第25話【ボックス車内での攻防】
女子高校生の朝寅菜々は、数字と会話が出来る能力を持っていた。
【キャラと数字紹介】
渋谷大河・菜々の幼馴染。陸上部の有力部員。特性がある。
美海先輩・陸上部の先輩。凄い巨乳。
35・菜々のお気に入りラグランTシャツの胸のプリント。世代的感覚が菜々と近い。
12・祖父から貰った腕時計の文字盤。執事風キャラで好奇心旺盛。菜々とは子供の頃からの付き合い。
1955・スタジアムジャンパー。菜々の心強い味方だが行動と発言が少々過激。
●毎日夜に上げられるように頑張ります。
――話は数分前に遡る。
コインランドリー前で、菜々が大柄の女に抱き抱えられボックス車に押し込められた時。
この日の練習着、胸のC7(シーセブン)が叫んでいた。
「菜々先輩が拉致られてしまったっス!! 誰か助けほしいっス!!」
この声は、菜々と、運転席パネルの数字達に届いた。
「……こいつら、女子高生を誘拐するまで落ちぶれたのか」
「嫌だねえ、人間……貧すれば鈍するんだねえ」
パネルから溜息に似た声が漏れ出る。
C7は菜々を助けてくれと叫び続けていた。
「そうしたいけど、それは無理だよ」
「俺達だって、こいつらの悪事に付き合うのは嫌だけどさ。数字のルールで勝手に動けないじゃん」
この時、サングラスの女が「オーディション」と言って菜々に金庫を開けさせようとしていた。
「菜々先輩!! 人間達に『数字と会話出来る能力』絶対に見せちゃだめっス!!」
「……えっ、この女子高生、俺達と話せるの!?」
C7の叫びに運転席パネルの数字達が色めき立つ。
その中の一人が、菜々に疑いの目を向ける。
「この女、ホントに数字と会話、出来んのか!? 俺達を騙そうとしてねえか!?」
疑り深い性格は、普段ボックス車を使っている人間達に似たのかも知れない。
「うん、そうだな」
「それは有り得る事だ」
数字達の総意がそちらに傾きかけた時、C7が叫んだ。
「菜々先輩、瞬きを三連続で!!」
数字達の会話を聞いていた菜々は、サングラスの女の目を盗んで、運転席に向けてハッキリ三回、瞬きをして見せた。
「おおー」
「噂には聞いてたけど、ホントにいるんだな、そんな人間!!」
パネルから歓声が上がる。
「……あっ、こないだ、こいつらが相談してた、ボスの金庫の中身を頂戴するって話……この子に開けさせるつもりじゃ!?」
「ヘマこいたら皆殺しだぞ!? 分かってんのかこいつら!?」
「菜々先輩を救ってください!! お願いしますっス!!」
C7が改めて懇願した。
「……そうだな、数字と会話出来る人間からの正しい頼みならば、俺達、動けるな」
それまで、数字達の会話を黙って聞いていた菜々は
「悪い奴をやっつけてください」
と呟いた。
数字の『ルール』が適用された。
――いささか度が過ぎる程に法定速度を守って走る大型のボックス車を、後続車がいらだち気味に追い越して行く。
パニックに陥った運転席の小柄な男が、悲鳴を上げながらシートベルトをガチャガチャと外し、後部座席に逃げ出した。
「ねっ、姐さん、あれはっ、一体!?」
運転席を指さす男は、涙目だった。
「だっ、抱きつくんじゃないわよ、暑苦しい」
サングラスの女が男を突き飛ばす。
完全な無人運転を半ば茫然と眺めていた助手席の大柄な女が、バタバタと運転席に乗り移り操作を試みた。
ハンドルを握る腕の筋肉が盛り上がったが、車は意図通りに動かない。
「エンジン止めて!!」
サングラスの女の鋭い声に弾けるように反応した大柄な女は、エンジンスイッチを連打した。
しかし車は停止する気配を一切見せず、交通ルール厳守の安全運転を続けた。
女にすがって怯えていた小柄な男が、うっかり口走る。
「こっ、この車、どこに向かってるんでしょうか!? ボスの自宅とは方向が全然……」
「余計な事を言うんじゃないよ!!」
女の恫喝には、それまでに無かった焦りのニュアンスが含まれていた。
菜々に聞かせたくない話だったのだが、既に数字達の会話から既知の情報であった。
すがる小柄な男を再び突き飛ばした女が、スライドドアを開けようとした時、左ウインカーが点滅し車がゆっくりと停車した。
車は道路の左側の施設に入ろうとしているようだった。
横の歩道を、仕事帰りであろう、上着を脱いだOLが美味しそうに缶ビールを飲みながら歩いている。
そのOLが通り過ぎた後、車はそろそろと歩道を横切り、施設の中へ進入する。
菜々は、この施設に見覚えがあった。
歩道を横断し、施設の駐車場に車体が入り切った瞬間、車のエンジンが轟音を上げた。
今迄、安全運転だった車が、猛スピードで直進を始めたのだ。
急発進の反動で、菜々はシートに押さえつけられた。
半身の体勢で立ち上がっていたサングラスの女と小柄な男は、一塊になってシートに吸い付く。
「ねっ……姐さん!!」
「ちょっと、どこ触ってんのよ!!」
駐車場の短い距離を猛スピードで加速したボックス車は、敷地奥に建っているビルの柱に激突した。
まるで何かが爆発したような轟音が周囲に響く。
シートベルトを付けていなかった運転席の大柄な女は、衝突で作動したエアバッグに身体を埋めた。
一塊になっていたサングラスの女と小柄な男は、車内を数回バウンドしたように見える。
車内で唯一人、シートベルトをしていた菜々に怪我は無かったが、ショックで若干意識がもうろうとしていた。
その直後。
スライドドアが勢いよく開き、斜めの太陽光が入り込んだ。
緩慢に頭を上げる菜々。
ぼんやりとした意識の先に、見覚えのある笑顔があった。
「菜々ちゃん」
それは、汗だくの大河であった。
「……え、大河……助けに来てくれたの!? ……車を追い掛けて!?」
菜々の心臓が大きく弾んだ。
喜びの感情が電撃のように全身を行き交う。
そして、穏やかな笑顔に太陽が重なり、後光となってきらめいた。
「……あああ」
今こそ、この瞬間こそ、抱き着くべきなのだ。
抱き着いて言うのだ。
「大河が大好きだ」
と。
もう部活をクビになってもいい……。
しかし大河は、菜々の感情とは全く無関係に、ペットボトルを差し出す。
「はいこれ、菜々ちゃんのお茶」
中身が泡立っているのは、手に持って走っていたからであろう。
「……ありがとう」
その所作は、絶体絶命のヒロインを助けに現れた白馬の王子様ではなかった。
多少、過剰なカッコの良い台詞を言っても許される場面であったのだが……。
菜々は、「部活クビの覚悟」が急激にしぼむのを実感せざるを得なかった。
(……ま、大河らしくて、これも良いかな)
泡立つお茶を見ながらそう思った。




