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駅前の大きなイチョウの木  作者: りょお@夜の全裸中年男性


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明治の時代・汽車が町にやってきた

 やあ、私は「イチョウ」

 ええ、秋になると葉が真っ黄色になって、見栄えするあの「イチョウ」です。

 ちょっとだけ私の「物語」にお付き合い願えますか?

 江戸から明治に時代が変わってしばらく経った頃。

 町のはずれにある駅は、たくさんの人間で賑わっていた。


 江戸時代には遠かった東京。そこから伸びてきた鉄道がようやく開業することになったのだ。


 最初、町の人間は「火の粉が飛んで火事になる」とか「荷馬車の馬が驚いてしまう」とか、まあ今でいう「無知」な状況で、鉄道を忌避しようとしていた。だが、町の有力者たちはこの新しい「交通機関」に光明を見出していた。

 町に駅が出来れば、駅のない近隣の村から農作物などを出荷する為の、人と荷物の動きが出来る。

 帝都・東京と結ばれれば、新しい文化はすぐさま伝わってくる。

 そして交通の便が良くなれば、新しい産業もやってこよう。


 小さな町の新しい一歩が、始まるのだ。

 まあ、説得には骨が折れたし、実際問題、町はずれにしか駅は誘致出来なかったが、鉄道側にとってもある意味町はずれなのは有難い話だった。

 その当時の蒸気機関車では、長い距離を走ることが出来ず、途中の駅で機関車を交換したり、石炭や水の補給が必要になる。そうなるとある程度の広さの土地が必要だった。そして同時に駅や施設周辺で働く人を集めるには、住む家なども鉄道側で用意しないと間に合わない。


 そんな色々な都合が重なって、町はずれに駅が完成した。

 駅前の広場(というかただの空き地)には、東京から到着する一番列車を出迎えるべく、大勢の住民が集まってお祭り騒ぎになっていた。

 時間になり、遠くから汽笛の音と、シリンダーから吐き出される蒸気の音が響いてきた。煙突から吐き出される黒い煙は、今までの薪を燃やした煙に比べ、勢いよくそして、独特の匂いがした。


 列車が駅に到着する。駅前に集まった住民たちはいっせいに「万歳!」を三唱する。町に文明開化の煙がやってきたのだ。

 駅前広場の演壇に、鉄道会社の偉い人が上がり、鉄道開通を祝う祝辞を述べた。その後も、地元の有力者などが挨拶を述べる。最後にこの駅の駅長が挨拶を行った。


「今日、ここまでの開通を無事に果たしました。これからももっと先へと路線は伸びていきますが、この駅はこの地方にとっても、鉄道の運行にとっても重要な駅となります。みなさんに愛される駅にしていくつもりですので、これからも宜しくお願いします」


 そして、駅長は広場の一角へ向かい、植えられたばかりのイチョウの木を前に、

「本日の開業を祝って、記念にこのイチョウを植えさせて頂きました。鉄道と町の成長を一緒に見守る、そんな仲間であります」


 開業式典は無事に終わり、住民たちもそれぞれ帰途に着く。夕日に照らされて、人の長い影があちこちに出来る。そんな静けさを取り戻そうとする広場に、コツ、コツと足音がする。水の入った桶を手に、先ほどの駅長がイチョウの木へとやってきた。ひしゃくで根元にたっぷりと水を撒き、枝ぶりをじっくりと観察する。


「なあ、今日からお前も一緒に、この町と鉄道の発展を見守っていこうな」

 はたから見れば駅長の独り言に見える。


 私の枝や葉をじっくりと観察する、ごつごつした手の感触。私は初めて人の「ぬくもり」を感じ取った。私の物語の始まりです。


 あの日から毎日、駅長は私の元を訪れる。一言二言声を掛けてくれる。私には返事が出来ない、ただ地面に立ち尽くすだけだった。夏の暑い日には桶で水を汲んでくれたり、嵐が来そうだと分かると、風で倒れないように添え木をしてくれる。秋になると私の落ち葉をほうきで掃き集め、冬になれば寒かろうと、こもを幹に巻き付けていく。その度に駅長は私の幹を撫でて、

「あせらず、ゆっくりと大きくなればいい」

 そう言って私を気遣ってくれた。


 月日が過ぎ、私の背丈はようやく駅長を超えることが出来た。駅を行きかう人や荷車の数も増えてきた。駅長は暇を見つけては私の手入れ?に事欠かない。

「今、出発したのは東京へ向かう貨物列車だ。田舎の農産物をどっさり積んでる。重たいから機関車も苦しそうだろ?」

 駅長にとって私はただの「イチョウ」でなないようだ。ともに同じ時間を過ごす仲間の様に私に話しかけてくる。苦しそうな機関車の振動は、大地を通じて私にも伝わった。

 鉄道が開業してから、どれだけの時が過ぎただろうか?

 私の背丈はとうに駅長を超え、駅長の3倍くらいにまで成長した。いつの間にか駅を訪れる人たちの「目印」となり、私の周りには常に誰かが佇んでいた。


 春の心地よい風が、私の枝を揺らしていく。

 その日の駅長はちょっと違った。いつもの制服もきれいに折り目が付き、その表情はなんだか寂しそうだった。駅長は私の幹に触れ、樹皮を撫でながら、

「あの小さな苗木がここまで大きくなったか。これなら多少の嵐が来ても大丈夫だな」

 駅長はそっと、私の幹に抱き着き、済まなそうな表情で、

「お前との語らいも今日が最後だ。俺は今日でこの駅を去る。だが、お前さんはいつまでもここでお客さんを出迎えてやってはくれんか?」


 その言葉は、ただの独り言ではなかった。一緒に時間を過ごした「仲間」への願いだった。


『行かないで!』

 私はそう駅長に叫びたかった。だが、私は喋ることが出来ない。

 代わりに春の風を使って、葉をザワザワと揺らすしか出来なかった。


 それでも、駅長には伝わったのだろう。満足そうな表情を見せて、一度だけ頷くと、ゆっくりと改札口の向こうへと歩いていくのだった。

 その日以来、私は駅長に逢うことは無かった。


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