何より目を引いたのはその女性が掲げている剣。
色合いや雰囲気こそ違うが、ユリアはそれによく似たものを見た事がある。
「この剣、エリスが持っていたものによく似ていますね。なるほど、教会が探しているのはこの剣ですか」
もはやエリスとこの絵画の女性に何かしらの関係がある事は間違いないだろう。
そしてユリアは、この絵画の女性にある程度見当がついていた。
それはフォルナ教によって歴史から葬られたもう一人の女神。
女神フォルナの妹にして初代勇者でもある女神アイリス本人なのではないかと。
女神アイリスの存在は教会でも本当に一部のものしか知らない。
聖女と言われているユリアでさえ、知っているのはその名前と、初代の魔王と戦ったという事だけだ。
「まぁ女神アイリスが関わっているなら、教会が何かを知っているのもおかしくはないですね」
面倒だなぁとユリアはもう一度つぶやき、地下室を後にする。
「お腹痛くなってきました……。私って、本当に損な役回りだと思うんですよね……」
誰に向かって呟くでもなく、ユリアは一人そうごちる。
この件はまだ誰かに伝えるわけにはいかない。
下手をすれば、エリスだけでなく、教会の関係者であるユリアやクルツにまで危害が及ぶだろう。
教会が絡んでいる事は間違いない以上、周りに味方はいないと思うべきだ。
「私の荒んだ心を癒してくれる王子様は、どこかにいないものでしょうか」
これからの事を考え憂鬱な気分になりながら、ユリアは物憂げに呟いた。