第1話【菜々・数字と会話する能力で少年を救う】
女子高校生の朝寅菜々は、数字と会話が出来る能力を持っていた。
【キャラと数字紹介】
渋谷大河・菜々の幼馴染。高校時代で身長一八〇センチ。特性がある。
35・菜々のお気に入りラグランTシャツの胸のプリント。世代的感覚が菜々と近い。
12・祖父から貰った腕時計の文字盤。執事キャラだが好奇心旺盛。菜々とは子供の頃からの付き合い。
●毎日夜に上げられるように頑張ります。
菜々は思った。
(あたしなら、助けられるかも知れない)
と。
あたしの『能力』なら……。
『捨てられた金庫の中に女の子が閉じ込められたらしい』
商店街の外れの、不法投棄のゴミが散乱している空き地の前で、数人の大人達が慌てていた。
桜の新緑が出揃った穏やかな日差しの下で、その一角だけが非日常の空間を醸し出している。
離れた場所から様子を伺っていた菜々の姿は、学校帰りの普通の高校生に見えた。
制服の紺色スカートと、クラシックなラグランTシャツにバックパック。
ショートボブとスニーカーの立ち姿からは活発なイメージを受ける。
知性と好奇心を帯びた真っすぐな眼光は、金庫を捕えていた。
「ちょっとふざけてたらアキちゃん、出られなくなっちゃって……」
小学生低学年の野球帽をかぶった少年が号泣している。
その後ろの投棄された金庫のサイズは、少年の身長を超えていた。
「鍵が付いてるのに開かないんですか!?」
チャイルドシート付の自転車を降りた主婦が声を掛ける。
「これは、暗証番号を入力しないとダメなタイプですねえ」
ビジネスバッグを持ったスーツ姿のサラリーマンが、諦めたように腰に手を当てて答えた。
金庫のダイヤルを無造作に廻していた弁当屋の大男は
「駄目だ、しっかりと鍵がかかっていて開かない……これは警察に連絡した方がいいですね」
と大汗をエプロンで拭う。
絶望的な状況を目の当たりにした少年の泣き声が大きくなった。
金庫周りの緊迫感は陽炎のようで、菜々の位置からも確認する事が出来た。
この時の菜々は、空腹と寝不足で集中力を欠いていたが、緊急事態を目の前にして、意識が研ぎ澄まされている。
(警察やレスキューが到着するのは何分後だろう)
(到着したとして、スグに金庫は開けられるだろうか)
(閉じ込められた子供の息はあと何分続く……)
フル回転の思考の末、菜々は思った。
(あたしなら、助けられるかも知れない)
と。
あたしの『能力』なら……。
「調子に乗ってんじゃねえよ、菜々ー!!」
突然、フラッシュバックが菜々の脳裏に蘇る。
薄笑いの男子達の表情。
もう何年も、頭の中で繰り返された言葉。
菜々の行動を制限させていた悪意。
踏み出そうとした足にブレーキがかかる。
(また……)
足が小刻みに震える。
(でもさ、このままじゃ、駄目でしょ、いつまでもいつまでも、さ!!)
菜々は、自身に向けて囁くように怒鳴った。
「あたしの!! やりたい事の!! 邪魔すんなよ!!」
その一歩を踏み出せたのは、勇気と言うより、逃避に近かったかも知れない。
生来の、楽観的気質が主導権を握る。
「ちょっと、すいません!!」
声を掛けながら菜々は、空き地のゴミの小山に分け入った。
途中、よろけて転んで制服のスカートがまくれ上がった。
それを、端末で通報中のサラリーマンが凝視する。
(見てんじゃねえよ)
記憶の中の、男子達への怒りと重なって、眼光に力が入る。
その視線の直撃を受けたサラリーマンは、丸眼鏡の奥の目を空にそらす。
ゴミ達を踏む菜々の足の裏に力が入る。
もう、震えてはいられない。
「あたし、開けられるかも、です!!」
「……えっ!?」
錆びた鉄骨で金庫をこじ開けようとしていた弁当屋の店員が、驚いて振り返った。
まだ優しい春の陽気に不釣り合いな大汗をかいている店員は、一瞬困惑したが、菜々の決意の表情を見て何かを察したのか、大きな体を金庫前から後ずさりさせて、その場を譲る。
金庫の前に立った菜々は、ダイヤルの数字が見えた瞬間
(開けられる!!)
と確信して内心ホッとした。
右耳を金庫に押し当て左手でダイヤルを掴む。
鉄の冷たさをダイレクトに感じた。
中の女の子は、この冷たさに囲まれている。
(早く出してあげないと……)
金庫の横で、大声で泣いている男の子を主婦がなだめていた。
(これならあたしの声が聞かれる事は無いな…)
菜々は、今から使う『能力』を誰にも知られたくなかったのだ。
「教えて、暗証番号を」
男の子の泣き声を下回る小声で菜々は話し掛けた。
その相手は、ダイヤルの『数字』だった。
「……え!?」
「な……!?」
金庫のダイヤルに刻まれた数字達が、驚いた声を上げたが、それは菜々にしか聞こえない。
「早く、中の子が窒息しちゃう!!」
急かす菜々の声に、数字達のリーダー格と思われるダイヤル『0』が驚愕を抑えるように返答した。
「……君は、会話出来るのか……私達『数字』と……!?」
遠くから複数のサイレンが聞こえ始めた。
サラリーマンが端末を上着のポケットにしまいながらゴミの小山に登る。
「ありゃあ、まだあそこらへんか。ここに到着するまで、あと数分かかるな」
「間に合いますかねえ」
店員が噴き出す汗を拭いながら、揃ってサイレンの鳴る方向を眺める。
ひざまずいて少年を励ましていた主婦も、それにならって立ち上がった。
その、緊急車両を待つ、数秒のフリーズ状態は
「アキちゃん!?」
という少年の歓喜の声で途切れる。
大人達が振り返ると、既に金庫が開かれていて、その前に少女が座り込んでいた。
「コウ君のバカ!!」
眩しそうな泣き顔で少年を睨む少女の声は大きかったが、唇が乾燥していて脱水の兆候が見られた。
「えっ、あのJKが開けたの!? このタイプの金庫を!?」
サラリーマンが驚愕している間に、主婦が少女に駆け寄った。
「良かったね」
バッグから幼児用の麦茶を取り出し、少女にゆっくり飲ませる。
「いやあ、良かった良かった」
笑顔の店員は、大きな体を揺らしながら空き地の入り口に戻り、緊急車両を手招きしている。
野球帽を脱いで
「アキちゃん、ごめんなさい」
と頭を下げる少年。
「それ、野球やってる子の挨拶だね」
主婦の指摘に、少年の申し訳無さそうな表情が僅かに緩んだ。
「あれ、あのJK、どこ行った!?」
サラリーマンが周囲を見回す。
菜々はその時、入り口とは反対方向の、空き地と隣接する民家のブロック塀に手を掛けていた。
スカートがめくれるのも気にせず、塀の飾り穴に足を掛け小気味良く登り切る。
そのまま塀の上を器用に奥の方向へ伝って歩き、姿はハナミズキの新葉に隠れて見えなくなる。
菜々は、逃げ出したのだった。
(……ああ、スカートの下は短パンだったか)
無言でそれを眺めていたサラリーマンは小さく舌打ちした。




