第十二話 ノブレスオブリージュ、なんて知らない
水遣りを終えても、まだモヤモヤは収まらない。
生まれ育った場所からわけもなく離れ、身よりもないこの世界に放り出されたことをすぐに受け入れられたわけではなかった。でも、受け入れるしか道はなかった。かつてここに同じように迷い込んだ異世界人は帰れなかったらしい。
何か方法はないかと必死で調べたが、よくある小説のように、世界の謎を解き明かすようなこの世界の中枢にいるエリートたちと関われるわけでもなく、僻地のようなこの世界の片隅でせっせと生活していくしかなかった。
その中で教会に救われ、リリィと出会い、魔女のおばあさんや薬売り、薬草師のおじいさん達、そしてレオンに出会った。
「でも、リリィのお店は今日はお休み。魔女のおばあさんは最近姿見かけないし、レオンは緊急招集だとかでしばらく会えそうもない……」
ここに来て親しくなった人たちが増えてきたと思ったけれど、私を知る人は両手で数えられるほどしかいない。
「あ〜、やだやだ。気持ちが滅入ってくる。さ、仕事行こ!」
こんな日は、気分を入れ替えて、薬草採集に限る。
晴れ渡る空、白い雲。爽やかに吹く風は、どこかで咲いているだろう花の甘い香りを運んでくる。
今日はお気に入りの景色のよいルートを選んで、薬草としての価値は低いけど香りはよい花を採集することに決めた。
小高い山になったその最終ポイントに着き、遠くに広がる山々の峰を眺めながら、色鮮やかに咲くその花のうち満開に咲いている花のみを選んで摘んでいく。
「目の前に広がる大自然! 見たこともないきれいな花! 同じく見たこともない生き物!……そして、モンスターと軍隊の、乱闘?」
木々に覆われた谷間の部分だったので初めは気が付かなかったが、大規模な戦闘が行われているようだった。
「え~、結構激戦?」
今までも、ほかの冒険者とモンスターとの戦いを見たことがないわけではなかったが、今回は今までと一線を画す規模だ。
「軍ってことは、レオンもいるのよね」
軍隊が派遣されるほどの規模ということは、相当厄介なモンスターなのだろう。町にも影響が出かねない場合に軍部が対応するのだと、以前レオンが言っていた。
遠いし木に隠れてよく見えないが、あそこにレオンがいるのだと思うと居ても立ってもいられない。かといって、駆けつけるのにはやや遠い。
ヤキモキしながら見つめるが、情勢は軍のほうが劣勢。暴れるモンスターの種も分からないが、どうやら巨大な恐竜のような生き物のように見える。
劣勢とはいえ、軍の方もまだ負けているわけではない。魔法を駆使し、連携を取り、なんとか優勢に持ち込もうとしているのが見える。
「よく見えない……」
何かが起こっているのはわかるのに、何が起きているのかはわからない。もどかしくて、どうにか目を凝らす。
「そうだ」
ふと思いついたのが、水魔法。
「水球を浮かべて…」
何とか厚みを調整し、即席の拡大レンズを作ってみる。
視界がクリアになったその瞬間、目の前に見えたのは、まさにレオン。おそらく魔法のエリート集団であろう彼らでも苦戦している恐竜のようなモンスターがふと見せた嫌な挙動。
(何か来る!)
異様な光を放ち始めたモンスターの首。首筋がピリピリして、無意識に手が動いてしまった。
次の瞬間、私はもう魔法を放っていた。
次の瞬間、放たれたのはモンスターの魔法ではなく私の水魔法。火の魔法のほうが得意だが、周りにいるレオンたちをまきこまないようにとそれも無意識に選んだのだろう。しかし水といえど一点集中すれば岩をも穿つ。
レーザー光線のようにまっすぐ放射された水魔法は、音速を超え周りの空気をうならせ、まっすぐにモンスターの咢を捕らえた。
遠方で巨体が倒れる音がかすかに響く。しかし、そこにあるのは安どではなく虚無だった。
百を超える軍人たちが誇りと命を懸けて戦っている中、指先一つでそれを凌駕した己の魔力。この世界に住む人々が懸命に切磋琢磨して身に着ける魔法の技術を軽々と超える私の魔力。その対比を目の当たりにして私が思い知ったことは。
「何の努力もしてない私があの人たちよりも価値があるなんて、思い上がりたくないわね」
きっと騒ぎになっているだろう。少しでも痕跡を隠すために、さっさと私は踵を返す。よい香りのする鼻で籠を満帆にして。




