第二十五話 火加減は大切
「おい、モニカ。起きろ」
突然の低音ボイスに、ついスマホのスヌースを探してしまう。
「何寝ぼけてるんだ」
「え、ここどこ?」
スマホを探していた手が不躾にレオンの剣の柄を触ってしまったようで、さーっと眠気が引いてくる。同時に、好きな声優の声を目覚ましにできる便利なスマホはもうないのだと思い出し悲しくなる。
「あ……そうか。ここは」
目の前にいるのは、なじみの軍人のレオン。そしてここは、居酒屋ではなく樹海の中。
夜に咲く薬草、その名もまんまな夜咲草を探しに来たのだ。
私のレベルが登録情報よりも断然高いことを知ったレオンは、「モニカの実力を知りたい。今度一緒にクエストをやらないか?」と誘ってきた。
その提案に、普段は『一人だと心細い』というだけ理由で避けていた夜の薬草採集がもってこいだと思い、この夜咲草のクエストを私が提案し返したというわけだった。
「やっぱり夜の狩場は雰囲気が違うわね……」
街頭などない山の中を、手元のランプだけで照らしながら進む。魔石の一種である光石を使っているので、扱いやすいランプなのだが、青白い光がホラー映画のような演出をするので違う意味で怖さが増している。
野鳥が羽ばたく音や、自分で踏んでしまった小枝の音にいちいち「ひっ」と小さく悲鳴を上げていたら、後ろからレオンの笑い声がした。
振り向くと、私と同じランプを腰から下げたレオンが肩を震わせていた。口に手を当てているが、目が明らかに笑っている。今日は軍服ではなく冒険者スタイルだ。
「最強の薬草師さんは意外と怖がりなんだな」
「し、失礼な。 普通程度の怖がり方だと思うわよ、って、わわわっ」
威勢を張ったものの、目の前のクモの巣に絡まってしまい、締まらないリアクションとなってしまった。
あわてて後退ったせいで、レオンとぶつかってしまう。ただし、少女漫画のように抱き留めてもらうような甘い展開ではなく、硬い生地の服とそのボタンにあたって痛かっただけだったが。なんとなくこの感触が今の私とレオンとの距離なのだと実感する。
そのまましばらく小高い山を登った先に、クエストの対象である夜咲草の群生地があり、そこにたどり着いた。この世界では魔力とともに体力も増強されているのか、あまり疲れないのがありがたい。
「わ~、きれいなとこね」
夜咲草は山頂の少しくぼんだ位置にたくさん生えていた。安眠効果のある薬草だ。これを飲めば一時間寝ただけで丸一日寝ていたのと同等の疲労回復が見込める。
レオン曰く軍御用達のありがたい薬になるらしい。そんなのを常用していいのかという疑問はあったが、必要というのだから採集していこう。
夜咲草は咲始めるのに一定の条件があるらしい。この世界にもなぜかある、まん丸の月のような星の光が十分に当たるところで咲き始めるのだそうだ。たどり着いたころにはまだその頃合いではなく、待機するために近くの大木に二人で寄りかかって待つことにした。
所々で蕾がほのかに青白い光を放つその光景は幻想的で、見惚れる。花開く前にすでに香しい香りを運んできている。
隣にレオンがいることも相まって安心してしまったのか、うつらうつらし始めていたらしい。レオンに起こされ、冒頭に戻る。
「人によっては香りだけで夜咲草の効果が出るらしいからな」
無事に花が咲き、必要量を採集できたので、早々に山を下る。ここまでは危険なモンスターに出会わずに済んでいるが、夜の山に長居は無用だ。
うっかり寝顔を見られた恥ずかしさから、言い訳をしようとしたところ前を進むレオンが振り返って口元に人差し指を立てる。静かにというジェスチャーはどこへ行っても一緒なのだろうか。
「しっ。静かに。雷猪が近くにいる」
レオンが腰もとにつけた何らかの検知器をもとにそう言った。が、それが何か聞くより先に、全身の毛が静電気で逆立ち、とっさに攻撃魔法を仕掛けてしまった。
ガサッと音がした先に、手を向けて炎の魔法を放ってしまったのだ。森の中で火を使うなんて不用心だが、私の魔法はそんな些細な事は問題にならない。
なぜなら、瞬間的に燃やし尽くすから。
炎柱をあげた魔法は周りの空気も巻き込み、一瞬でモンスターがいたであろう場所を中心に半径3メートルほどの空白地帯を生む。
炎は一瞬で消えてしまったが、その威力の高さは、不自然に一部だけ焼けた土を見ればわかる。延焼の心配などなくなるほど、ターゲットを中心に全て焼き消すのだ。
「モニカ」
恐る恐るレオンを見上げると、その焼け跡をレオンは真剣な表情で見つめていた。咄嗟のこととはいえ、火力を見誤った。
「モニカ。相談したいことがある」
私は逃げ出したくて仕方がなかった。




