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おわり


 雨上がりのむせ返る様な湿気の中、俺とでこぱちは肉体労働にいそしんでいた。

 昨晩の夕餉を報酬に、朝から交代で薪割りを続けている。梅雨時期に差し掛かりそうなので、早めに済ませておきたいらしいが量が尋常ではない。おそらく俺たちを捕まえる前提でかなりの間、貯めこんでいたはずだ。

 そもそも人力で動かせるのかが不明なほどに大きな丸太が転がっているのがおかしい。

 もしこれをくそじじぃ一人で運んだとするならば、俺やでこぱちの力を借りずとも簡単に薪割りくらい終える事が出来るだろうに。

「青ちゃーん、終わったよー!」

 顔を上げると、高く積まれた薪の前ででこぱちがぶんぶんと手を振っていた。

 どうやらこれで全部らしい。一日がかりの仕事を終え、あとは草庵の裏の軒下にこれをすべて重ねれば、俺たちは晴れて自由の身だ。

 両手いっぱいの薪を抱えて軒下まで何度も往復し、薪を重ねていく。

 背丈ほどの高さまで重ねたところでせっかく積んだ分をでこぱちが崩してしまったり、いろいろな失態はあったが。

 ちょうどすべてを終えるころ、きさらが顔を出した。

「全部終わった? ありがとう、青ちゃん、ハチ。よかったら今日も夕飯、食べて行ってね」

「ほんと? やったー!」

 嬉しそうに駆けていくでこぱちを見送って、俺も草庵の表の縁側に回る。

 すでに湯呑が二つ用意してあって、飲みやすいようぬるくなっていたそれを口にした。

 きさらがすとん、と隣に座り、ぽつりと切り出した。

「あのね、ハナちゃんなんだけどね」

 ハナちゃん、という名に聞き覚えがあるような、ないような。

 ああ、思い出した。荒れ地で泣いていたあの幼子の事か。

「お兄さんが亡くなっちゃって身寄りがなかったんだけどね、奉行所が責任もって引き取り先を探してくれるって玖音が行ってたの。だから、安心して」

 安心も何も、今の今まで忘れていたのだが、わざわざ言うべきでもないだろうと曖昧に返答しておいた。

 するときさらは、ぽつりと呟いた。

「一人は、寂しいもんね」

「……きさら?」

 まるで縋るようなその声に、思わず顔色を窺う。

 しかし、彼女の霞色(かすみいろ)の瞳はいつもと同じようにまっすぐ前を向いていた。

「もし今度、そんな風に行き場を失っている子がいたら……一緒に暮らそうって言ってあげられたらいいなあ」

 穏やかな口調で、誰にともなく決意を零す。

 自身もまだ十代の半ばだというのに――不思議に思ったが、それがきさらなのだろう。そして誓い通り、彼女はいろいろなものを受け入れながら生きていくに違いない。

 浮草としてふらふらと生きている俺やでこぱちをこうして当たり前のようにこの草庵で迎え入れてくれるように。

 隣に座りながら自分には見えない景色を見ている少女の事がほんの少しだけ気にかかった。

 自分自身より他人を優先する心優しい彼女は何を見て、何を思い、どう行動するのだろう。


 声をかけようとして、やめた。

 まだ早いような気がした。


――物語の始まりはまだ、先だから




 大陸の北に位置する北倶盧洲(ほっくるしゅう)の果て賽ノ地(さいのち)で。

 救いなどないこの場所で。


 ヒト非ざるモノたちが暗躍する北倶盧洲(ほっくるしゅう)の中央都江戸(えど)で。

 日輪いただくこの場所で。


 混沌の物語を待つ白く細い月はただただ静かに見下ろしていた。





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